リアクション
* 「……お茶がはいりましたよ」 きっかり午後三時。お茶の最後の一滴がカップに注がれ、ことり、とポットが置かれたのは磨き上げられた大テーブル。 橘 舞(たちばな・まい)にとって、ティータイムは欠かせない大事な時間。髪はリボンでまとめ、華やかで、けれど派手すぎないオレンジ色のロングドレス。ひと目で高級品と分かるネックレス。 彼女はブランドもののバッグの置かれた椅子にこれまた上品に座ると、カップを手にお茶を一口。 「美味しいです」 「――美味しいです、じゃないわよ、舞」 腕を組んで彼女を見下ろしたのは、パートナーのブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)だった。心なしか不機嫌そうに見える……のは、いつものことだ。こちらも普段のドレスにジュエリーを身に着けてはいるものの、今歩き回った風であり、少々埃っぽい。 「自分の家じゃないのよ。罠だってどこにあるかありゃしないんだから。油断してるとアナスタシアみたいになるわよ」 そう言いながらも彼女は隣の席に腰を下ろすと、いれてくれたお茶をゆっくりと飲み干した。 「そういえば、謎は解けたわって言ってましたけど、解けましたか?」 「それは後で話すわ」 「あ、もうすぐ三人も戻ってきますから、詳しい話は後がいいですね」 その時、開いたままの扉から威勢のいい声がして、友人が入ってきた。 同じく百合園女学院推理研究会のメンバー泉 椿(いずみ・つばき)と霧島 春美(きりしま・はるみ)、彼女のパートナーディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)である。 舞は三人分のお茶を入れると、微笑した。 「お茶がはいってますよ」 「……では、謎解きのための情報交換を始めましょうか」 春美が応えて、一同頷き合った。 始めは、舞・ブリジット組の報告から。 「詳しいも何も単純よ。扉の向こうが急な坂になってたの。気付かずに足を踏み出すと滑り台で外へ……ってわけ」 ブリジットに怪我がなくてよかった、と舞はほっとする。 力がなくなって、普段とは違うのだ。あまり危険なものは周囲にはないようだけど、もしブリジットも転がっていたら、打ち所が悪かったらと考えてしまう。 (ブリジットは、力を制限されてようとも、私には灰色の脳細胞があるから全然問題ないって言い切ってましたけど、むしろあの自信が心配ですよ) 実際、合間に幾つか罠に引っかかりそうになって、舞が慌てて引っ張ったり抑えたりしたことがあった。はじめは「転んで怪我でもしそうだからついて来なくていい」なんて言われていたけれど、やっぱり行って良かったと思う。ブリジットは認めないかもしれないけれど。 「それをあのアナスタシアに言ったら、なんか言い返されるし、私がこっちに引っかかりそうになったとか何とか――」 まぁ実際、罠はいっぱいあったわよ、と答える。そして、 「私の推理によれば……この城には一定のルールがある。空を飛んで行くのはダメ。他と比べて大きすぎる力も封じられる。つまりチート禁止。 トラップはあるがそれほど危険じゃない。これは私も舞も、塔組も確認済み。そっちもそう?」 「ああ」 椿が頷けばブリジットは満足したように、 「ここから導かれる結論は……そう、これはゲームよ。ここは、古王国時代のテーマパーク『秘宝の眠る城』に違いないわ。 たまにはこういうのも悪く無いけど、秘宝って何かしらね。ゴールから見える絶景とか……かな」 「テーマパーク? まあ、確かに面白いけどな……どうせならイケメンの王子様とかいねえかな」 「校長は?」 「え、静香校長? まあ、確かに……?」 女装が似合うくらいの美少年……ではあるが、いわゆるイケメンとは違うような気がする。 「でも、ゲームならゴールはあるはず。私の推測だと魔女の書斎から行けるんじゃないかと思うけど、先に塔で何かしないといけないんだと思うの」 舞が言葉を継いだ、 「……それを探して来たんですが、中にレバーがありました。それを動かしたら……えっと、塔では何かが動く音がしたくらいで、他には何も起こらなかったんですが、変化ありました? あ、そうそうその前にひとつ言い忘れていました。そのピンクの付箋が貼ってあるものには触らないでくださいね。外に出されちゃいますから」 次は椿が口を開く。 「次は俺な。俺はまず、校長に話を聞きに行ってきたんだ。で、書斎と部屋を調べた……寝室とその手前の、リビングみたいなとこだな。 静香校長を放り出したようなのか、もっと性格が悪い仕掛けがあるんじゃねぇかと思ってみたが……」 「……っ痛て。