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夏最後の一日

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夏最後の一日

リアクション

「……」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は話をするべく集めた千返 ナオ(ちがえ・なお)エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)ノーン・ノート(のーん・のーと)の顔を見回した。特にナオの顔を見るとする話の内容のためか心痛を感じずにいられない。
「……」
 三人は黙し、かつみが話を切り出すのを待つ。茶々を入れる事が出来ない真面目な話だとかつみの様子から察したので。
 もう一度三人の顔を見回してから
「今からナオ達にナオの両親について分かった事を話す」
 かつみはこれから話す内容を皆に明らかにした。
「……」
 予想通りの内容に皆は引き締まった顔でうなずき、静かに話を聞く事に決めた。
「ついていたリボンがお店の物だったので、それが手掛かりになったんだ」
 ナオが画像化した写真を見せた後、かつみはあるブログを皆に見せた。
 途端、
「……」
 三人の顔色が一同に変化。
「どうやら地球で小さなケーキ屋をしていて……10年ほど前に更新が止まったサイトが残っていてそのブログの中に息子、つまりナオの1歳の誕生日を祝う内容が残っていた。そこにナオとケーキの写真が写っていて、お前の名前も明らかになっていて、こーた……幸多って言うらしい」
 ブログを見せながらかつみは詳細を話した。
 三人はブログを覗き込み写真を確認して
「ほんとうだ。一部食べてるけど写ってるのはあのケーキだね……よく見つけたね。リボンもナオの記憶の画像でははっきり文字にはなってなかったのに」
 エドゥアルトはナオが画像化したケーキとブログのケーキを見比べかつみの成果に感心した。
「これが俺なんですね……顔にクリームつけて大喜びしてる。俺の名前、幸多って言うんですか……」
 ナオはじぃと食い入るように記憶の無い時間を過ごす写真の中の小さな男の子を見つめ、不思議さとあったかさを感じた。
「幸多か……幸多かれということか。その名付けだけで、ご両親がどんなにナオを大切に思ってたか分かるな」
 同じく名前を発見したノーンはそこに込められた意味を読み解き、どれだけ両親がナオを愛していたかを感じ取っていた。
「……幸多……」
 ナオはノーンの言葉を胸に刻み込み、口の中で自分の本当の名前を反芻していた。両親が愛する我が子に付けた名前を。
 当然調査結果はここで終わりではない。肝心の両親の行方が不明なまま。
「……かつみ」
 エドゥアルトが写真から顔を上げ静かに促した。
「……あぁ」
 かつみはこくりとエドゥアルトにうなずいてから真っ直ぐにナオに向き直り
「このブログを見付けてそこから関係者に連絡を入れたところ……」
 話し始めるももう一度かつみは皆の真剣な顔を見回してから続けた。
 かつみは呼吸と気持ちを整えるため間を置いてから
「10年ほど前に、一家三人、つまりナオとナオの両親が爆発テロに巻き込まれて亡くなったらしい。爆発地点の近くにいたらしく、その周囲での生存者無しで……両親の遺体も酷い状況で1歳児など跡形もなく吹き飛ばされたと思われていた」
 あまりにも残酷な事実を明らかにした。
 聞いていた一同、少し押し黙った。誰もがナオが生きた両親と再会出来ると思っていたから。あの七夕でお願いした時だって。まさか永遠に生身の両親に会えないとは。
 少しして
「……もしや」
 ノーンがある事に気付き、かつみを見た。
 それは
「あぁ、そのせいで捜索願いも出ていなかったんだ」
 捜索願いが出ていなかった理由である。
 さらに
「爆発テロというと犯人は……」
 エドゥアルトは犯人について追及する。テロという事で大方は予想つくが。
「あぁ、そうだ。当時犯人は特定されなかったらしい。ただ、時期的に鏖殺寺院が動き始めた頃なので、おそらく……そして、その先は……(ナオは現場から連れ去られ……実験用として)」
