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ザンスカールの森へ



 ザンスカールの森の一画、ミスターアンドミセス・オカリナが経営する、あるいはそのものとも言えるカフェ・てんとうむしは、いつになく人で賑わっていました。
 自分探しの旅に出るエメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)の壮行会が賑やかに行われていたのです。
「ここでいいかな」
 普段はお店に散らばっているテーブルを、アヴドーチカ・ハイドランジアが中央に集めて、みんなで囲める大きなテーブルにしていきます。
「はい、テーブルクロスを敷きますから、ロラはそっちを持っていてくださいね」
 結和・ラックスタイン(ゆうわ・らっくすたいん)が、ロラ・ピソン・ルレアルと一緒に、今日のために用意した特大のテーブルクロスを広げました。
「ほらほら、サボってないで手伝ってよ!」
 テーブルの上にグラスや取り皿をテキパキとおいていきながら、アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)が、ふらふらしているエリー・チューバックに言いました。
「ねーねーそれケーキ? 何? イチゴ入ってる?」
 大きなホールケーキをかかええた占卜大全 風水から珈琲占いまで(せんぼくたいぜん・ふうすいからこーひーうらないまで)に、エリー・チューバックがまとわりついて訊ねました。
「こら、運ぶの邪魔すんじゃねー! 早く食べたいなら手伝え」
「はーい」
 ケーキがひっくり返らないようにバランスをとる占卜大全風水から珈琲占いまでを尻目に、エリー・チューバックが料理を厨房に取りに行きました。
「ほらー、おこさまたちー、こっちのスープ運んでよ!」
 スープの入った鍋の載ったカートを押していくエリー・チューバックですが、まったく前を見ていません。
「あわわわわ!」
 ミスターアンドミセス・オカリナが慌ててドアを開いて、料理がぶちまけられるのを阻止します。もう、いろいろとてんやわんやです。
「んっんー? ぬー?」
 負けじと、ロラ・ピソン・ルレアルも椅子の上に載って、テーブルの上にコースターやお皿を並べていきます。けれども、その視線はまだテーブルの中央にでーんと据えられたでっかいホールケーキに釘つけです。
「はい、ありがと」
 結和・ラックスタインが褒めました。てへへっとロラ・ピソン・ルレアルが照れてから、自分の居場所を求めてよじよじと結和・ラックスタインの頭の上によじ登っていきます。
「まあ、子供たちが元気なのはいいことだけどねぇ」
 アヴドーチカ・ハイドランジアが、着々と準備の整っていくテーブルを眺めて言いました。
 ほどなくして、料理がテーブル狭しと並び終わります。
「あれー? 結和お酒飲んでいいの」
 テーブルの上におかれたシャンパンに、ミスターアンドミセス・オカリナが結和・ラックスタインに訊ねました。
「私だってもう成人ですよ?」
 結和・ラックスタインが答えます。
「えーと、飲み物は行き渡ってる? たりない物はないかな? あれ? アリルディスはコーヒーじゃなくていいの?」
 アンネ・アンネ三号が、占卜大全風水から珈琲占いまでに聞きました。なにせ、占卜大全風水から珈琲占いまでときたら、コーヒーが定番でしょう。
「そりゃあ、最後のお楽しみだな。コーヒーは食後にって決まってんだろ」
 アリルディスと呼ばれた占卜大全風水から珈琲占いまでが答えました。当然のこだわりです。
「さて、乾杯の音頭は、やっぱり、結和に任せようかね」
 アヴドーチカ・ハイドランジアが、結和・ラックスタインを見て言いました。全員の視線が、結和・ラックスタインに集まります。
 ここにいる者たちは、結和・ラックスタインを中心として結びついたのですから、やはり、乾杯は結和・ラックスタインの務めでしょう。
「えっと、そ、それでは、僭越ながら乾杯の御挨拶を……」
 結和・ラックスタインが、グラスを持って立ちあがりました。
「思えば、エメリヤンと出会ったのは……うっ」
 六歳のときからずっと一緒だったエメリヤン・ロッソーとのいろいろな出来事を思い出してしまい、思わず結和・ラックスタインが言葉に詰まって涙ぐみました。
「固い固い! 職場飲みじゃないんだから」
 ミスターアンドミセス・オカリナが絶妙なタイミングでツッコミを入れます。
「あーっ! 結和泣いた! もー、エメリヤンってば、もう旅出るのやめろよー!」
 結和・ラックスタインを泣かせたと、エリー・チューバックがエメリヤン・ロッソーにむかって言います。
「だっ、大丈夫ですからっ」
 慌てて、結和・ラックスタインがエリー・チューバックをなだめます。
「うう……ん、でも、行く……よ。こっ、こ、こ、これか、ら、は、ぼくひとり、で、歩いて、み、みるんだ」
「うん。そのために、みんな集まったんだものね」
 エメリヤン・ロッソーの言葉に、結和・ラックスタインが気を取り直しました。
「いつだって、心から、祈ってます。エメリヤンが、みなさんが幸せでいられるように。そして、笑顔を忘れることのないように。後、えっと、怪我しないようにとか、御飯が美味しく食べられるようにとか……。後、ええっと……あっ、と、とにかくっ!」
 だんだん何を言っているのか自分でも分からなくなってきて、結和・ラックスタインが言葉を句切りました。みんなの、期待に満ちた目が結和・ラックスタインに集まっています。そう、今日は旅立ちの日なのです。
「乾杯!」
 元気よくグラスを掲げて結和・ラックスタインが言いました。
「乾杯!!」
 みんなが、唱和しながらグラスを掲げます。涼しい音をたてて、いくつものグラスが一つに触れ合っていきました。

    ★    ★    ★

「なんだか、隣は騒がしいよね」
 何をやっているのかと、パフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)が窓から隣をうかがうように身を乗り出しました。
「繁盛しているんですねえ。こちらも負けてはいられませんわあ」
 トレーネ・ディオニウス(とれーね・でぃおにうす)がそう言いますが、お客さんがいないのではどうにもできません。
 そのとき、カフェ・ディオニウスのドアのカウベルが鳴って、お客さんが入ってきました。
「いらっしゃいませー」
 愛想よく、シェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)がやってきたお客様を出迎えます。
「今日は、俺に任せるリラ。奢りリラ」
 翼をばさばさとさせながら、パビモン リラード(ぱびもん・りらーど)が言いました。
「わーい、奢りミラ」
 パビモン ミラボー(ぱびもん・みらぼー)が喜びます。
「美味しい物なら、何でも好きだリン♪」
 シェリエ・ディオニウスに案内された椅子に座って、パビモン トレリン(ぱびもん・とれりん)が言いました。
「でしたら、特製栗ぜんざいをいただきたいナウ。それを四つ、お願いするナウ」
 パビモン ナウディ(ぱびもん・なうでぃ)が、一方的に注文を決めて、シェリエ・ディオニウスに言いました。
「特製栗ぜんざい四つですね」
 平然と、シェリエ・ディオニウスが注文をとってカウンターに戻ります。
「ちょっと、そんなメニュー、うちにはないわよ」
 どうするのと、パフューム・ディオニウスが小声でシェリエ・ディオニウスに聞き返します。
「隣に負けないためには、お客様のニーズは絶対なのよ」
 シェリエ・ディオニウスが決めつけました。
「仕方ないですわね。ここはお姉ちゃんの本気を見せてあげますわよ」
 頼りない妹たちとは違って、トレーネ・ディオニウスがでっかい胸を張りました。
「作れるの?」
 妹たちが、声を揃えて聞きます。
「多分、のような物は……」
 きっぱりと、トレーネ・ディオニウスは答えるのでした。