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リアクション
「レディース、アーンド、ジェントルメン!」
サーカスの中央、スポットライトを浴びながら武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)は観客に向けて両手を広げていた。
「マタイは言いました『人はパンのみにて生くる者に非ず』と!」
彼を見つめる観客達の視線はどこか熱っぽく、悪魔の時と同じような様子だ。
「しかし、遙か昔のローマ帝国時代の格言では『パンとサーカス』。 今宵ローマの民の如く『幸福な生を謳歌せよ』ということです!」
そこまで言いきったところで幸祐は大きく息を吸い込んだ。
「それでは、素晴らしき悪夢のフィナーレとして私共から観客の皆様に素晴らしきサーカスをご覧戴きましょう!」
高らかに宣言すると、観客達は一斉に盛り上がる。
しかし、悪魔の姿は見えない。
「レディーゴー!」
幸祐の言葉が終わると同時に、辺りには一斉に弾丸のシャワーが降り注いだ。
上空を見上げると、そこには小型ヘリ『フォッケウルフFw190GF』が旋回していた。
「本物の悪夢をお前らに見せてやるよ」
操縦するルーデル・グリュンヴァルト(るーでる・ぐりゅんう゛ぁると)はヘリを狙って空中ブランコから飛びかかってくる少女達を巧みに避け、宙を舞うグリフォンに機関銃を叩き込む。
こうなれば、彼女を止める者などもういない。
急降下するフォッケウルフから放たれる無慈悲な弾丸と爆弾架から放たれた雷撃がステージを駆けまわるチャリオットを粉砕する。
「あらあら、随分と派手ね」
硝煙の香る炎の中から、蘇 妲己(そ・だっき)は甘い香りを漂わせ、扇と尻尾を振りながら現れた。
剣と盾を構え、玉乗りをした道化師が左右から挟み込むように飛びかかるが、妲己へ届く前に『何か』に斬られて霧散した。
「そう言えば三千年前に東の地に遊びに行った時にこんな競技があったわよ」
そばで様子を見ていた幸祐に問いかけると、「そうだな」と彼は返す。
「可愛い女闘士も居てね、臓物を撒き散らしても大事な所と胸は晒すながルールなんですって」
ほら、こんな風にといわんばかりに、妲己は大胆にも肌を見せびらかす。
「釣れないわねぇ」
まぁいいわ、といいながら彼女は剣を構えた道化師の中へと飛び込んだ。
ひらり、ひらりと身をかわす彼女は剣戟を全て寸前でよけていく。
そのせいか、彼女の纏う衣装は少しずつ傷つき肌が露わになっていた。
「フフッ、いかがかしら?」
妲己が道化師達へ振り向くと、いつの間にか斬られていたのか、霧散して消える。
「鮮血乱舞、とまではならないわねぇ」
扇をくるくると手で回しながら、次なる獲物を見据えた。
そこに居たのは猛獣を率いる魔獣使いの少年や道化師達。
「いいわ、それなら思う存分魅せてあげる!」
「やれやれ。 ま、楽しんでいるようで何よりだ」
暴れまわる2人の姿を見ながら、幸祐は肩をすくめていた。
「悪魔主催の狂乱の宴。 私にも獲物を残してほしいな!」
「ふふっ、じゃあ一緒に行きましょう?」
妲己に遅れた形となったが、緋柱 透乃(ひばしら・とうの)も肩を並べて飛び込んだ。
獲物が増えたとみたのか、剣を構えた道化師が玉乗りをしながら透乃へと斬りかかる。
「ていっ!」
しかし、それを狙っていた透乃は龍鱗化により剣を硬質化した腕で受け止め、空いた片手で道化師を殴り倒す。
「よぉし……」
残った大玉を持ち上げる。
「っと、結構重いね」
好都合だ。
そう言わんばかりに玉乗りを続ける道化に向けて投げつける。
「でぇい!」
玉乗りをしている以上、まともに回避などできるわけもなく道化師は体制を崩し、地面へ落ちる。
「止め!」
顔面を殴り潰すと、道化師は霧散して消える。
再び道化師の乗っていた玉を持ち上げ、投げつけようとする透乃を混戦の中で狙うナイフを構えた道化師。
しかし、そのナイフは道化師投げるよりも先に、混戦の中から伸びてきた鎖によって叩き落とされ、道化師自体は鎖に縛り上げられる。
「さて、どうしましょうか?」
鎖の元にいるのは緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)。
どうやって止めを刺そうかと考えていると、他のナイフを構えていた道化師がナイフを次々と投げつけてきた。
だが、凶刃はいずれも陽子に届く前にはじかれる。
「流石ですね、朧さん」
しゅるりと闇から現れたのは絵本に登場しそうな白い亡霊だ。
その両手はハンマーに変化しており、続いて投げられるナイフも朧によって撃ち落とされていく。
「だったら、私のやる事は1つですね」
朧が防御を固めている間、陽子は術を唱え、放つ。
