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第三章
そして完成する旅館

 旅館の脇でピザ作り講座が行われている中、建設現場は一気に盛り上がりを見せていた。
 爆弾、スキル、そして拳で岩盤を叩き割った契約者の面々は、続いて温泉施設の建設に取り掛かった。
 すでに旅館内に大浴場(男女と混浴)は形だけ出来上がっているので、あとは露天風呂の建設だけだった。
 しかしさすがは建設作業員。彼らは温泉が噴き出るとすぐさま道具と重機を引っ張り出して露天風呂の建設に取り掛かった。
「温泉さえ掘り出せばこっちのモンだ。一日足らずで立派な露天風呂を仕上げて見せるぜ!」
 と、作業員の一人がシシオドシを担いでいい笑顔を見せた。
「頼もしいですね! 私たちも引き続き協力します。一日と言わず、半日足らずで完成させましょう!」
 そんな作業員に続いて現場に入っていく御神楽 舞花(みかぐら・まいか)。諸事情につき今回は同行していないパートナーの御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の代わりに特殊作戦部隊員を三人連れている。ミニショベルカーを持参していたり、設備投資でどこを強化しようか作業員と相談しているあたり、意欲の旺盛さがうかがえる。
 重機は建設の他にも、源泉採掘の際に出た大きな破片の撤去にも使われ、現場は大がかりになっていった。
「よ、と……はい、通るね〜」
 そこで一際目を引く存在が四人いた。
 今、作業する契約者たちの脇を、自分の胴ほどの大きさの岩の破片を抱えて通り過ぎたクリームヒルト・オッフェンバッハ(くりーむひると・おっふぇんばっは)もその一人。何が目立つって、彼女たちは水着姿。しかもスタイルが抜群。動くたびに女性的な部分が揺れて、男たちと一部女性の煩悩を刺激する。
「あ、主殿……」
 と、別の欠片を運ぶ水着美女がまた一人。
 クリームヒルトのパートナー、翔月・オッフェンバッハ(かづき・おっふぇんばっは)。彼女も水着姿で、顔を真っ赤にして恥ずかしそうだ。
「この格好は、恥ずかしいんだよ〜」
「なんで? どうせ汗だくになるんだし、温泉出たらびっちゃびちゃになるんだから、この方が楽じゃないの」
「それはそうだが……」
「とか言葉では抵抗しつつも、実は悦んでいるのではありませんの? 翔月様」
 と、別なガレキを運ぶ董卓 仲穎(とうたく・ちゅうえい)が横に並んだ。
「ほら、集まって手を止めていると我が主が心配しますわよ。あそこをご覧なさいな」
 董卓が顎で示すと、少し離れた所でこちらを心配そうに見つめる、水着の少女の姿があった。
 董卓のパートナー、神月 摩耶(こうづき・まや)。彼女は直接作業には参加せず、給水やけが人の手当てなどのサポートに回っていた。ちなみに来ているのはスクール水着(旧式)。
 やがて傍らのバッグからタオルとボトルを三セットずつ器用に持つと、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「いいえ、何でもありませんわ、摩耶様。ちょっと休憩してるだけでしてよ」
「そ、そっか。どっか怪我したのかと思った。とりあえず、はい」
 と、董卓たちにタオルを手渡した。
「のど、乾いたでしょ?」
 そして摩耶はおもむろにボトルを開けて、自分の口にミネラルウォーターを大量に含むと、クリームヒルトに近づいた。
「ん!」
 そしてそのまま、人目もはばからず口移し。
 唇同士がくっついた瞬間、その周囲の人間たちが一斉に注目した。
「こくん。ふふ〜、摩耶の応援があればあたしは頑張れるわ!」
 とクリームヒルトはお返しのディープキスを摩耶に返すと、そのまま大きな瓦礫を外へと運び出していった。
「穎姉様も!」
「くすくす。いただきますわ」
 と董卓とも口づけを交わす。
「翔月ちゃんもー!」
「や、拙者は……んぐ!」
 そして問答無用に翔月にも口移し。
 ふとその光景を見てしまった男性作業員は、土砂を積んだ押し車と一緒に重機に衝突。ごは、とかいってひっくり返って土砂を浴びた。
「あ! 大変! 大丈夫!」
 摩耶がまったく気にしていない様子で作業員のもとに駆け寄り、水着姿で手当てを始めた。

