蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

源泉かけ流しダンジョン

リアクション公開中!

源泉かけ流しダンジョン

リアクション

第8章 『広間』で


「ここだ!!」

 岩の間に顔を寄せたルカルカが声を上げた。
 何とか片目を寄せるのがやっとという狭い隙間。その向こうには、障害物もなくなだらかな、天然の湯殿が静けさの中に広がっていた。
 水底は――金色。
 時折水面が揺れると、ちらちらと煌めく。

 ここに来るまでには、他の探索している契約者たちに会ったり、彼らが残したメモ書きなどに助けられたりしていた。
 そして、広間を探している者の多くは、ほとんどがもうすでにこの近くまで来ている。細かい分岐点で別れてしまったので、今ここにいるのはルカルカ達だけのようだが。
 もしかしたら別の分岐したルートからも、この広間は見えているのかもしれない。
 それにしても。

「見たところ誰もいないわ。気配もない」
 【ダークヴィジョン】でよくよく見ても、生物の気配はなく、また水底が金色に光っていること以外は、特に変わったものは見えない。
「天井付近にも、入り込めそうな横穴はないようだ」
 ダリルが、立ちはだかる岩壁の上部を見上げて言った。
「――っ、水中にも穴はなさそうだな」
 潜水して様子を探っていたカルキノスが上がってきて、そう付け足す。この辺りは水深は大したことはない。湯の温度も高めだが一定している。岩の小さな隙間を覗いて向こうを見ることを思いつかなかったら、退屈な暗い通路の行き止まりとして誰もが引き返すところだろう。
「つまり、このままじゃ向こう側には進めそうにないってことね」
「ということは、俺の出番か」
 カルキノスが進み出た。

 カルキノスが精神を集中すると、土の中で何か巨大なものが蠢くような気配が現れ始める。
 それは土の「気」の力。カルキノスの力に応じて、気が練られ、その意志の力で自らの形を変え始める。
 土の響きは洞窟の内部を震わせる。――【地門遁甲・創操殻の術】。
 隆起し、崩落し、均される。カルキノスのイメージする地形が作られ、現れる。

「――慎重にやった方がいいぞ、土を動かすことで他の場所の地形も変わるからな、湯量まで一気に」
 変わるぞ、というダリルの言葉を最後まで聞く前に、その言葉通り、いきなりどこからか流れ込んできた湯で水量が暴発するように上がった。カルキノスが均した部分から一気にそれは広間に流れ込み、その一番端に跳ね返ってルカルカ達のいる方へ流れてきたという感じだった。
「わーっ」
 3人とも辛うじて堪えたものの。
「びっくりしたよもー」
「悪ぃな、ちょっくら油断したようだ」
「意外と高い場所から湯が来たようだったな。やっぱりここは湯殿ごとに高低差がある」
「崩れた場所大丈夫かな」
「やべぇと思ってすぐに元に戻したから、最小限の被害で済んでると思うが」
 何を持って最小限とするかは謎だが、取り敢えず広間周辺は一時的に爆発的に湯量が上がったということ以外、被害らしい被害もなさそうだ。その湯量も、他の場所に流れていくうちに均されていくだろう。
「他の探索している人たちにも伝えたいけど……今の音とお湯で、気付く人は気付く、かな」
 ルカルカは一応HCに情報を打ち込んだが、HCを持っている契約者しか情報が共有できない。それでも、ほとんどがこの奥部にまで進んできているので、今の異変で何か察した者はこちらに向かってくるだろう。
 そして、3人の前には、土の変動で岩の壁が開かれた結果、金色に光る『広間』が姿を現していた。
「ここが……」


 湯量増加で荒れた波が収まると、水底は再び、穏やかにキラキラと輝きだした。


「? カルキ!?」
 いきなり、ぼちゃんと音を立ててカルキノスが湯の中に潜った。ルカルカが声をかけたが、カルキノスは潜水しながら広間の中の方へと向かっていって、顔を上げたのはしばらくたってからだった。ルカルカ達とそれほど離れたわけではなかったが、カルキノスは金色のさざめきの中に立っていた。湯は彼の胸まで浸していた。
「……これが、金色の光の元か?」
 そう言って、カルキノスは何か握った右手を掲げ、ルカルカとダリルに向かって開いた。
 ……何か、金色に見える、小石のような粒が幾つか、そこに濡れて光っている。
「それ何? 石? 砂金とか?」
「いや、これは――だな」


