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「おーい、甲斐」
 鳴神 裁(なるかみ・さい)からの頼まれごとはできたかなと様子を見に来た猿渡 剛利(さわたり・たけとし)が、三船 甲斐(みふね・かい)に声をかけました。ところが……。
「あー、渋茶が美味しいのう……」
 座布団に座って濃いお茶を飲みながら、三船甲斐は惚けていました。
 目の前には、修理の終わった小ババ様専用イコンがぴかぴかに磨かれておかれています。その側には、『第5回ジェイダス杯優勝目録』と書かれた封筒がおいてあります。
 どうやら、究極の小ババ様専用イコンを開発してしまったことで、当面の目的を失ってしまったようです。燃え尽き症候群というところでしょうか。そのため、鳴神裁に頼まれた物部 九十九(もののべ・つくも)用の憑依ボディは手つかずの状態です。
「ま、まずいな……。おい、甲斐」
 猿渡剛利が三船甲斐をゆさぶりましたが、「ほけー」と言うだけで、どうにもなりません。
 とはいえ、もう注文は受けてしまったので、このままできないというわけにもいきません。ナラカ人である物部九十九に、鳴神裁以外の憑依用のボディを与えればいいわけですから……。ええっと……、猿渡剛利だけでは、もの凄く難しいんじゃ……。
 とにかく、イルミンスール魔法学校の中を探しまくれば、何かヒントぐらいはあるんじゃないんだろうかと、猿渡剛利はとにかくうろうろすることにしました。
 とは言っても、あてもありませんから、ほんっとうにぶらぶらするだけです。
 上に行ったり、下に行ったり、枝に行ったり、幹に行ったりして、いつの間にか、美術室にやってきてしまいました。
 そういえば、以前ゴチメイたちが遭難したときに、ここには大ババ様の秘密工房があったはずです。調べてみると、隠し部屋がありました。
「ここなら何かあるかもしれないな」
 かなり危ない橋ですが、他にいい案も思い浮かびません。一歩間違えれば、今度は教導団かと、小ババ様騒乱再びということになります。
 そっと忍び込んで猿渡剛利が部屋の中を物色すると、作りかけらしいシュールな大ババ様のスペアボディの側に、活きのいいナノ原木がありました。どうやら、メイン素材のようです。他にも、鑑定団に出せば高値がつきそうな物がたくさんありましたが、今は我慢です。
「これは使えるかも!」
 そう思った猿渡剛利は、ストックされていたたくさんのナノ原木のうちの一つを、こっそりちょろまかしました。

    ★    ★    ★

ザカコ・グーメルさん、ザカコ・グーメルさん、校長室までおいでください、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)校長とアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)様がお待ちです』
 館内呼び出しを聞いて、地下研究室にいたザカコ・グーメルは、その手を止めました。
「例の件かな」
 急ぎ広げていた資料を片づけると、中央大階段へとむかいます。
 いくつかの地下研究倉庫を通りすぎると、高分子ポリマーを別の倉庫へと移し替えている姿が目に入りました。来年の魔法スライムの繁殖期にあわせて、いつでも出せるように移し替えているのでしょう。
 別の場所では、養蚕家の人たちが、魔糸の原料となる絹糸を購買の倉庫に納品しているところでした。
 一階までの階段を上ると、そこからは幹に沿って建設されたエレベーターで、一気に上層階へと上がります。
 高くなっていく視界に、イルミンスールの森が眺望できます。
 その一画を、ザカコ・グーメルは凝視しました。
 もちろん、森の木々に埋もれていて何が見えるというわけではないのですが、ザンスカールの外れにあたる場所に、真新しい家ができているはずです。
 それは、パートナーの強盗 ヘル(ごうとう・へる)が管理者として作った、新しい孤児院です。
 アーデルハイト・ワルプルギスのそばにいるためにイルミンスールの教師の道を選んだザカコ・グーメルに対して、強盗ヘルは孤児院の院長になる道を選んだのでした。
 校長室の扉をくぐると、エリザベート・ワルプルギスとアーデルハイト・ワルプルギスの前に、すでに強盗ヘルも来ていました。
「よう」
 強盗ヘルが、手で軽く挨拶を送ってきます。
「さて、二人を呼んだのは他でもありませんですぅ。先に申告のあった孤児院ですが、イルミンスールとしてはバックアップすることになんの異存もないと言うことに決まりましたあ」
 エリザベート・ワルプルギスの言葉に、アーデルハイト・ワルプルギスがうんうんとうなずきます。
「とはいえ、付属校と言うことではないので、あくまでもこちらから孤児を斡旋するという形ですぅ。また、孤児院からも、新入生の推薦は、積極的に受けることとしますぅ。これに対して、依存はありませんかぁ?」
「御厚意、感謝いたします」
 エリザベート・ワルプルギスの言葉に、ザカコ・グーメルと強盗ヘルが深々と頭を下げました。個人の施設に、これだけのことをしてくれるのは、やはりアーデルハイト・ワルプルギスの口添えがあってのことでしょう。
「でしたらあ、さっそく準備にとりかかりなさあい」
 そう言って、エリザベート・ワルプルギスは二人を下がらせました。
「さて、これから忙しくなるな」
「ああ、お互いにな」
 顔を見合わせて、強盗ヘルとザカコ・グーメルが言い合いました。
 今日これから、強盗ヘルはザカコ・グーメルの許を出て、孤児院で暮らすのです。もっとも、たいした距離ではありませんから、お互い、しょっちゅう行き来することにはなるでしょう。すでに、ザカコ・グーメルが先生として孤児院へ赴くことも、孤児たちがザカコ・グーメルを通じてイルミンスール魔法学校の図書館などの施設を使うことも約束されています。
「場所は離れても、パートナーだ。お互いに全力でやっていこうぜ」
「ああ。お互いが夢にむけて踏み出した一歩だ、頑張っていこう」
 強盗ヘルとザカコ・グーメルは、そう力強く言葉を交わしました。