蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

リアクション公開中!

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~ 【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~ 【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~ 【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~ 【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

リアクション


第3章 繋がる刻(とき) 5

 光の繭の中は、まるで迷宮のようだった。
 それはまるで白い霧の中を無限に続いている回廊のようなもので、かろうじて道と呼べる道は存在しているし、壁や通路も存在しているが、一瞬でも気を抜けば消えてなくなってしまいそうな、希薄な存在感で支えられている。
 そんな中を、石原肥満エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)、そして護衛役の契約者たちは中心に向けて歩んでいた。
「どうして、こんなにぼやけてるのでしょうか?」
 護衛役の一人――セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)がそんなことを尋ねた。彼女は通路や壁にそっと触れて、その感触に驚いたように身を引いている。内部は光の繭から漏れた糸によって作られているが、今はその気になれば人の手でも崩すことが出来そうな感触になっていた。
「きっと、イレイザー・スポーンどもが繭の中に入っているからですぅ」
 答えたのは、エリザベートだった。
 二メートルに届くかというほどの長身の人型竜――カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の腕の上に、人形のようにちょこんと座りながら、彼女は付け加える。
「繭がイレイザーどもを追い払おうと、抵抗しているのですぅ。だから、繭の力が弱まっているのですぅ」
「なるほど……また厄介な状況になってるってわけだな」
 最もエリザベートに近い距離にいるカルキノスは、肩をすくめるような顔でそれに応じた。幼い大魔女の子孫は、にやにやと笑う。
「なんですぅ? 怖じ気づいたですかぁ?」
「別にそんなんじゃねえ。エリザベート様こそ、怖くなって逃げ出すなよ?」
「ぐぬっ……それは侮辱ですぅ! 取り消せ! 取り消せですぅ!」
「いでっ、いででっ! 耳を引っ張るな!」
 顔を真っ赤にしたエリザベートに耳を引っ張られて、カルキノスは喚いた。こうしていると、まるでピクニックにでも来たようなお気楽さである。
「ふふっ、エリザベートちゃんったら、嬉しくて仕方ないんですね」
 二人を見守って傍にいた少女が、くすくすっと笑った。
 エリザベートのお付き役として繭の中についてきた神代 明日香(かみしろ・あすか)である。
「む……」
 エリザベートはそれに口をつぐむ。図星だったのだろうか? 痛いところを突かれたように、口をへの字に曲げた。
「昨日はずっとお留守番でしたもんね。嬉しい気持ちも分かりますよ〜」
「そ、そうですぅ! 私は屋敷でずっとず〜〜〜っと眠りっぱなしだったんですぅ。このぐらいの冒険は必要なんですぅ!」
 明日香の言葉に気をよくして、エリザベートは声を張り上げた。仲間たちの中には呆れるような視線もあるが、明日香はくすくすと笑う。可愛くて仕方がない、という顔だった。
「ところで、道に迷ったりってことは……心配ないんですか?」
「うん、大丈夫よ」
 明日香の疑問に答えたのは、後ろのほうでHCを片手になにやらカチャカチャと操作をしていた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。彼女は、頼もしげな顔で銃型と籠手型の二つのハンドベルド・コンピュータを見せる。
「これに一応、マッピングはしてるしね。それに、色々と対策もしてあるの」
「対策……ですか?」
「ええ。実は私たち意外にも、繭の中に入ってる別部隊がいるの。そのマッピング情報も集まってくるから、それを集めて最適なルートを算出する……ってわけ」
「ほえ〜…………なんだかハイテクですねえ」
 明日香は素直に感心して呆けたような声を発した。
「まあ、と言っても、それを待ってたってタイムロスになるだけだから、今はとにかく先に進んでおくのがベストだけどね」
 ハイテクだけではそこまでは手が伸ばせないのだ。そう言わんばかりに肩をすくめて、詩穂はパタンとHCのモニタを閉じた。
 すると――
「!?」
「な、なにっ……!?」
 突然、轟音のような、ガラスを爪で引き裂くような不思議な波紋音が響いたのはその時だった。瞬間、彼女たちの目の前に黒い渦のようなものが出現した。
 そこから姿を現したのは――
「イレイザー!?」
 複数体のイレイザー・スポーンが、奇声のような声で吠えた。
「みんな、落ちついて対処を!」
 叫んだのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。今回、繭突入班の指揮を他のメンバーと共に任されている彼女は、事前に決められていた役割に従事することを皆に伝える。
「やばい、来るぞ!」
 一方、イレイザー・スポーンの動きは予想以上に俊敏だった。
 翼をはためかせたその瞬間には、標的を石原肥満へと定めて迫っている。
「退いてな、爺さん」
 そのとき、石原を押しのけて前に出たのは厳めしい顔つきの元神父だった。スキンヘッドの頭部のほとんどに刺青を入れている元神父は、獰猛な獣のような目でスポーンを睨みつける。
「邪魔なんだよ、てめぇらは……」
「きゃ〜っ! アキュートカッコイイのですー」
「…………」
 いつの間にか肥満の肩に乗っていたペト・ペト(ぺと・ぺと)の声援を背中に受けながら、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)はその手に構える鱗の刃で敵を斬り裂いた。
「おい、詩穂っ! そっちに行ったぞ!」
「ふふ、了解了解。さあ出でよ我がしもべたち! 私のために戦いなさい!」
 大仰な仕草で手を振った詩穂のかけ声に従って、二人の男女が前に飛び出した。その顔は実に苦々しいものである。
「誰がしもべなんじゃ……」
「まあ、お茶目だと思っておきましょう」
 顔をしかめる清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)に、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が優しく微笑んでそれを落ち着かせる。
 が、動きはしかと役目を果たしていた。
「皆さん、私の後ろに下がってください!」
 セルフィーナが自分の目の前に防御結界を張り、イレイザーたちを寄せ付けなくし、青白磁はその隙に“自在”で生み出したオーラをネットの形に変えて、敵に一投した。
「よっしゃああぁ、捕まえたけん!」
 瞬間――ぶんっ、とイレイザー・スポーンどもが投げられる。
 その先にいたのは、刃を構えるアキュートだった。
「頼んだわぁっ! アキュート!」
「…………来な」
 ――一閃。
 次の瞬間には、イレイザー・スポーンどもは無数の剣筋を残して斬り裂かれた。
 身体についた残骸の血や汚れをはたき落としているアキュートのもとに、石原が近づく。
「すまん……助かったのぉ」
「礼はいらねぇよ。それが仕事だからな」
 アキュートはそっけなく答えた。
 その足下で、イレイザーの倒れ伏した身体が霧散する。砂のような塵になったイレイザーの残骸を、詩穂は困ったような顔で眺めやった。
「……案の定というかなんというか、イレイザー・スポーンどもは私たちを邪魔しようとしてくるわけね。他の突入班も心配だなぁ」
「心配したところでどうにもならんだろ」
 辛辣な意見を発したのは、アキュートだった。イレイザーの残骸から自分の刃を拾い上げ、彼は付け加える。
「なるようになるさ。奴らだって、契約者なんだからな」
「……そうね」
 励ましの言葉だったかどうかは分からないが、詩穂は元気を取り戻した。
「さ、じゃあ先を急ぎましょう!」
 彼女が言ったその一言に促されて、石原たちは先を急いだ。