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リアクション
久し振りの百合園、久し振りの夫婦水入らず。
遠野 歌菜(とおの・かな)と月崎 羽純(つきざき・はすみ)夫妻がヴァイシャリーを訪れたのもこの日だった。
(同窓会……少し照れ臭い響きに感じるのは何ででしょう?)
歌菜がそう思うのも、無理はない。この五年間、歌菜の生活は大きく変わっていた。
2児――双子の男女――の母になって、妻としてでなく母としての役割もできた。
一方で、相変わらずイルミンスールの生徒会で会計として忙しい日々を送っている。
百合園女学院とは今までも縁があったけれど、百合園女学院の生徒というわけではない。
そんな歌菜だが、お茶会の招待状を貰った時にはとても懐かしい気分になったものだ。舞台がヴァイシャリーだけではなかったけれど、百合園女学院には何度も言ったこともあるし、彼女たちと色々な冒険をしたこともある。木々に囲まれたザンスカールの地で湖上の街を思い浮かべれはそんな冒険の様々なシーンが脳裏によみがえった。
そこで歌菜たちは子供たちを他のパートナーに任せ、久しぶりに学生気分でヴァイシャリーを訪れていた。
途中で資料館に寄り、いつか二人で植えた庭のキンギョソウを眺めてから、お茶会へ行くことにする。
「キンギョソウ、懐かしいな。今もまだ綺麗に咲いてる」
羽純は名残惜しそうに庭を振り返ってから、歌菜を追った。
お茶会の会場入り口で招待状を見せて一歩踏み込むなり、歌菜は鼻をくんくんさせた。
「うーん、久し振りのこの空気♪ 百合園って、相変わらず何だか良い香りがするよねっ。今日はのんびりしようね♪」
「良い香り? 俺にはちょっと居心地が悪い空気、かな。女の園、だろ」
屈託なく無邪気に見上げてくる歌菜に、羽純は小声で返す。確かに、男女関係なく招かれているとはいえ、女子校の関係者に女性が多いのは自明である。男性の姿は数えるほどだ。
歌菜は私がいるから大丈夫だよ、と羽純の手を引いて中に入る。その仕草は学生時代に戻った時のようだった。
羽純は一度だけ苦笑してから、手を握り返して歌菜に連れてかれていった。
少しだけ気恥しいが、最近歌菜の手は子供たちに握られてしまって普段空いていない。手の柔らかさが何となく羽純も過去に連れて行ってくれるようだ。
「わーハーブティの良い香り♪ 羽純くん、クッキーも美味しそうだよっ」
好きな席を選んで案内してもらうと、早速スタッフに運んでもらったお茶とクッキーを頂く。
歌菜はティーカップから暖かい甘いお茶を一口飲み、優しい香りを胸いっぱい吸い込んで。
「うーん……幸せ♪」
幸せ。
本当に。
……けれど、ふと考えてしまうのが。
「これ、あの子達にも食べさせてあげたいなぁ……」
歌菜は幸せな顔をすぐに萎ませてしまうと、残念そうなちょっぴり恨めしそうな目で、レースの縁取りがされたお皿の上の、パステルカラーが可愛いカップケーキを見つめた。
羽純くん……と隣の夫を見上げ、目線で同意を求める。
「お土産に持って帰れないか、交渉してみようかな。それがダメならレシピとか知りたいよね」
羽純は、そんな歌菜の言葉に思わず声を立てないで笑う。
歌菜は学生みたいな行動は変わらないのに、やはりすっかり母親になっていた。
(何時だったか、子供が欲しい……けれど、歌菜が子供に掛かりきりになって、一人になったら……そんな事を考えて相談したのは)
今は違う。歌菜と子供達と一緒に過ごす幸せを噛み締めている。
歌菜は羽純の笑いを勘違いしたのか、慌てて気付いたように首を振ると、
「あ、今日は夫婦水入らず、だったね。勿論羽純くんと二人きりなのは嬉しいんだけど……美味しいもの、美しいもの。あの子達と家族で楽しみたいって思っちゃうんだよね」
しょぼんと、叱られた猫のように肩を落とす歌菜を愛しく思いながら、羽純はもう一度笑う。
「俺も同じ事を考えていた」
「……え? 羽純くんも同じなの?」
目をまん丸くする歌菜に優しく、彼は照れたように微笑みながら、
「なんだか落ち着かないんだ。勿論、歌菜と二人で過ごすのは嬉しいんだが」
「……嬉しい。沢山写真を撮って、お土産を持って帰ろう。あの子達が大きくなったら一緒に来たいね」
「沢山のお土産話もな」
二人視線を合わせて、微笑みあって。
語るべき今日の思い出を作ろうと、笑顔で新しいお茶に口を付けた。
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