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リアクション
4/戦況
とてもじゃないけれど、立ち上がれるような状態ではなかった。
辛うじて、意識を取り戻したとはいえ。武器を握ることなど、夢のまた夢といっていいほどのダメージが爪痕を残している。
「ベル、ク……! フレンディスっ!」
雅羅にできることは、倒れ伏し顔を上げるだけ。
代わりに、自分の類似品と戦ってくれている、三対二の不利な戦いを強いられているベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)とフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)とを、見守るしかできない。
情けない。せっかく、リネンが助け出してくれたというのに。
アルセーネだって苦戦のし通しながら、まだ自分のコピーと戦い、やりあうことができているというのに……!
「気にすんな! ここは俺とフレイに任せとけ! お前はしっかり休んでおけ!」
同じ顔をした相手と斬りあうベルク。
その頭上では跳躍したフレンディスの二刀がそれぞれ、雅羅の、フレンディス自身の偽物の刃を受け止める。
「でも……でもっ!」
このまま、見ていることしかできないなんて。
歯噛みする雅羅の視界の隅に、不意に閃光が煌めく。
それは、アルセーネの偽物。おそらくはその最大級の一撃だ。
「ヤバい! 真人!」
「助けに行きたいのはやまやまですが……っ!」
今まさに、セルファたちも目の前の敵と戦っている真っ最中なのだ。
助けに向かおうにも、向かえない。
「フレイ! 雅羅が……ああ、くそ! やっぱ付け焼刃のテキトー剣術じゃダメか俺!?」
二対一をこなすフレンディスも、そう自分自身の腕前をぼやくベルクも同じく。
雅羅は動けぬまま、放たれる光を見つめるしかできない。
どうしようも、なかった。
避けきれも、防げもしない。
だから、やられていた。──その射線を遮る者。雅羅を庇う者の背中が、そこになければ。
*
「これは実に興味深い……っ!」
八卦術師同士の戦いが、実際に体験できるとは。
目の前にいる自分と同じ姿かたちの敵を前に、不快感や嫌悪感より先、興奮と高揚感とが東 朱鷺(あずま・とき)の心を満たす。
実現困難と思っていた戦いが、今ここにあるのだ。
目指す高みへと続くかもしれない道が、目の前にある。これで、興奮が抑えられようはずもない。
「さあ、ともに六十四卦の道へ……!」
恍惚とした表情のまま、朱鷺は自身のコピーと同じ技、同じ術をぶつけあう。
身体能力としては上回るはずの相手と互角なしえている理由は偏に、朱鷺のその集中力たればこそ。
実力以上のものを、その夢に向かう執念と、道筋が見えたことへの恍惚とが朱鷺の中に生み出しているのだ。
感情があれば、相手も動揺をしていただろう。しかしあくまでも鉱物兵器は無機質。無表情を、変えず。
朱鷺にとっては、心躍る戦いが続く。
──その後方では、必死の治療が、続いている。
「朱鷺さん……っ」
彼女がそうしているように、戦列に加わりたい気持ちが欠片もないわけではない。
だが今は、後輩の命を救うこと。それ以外には考えられない。
ベアトリーチェとともに、彩夜へと治療を続けながら加夜は彼女の目覚めを願う。
目を開けて。声を発して。ただひたすらに、それだけを心の中、懇願する。
そんな彼女たちを、じっとカメラが見つめている。
加夜も、ベアトリーチェもその存在に気付くことはない。
とうに、カローニアンは稼働をはじめている。自分たちのデータは、既にとられているのだ。今更撮影が続くことに必要性があるなんて、思ってもみない。
まして、そのカメラを操っているのが荒神でも、老人でもないことなど思いもよらない。
カメラの向こうに、その人物はいる。
この状況を、打開をするかもしれない──その女性が。
*
やり合うその存在との戦いは、自分ひとりの力で斃し得ることが難しい相手であるということ以上に、やりにくく、気の進まないものだった。
たしかに、感情はないのだろう。自分と顔が同じであるその敵の表情は、どこまでも無機的。そして、目に輝きはなく。
赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は、切り結ぶその相手に思う。
感情はなくとも。意志はほんとうは、あるのではないか?
自分はその相手を斬らなくては、ならないのだろうか?
