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【祓魔師】イルミンスールの祭典

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【祓魔師】イルミンスールの祭典

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第15章 イルミンスールの祭典 Story8

 血の結晶化を済ませ、儀式は次なる段階へと進んだ。
 黒のテスカトリポカの身体から魂を切り離すため、対価としてまたもやベアトリーチェの血が用いられる。
 ヴェルディーが準備した魔法陣へボタボタと流す。
 パートナーの美羽は彼女を見守るしかなく、無事に終わるようにただ祈ることしかできなかった。
「まぁ…すごい♪」
 溝に満ちたそれがどうなるのか、ヴェルディーは一時も視線を外せない。
「ここから先は、お手伝いしませんので〜。セシリアさん1人で唱えてくださ〜い」
「えぇ、任せて」
 セシリアは詠唱ワードが記された用紙を足元に置き、魔法陣の中で横たわる黒のテスカトリポカの傍に跪く。
 片方の手にはエレメンタルケイジ、もう片方で結晶を掲げる。
 前日、グラキエスに頼まれていたエルデネストへ目配せの合図を送り詠唱を始めた。

 “この者に白き衣を纏わす我は、二心なく御霊を預かるとここを誓う。
  子羊に飢餓、惑わす罪を与えることのない、条約の元…。
  古き衣を捨て、新たな白き衣を纏い、器を得られるか否か…これより審議を開始する。
  数多の生を奪うことを是とせず、子羊の領域を業の元に汚すこともない。
  …これを2つめの鍵とする。”

 ここまで言葉を紡ぎ、順調に進行していたと思われていたが…。
 ペンダントを握る手が突然震えだし、セシリアの口から赤い何かが零れ落ちる。
 地面を濡らすそれは彼女の血だった。
 魔性の本質を捻じ曲げようとしているリスクの反動が、身体を蝕み始めたのだ。
「ツェツェ!」
「来ないでタイチッ」
 駆け寄ろうとする太壱に手を向けて止める。
「何言ってんだ、今のツェツェの体は…っ」
「いいの…。私が、…言ったことなんだから」
 エリドゥでの最初の提案よりも、よりリスクの高いことを要求してしまった。
 ゆえにセシリアとしては重大な負担のかかることを、他の人に任せるわけにはいかなかった。
 手法を教えたエリザベートはというと、彼女を心配する様子はいっさい見せていない。
 和輝を通して警告はしていたのだから推し進めたのは彼女だ。
 今後、策を講じて進行するべきか否かの判断を誤った場合、重大な責務を果たす義務から逃れさせないためでもある。
 一見、冷たく思えるが成長させるためには、とても重要な過程なのだった。
「私は…絶対にっ、この子の自我を…なくさせたくはない!」
 セシリアは袖で口についた血を拭い詠唱を続ける。
 手馴れたエリザベートだからこそ、先程はセシリアと呼吸を合わせることができた。
 しかし摂理を曲げる術式は本来、他者と同時に魔道具を行使することは極めて難しく、1人で行うしかない。
 幼い校長から1人で行う理由を知らせてもらってはいないものの、体感してみてそれがようやく理解ができた。

 “さぁ…、旅立ちの準備は整えられた。
  その祝杯として、生命の酒樽から得た血の酒を与えよう…。
  白き衣を纏いし…この者の御霊に、幸あれ……。”