まとまっていた道化師達はたちまち冷気に包まれ、その体が凍結すると同時に弾け散る。
「密集しているのが悪い、という事ですね」
ふう、とため息をつくと剣を構えた道化師に囲まれていることに気が付いた。
何れも道化師というにはほど遠く、顔のメイク以外は筋骨隆々の男だ。
「全く、手の込んだこと」
ジリジリと距離を詰めてくる。
しかし、陽子ににじり寄る道化師は動き出すよりも早く一閃され、霧散した。
「大丈夫かしら?」
獲物を構え、道化と陽子の間に立ちはだかったのはセフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)だ。
陽子は軽く頷き、無事な事をアピールする。
「それはよかった」
剣を構え直し、道化へと突きつける。
彼らは視線を陽子から写し、セフィーと背後に控える白狼女騎士の女狼達を見ていた。
「さーて、生存戦略始めましょうか!!」
羽織っていた白大狼の毛皮の外套を翻し、ぐっと背伸びをして豊かな胸を強調させて道化師達を挑発する。
向かってきた道化の剣戟をわずかに体を動かして回避し、胸元に鋭い突きを繰り出し、貫く。
そのまま横に薙ぎ払い、背後に控えていた道化の首を一薙ぎ、返す刃で背後の道化も切り裂いた。
「っと!?」
気が付くと、女狼の1人が猛獣用の網に絡めとられている。
放っておけば助からないと、網で捉えていた道化を斬り捨てた。
しかし、それを待っていたかの様にセフィー目がけて網が投げつけられる。
「しまった……」
両手を網で縛られ、身動きが取れない彼女の前に大剣を構え、今にも振り下ろそうとする道化が居た。
「くっ」
強引に身を転がし、地面を転がって斬撃を避ける。
道化は逃がすまいと再び大剣を構える。
しかし、無理矢理転がったのが悪かったのか、網が絡みついてしまい動きが更に取りづらくなる。
「うおりゃぁ!」
だが、大剣が振るわれるよりも早く透乃が投げつけた猛獣ショー用のシーソーにより、昏倒し霧散した。
「悪いね、助かったよ」
網から抜け出したセフィーがゆっくりと立ち上がると、低いうなり声が辺りに響く。
道化師ではでは相手にならないと判断されてしまったのか、ミノタウロスをはじめとする魔獣の姿がいくつも見える。
「へぇ、幻のくせに獣臭さもリアルだな」
よく見ると、ミノタウロスの後方には魔獣ケルベロスの姿も見える。
しかし、漂ってくる獣臭さは現実のものとそっくりだとオルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)は思う。
丁度、正面に立っていたオルフィナを獲物と判断したのか、彼らは一斉に襲い掛かってくる。
「だが俺は獣の臭いで発情するタイプじゃねぇ、確かにムキムキもモフモフも嫌いじゃねぇが牛野郎と犬っころが何匹ガッツこうが俺を満足させる事は出来ねぇよ」
波状攻撃に怯む様子を見せず、高周波ブレードを構えてミノタウロスの斧ごと斬り捨てる。
続いてケルベロスが飛びかかってくるが、振り回す刃によって空中で切り裂かれた。
「はっ! 数ばっかりは豪華だ、どんどんかかってきな!」
オルフィナの挑発に対し、一斉に吠える魔獣達は空中のヘリからの砲撃に巻き込まれる。
「取り付かれたか!」
脅威な存在と判断されたのか、ルーデルのヘリには空中ブランコを使って舞った少女が張り付いている。
ドアをこじ開け、乗り込もうとする彼女達だが、続いてブランコから飛んできた月美 芽美(つきみ・めいみ)が少女の胴体をなぐように蹴り飛ばす。
たまらず体勢を崩して落下した少女は表情を変えずに、地面へ衝突するよりも早く霧散していた。
「残念、所詮は幻か」
芽美はヘリのタラップに足をかけながら、霧散して消えた少女を見ている。
「でもいいわ、こんな機会滅多にないもの」
そう言うなり、芽美はタラップから飛び降り、その身を空中で回転させる。
標的は猛獣や魔獣を指揮する少年だ。
ごきっ、と鈍い音を立てて勢いを付けた芽美の左足が脳天を叩き潰し、吹き飛ばす。
「ふふっ、次はどうしようかしら?」
どう殺しても幻は所詮幻、霧と消えてしまう彼らだが子供を殺すという快感はぬぐえない。
「やれやれ、皆楽しんでるな」
どうにも、この宴を楽しんでいる連中は多いな、と幸祐は思っていた。
しかし、気になるのは悪魔だ。
先ほどまでは姿を見せていたというのに、突然姿を見せなくなった。
怖気づいて逃げた、というわけではないというのに。
「しかし、悪魔といえども地獄に堕ちるのだ」
見つけ次第、八つ裂きにしてやろうとそう思いながら鬼のような視線で悪魔を探していた。
「ふふふ、素敵ですよ、皆様」
サーカスの隅で、椅子に座って悪魔はほくそ笑んでいた。
「その狂気に溢れた戦いぶり、それだけでお腹一杯になりそうなものです」
低い声で笑いながら、悪魔は目の前で開かれている狂乱の宴を見続けていた。