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リアクション
四章
お試し宿泊
夜。
今夜は満月。雲一つない空は星が満点。
完成した露天風呂は湯が張られ、和風の形式で石造り。洗面器もしっかりと木造で、周りには木々や岩、砂利など、趣のある庭園が造られていた。
そして鍛え上げられた料理人たちは、十二時間前とはまるで違う顔つきになっていた。
「皆様、このたびは本当にありがとうございました」
旅館の、大宴会場。
旅館のオーナーは作業員と呼び寄せた契約者たちを全員集めて、ふかぶかと頭を下げた。和室の宴会場はこれだけの人数が集まっても余りある広さを持っている。
「温泉も無事湧きましたし、料理も見違えるほど進歩しました。これで来たるオープンを胸を張って迎えることができそうです。ひとえに、皆様のおかげでございます」
オーナーの表情は安堵。よほど追い詰められていたようだ。
「大したお礼はできませんが、一泊二日、明日の夜まで無料で、皆様におもてなしさせていただきたいと思います。早速皆様には、成長した我らが料理人たちの自慢の料理をお楽しみいただきたいと思います」
後ろを向いて、厨房に向かって叫ぶ。
「時間です! 例のコースを彼らに!」
――Oui、monsieur(ウィ・ムッシュ)!
力強い返答。運ばれてくる数々の料理。和風の旅館になぜフランス語なのだろうかと皆は心の中でツッコんだ。
「お?」
以前の料理を知っている彼らは、その変化に気付いた。
すごく、いい匂いがする。
とても美味しそうな匂いがする。
その反応に、指導を受け持った契約者たちはにやりと笑った。
「……い、いただきます」
やがて作業員の一人が、味噌汁を一口すすった。
「…………!?」
疑り深い顔が、一気に驚愕に変わった。
そしてそのまま一気に一杯を飲み干す。
勢いは止まらずに焼き魚、野菜、煮物へと箸が伸びた。
「う、美味い! これ美味いぞ! これも美味いぞ!」
それを聞いて、他の皆も疑り深く料理に箸をつけてみた。
「あ! ほんとだ! 美味しいぞ、この焼き魚!」
「この味噌汁、昨日とは大違いだ! すげえ!」
「美味いじゃん、この天ぷら。なんだよ。やればできるじゃねえか!」
その反応を聞いて、厨房内で料理人たちがハイタッチをした。
「美味しい! このピザ美味しいよ桃花!」
「桃花の作ったピザとどっちが美味しいですか、郁乃様?」
「もちろん桃花の!」
郁乃と桃花の二人も、自作の釜で料理人たちが作ったピザを幸せそうな顔で頬張っていた。
料理指導員の一人、ヴァイス・アイトラーはその光景に満足げに頷く。
アルバ、ラフィエル両名も料理人たちの味見役で活躍したため、現在満腹。料理の上達ぶりは彼ら三人が保証する。
基本に忠実。
料理人たちはヴァイスが口酸っぱく教えた言葉を忠実に守り続けることとなる。
■■■
「…………?」
食事中の色花はふと、会場をそわそわしながら出て行くパートナーの天照を見つけた。
気付けば、エセルの隣にも彼女のパートナーがいなくなっている。
「そういえば……」
色花は以前、天照が言っていたあることを思い出した。
ということは、彼女はレナンに会いに行ったのか。
「エセルさん、エセルさん!」
「わ、なになに?」
「出歯亀部隊、出動です!」
「???」
色花は出て行った二人を追って、宴会場を後にした。
「お。いたいた。おーい天照。来たぞー」
旅館の出入り口。
この時間、今は皆宴会場にいて、このあたりに人は全くと言っていいほど来ない。
そんなところに、レナン・アロワードは天照に呼ばれてここに来た。
「う、うむ。よく来たな。いや、その、なんだ……礼を、な」
「礼?」
「いや、迷惑を掛けたからの」
「ああ。あのカレーな。あんなのは気にするなよ。俺だって味噌汁を……」
「あ、いや、そこではなくてだな……」
「ん? 何だよもじもじして」
「どこに行ったかと思えば、やはり」
「レナンちゃん、天照ちゃんに会いに行ったんだ!」
「どうなるか楽しみですね。このまま物陰に隠れていましょう」
「うん。もうちょっと見てみようです!」
「あ、改めて礼を言うとなるとなんだか恥ずかしいのぅ」
と、照れながら笑う天照。そこでふと思う。
――ん? わしはどうして恥ずかしいと……? まさかと思うが……わしは……。
いやいやいや、天照は頭をぶんぶんと振った。
そんな事はありえない。とにかく礼だけは言わなければ。
「と、とにかくだな!」
「うお! なんでいきなり指差すんだよ」
「い、いつぞやの事件の時は、本当に世話になったからの。礼を言いたかったのじゃ」
「いつぞやの……あ、ああ。あの時か」
レナンは天照が言っていることをようやく理解した。
「わくわくです」
「どきどきなの」
二人に見守られながら、二人のパートナーたちは甘酸っぱい雰囲気を醸し出しながら、途切れ途切れに思いを伝えあった。
■■■
かつん、とお猪口同士がぶつかる。
宴もたけなわとなり、宴会場にいた面々は思い思いの場所へと散って行った。涼介とハイコドは露天風呂に移り、二人は語らいながら、ホウレンソウの胡麻和えをツマミに酒を飲んでいた。
「お。確かに美味いなこの胡麻和え」
「でしょう? 私たちで鍛え上げた努力の結晶です」
「この酒もなかなか美味いな。涼介さん、お疲れさん」
「ハイコドさんも、採掘作業お疲れ様です。温泉、最高ですね!」
涼介は肩までゆっくり浸かった。
「ああ。温かいよな。疲れが癒されるぜ〜」
ならって、ハイコドも肩まで浸かる。
「涼介さん、最近どうなんだ? 家族に奉仕してる?」
「もちろんしてますよ。帰ったら必ず美味しい料理と楽しい話をしてあげています」
「あー料理か。涼介さん料理うまいもんなぁ」
「ハイコドさんは料理しないんですか?」
「作ったことはあるけどな。自分でいうのもなんだけど、ほどほどにしかできねえな」
「練習してみたらどうですか? 教えますよ?」
「そうだな。またヒマな時にでもお願いしようかな」
「自分の作った料理を美味しい美味しいって言って喜んでくれる家族を見る時ほど、作り甲斐があった瞬間はないですよ!」
「そ、そうか。やっぱ家族喜ぶんだ。うん、できるようになりてえな。あ、そうだ。子どものこともちょっと相談していいか?」
「子ども? 育児についてですか? いいですよ、私も知りたいことがありますし。とりあえず一杯」
涼介がハイコドのお猪口に酒を注いだ。
「お、さんきゅ! 実はさ……」
一仕事を終えた父親たちのまったりとした会話は、二人がのぼせる寸前まで続いた。