 そう言葉を紡ぎ終わると、掲げていた結晶がゆっくりと溶け出す。
 指と指の間から、赤々としたそれが黒のテスカトリポカの唇に落ちていき、心臓の生贄の変わりとなるそれは、唇に触れる度に浸透していく。
 まるで飲み干しているようにも、食しているかのようにも見えた。
「気配が体の上に…?魂が離れたのか」
 グラキエスのアークソウルが魔性の魂に反応し、彼の視線の先に合わせてエルデネストが魂の加工を始めた。
「ふふ、さすが災厄の魂。随分と気位が高く、気が荒いようですね…」
 ベアトリーチェの血で緩和さてはいるのだろうが、トラトラウキの魂の一部を得ていないままでは、まだかなり気性が荒いようだ。
「上手く取り出せたのね?よか…た……、ぁ、うぐっ」
 セシリアは安堵した瞬間、激しい吐き気に襲われ苦しげに呻き声を上げた。
 思わず口を押さえた時、ぼたぼたと手から血が零れ落ちた。
 太壱が悲鳴にも似た声で叫び、たまらず彼女の元へ駆け寄った。
「まったく何でこんな無茶なことを!」
「ごめん…タイチ。少しだけ、休ませて…」
 彼に寄りかかりそう言ったきり、動けなくなってしまう。
「なあ校長、どうしてこんなっ」
「彼女が望んだことですよぉ?求めたものの対価が大きかった…、それだけのことですぅ」
 フイッと背を向けたエリザベートは彼を冷たくあしらう。
「いいですかぁ?外法ではないとはいえ、禁術にも等しい大きな対価を要求する術を用いる際は、それなりの覚悟をもって挑まないといけないんですよぉ〜」
「―……くっ。よく覚えておくぜ…」
 協力してくれた仲間のためにも今回だけは…と、セシリアの覚悟を容認せざるしかなかった。



 取り出した魂をそう長く保有しているわけにいかないため、儀式はトラトラウキの魂を取り出す作業を行おうとしていた。
 トラトラウキにとっては何が起こっているのか分からず、不思議そうに辺りを見ているばかりだった。
「不安かもしれないが、これから少しだけ…眠ってもらうことになる」
「眠る…なぜ?」
 小さな子供は首を傾げてグラキエスを見上げる。
 彼はトラトラウキを膝に乗せ、微笑みかけて不安を和らげることしかしてやれなかった。
 エリザベートから詠唱方法を教えてもらい、さっそく唱え始める。

 “業の御霊の対となる御霊…。
  …血の混じりは災をもたらすことのない者、地を駆け巡り天を愛しむ者となるだろう。
  その内にある…、白き聖杯を分け与え、しばしの休息の眠りにつきたまえ…。”

 最後の言葉を告げ終わると、トラトラウキはうとうとと眠りに落ちた。
 魂はアークソウルの大地の気に導かれるがままに、エルデネストの手の中へと納まった。
 エルデネストは速やかにその魂を優しくつまみ分離させてやる。
「罪について何も知らない、キレイな魂でありながら…業の意思が干渉してしまったらそれに染まりやすい。実に危うい存在に思えますね」
「―…エルデネスト、できるだけ急いでほしい」
「これはこれは、申し訳ありませんグラキエス様…私としたことがつい…。業を打ち消す大切な段階ですから慎重に行いませんと…」
 トラトラウキの魂の一部と、災厄の器から取り出した魂を繋ぎ結合させる。
「(1:1の比率にするという話しでしたか?…大変な注文をしてくれますね)」
 重労働ではあるもののグラキエスの願いを叶えるため、災厄であったほうを感情を消さないように、やや凝縮させたりして比率を合わせようとする。
 作業を進めること数十分、ようやく納得がいく比率にすることができた。
 そのタイミングに合わせてアウレウスがハンドベルを鳴らす。
 涼やかな音色を響かせ、帰るべき器へと導く。
 グラキエスはアークソウルに触れてみると、器の中に2つの気配が存在することが分かった。
 どうやら魂たちは上手くトラトラウキの身体に入ることができたようだ。
 同一化の儀式として、アウレウスと共に祈りの言葉を紡ぐ。

 “血の酒樽から生命の源を受けた御霊、汝は1つとして1つの中にあるべし。
  …業なき御霊、汝も1つとして1つの中にある者……。
  汝らは世に剣、飢饉を与えることなく、子羊と等しく地に生きるものなり…。
  幾日の月光日光、これを受け彼らと等しい地へ、足を踏み入れることが叶うであろう。
  目覚めの時…、1つの存在となりて、新たな生を授かる者となる…。”

 ハンドベルの音は荒ぶる災厄の最後の意思を鎮め音色を止めた。
「―…これで、同一化したのか?」
「いえー。もう1つの身体が消滅したらぁ〜ですねぇ。1時間おきくらいに、アークソウルとハンドベルの音で定着を進めてくださぁ〜い。そうしないと、災厄の意思がまた強まってしまうのですよぉ〜」
「あぁ…、分かった」
 それぞれの意思を残したため破壊衝動を打ち消すには、まだ時間がかかりそうだった。