 その後、原因不明の謎の事故が多発したとか、しなかったとか。

■■■

 一方、日が暮れた厨房。
「…………」
 料理人が持つフライパン。その上には、真っ黒焦げになったパラミタ鮎が三匹乗っていた。
 ふと後ろを見れば、テーブルの上には綺麗に焼けた鮎が一匹乗った皿と、まあまあな焼け具合の鮎が五匹乗っている皿が置いてある。なぜかテーブルの中央には半分ほど減った酒のボトルが一本。
「戻ったのだ。思った通り近くの山や森に旬の山菜がいっぱいあったのだ! これを使ってまた新しい料理を教えるのだ!」
 と、両手と背中の籠にいっぱいの山菜を積んだ屋良 黎明華(やら・れめか)が厨房に戻ってきた。
「鮎の焼き方は習得できたかな?」
 ぎく、と料理人の顔が強張った。
 黎明華がフライパンを覗きこむと、日本人形のような顔が「なっ……」と絶句した。
「何をしたのだ! 鮎の塩焼きなんて、特に技術なんていらないはずなのに炭になっているのだ! なんか香りまでついていないか!?」
「あ、それは……」
 隣のコンロで料理の見本を作っている枝々咲 色花(ししざき・しきか)が間に入った。
「あれを使ったみたいでして……」
 と、色花が指差したのは、テーブルの傍らにぽつんと置いてあるボトル。アルコール度数の高い酒だ。
「まさか……フランベをしたのか?」
「ごめんなさい。気づいた時にはもう火柱がフライパンから上がっていました」
 あれはびっくりしたなあと色花は思う。
「す、少しでも時間が短縮できないかと……」
「どおりで良い香りがするなぁと思ったのだ! こういうことは基本が身についてからだと皆何度も言っていたのだ! ぶっつけ本番でやれば消し炭になるのは当たり前なのだ!」
 山菜の山をひとまず下ろすと、ずびし、とテーブルの上の、綺麗に焼けた鮎を指差した。
「シンプル・いず・ベストなのだ! まずはあんなふうにやってみろ、なのだ!」
 彼女が受け持った生徒もまた、手の焼ける問題児のようだった。

■■■

 色花はパートナーの友人の高天原 天照(たかまがはら・てるよ)、友人のエセル・ヘイリー(えせる・へいりー)レナン・アロワード(れなん・あろわーど)の四人で、色々な料理を伝授しようとここにやってきた。
 ここにいる料理人たちは皆、やはり基本を無視したケツの青い新米同然で、調味料のさじ加減の大雑把ぶりはのほほんまったりな性格のエセルも苦笑いしていた。このままでは砂糖と塩を間違えかねないということで、懇切丁寧、手取り足取り指導した。
 半日以上の特訓の結果、彼女らが担当した料理人はだいぶ様になっていた。
 ということで、そんな彼にいろいろな料理を伝授すべく、四人は料理を作って見本を見せていた。
 今、エセルはぐつぐつ煮立った大きな鍋をぐるぐるかき回している。
 白身魚に豆腐、用意されていた野菜に、先ほど黎明華が採集してきた旬の山菜も洗ってぶち込んだ。
「隠し味はマシュマロです!」
 そうして出来上がった料理たちは見た目だけでも料理人たちを唸らせていた。
「お刺身、天ぷら……おっと、お鍋の隠し味にマシュマロですか。ひ、一つくらいもらっても……」
「あ! 色花ちゃん! マシュマロのつまみ食いはだめなの!」
 ぱく、と隣でマシュマロを頬張る色花。
「もう! と、とりあえずこんなものなの。後はデザートにアイスとか……あれ?」
「ん? 何か焦げ臭い匂いが近くから……って!」
 振り向いてみれば、別の台所で味噌汁や天ぷらのタレ等を作っていたはずの天照、レナンの料理から不可思議な煙がもくもくと上がっていた。
「なぜ二人の料理から紫色の煙が吹き出しているのです!? おかしいです! 私の料理の概念が音を立てて崩れていきます!」
「ちょ、レナンちゃん! 何を作ってたの?」
「や、何ってお前、言われた通り天ぷらのタレと、あと味噌汁くらいならいけると思って」
 レナンは右手に持ったボウルを見せ、左手で指差した先には、スープ用の大きな食缶。
「薄いの! このタレ何かが違うの! そして味噌汁の底に味噌が沈殿しているの! というか味噌入れすぎなの! しょっぱい!」
「うお、すげえツッコまれた。悪い、俺、料理はやったことなくてな……」
「そしてパープルな煙を上げているコレは何ですか?」
「何じゃ皆して騒いで……」
 と、煙の向こうから悠々と現れる着物姿の小柄な少女、天照。
「天照さん! 一体何を作っているのですか?」
「何って……カレーじゃぞ?」
「「カレー!?」」
 色花とエセルがハモった。
「レナンは料理をしたことがないそうじゃからのぅ。このわしがきちっとした料理を教えてやろうと思ってな。料理ならわしに任すのじゃ」
「すでに任せられない何かが出ているの!」
「何を入れたんですか?」
「何じゃ、おぬしらもカレーくらい作ったことがあるだろう。まずは元をつくるために塩酸と硝酸カリウムを煮て……」
「「カリウム!?」」
「人参、じゃがいも、クロロ酢酸をだな……」
「廃棄なの色花ちゃん!」
「ああ! わしの料理!」
「これはすでに化学兵器ですから!」
 鍋つかみを手に、エセルと色花が慌ててカレーもどきを運び出す。
「うお! なんだこの煙は!」
「オイなんだコレ! 何があった! ていうか何を作った!」
 みるみるうちに騒ぎは厨房を超えて旅館全体まで広がっていった。