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リアクション
【悪夢の中の目覚めとささやかなる希望】
薄闇の中で、全員がほぼ同時に、目を覚ました。
「うっ……ここは?」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、傍らでゆっくりと起き上がるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の何ともいえない不機嫌そうな面持ちを横目で見やりながら、ぼんやりと霞む闇の中を見渡した。
ふたつのテーブルと、十脚近いパイプ椅子。
壁際にはソファーも見受けられる。
戸棚にはティーセットなども用意されているところから見て、談話室か何かであろう。
「えぇっと、何でこんなところに居るんだっけ……?」
セレンフィリティは茫漠とした意識の中で、病院患者用の白い寝間着姿である自分自身に対して小首を傾げてみたが、次第に気を失う直前の記憶が蘇ってきて、愕然たる表情を浮かべる。
そうだ――自分とセレアナは、確か何者かの手によってストレッチャーに縛りつけられ、この不気味な病院に連れ込まれたのだ。
しかし何とか必死の思いで脱出し、意味不明な叫びを上げながら追いすがる狂人医師の手から、辛うじて逃げ延びてきたのである。
そして他の顔見知りのコントラクター達とも遭遇し、とにかく隠れられる場所を探そう、ということで、病棟三階の談話室に逃げ込んできたのだ。
自分達が何故、こんな病院に連れ込まれたのかについては、その経緯が全く分からない。
事故を起こして運び込まれたとか、何かの戦いに巻き込まれて搬送されたとか、そういう記憶も皆無なのである。
だが実際こうして、自分達は寝間着を着せられて、機能しているのかいないのかよく分からない病院へと連れ込まれてしまっている。
謎解きは後回しにするとして、とにかく脱出してみないことには何も始まらない。
「く……暗いッ! 何か知らんけど、暗いトコ嫌ッ!」
不意に室内の一角で、甲高い声があがった。
見ると、同じく白い寝間着を纏ったアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が身悶えしながら、意味不明の台詞を口走っている。
「ちょ、ちょっと、どうしちゃったノォッ!?」
まるで別人のように豹変し、暗闇に対する恐怖心を剥き出しにしているアキラを、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が酷く混乱した様子ながら、必死になだめようとしていた。
その傍らで、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)とザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は随分と冷静な面持ちで周囲を眺め、次いで窓に手をかけた。
開けてみると、格子状の転落防止柵が全面に張り巡らせてあり、外に出ることは出来ないのだが、夜の闇に包まれた中庭方面を見ることは出来た。
ここでルカルカとザカコは、脂汗を滴らせて、ごくりと唾を呑み込んだ。
ふたりとも、あの中庭に見覚えがあったからだ。
「……何てこと……また、あの病院に連れ込まれてしまったなんて……」
「ここ最近、眠ったまま息を引き取るひとが続いていたので、おかしいと思って調べていたのですが……矢張りといいますか、死の世界と直結しているこの病院が一枚絡んでいた、という訳ですね」
ルカルカとザカコは、かつて体験した恐怖の一夜を思い出し、静かに身震いした。
そんなふたりに、セレアナが怪訝そうな面持ちで視線を向ける。
「ここ、知ってるの? 何か情報を握ってるんなら、是非教えて欲しいんだけど」
説明を求められたルカルカとザカコは、しかし過去に一度経験したことがあるというだけで、この謎の病院の全てを知り尽くしているという訳ではない。
確実にいえることは、謎の敵が徘徊している上に、この病院内ではコントラクターとしての能力がほとんど発揮出来ない為、極めて危険な状況に置かされているという事実のみであった。
「つまり、ここでは俺達はただの一般人に過ぎない、ということか」
それまでルカルカとザカコの説明を黙って聞いていたジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が、危機感たっぷりの厳しい表情で低く唸った。
襲い来る謎の怪物はほとんど無敵だが、自分達は恐ろしく脆弱――まるでどこかの三流ホラー映画に入り込んだような気分である。
フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)が夢ではないかと己の頬を抓ってみたが、返ってきた痛みは間違いなく現実であり、夢や幻を見ている訳ではなさそうであった。
「冗談じゃない……こんなところで、死んでたまるか……私には、帰らなきゃいけないところがあるんだ」
長曽禰 ジェライザ・ローズ(ながそね・じぇらいざろーず)が、ぎりぎりと奥歯を噛み締める。
大切なあのひとのもとへ、何が何でも帰るんだ――ジェライザ・ローズの決意は何にも優って強固であったかも知れないが、しかしこの地獄の病院では、単なる決意だけでは生き延びることが出来ない。
それはルカルカとザカコが、誰よりもよく知っていた。
「まず、一番厄介なのは間違いなく、デスマスクね。あいつを何とかしないことには、誰ひとりとして無事に脱出なんて……」
ルカルカがそこまでいいかけた時。
不意に同じ階のどこかで、野太い怒声が殷々と響き渡ってきた。
「お前こらァッ! それわしのコーラやろがッ! いてこましたろかボケェッ!」
思わず、その場の全員が互いの顔を見合わせた。
誰もが知っている声だった。
「今の……若崎さんの声、だったよね?」
ジェライザ・ローズが困惑と期待の入り混じった表情で他の者を見渡すと、アキラやセレンフィリティといった面々も、幾分驚いた様子ながら、強い調子で頷き返してきた。
時間と空間を圧縮し、向かうところ敵無しの怪物、若崎源次郎。
彼ならば、デスマスクを相手に廻しても五分に戦えるかも知れない。
コントラクター達の間に、ほんの僅かではあるが、淡い期待のようなものが浮かび上がってきた。
「前は恐ろしい敵だったけど、今はそんなこともいってられない……探そう、彼を」
ジェライザ・ローズは力強く立ち上がり、廊下に面する扉へと向かった。
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