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第二章
酒に呑まれた宴会・会場

 明倫館の校舎で妖しい宴が繰り広げられているとはいざ知らず、会場内は相変わらず収拾のつかない騒ぎでてんやわんやしていた。
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は宴会のためにやってきたケータリング業者の作った料理を運びながら、海上の周囲を見回してみた。
「うむ。見事に混乱状態ですな」
 頷き、酔いつぶれて転がる人たちを跨いで、用意されたテーブルの上に皿を置いた。
「本日のメインでございます」
「ようよう爺さん! んな堅っ苦しいコトしてねえで女の子のナンパしに……はぶ!」
「オイ、そこの。次の出し物何だ? 誰もいねえなら俺が腹踊り……ぐほ!」
「空いた皿をお下げします。引き続き料理をお楽しみくださいませ」
 絡んできた酔っ払いを裏拳と鳩尾への一撃で沈めると、恭しく礼をして去っていった。はたから見れば殴る必要はないように見えるが、適当にあしらうと業務や会の進行を堂々と妨げ始めるため非常に厄介。魯粛も最初こそ丁寧に対応していたが、次第に絡み方がうっとうしくなったので、業務の妨げになりそうな発言を聞き次第沈めることにした。どうせべろべろに酔っているので殴られた記憶など残らないだろう。
 ちらりと魯粛は、離れた所で警備の仕事を全うしている軍服姿の女性、ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)を見た。
 彼女は彼女で乱闘を始めた男たちを両成敗したり、ナンパしてきた男をちぎっては投げ、と忙しそうだ。
 魯粛と目が合うと、唇だけ動かしてコンタクトを取った。
「問題ない。任務を続行する」
 その動きを読み取って、魯粛は頷き、裏へと消えて行った。

■■■

「うーっす。何かしらねーけど助っ人に呼ばれてきたぜ……って、こいつぁひでえ」
 ややあって、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が会場入りした。一歩目でシリウスの顔が一気に曇った。
 酔っ払いが大暴れしているとは聞いていたが、予想以上の惨事に驚いたようだ。
「これは、いつになくひどいですわね……」
 周囲を見回し、パートナーのリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)も顔をしかめて一言。
「あら、あなたたちは? ここは戦場よ?」
「お。あんたはまともそうだな」
 二人は、酔っ払いにコブラツイストをキめているミカエラと目が合った。酔っ払いは若干酔いが醒めてきたようで、絞めるミカエラの腕をぱんぱんと二回たたくと、解放されて床に倒れた。
「こうなった経緯を詳しく聞きたいところだが、とりあえず酔い潰れた連中を介抱する。泥酔って割とマジで命に関わるからな。こんなめでてぇ宴で死に目に遭うこともねえだろ」
「助かるわ。医務室が開いているはずだから、良かったら使って頂戴。って、幹事でも明倫館関係者でもない私が言うのも変だけど」
「わかったぜ。まずは意識がないヤツから運び出すとしようか。相棒、ちょっと手伝ってくれ」
「分かりましたわ」
 シリウスとリーブラはミカエラが沈めた男たちをはじめ、酒で酔い潰れた人たちを一人ずつ運び出していった。
 急性アルコール中毒の症状が見られる者に関してはナーシングで応急処置をしたのち、助けを呼んで病院に搬送。単にぶっ潰れているだけの人に関しては水を飲ませて医務室で寝かせた。
 なお、うっとうしく絡んでくる酔っ払いについては、おもにリーブラが平手打ちで撃墜していった。

■■■

「はい、手品師の方、ありがとうございました! ここは危険ですので命が惜しければ早く帰ることを推奨します!」
 道場に設けられた特設ステージ(ハイナ総奉行監修のもと、生徒たちが一日で作らされたシロモノ)では、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)がマイクスタンドの前で出し物のプログラムを片手に司会をしていた。
 ステージは一段高くなっていて、上に立つと会場を一望できる。トマスは見渡し、そして思う。
 ――おかしい。おかしいぞこれは。
 確か途中までマイクスタンドの前にはトマスではなくハイナ総奉行が立っていた。プログラムの十番目あたりだっただろうか、参加者から突然イッキ飲み勝負を挑まれたハイナはステージを下りて、警護をしていたトマスに司会を譲った。そこまでは会場は騒がしくも理性があった。
 でも、それから次第に会場は狂い始めた。まずは野次が飛ぶようになる。次に罵声が飛び、物が飛び、最後には人が飛んでいた。今、見渡す限りの会場はどう見ても、カオスそのもの。
 ステージ脇で出し物を披露する人たちをまとめ、時々給仕に出る魯粛の話では、どうやら持ち込まれた酒に高濃度アルコール酒、ウォッカがあるとのこと。しかも意外と量が多いらしく、ある程度は回収したが、きっとまだウォッカは会場で出回っているそうだ。
「オイ! 余興がつっまんねぇぞ! 俺にやらせろ!」
 と、いかにも酔っ払った図体の良い男がずかずかとステージに上がってきた。
「あー、待ってください! 順番がありますんで、プログラム終わった後の自由時間にでも……」
「うるせえ! 俺は今やりてえんだよ! 黙ってひっこんでろガキが!」
 かちーん。
 トマスのこめかみに青筋が浮かんだ。
「オラどけ!」
 トマスを押しのけようと勢いよく突き出した腕は、トマスの胸にぶつかる直前で何者かに掴まれて止められた。
「おいあんた! 人が順番守れって親切に言っているうちに従っておくべきだったな!」
 魯粛、ミカエラと同じくトマスのパートナーの一人、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は酔っ払いの腕をぐっと引くと、一本背負いよろしく荒々しい投げ技でステージ脇に投げ込んだ。続いて、あの男の言葉にむかっ腹が立ったトマスがスタンドからマイクを引っこ抜き、スタンドをステージ脇にぶん投げた。
 何かが壊れる音が鳴った。
 トマスとテノーリオはふん、と鼻を鳴らして服の汚れを払った。
「はい、次の時間は……余興で津軽三味線? だ、誰が弾くんだ?」
 二人はステージの上で顔を見合わせた。