リアクション
「ミツエのものはオレのもの! オレのものもオレのものォ!」
吼える吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)の拳に、敵パラ実生数人がブッ飛ばされた。
未来の猫型ロボットのアニメはパラ実生にも人気だ。
当然、このセリフも知っている。
「ジャイ●ンか! リアルジャ●アンが出たぞ!」
「ヒャッハー! お前ら、オレが勝ったらオレの舎弟になれ!」
「寝ぼけたことぬかしてんじゃねぇ!」
「やるかァ!? 追っかけてきたかいがあるってもんだ!」
竜司はたまたま荒野でパラ実生の軍勢を見かけ、祭りか喧嘩が始まるのかと思いスパイクバイクで追ってきたのだ。
そして、軍勢の先頭にミツエの英霊達を見て喧嘩だと確信した。
どこにどうして喧嘩を売りに行くのかはわからなかったが、これだけパラ実生がいるのだ。竜司の舎弟を増やすために集まっているに違いない──と、自分に都合の良いように考えた。
また、竜司はパラ実軍団の中にジンベーがいるのも見ていた。
「ジンベーの奴、ミツエの舎弟だったのか。ということは、お前らもミツエの舎弟だな!?」
竜司の目には、そう映った。
「そうか。ジンベーは(背が)小さいのが好きだったのか!」
則天去私で地に沈めたパラ実生達の上で叫んだ竜司のセリフのせいで、ジンベーは(おっぱいが)小さいのが好き、という噂が広まってしまった。
自分のセリフに納得している竜司が、ハッと後ろを振り向く。
背中がガラあきと見たパラ実生が釘バットを振りあげていた。
「殺気出し過ぎだァ!」
鉄甲をはめた竜司の裏拳がパラ実生の顔面を強打する。
その一撃で彼は昏倒した。
「何だこいつは! カンゾーの舎弟か!? 押し包め!」
「元祖四天王のイケメン、吉永竜司様とはオレのことだ! カンゾーの舎弟じゃねぇ!」
「げっ、あのトロールか!」
「トロールじゃねぇ!」
竜司の目が妖しい輝きを発したかと思うと、彼を袋叩きにしようと集まっていたパラ実生達が突然苦悶のうめき声をあげて膝を着いた。
彼らは恐ろしい幻覚に苛まれていた。
「さぁ、次はどいつだ!」
無双を繰り広げる竜司を、鮪が連れてきた新人カメラマンが熱心に撮影していた。
竜司の圧倒的な強さにいかを魅力的に撮るかを工夫していた彼は、ふと気づいた。
「気のせいかな? 時々カメラ目線──」
レンズ越しに竜司がこちらを見てポーズを決めた気がした。
別の新人カメラマンも、これだと思う人物を見つけていた。
「題して、『戦場の二輪草』」
それは美しい二人の女性だった。
アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)による悲しみの歌で周りの敵パラ実生達を泣かせたが、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は油断なく彼らを見据えていた。
「久しぶりに学院に顔出したら、アルミラージだの英霊だのとややこしいことになってるし……。とりあえず、こいつらは単に暴れたいだけよね」
「そうですわね。さゆみ、数だけは多いから気をつけて」
アデリーヌは次に嫌悪の歌を歌った。
自分達を取り囲むパラ実生達への嫌悪感が増したところで、近寄るなとばかりに天のいかづちを落とした。
それが合図となりパラ実生は一斉に襲いかかってくる。
「種もみ学院の奴らか!? 塔のお宝寄越せや!」
「いや、塔丸ごと寄越せや!」
「管理人に相談するのね」
種もみの塔にある不動産屋の主にして塔の管理人は、B級四天王のカンゾーが手も足も出なかった強者だ。
さゆみは冷ややかにそのことを言い足すと、両手に構えたシュヴァルツとヴァイスを撃った。轟雷閃の威力も載せた弾丸がパラ実生達をしびれさせていく。
「さゆみ」
アデリーヌのその呼び方で、さゆみは彼女が何をするつもりなのか理解した。
額に手をかざした直後、アデリーヌの光術がカッと辺りを照らす。
閃光をまともに見てしまい顔を覆うパラ実生達を、さゆみの銃が次々と撃ち倒していく。
しかし、パラ実生もやられてばかりはいなかった。
「目潰しには目潰しをォ!」
叫ぶなり、武器にしていた砂袋の中身をさゆみとアデリーヌに向けてぶちまけた。
「きゃあ!」
「今だ、かかれー!」