 広間の水底は、道を阻んでいた岩壁の前よりも一メートル近く深くなっている。
 その底一面に、この……鱗がびっしり落ちている、と、潜ったカルキノスは言った。
「ヌシ……パラミタリンドヴルムの鱗は、金色なの!?」
 驚いてルカルカが言うが、ダリルは、
「記録でも目撃情報でも……例は少ないが、そんな話はなかった。体は濃緑色だという話が一般的なようだが」
 カルキノスは鱗の一枚を翳した。鱗から湯が流れ落ちる。目を凝らすと、濡れた金色の縁は僅かに緑色を帯びてもいる。
「こいつは……温泉の成分で変色したんじゃないか?」
 カルキノスは拾ってきた鱗をダリルに渡した。ダリルとルカルカがそれらを矯めつ眇めつ眺めている間に、カルキノスはもう一度潜って水底を見てきた。
 そして、上がってくると、
「鱗は結構な厚みで積もってるぜ。その底と上辺の方とでは、鱗の大きさや固さなんかがだいぶ違うな。
 ここにどれだけのパラミタリンドヴルムがいたのか、奴らの寿命がどんなものなのかは俺にも定かじゃねぇが……
 相当長い年月かけて、積もったもんだな、こりゃあ」
 その証拠の鱗も拾ってきたらしく、2人に見せた。積もった底の方にあった鱗は非常に薄く、緑色はほとんど抜けて透明に近い薄い金色をしている。表面に近い方のは、まだ緑色も濃く、固さも厚みもあって大きさも底のものよりあった。それは、この温泉の底に使っていた年月の差の現れだった。
「ここまで薄くなると不思議な感触ね。全然固くないけどしなやかな強さがあって……」
 底にあった鱗を指で挟んで少しいじってみて、ルカルカが呟いた。
「色は金色でも、金目のものでなかったわけだな」
 ダリルがやはり鱗を見つめて呟くと、ルカルカは頷いて、
「そうね。でも……ヌシの大事な、生きてきた記録よね」


 湯に満たされた広間の一隅に、なだらかな岩盤が顔を出していた。結構な水深のある広間でずっと湯につかっているのも大変なので、3人はその上に上がった。
「ここは地熱が凄いな。足に伝わってくる」
 ダリルの言葉通り、割合広い岩盤の上はポカポカしていた。
「暑すぎるなら、気温下げる? 【火門遁甲】で――? ダリル?」
 言いかけたルカルカの言葉が、ダリルの表情の変化に気付いて止まる。
「ダリル?」
「ルカ、あれを見ろ……!」

 彼の指差す先……岩盤の上から広間の水面を見て、初めて気が付いた。
 広間の真ん中に、うつぶせで浮かんだ、全裸の女性――




   温泉洞窟殺人事件――
  
  ヌシの呪いが死を招く!?

  金色の湯に浮かぶ謎の女性と謎の組織の確執(?)!(仮)





「――いや生きてるこの人、気絶してるだけから」
 すぐに飛び込んで近寄ったルカルカが、その生存を確認し、岩盤に引き上げた。

 もちろんこれは、パワードスーツをパージされたペルセポネである。何故全裸なのか、ルカルカには知る由もなかったが、脈があるのを取り敢えず確かめるとさすがに男性の目に晒すのはどうかと思われ、岩盤の上の方にある、隆起した岩の影に引っ張っていって寝かせ、応急処置をした。
「怪我は? 治療しなくて大丈夫なのか?」
 女性が全裸であることよりその女性のバイタルサインの方が普通に気にかかるダリルは、何の他意もなくそう尋ねたが、緊急事態でない限り女性のデリカシーを出来るだけ尊重したいルカルカは、
「外傷はなかったし、水もそんなに飲んでなかったから大丈夫。
 溺れたわけじゃなくて、多分湯当たりか何かして、お湯に落ちたのね」
 それで湯に浮かんでいたところに、カルキノスの地門遁甲による地形変化で湯が動き、その拍子にこの広間に流されてきたのだろう。
「外傷はない、か。じゃあヌシに襲われたというわけではないんだな」
「多分ね。何だかうわ言で『胸から竜が』って呟いてたけど」
「なんだそれは。タトゥーか何かの話か?」
「じゃ、暑くて着てるもん脱いだのか」
 カルキノスが鷹揚に言ってのけた。こちらも豪放磊落なだけで特に他意はないのだが、
「それだったら俺だって、この暑苦しい……というか鬱陶しい水着脱ぎたいもんだが」
「やめてお願い」
 1か所に全裸の女性と男性がいるのは避けたい、というかいやそれ以前に。
 取り敢えず、保護されたペルセポネは岩陰で、ルカルカの【火門遁甲・創操焔の術】を使って気温を減退させた状況下で、涼ませながら寝かせておくことにする。

「ルカ、ダリル、ちょっとこっちを見てみろよ」
 カルキノスが、彼が拾ってきた鱗をまだ見ているルカルカとダリルに声をかけてきた。
 彼がいるのは岩盤の突端で、足元に何かいろいろと散らばっているのが見えた。