……そうだった、いつもとは違うんだったぜ」 椿はしりもちをついた身体が重いことに今更ながら気が付いた。いつものつもりで“軽身功”で壁を走ろうとしたら、出来ずに落ちるとか……。 (こんなんで捻挫の心配とか、骨折とか……シャレにならねーよなぁ) 念のため“ヒール”をかけてから、椿はお尻をはたいて立ち上がる。 目の前には、高い本棚。足元には、浅い落とし穴。これを避けようとして“軽身功”で転ぶ羽目になったのだ。“軽身功”ができないなら、手に取るには何か踏み台が必要だ。 (気が進まねぇなぁ) 椅子を穴に置き、背伸びして本を取る。もう少し、もう少し……。椅子が、ガタガタ揺れ出したころ、ようやく目的の本が指先に引っかかって、彼女は床に降り立った。 「うぉっと! あぶねーあぶねー」 一般人ってこんなもんだったかなぁと落差に戸惑いながら、椿は分厚いその本をぱらりと開いた。 彼女がこの本を見ようとしたのは、背表紙に日付――何年から何年、と記されていたからだった。 「……これ、日記じゃないか?」 中身をかいつまむと、以下のようになる。 5000年前のシャンバラの古王国では大きな戦いがあった。 裕福な家に生まれた彼女は、広い領地でのびのびと過ごした。長じては魔術師として研究をして過ごしていたが、戦に巻き込まれて多くの友人や知人が亡くなっていくことを悲しみ、シャンバラを離れ、使用人たちと共にパラミタ内海の小島に移り住んだ。 彼女は愛する植物や小動物と共に、籠ることを選んだ。もし故郷の土地が荒廃しても、この島は守れるように。 人の訪れを避けるために、島に近づくと嵐で外に追いやられるようにした。そして島のあちこちに術具を埋め、古王国の兵器や契約の力が、彼女たちを傷つける事が無いように大掛かりな魔法を施した。 最後には寿命を意識し、自分が死んだときには使用人たちに遺産を分け、暇を出す旨が残されていた。 「俺、思うんだけど、宝を持ち帰れなかったのって、力がなくなったせいじゃねえのか? いや、日記を読んで予想が確信に変わりかけたんだが、宝自体が、力がなくなる仕組みそのものなのかもな」 椿の報告に、春美がくゆらせていたパイプを口から外した。次は自分の番だ、というように。 「秘宝の眠る古城……いい響きですね浪漫を感じます。そう、持ち出せなかった秘宝は形の無いものかもしれません。 ま、それでも私はいいんですよ。達成感、それも一種の宝物ですもんね」 「宝物がおいしいお菓子でもいいなーボクは」 うさぎのような姿かたちの獣人・ディオネアがぴょこんと耳を立てて、口を挟む。お茶菓子をパクパク食べていたせいで、口の周りにクッキーの食べかすがついていた。 「五千年前のお菓子は食べれなそうですけどね。……それより、報告してください」 春美に促され、ディオネアは得意げに耳をぴょこぴょこさせた。 「ボクはね、この辺の全体を調べたよ。春美のお手伝いをして、宝物を探してたんだけど……えっへん、ボク頑張ったでしょう」 「ええ、頑張りましたよ」 「頑張ったから、ドーナツちょうだい」 しっぽふりふりするディオネア。約束する春美。 いまいち、話が見えてこない。椿が疑問を訊ねる。 「ああ、あたしも見てたな。懐中電灯とメジャーを持って、潜ったりなんだり……何を測ってたんだ?」 春美は答えず、天眼鏡(ディオネアは、虫眼鏡と言っていたが)を持って立ち上がると、断つように促した。 「ええ、椿さんの日記のこと、塔の出来事……推理研の団結力はなかなか侮れないもののようですよ、皆さん」 「……というと……?」 「静香さんが魔女の居室や書斎を調べていて外へ出て行った――これはメインルートっぽいですね。鍵穴なり、なにかを入れる穴のようなものをみつけて、それを取りに外へ出たと考えられます」 「罠にひっかかっただけだって」 椿の私的に春美は少し怯んだようだが、 「そ、そうですか? でもまぁ。キーのようなものがこの城に散らばって置かれている……のは、当たっていたようです。 部屋の寸法が足りないんですよ。リビングの見取り図は見ましたか? 一階と二階、外から見ると同じ広さなのにね。 そうそう屋上部分に上がろうとして弾き飛ばされたというのがありましたね。屋上がくさいですね。そこが開いたら屋上にあがれるのかもしれません」 春美が推理研究会のメンバーを連れて向かった先、そこは、魔女の書斎。 「屋上にある秘宝とはなんでしょう? 達成感でしょうか? えもいわれぬ絶景でしょうか? ええ、もっと素敵なものかもしれません。 ――さて、今回もみんなでQ・E・Dといきましょう」 春美は、ウィンクする。 |
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