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ホスピタル・ナイトメア2

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ホスピタル・ナイトメア2

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【突撃夫妻】

 ジェイコブとフィリシアは、最初に遭遇した腐乱死体の如き患者の群れを何とか突破した後、面会室へと辿り着いていた。
 そこで、何か武器になるようなものは無いかと物色したジェイコブだが、折り畳み式パイプ椅子を見つけた以外は、これといって有用な物は見当たらなかった。
 松葉杖などがあれば最高だったのだが、と残念がったものの、倉庫ならばともかく、面会室に松葉杖などは用意されていなかった。
 仕方なく、パイプ椅子を二脚持ち出し、フィリシアとそれぞれ一脚ずつ携えて即席の打撃武器としたジェイコブだが、先程のように、腐乱死体の如き患者の群れと遭遇したら、今のように冷静でいられるかどうかは、自分自身でも甚だ疑問であった。
 それでも、この場に留まる訳にはいかない。
 ルカルカとザカコが説明したように、デスマスクは神出鬼没で、いつ、どこに現れてもおかしくないのだ。
 こうして面会室に留まり続けることでさえ、危険な行為であった。
「ありがたい。こいつは、院内の見取り図だな」
 ジェイコブは面会室の出入り口脇の壁に掲げられている院内見取り図をじっと凝視した。
 若干変わった構造ではあるが、記憶するに際しては、然程にややこしい造りにはなっていない。
 院内の各階、各部屋の配置をあらかた覚えたジェイコブは、一階のエントランスから中庭に出て、正門を目指すルートを頭の中で描いてみた。
 普通に走破すればものの数分ともかからない距離だが、しかし今は状況がまるで違う。
 敵の数も分からなければ、デスマスクがどのタイミングで出現するのかも一切不明である。
 エントランスからそのまま中庭に飛び出せるのであれば一気に走り抜けるのもひとつの手であろうが、その保証が何ひとつ確約出来ない以上、慎重に移動せざるを得ない。
「よし、行くぞ」
 ジェイコブの低い声に、フィリシアは緊張した面持ちで小さく頷いた。
 まず、ドアの隙間から薄暗い廊下をそっと覗き見てみる――幸い、これといった人影は見当たらない。
 もしまた、あの患者の群れが居たらどうなっていたかと内心で恐れいていたジェイコブは、ほっと胸を撫で下ろした。
 ふたりして音を立てないよう、足先を忍ばせて廊下へと滑り出る。
 階段は、すぐそこにあった。
 パイプ椅子をいつでも殴打出来る態勢で構えたまま、階段へと走るジェイコブ。そのすぐ後ろに、フィリシアが続いた。
 階段までは、難なく到達した。
 問題は、ここからであった。
「うっ……」
 ジェイコブは低く唸り、階段の降り口で思わず足を止めた。途中の踊り場に、複数の人影が漫然と佇んでいたのである。
 ひとりは白衣をまとった医師風の人影で、残りは腐乱死体の如き外観の患者達であった。
 彼らの姿を目にした時、再びジェイコブの精神が恐怖の念に蝕まれてゆく。
 フィリシアを守り通さねば――強い決意を持って臨んだジェイコブだったが、しかしそんな彼の決意をも簡単に打ち砕いてしまう程に、その恐怖感は強烈だった。
「わたくしが血路を開きます。あなた、遅れないようにしてくださいね」
 傍らから、フィリシアが口を真一文字に結んで進み出てきた。
 愛妻の思わぬ行動に、ジェイコブは恐怖の中で驚きの念を抱いた。
「だ、駄目だフィル、危険過ぎる……」
 制止しようとするジェイコブだが、フィリシアを引き留めようと腕を伸ばすことすら出来ない。それ程までに彼の恐怖心は、肉体の自由を奪い去ってしまっていたのだ。
 フィリシアは、一気に階段を駆け下りてパイプ椅子を振り回した。
 患者達は反応が遅く、次々と薙ぎ倒されてゆく。
 しかし問題は、医師風の男であった。
「いかん、逃げろッ!」
 ジェイコブが警告の声を上げるよりも早く、医師風の白衣姿はパイプ椅子の直撃を浴びつつ、手にした医療用ハンマーを振り抜き、フィリシアを昏倒させた。
「うっ……うぉぉぉぉぉぉッ!」
 この瞬間、ジェイコブは恐怖心を吹き飛ばさんばかりの勢いで雄叫びを上げ、パイプ椅子を振り上げた姿勢で階段を一気に駆け下りた。
 医師風の男がハンマーで反撃するよりも一瞬早く、パイプ椅子が一閃した。
 その勢いを受けて、医師風の男は二階まで階段を転げ落ちていった。
 ジェイコブは、意識を失ったフィリシアに駆け寄り、必死の思いで介抱する。
 幸い命に別状は無さそうであったが、受けたダメージは大きいようで、ジェイコブが呼びかけても、意識が回復する気配は無かった。
「……大丈夫だ。この俺が必ず、ここから脱出させてやる」
 フィリシアの華奢な体躯を背負い、ゆっくり立ち上がったジェイコブだが、その視界の中に、絶望の光景が飛び込んできた。
 ジェイコブが立ち上がった踊り場を挟んで、三階と二階の双方に、無数の人影が集結していたのである。
 突破の為には、戦闘は極力避けるというのが当初からの方針であったが、階段の踊り場での戦闘は、避けようが無かった。
 だがここから先の、逃げに徹しての突破は可能か。
 ジェイコブの中では既に、悲観的な結論が出ていた。
「なぁフィル……この病院を脱出したら、美味いものでも食いに行こうか」
 意識を失ったままの愛妻に静かに語りかけてから、ジェイコブは二階に向けて階段を駆け下り始めた。


 それから、十数分後――。


 二階の階段口で、一組の男女が原型をとどめない程に肉体を破壊され、無残にも放置されていた。