「あ、あれはっ」
「『広間」でふね!」
 ヨルディア、リイム、カーリアは、岩壁が開いた後一番最初にやって来た。岩壁が開いた今、キラキラと金色に光る水面は遠くからでも目に入り、遠目にも軽い驚きを見た者に与える。
 そこに到達すると、先着のルカルカ達が彼らに気付き、「水深が深いからこっちに上がった方がいいよっ」と声をかけた。ひきつり気味のヨルディアをリイムとカーリアが励まし支えて、広間の縁の岩壁伝いに岩盤の上に上った。
「んとね、僕たち学者さんの依頼で、パラミタリンドヴルムさんの生態調査に来たでふ」
 一同を代表する格好で、リイムはルカルカ達に説明した。
「生息環境を荒らすつもりはないでふ」
 それを聞いてルカルカも、水底の鱗の話をした。
「ちょうどいい、調査っていうなら、こっちを見てみろよ」
 カルキノスが声をかけ、リイムらを岩盤の突端に誘った。

「ぽかぽかでふね」
「地熱が凄いですわ」
「? ガラクタ?」
 臥せっているとじんわり熱くなってくるくらいの地熱が伝わる岩盤の突端に、何か……それこそカーリアの言い草では「ガラクタ」としか称しようのないものが散らばっている。よく見るとそれは、壺だの樽だのといった、人間の生活用品の残骸のようだった。
 それに混じって、小さな、一見厚手の陶器の欠片のようなものが幾つも散らばっている。
「これは、卵の欠片だな」
「卵!?」
「誰かに現れたって感じの割れ方じゃねぇ。孵化した後の欠片だろうな」
 カルキノスはそう言って、その破片を手に取り、リイム達の方に寄越した。
「じゃあ、こっちの壺や何かは?」
 ヨルディアの疑問には、ダリルが「あくまで考察だが」という前置きを付けて答える。

「おそらくパラミタリンドヴルムは、ここの地熱を抱卵の代わりに利用しているのだろう。
 生態はまだよく分かっていないが、この卵の殻、一般的な野生の爬虫類などの卵に比べてかなり厚みがある。
 ごつごつした岩場に産んで何かの拍子に壊れたりしないよう、厚くなったのかもしれないが、反面熱も伝わりにくそうだ。
 孵化させるのに必要な熱は、地熱に頼っているのだろう。ここは、ヌシが卵を孵化させる場所だ」

「で、この辺りのガラクタは……いうなれば巣材のようなものではないかと思う。
 必要な熱を得られるからといって、地熱で温まった岩盤の上に放置しておいていいというものでもないしな。転がして時々位置を変えたりもするだろう。
 熱が行き過ぎないよう、もしくは必要に応じて空気の流れを変えるよう、卵を囲んだり卵の下に敷いたりという風に使っているのかもしれん。
 そういうことに使えるものを探して、時折人間の居住区域から失敬してたりしたから、話に尾ひれがついて『ヌシはお宝を溜めこんでいる』なんて噂になった……
 ということも考えられなくはない」

「じゃあここで待ってれば、ヌシが子連れで来るのかな」
 ルカルカがダリルに聞くと、いや、と横からカルキノスが口を挟む。
「卵の殻が温泉成分に浸食されてずいぶん変色しているところを見ると、孵化したのはだいぶ前だろう。
 孵った子供たちはもう巣立ちしているかもしれねえな。
 これだけ水底に鱗がたまっているところを見ると、ここは主の長年の棲み処なのかもしれないが……確実とは言えねえな」


「なるほど、参考にいたしまふ」
 リイムはそう言ってぺこっと頭を下げると続けた。
「で、学者さんに、研究資料としてこの鱗や卵の欠片を少し持ち帰っても大丈夫でふかね?
 ヌシさんを怒らせたりすることになるでふかね」
「別に、全部を大事に保存していあるとは考えにくいし、平気だと思うがな」
 カルキノスが鷹揚に言う。
 リイムとヨルディア、カーリアは顔を合わせ、しばらく話し合った後。
「じゃあ、僕らしばらく調査活動をしまふので、お気遣いなく。いろいろ教えてくれてありがとうございまふ」
 そう言って、卵の破片を回収したり、突端の孵化場所の様子の写真を取ったりし始めた。
 カーリアは、鱗を適当数集めるために湯に潜った。
 深い湯には近寄りたくないヨルディアは、岩盤の縁から離れ、岩壁に背をつける反対奥まで下がって周りを見渡していたが、
「……あぁ、あそこから湯が出ているのね」
 ふと呟いた。
 孵化場所になっている突端の向こう側に見える高い岩壁の天辺から、湯が勢いよくなだれ落ちているのが見えた。もうもうと、湯気を上げて。