 かつみは調査結果のままを口にするが、途中で飲み込んだ。あまりにも言葉を多くすると余計に気分の悪い話になるし、皆先の事は知っているから。
「……」
 静かなナオを見て
「しかし、かつみ、爆発テロに遭遇したというのに当時赤ん坊だったナオは見ての通り生きている。それはもしかして……」
 ノーンがある些細だが肝心な疑問を口にした。ある推測を考えながら。
「おそらく、両親がとっさに身を挺してナオを守ったのだと思う。そうでなければ、ナオはここにはいないはずだから」
 かつみはうなずきノーンの推測に同意を示すなり、ナオの様子を窺った。ちなみにかつみ達の予想通りナオはとっさに両親が守った事によって奇跡的に助かったのだ。
「……俺を……守った……命懸けで……」
 ナオは二人の言葉で自分の命が今日この日まで続いている事が奇跡のように思え、胸が熱くなった。何より両親のおかげと思うと一層、自分の命が愛おしい。
「親とはそう言うものだ。自分の身よりも我が子が大事なのだよ」
「……とても愛されていたんだね、ナオは」
 ノーンとエドゥアルトは優しい笑みをナオに向けた。
「……」
 自分を気遣う三人の顔を見回したナオの目には一筋の涙が頬を伝い流れた。
 それを見たかつみは
「ごめん……俺がもう一度探すなんて言わなきゃ、こんな事実知らずにすんだのに」
 傷付けたと思い慌てて謝った。知らずにすめばどこかで生きていると希望を持てたに明らかになってしまうと酷い真実を抱えて生きていくしかないから。
 ナオは違うと頭を左右に振ってから
「かつみさん、謝らないで下さい。俺が泣いてるのは辛いからじゃないです。両親からも大切にされてたんだって分かったからです……おそらく亡くなるその瞬間まで愛してくれていたと」
 自分の気持ちを言葉にした。もう両親には会えないが、繋がっている。命を貰い守られ、今ここにいる。その事実こそがナオが両親に愛されていた証拠。
 そして
「かつみさん、ありがとうございました……でも……」
 ナオは涙を拭い、約束を果たしてくれたかつみに心底感謝をするも少しだけ気になる事もあるようであった。
 それに気付いたかつみは
「……真実を話したのはナオなら大丈夫だと思ったからだ……それに……」
 真っ直ぐにナオを見つめて答えた。残酷な真実を隠し嘘を伝える事だって出来ただろうがかつみはそうはしなかった。それはナオを信じているからともう一つを言葉にしようとしたが
「このままナオを泣かせていては、ご両親に示しがつかん! よし! 今日はナオを甘やかすぞ、徹底的に。問答無用!」
 ノーンのテンション高い声に遮られ霧散した。
「……先生」
 ナオは本形態で小さい体を伸ばして自分を抱き締めるノーンを嬉しそうに見下ろした。
「それじゃ私も今はナオを思いっきり甘やかしたい気分だよ。だからつきあってくれる?」
 エドゥアルトもノーンの提案に乗ってわざと笑いながらぎゅっとナオを抱き締めた。
 そんな二人を見たかつみは思わず
「おい、ずるいっ」
 声を上げてしまった。
「ん、一人出遅れた奴がいるみたいだな」
 かつみの声を聞いたノーンは振り向き
「おやー? かつみはナオを甘やかしたくないのかー?」
 にやりとわざと嫌らしく言った。
 ノーンの言葉を受けるなり
「……い、いや……その……ああっそうだよ俺だってナオを甘やかしたいよ! 文句あるか!?」
 かつみは思わずムキになって言い返した。
「かつみもそんなにムキにならないで、別に文句はないよ。素直に言えばいいだけなのに」
 エドゥアルトがくすくすと笑いながら言うと
 ムキを通り越し
「……全く」
 かつみの口から溜息が洩れた。

 ナオはノーン、エドゥアルトの顔を見、最後にかつみの顔を見て笑みを浮かべ
「……みんなが俺を甘やかしてくれるなら俺はかつみさんを甘やかしていいですか?」
 かつみをゆっくりとぎゅっと抱き締め背中をぽんぽんと叩いた。
「……あぁ」
 かつみの口から出たのはその一言だけだった。

 あの時、かつみの口から紡がれようとして紡がれなかった言葉は今目の前にある優しい光景の事であった。