|
|
リアクション
夜、食事を終えてから。
「今日もお疲れ様でした」
ロザリンドは、色々な飲み物を乗せたトレイを手に、静香の部屋を訪れた。
メニエスのことが気にはなっていたが、ロザリンドは自分から聞きはしなかった。
でも、彼の目を見れば解る。その輝きを見れば……。
2人は和解したのだろうなと。
(和解といいますか、静香さんは初めからずっと、メニエスさんを恨んだり憎んだりはしていませんでしたが……)
過去の過ちを許す事が出来なくても、自分達は新たな関係を築き、未来へと歩んでいくのだ。
静香が本当の意味で、メニエスと友人になれたのなら。それは今のロザリンドにとっても嬉しいことだ。
(多分、今の静香さんなら、当時の様に周りを見ずただ泣き叫ぶようなことはありません)
ロザリンドにはそんな確信もあった。
ラズィーヤの事を経て、静香は大きく成長したようだった。
少し前よりも……更に、魅力的になっていた。
「明日もまた、朝から百合園でお仕事ですか?」
「うん。ロザリンドさんは、今日も遅くまで勉強かな?」
「はい、教養だけではなく、礼法なども出来なくてはいけませんし、覚えることが沢山あります」
「ロザリンドさんなら、推薦で採用されると思うけど、あえて一般で受けるところが……らしいというか、僕もホント、ロザリンドさんの姿勢を見習わないと」
ソファーに向かい合って腰かけて。
静香はココアを、ロザリンドはロイヤルミルクティーを飲みながら、のんびりと、普段通りの日常の話をしていた。
いつもと変わらない静香の様子に、ロザリンドはほっとする。
「静香さん」
話に区切りがついた時、ロザリンドはティーカップをテーブルに置いた。
「一段落ついて落ち着きましたら、ご家族とかにもお話しないといけないですよね。
双方の両親に付き合いとか結婚とかについて話さないといけないかと」
2人は結婚の約束をしているが、まだ両方の家族には話していない。
「反対とかされたらどうします? ……駆け落ちしますか?」
「えっ? ど、どうしようかな。僕の両親は反対するはずないけど」
やや困り顔で返事に迷ってる静香に、ロザリンドは微笑んでみせる。
「冗談ですよ。うちも反対なんてするはずがないです」
「そうかな? でも、その……駆け落ちも、ちょっと憧れるよね」
「え?」
「本当にしたいわけじゃないんだけど、何もかも捨てて、2人で新たな土地で、家族を持って生きていくの……想像だけで十分だけどね」
「ふふ。そうですね。想像で楽しませていただきます」
笑い合った後、ふと、ロザリンドは窓の外に目を向けた。
空にはパラミタの星と月が浮かんでいる。
「月、綺麗だね。明かり消そうか」
静香が手元のランプのスイッチを入れて、部屋の明かりを消した。
部屋には仄かで温かな明かりだけ、残り。
窓の星々と月が、より綺麗に見えた。
「……でも。
本当にパラミタに来る事が出来て、良かったです。
ここの事を忘れて、地球に帰って静かに暮らそうかと思った時もありましたが。
今こうしていられるのすから」
ロザリンドは静香を見て、それから少し瞳を彷徨わせて。
紅茶に口を付けてから、話しだす。
「実はですね。
最初は静香さんの事を、私が勉強する学校の偉い人。
学校の重要人物だから守らなければいけない。……そんな風に思っていました。
ただそれだけの、記号のような存在でした」
「……うん」
「それが今では、このようになっているのですから。……不思議なものですよね。
いくつもの出会いや、交流で大きく変わってくるのですから。
その中のいくつかが無かったら、全然別の結果になっていたのでしょうね」
ロザリンドは静香をみつめて、言葉を続ける。
「今の私は幸せです。静香さなんはどうですか?」
「幸せだよ」
静香はロザリンドにいつものような可愛らしい笑みを見せた。
「出来ましたらこっれからもずっと、苦しい事よりも幸せな時の方が多かったと言えるような人生を、共に歩いて行けたらいいなと、心から願っています」
「僕も同じ気持ちだよ」
テーブルの上に置かれていたロザリンドの手に、静香が自分の手を重ねた。
どくん、どくん。
2人の鼓動が高鳴る……。
「えっと……ちょっと色々と喋りましたし、顔も火照ってきましたので、少し冷たい飲み物を」
ロザリンドはトレーの上の空のグラスに氷を入れて、オレンジを注いだ。
「静香さん、どうぞ」
「ありがとう」
そして、2人は同時にオレンジを飲んでいく。
「美味しい……あ、でもこれ、アルコール入ってない?」
「はい、カクテルですから」
「ろ、ロザリンドさんお酒はやめた方が……っ」
ロザリンドの酒癖の悪さを知っている静香がちょっと慌てる。
「大丈夫ですよ。度数低いですし」
「そうだね……そんなに強くなさそう、かな」
味を確かめ、静香はロザリンドの様子を見る。
「ね、ロザリンドさん」
「はい」
お酒のせいで、彼女の顔は更に火照っていた。
「こっちに来ない?」
静香が自分の隣を指す。
「……はい」
ロザリンドが少し緊張しながら、静香の隣に腰かけると。
静香の手が、ロザリンドの頬に、伸びた。
「静香さん……」
「空が綺麗だね、ロザリンドさん」
「はい」
照れ隠しのような会話。
2人とも、もう空をみてはいなかった。
互いの目に映っているのは、互いの顔だけ――。
静香の顔が近づいて、ロザリンドはそっと目を閉じた。
唇に温かくて、柔らかな感触があった。
それから全身が、温か感触に包まれる。
続いて首筋に、静香の息がかかった。
「君と出会えて、僕は凄く幸せになれた。
……大好きだよ、ロザリンドさん」
吐息のような甘くて、眩暈がする声が、ロザリンドの耳から入り込んで――2人は悶えるような幸せに包まれていく。