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ホスピタル・ナイトメア2

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ホスピタル・ナイトメア2

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■ 家族控室 ■



 緊急事態でも起こっているのだろうか。
 遠くで誰かが声の限りに叫んでいる。
 がなりたてるような怒声。
 悲鳴。
 断末魔。
 吸収効果の無いコンクリートの壁。声は反響する。高く、低く、鈍く、とても、鈍く。
 目を覚ましてからずっと怯え続ける水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)の手を握りしめながらマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は彼女を引き連れ家族控室へと逃げ込んだ。
 家族控室は切れかけの蛍光管が点滅している廊下よりは明るく二人を迎え入れた。
「いらっしゃい」
 出迎えるように歓迎の挨拶をしたのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だった。
 挨拶は言葉の割に重い声で表情も心なしか仄(ほの)かに翳(かげ)っている。
「ここは、病院よね?」
 マリエッタの確認に、家族控室に居る全員の視線が集中した。
「ただの病院だったらよかった。パートナーは大丈夫か? 顔が真っ青だ。
 ……無理もないか。お前らもあの変な医者に捕まったんだろう?」
 長椅子に座る久途 侘助(くず・わびすけ)が両手で広げて眺める新聞の紙面から顔を上げる。傍らに座る香住 火藍(かすみ・からん)は新たに加わったゆかり、マリエッタに何とも言えない憐れみをその緑色の瞳に浮かべた。
「どういう……あ、ああ……嘘」
 マリエッタは天を仰いだ。
 天井からは六本の蛍光灯が煌々と白く輝いて目に眩しく、その刺激でゆかりが更にきつくきつくマリエッタの手に縋り付いてくる。
「嘘じゃない。俺達じゃないけど、俺達が新聞に載っている」
 日付の新しい新聞。病院側が用意するにはやや品の劣る、どこぞの家族が置いていったらしい、どこにでもある安価で買える大衆紙(タブロイド)。広げただけで目につく一面にでかでかと印字されたタイトルは、嗚呼、見なくてもわかる。
 眠る前に一度は″その噂″を話題に出したのは記憶に新しい。
 曰く、新種の奇病か。眠ったまま死ぬ病! 現代に出現した解明できない謎! 祖先の呪いか果ては宇宙からの侵略か、オカルトにするにはその死に顔は安らぎに満ちている!
「俺は見たし、聞いた」
 侘助とテーブルを挟んで反対側に座っていた千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は両掌を一度握り、開く。
 かつみだけじゃない。全員が見聞(みき)きした。そして、先に集まっていた面々で話を統合し、結論を出した。
 つまり、
「このままでは死ぬ、ということ……」
 ゆかりを宥めることに懸命だったマリエッタは自分が遅れて状況を理解したことに、こうして他の契約者と合流できただけでも幸(さいわ)いなのかと、ゆかりの肩に手を伸ばし、パートナーを引き寄せる。
「現実の私たちはまだ眠ったままで済んでいるんだよね?」
 エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)の優しい希望にメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が頷いた。
「可能性はあるね。私達は、まだ『治療』を受けていないからね」
「だが、″このまま″では死を待つだけだ」
 新聞を折り畳んで告げた侘助に男達が同意した。

 ブゥンと鈍い電子音を鳴らし、テレビがついた。

 家族控室に嫌な緊張が走る。
「な――」
 にが、と問おうとしたマリエッタをメシエが片手を挙げて、制した。
 テレビは全員の視線が集まったのを待ってから、その映像を液晶パネルに映しだした。
 映っているのは白衣でも寝間着でもない制服。警備員だろうか。片手に懐中電灯を持って廊下を歩く後ろ姿。腰に提げた鍵束とチェックリスト。どうやら病院内の巡回中らしい。
「鍵……」
 誰かが上擦った声で、″このままではいけない″と繰り返す。
 映像は無音。独特の古ぼけた緑がかる色彩でずっと警備員の後ろ姿を追っていく。警備員は気づく様子は無い。誰がこれを撮影しているのだろうか。しかし、その疑問は誰も口には出さなかった。出せずに居た。ゆかりを除いた全員の目は鍵束に釘付けだった。
 ズームアップされる、チェックリスト。上から順に見回った時間を記入されていくそれ。階段の前で一度立ち止まる制服姿。リストは捲られ、2Fと書かれたページ。一階の巡回は全て終わったようだ。
 それはもうすぐこの控室に警備員が戸締まりの確認をしにくるという暗示。
「カーリー!?」
 マリエッタが叫ぶのと同時にテレビの映像が切れた。
 ゆかりが家族控室のドアノブを掴んで、ガタガタと震えていた。反射的に掴んだのはいいものの、開ける勇気が足りないようだった。
「急ごう」
 侘助が言った。
 かつみは侘助から新聞を貰うとそれを適当な大きさに切って捻じったものをいくつか用意する。火術で簡易松明にする為に。エドゥアルトは被せてあったビニール袋をゴミ箱から剥ぎ取ると人工観葉植物の鉢から観賞用の小石をビニール袋に入れて簡易ブラックジャックを作成する。
 壁から災害用にと設置されている懐中電灯を取ったエースはスイッチをスライドしても点灯しないことに、カチッともう一度試した。
 カチッ。
 カチッ。
 ――カチッ。
「つかないみたいだね。それは使えないようだ」
 メシエがエースの手から懐中電灯を取り上げる。
 非常様なのに電池切れで使いものにならない懐中電灯が壁に戻されるのを見て、エースは光源の確保を諦めた。
 火藍に禁猟区の結界を張った侘助は、ドアの前で蹲るゆかりに女性だし無理もないと両肩を竦めた。
「俺は、敵さんの確認をしに行こうと思う」
 ゆかりに場所を退(の)いてもらってからドアノブに手をかけた侘助は一同を振り返って告げる。
 新聞には噂になっている病気の事は面白おかしく書き立てているだけで有益な情報など一行も無く、先程の鍵束の映像が頭から離れないせいもあり、病院脱出にはその鍵束が必要だと狙いを定めていた。
「かつみ」
「ああ、行こう」
 エドゥアルトに呼ばれて、かつみも侘助達に続いた。
「俺達も」
「そうだね」
 チェックリストの内容を確認しあったエースとメシエは頷き合う。
 廊下に響く危険を恐れて静かに家族控室の扉が閉まった。
 室内には、ゆかりとマリエッタの二人だけが残る。