「くっ」
刃に、雑念がこもってしまう。結果、押されていく。
「何やってるの、霜月!!」
個別に、やはり自身と力をぶつけ合うクコ・赤嶺(くこ・あかみね)から叱咤が飛ぶ。
それぞれ、自分自身を越えるために──そう、敢えて連携せず挑んでいるというのに、だらしない。彼女はきっと、そのことを指摘したのだ。
わかっている。わかっているとも。
「こんなところで、負けられない……!」
護る剣たらんことを自分に課した、霜月だから。
絶対に、負けられない。
迫る敵を前に、刃を鞘へと納める。
降伏ではない。諦めたわけでもけっしてない。
それは自身にとって最大の一撃を放つために必要な、予備動作だった。
「──やってやるとも!!」
*
「……っ?」
翳した掌に、不意に触れるものがあった。
気付けば、重なるものがあったのだ。
「彩夜……ちゃん……?」
それは、意識なきはずの少女の指先。自分が助けねばならぬ相手が見せた、不思議な動作だった。
「加夜さん、これは」
無意識の行動であったことは、間違いない。けれど一体、なぜ。
加夜と、ベアトリーチェとが彼女に向けた掌同士を繋げあい、重ねるように──指先を、双方と重ね合ったのか。
助けを求めての、苦しみの中での必死のサイン? いや、違う。
意識を失いながら、彼女は自分たちになにかを伝えようとしていた。その彼女が、ただ助けを求めてそんなことをするだろうか?
しない。少なくとも、加夜はそう思う。ベアトリーチェもきっと、考えは同じはずだ。
彩夜は、そんな弱い子ではない。
自分が抱えていた、伝えるべきことをかなぐり捨ててまで誰かにすがるようなことは、けっして。
弱かった頃の彼女と、その成長を見てきたからこそ、それは違うと、加夜には思えるのだ。
では、これはなんだ。
自分たちには、考える義務がある。瀕死の中で彼女がなにを伝えようとしているのかを、気付かなくてはならない。
「指先……掌……手……」
加夜は、考える。必死に、彼女の意図を想像しようとする。
掌を、重ねる。
手と手を、あわせる。
──手と、手。重ね合わせるということは、つまり。
「っ」
「加夜、さん?」
ハッとすると同時、加夜は顔を上げる。
手と手を重ねるということ。
それは、力と力を、繋げるということ。──まさ、か?
「ベアトリーチェさん。……彩夜ちゃんを、お願いできますか」
確信は、なかった。けれど、思い当たったそれが外れているという気も、なぜだか加夜にはまるでしなかった。
だから、加夜は立ち上がる。
彼女が。後輩が伝えようとしたことが何であるかを、はっきりとさせるため。
いってきますと、心の中で呟く。
そうだ。
ひとりでダメなら。──……ふたりでも、三人でも。
その力を、合わせればいい。
*
「お。どうやらなにか、思いついたようであるな?」
その光景を、情報の集約されるその場所で見つめる者、ひとり。
カタカタとキーボードを叩き、データを入力していく女。その名を、テレサ・カーマイン(てれさ・かーまいん)という。
「荒神は言いつけどおり、ちゃんとサンプルを届けるかな?」
彼女が行うは、ハッキング。
この施設内、頭上の会場内にあるすべてのカメラをひとつひとつ確実に制圧し、乗っ取っていく。無論、老人には気付かれぬように、だ。
「首尾のほうは、どのような具合でございますか」
その背後に、影の中から湧き出るように現れる者がいた。
アルベール・ハールマン(あるべーる・はーるまん)。テレサ同様、荒神から差し向けられた彼のパートナーだ。
情報を押さえんとする、テレサの護衛としてともにある。
やがて、テレサが静かに口を開く。
「ふむ。とりあえず、外の連中を追い払ってほしいのだよ」
「かしこまりました」
また、アルベールも気付いていた。
この、通信室の外。扉の向こう、蠢く影がふたつあること。
それが、自分とテレサのコピー品であるということを。
「予想より早かったな」
スライドドアの向こうに消えるアルベールを一瞥もせず、テレサは言った。
彼女の前にある無数のモニターの片隅。
ひとりの少女を、そのパートナーが庇い、今まさにそのために崩れ落ちようとしている。
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