殺到したパラ実生がさゆみの腕を掴む。
さゆみの全身に鳥肌が立った。
すぐにでも払いのけたいが、目に入った砂が痛くてただ腕を振り回すことしかできない。
一方アデリーヌも、さゆみを助けに行きたいのに目を開けず焦りだけがつのっていた。
その時、アデリーヌの耳に布が裂けるような音が聞こえた。
同時にあがるさゆみの悲鳴。
周りのパラ実生も少し慌てているような気配だ。
「お、お前が暴れるから破けたんだからな!」
「けどよ、何だかちょっとえっちだな」
しかし、中には悪ノリする者もいて。
「おぉ〜っと、手が滑ったぁ〜!」
ようやく目の砂を払ったアデリーヌが見たのは、肩が見えるくらいにシャツを裂かれ、パラ実生に馬乗りにされている恋人の姿だった。
手加減、という言葉がアデリーヌの中から消えた。
「我は射す光の閃刃!」
いくつもの光の刃がパラ実生達を薙ぎ倒した。
どこかおっとりした空気をまとっていたアデリーヌの豹変に、パラ実生が驚愕する。
例えるなら、儚げな美しさを持ちながらも触れたら即死するような猛毒の花、といったところか。
アデリーヌが一歩踏み出すと、彼らは気圧されたように一歩後退した。
「さゆみ」
アデリーヌがさゆみに手を差し伸べる。
砂で少し赤くなった目を開き、さゆみはアデリーヌを見上げた。
手を取って立ち上がり周囲のパラ実生を見渡したさゆみの目は、怒りに燃えていた。
「下衆には死を」
さゆみの二丁の拳銃が牙を剥くように陽光を反射する。
アデリーヌの富士の剣も切っ先を鋭く光らせた。
「灰も残しませんわ」
「まままま待て、話せばわかる! 話し合いで平和的な解決を──」
「問答無用!」
さゆみとアデリーヌの声が重なり、二人の猛攻が始まった。
後に、二人に叩きのめされたパラ実生達は、この時のことを二度と思い出したくない記憶として封印したという。
一方、二人を撮っていた新人カメラマンは大興奮だったとか。
何とかこの戦いの収束が見えてきたところで武尊はいったんそこを抜け出した。
又吉のところに戻ると、テレパシーでミツエに呼びかける。
『ミツエ、君に聞きたいことがある』
『誰!? どこかで聞いたことのある声ね!』
『種もみ学院総長だ』
『ああ、武尊? どうしたの』
ミツエの声はどこまでものん気だった。
やはり彼女は英霊達の動きを知らないのだと武尊は確信する。
『少し前、劉備達が大軍勢を率いて種もみの塔に攻め込んできた』
『何ですって!? あいつらなに勝手なことやってんのよ! あたし、そんな指示出してないからね!』
ミツエの声がキンキンと武尊の頭に響き、思わずこめかみを揉む。
『それはもうわかってるんだ。実は劉備達がそう言ってたから』
『いったい何があったの?』
武尊は乙王朝から虹キリンがいなくなっていることと、劉備達がミツエに内緒で探していることを教えた。
『言ってくれればいいのに、あの三人……』
『とりあえず、現状を見せる。動画サイトで種もみ学院で検索してくれ』
『わかったわ。で、あいつらは今どこにいるかわかる?』
『塔で虹キリンを探してる。言っとくが、塔にはいないからな』
『後ろの軍勢と引き離す作戦ってとこかしら』
少しの間の後、再びミツエの怒鳴り声が響いた。
『何よこれ! これじゃまるであたし達が悪者じゃない!』
又吉が流しているのは生中継なのだが、関連項目としてこうなったあらましを誰かがまとめていたのだ。ミツエはそれも見たようだ。
だが、今回の構図ではそう見られても仕方がなかった。
やがてミツエは沈痛な声で言った。
『迷惑かけて悪かったわね。迷惑ついでに虹キリンがどこにいるか知ってる?』
『さあな』
武尊はとぼけたが、ミツエはそれ以上追及してこなかった。
『この借りはいつか返すわ、学院に』
『あてにしないでおくよ。それと劉備達だが、会談だかお茶会だかに誘われる予定だから』
二人のテレパシーによるやり取りはここで終了した。
虹キリンが種もみの塔にはいないことがミツエから劉備達に告げられた時は、ちょっとした騒ぎになった。
英霊達はミツエには言わずに来ていたからだ。
ミツエは武尊とのやり取りを簡単に話した。多少恨みがましく。
その頃英霊達は50階あたりにいた。
「騙したって思っても仕方ないわね……」
「ルカルカのせいではない。気にするな。しかし、どうするかな」
