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春はまだ先

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 今は真冬。
 外は寒くても、部屋の中は、心の中は、ぽかぽかと暖かい。


 音が、ぼんやりと耳に入ってくる。
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は、沈んでいた意識をゆっくりと浮上させて目をあけた。
「起きたか」
 枕元で、魔道書のノーン・ノート(のーん・のーと)が自分の様子を見ている。
「汗をかいているな。
 先刻エドゥが着替えを置いて行った。少しだけ起きられるか?」
 ノーンの声を、まだ半ば朦朧とした頭で聞く。
 熱が出て寝込む、なんて、我ながら珍しいことだ。
「……うん……」
 かつみは、ベッドからもぞもぞと身を起こす。
「薬を持って来たが、その前に何か胃に入れないとな。
 ナオがアイスを買ってきたが、食べられるか」
 かつみが頷くと、ノーンはヒョイとベッドを飛び降りて、アイスを持って戻って来た。
「心配かけてごめん。ちょっと寝れば、大丈夫だから」
 どうやら、疲労から出た熱で、風邪などではないようだった。
 眠っている間にも、皆が入れ替わり看病に来てくれていたようだ。
 柔らかい肌触りのパジャマに着替えて、アイスを受け取りながらかつみが言うと、ノーンは呆れたように言った。
「元気が取柄なのはお前の長所だが、無理をしすぎるからこうなる。
 お前が熱など出せば、皆心配して当然だろう。熱で動けないくせに大丈夫はまだ早い。
 いいから大人しく看病されていろ」
 いつもはかつみをおちょくってばかりの彼だが、言葉の中から滲み出る優しさに、かつみは何だか嬉しくなってしまう。
 こんな感覚、以前は無かった。

 かつみがアイスを食べている間に、ノーンは氷枕を交換した。
 ずっと身を起こしていると、やっぱり辛くて、薬を飲んだかつみは、くたりと横になる。
 枕元に、ノーンが座り込んだ。
「眠るまでいてやる」
 ふ、と笑って、かつみは目を閉じる。
 扉の向こうの部屋には、ナオ達もいるのだろう。
 先刻は、自分がアイスを持って行くのだと言う声が聞こえていて、静かにした方がいいから、と留められていた。
 静かに歩く音、微かに届く声が、子守唄のようで、何だかホッとする。

 以前は、体調を崩したら、薬を飲んで寝ていれば充分だった。
 けれど、今自分の周りにあるあたたかいものは、薬よりずっと効いている気がする。
「おやすみ」
 意識が眠りに沈む前、聞こえたような気がした言葉に、かつみは夢の中で返事をした。




――――――――――――――――――――――――――――――――― 一番よく効く薬