戻るかと呟く曹操を、ルカルカと夏侯 淵(かこう・えん)が引き留めた。
「せっかくここまで来たんだし、てっぺんまで行きましょうよ。これからどこに行くにしても、少し休んでいったほうがいいわ」
「それもそうだな。さすがに疲れた」
「殿、あと少しですぞ」
夏侯淵に励まされ、曹操は気持ちを切り替えて屋上を目指した。
屋上の教室に着くと、ダリルが作った中華料理が寄せられた机の上でおいしそうな香りを漂わせていた。
テーブルクロス等、外観を整えたりダリルの手伝いをしたのはノエルだ。
まずカンゾーが英霊達に挨拶をした。
「よく来たな。後ろの軍勢とは関係ないんだってな」
「とんだ騒ぎになってしまいました」
「ま、喧嘩なんて日常茶飯事だ。気にすんな」
英霊達への誤解も解け、カンゾーは笑顔で三人を席に着かせた。
それぞれも着席すると、ダリルが料理のことを簡単に説明した。
「中華料理と言っても、地方によって味付けが大きく違うからな。お三方の拠点にしていた地方の料理を作ってみた。本場の味には及ばないだろうが、そこは目を瞑ってくれ」
「いやいや、こいつはうまそうだ」
孫権はさっそく匙を手にするとおかゆをすくって食べた。
「うまい!」
「ダリルはこの学院の医者を務めているだけでなく、包丁人も務めていたか」
「いや、これは趣味だ」
「そうか」
曹操はきれいな形の蒸し餃子を称賛するように見ていた。
そんな曹操の隣には夏侯淵が座り、あれやこれやと大皿に盛られた料理を旧主のために取り分けていた。
「ふふっ。しっぽパタパタ振ってるワンコみたい」
ルカルカの茶化す言葉も気にならない。
ふん、と鼻で笑って許してしまう。
「殿、黄酒と白酒も用意しましたぞ」
「さすが妙才。気が利くな」
曹操と夏侯淵で酒盛りが始まると、当然劉備と孫権も黙っていない。
虹キリン探しを忘れたわけではないが、今は食事を楽しむことにしたのだった。
☆ ☆ ☆
英霊達が和気藹々とやっている頃、ミツエのところには
桐生 ひな(きりゅう・ひな)が訪れていた。
ひなはミツエの愚痴を一通り聞くと、これからについて尋ねた。
「このままトラブルメイカーで終わるのは、美味しくないですからね〜。味付けとして一計を講じておくと、得られる結果も大きく変わるのですよ」
「それはそうなんだけど、今回は種もみ学院に借りができちゃったのよね」
「こんな噂があるんですよ。英霊達は種もみ学院を王朝の学府にするために来た──知ってましたか?」
「何それ!? そんな予定ないわよ!」
もちろん、ひなも信じていない。
だが、噂の恐ろしさもよく知っている。それはミツエも同じだ。
「パラ実生って疑り深いくせに変なことはあっさり信じるのよね」
「まあ、ミツエにその気がないなら、何もしないのが一番です〜。人の噂も七十五日と言いますし〜」
「そうね。塔にいる劉備達なら、その辺もうまくかわしてきてくれると思うわ」
「ですが、ミツエが種もみ学院に攻め込んだなんてのが誤解で良かったです〜。もし本当だったら、お叱りトークは必至でしたよ〜」
「な、何よ、そのお叱りトークって……」
「ふふふ、知りたいですか〜」
ひなは椅子から立ち上がると、意味深な笑みを浮かべながらテーブルの向こうのミツエへと回り込む。
嫌な予感がして反射的に立ち上がったミツエの両頬を、ひなはちょんとつまんだ。
そして。
「お説教しながら、こうして伸ばして潰して伸ばして潰して……」
やめなさいよ、とミツエは言うが、頬をいじられていて言葉になっていない。
そのうちミツエの手もひなの頬に伸びてきた。
負けないわよ、と目が言っている。
二人は子供のようにお互いの頬をおもちゃに遊び、最後には床に寝っ転がって息切れした。
「楽しかったですね〜。ね、ミツエ。私達はもうお互い二十歳です。今夜は杯を交わしませんか?」
「それって泊めろってことよね?」
ひなはにこにこしながらミツエの返事を待っている。
ミツエはわざとらしく「しょーがないわねー」と肩をすくめた。
「潰れたら放置するから」
「ふふふ。大丈夫ですよー。ずっとミツエにくっついてますから〜。頬いじりの第二ラウンドからのプロレスごっこで、夜通しキス合戦ですー」
「しないわよ、そんなこと!」
またしばらくワイワイ騒ぎ二度目の息切れを整えると、
「ワインにする? それとも渋く清酒?」
ひなをテーブルに誘った。