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リアクション
今年もこれからも
2024年、年末。
大切な妻、遠野 歌菜(とおの・かな)と二人きりの年越しは、来年からは暫くはない。
少しだけ寂しいような……そんな気持ちも持ちながら、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は、歌菜と二人で過ごすための準備に勤しんでいた。
インターネットや本屋、旅行会社で調べて、身重の歌菜の負担にならない範囲の場所で、雰囲気も良く、設備が整った、高級ホテルを予約した。
31日の夕方。
ホテルに到着した歌菜は豪華な部屋に驚いていた。
羽純が歌菜と過ごすためにとった部屋は、最上階のスイートルームだった。
部屋は広々としていて、落ち着いた色の絨毯が敷かれていた。
天井にはシャンデリアあって、ところどころにあるランプは優しい色で部屋を照らしていた。
そして何よりも、大きな窓が印象的だった。
「わぁ……窓からの眺め、絶景です!」
最上階のこの部屋からは、空も街もとてもよく見えた。
「展望露天風呂もついている。後で入ろう」
「え? 貸切?」
「もちろん」
「凄いっ。ここ、高かったんじゃない?」
「そういう事言うのは野暮だろ?」
羽純は歌菜の反応に満足しながら、微笑む。
「そうだね」
歌菜は照れ笑いをして、今日は羽純の好意に思い切り甘えようと決めた。
日が落ちていき、窓から見える景色が変わっていく。
オレンジ色の街が、夜の闇に覆われて。
星のような明かりの煌めきが生まれる。
そんな夜の街の姿に見とれているうちに、部屋には料理が運ばれてきた。
(食事も部屋に運んで来てくれるって……至れり尽くせりだ♪)
子供の様にはしゃぎたくなる歌菜だが、羽純に恥をかかせるわけにはいかない。
スタッフがいるうちは、にこにこ笑顔を浮かべて大人しくしていた。
料理が揃ったところで。
シャンパンで乾杯をして、食事を始める。
妊娠中の歌菜の分はアルコールなしにしてもらった。
「ふふっ、なんだかお姫様になった気分。
うん、料理もとっても美味しい!」
そして、目の前にいる、夫の羽純はとっても格好良い。
歌菜は幸せで満たされていく。
「地球のフランスで修行したシェフが担当しているそうだ。
野菜や魚は採れたての地元のもので、調味料やチーズは、地球から取り寄せたものらしい」
羽純も美味しい料理に舌鼓を打つ。
「新鮮な野菜に、あっさりとしていて香ばしさのあるこのドレッシングは、なんだか卑怯よね。うーん、美味しい♪」
妊娠中の歌菜が安心して美味しく食べられるものを、羽純はオーダーし、シェフは応じてくれた。
感謝をしつつ、2人はデザートまで十二分に、美味しい料理を堪能した。
食事の後は、窓辺のソファーに腰かけて。
2人で夜景を見ながら、今年を振り返って話をしていた。
日常のこと。2人で行った場所の事。
それから……妊娠を知った日の事。
夜景を眺めて、幸せそうな顔で話す歌菜の横顔が――とても、愛おしくて。
羽純は彼女の肩に腕を回して抱き寄せた。
「羽純くん……」
歌菜は羽純に体を任せ、彼の逞しい身体にもたれる。
「今年も色んな事があったね。大変な事もあったけど、二人でこうして年を越せる」
歌菜の頭に頬を寄せながら、羽純は頷く。
「色んな事があって、歌菜には心配も掛けた。……心配もした。
今、こうして一緒に居られる事を何より幸せだと思う」
「うん。改めて、羽純くんと一緒に居れる奇跡と幸せを実感した一年だったな。
羽純くんの事を、もっと深く好きになる一年だった」
「歌菜と生きる喜びを深めた一年だった」
歌菜は彼の胸の中でそっと目を閉じて、自分のお腹に手を当てる。
「お腹には…羽純くんとの赤ちゃんも居て。私、幸せだなぁ……」
そうして、二人はしばらくの間、静かに幸せに浸っていた。
夜が更けて。
2人は露天風呂へと入った。
「は、ははははは……」
湯船に入る前から、歌菜は赤くなっていた。
(羽純くんと一緒にお風呂なんて……っ。緊張するなというのが無理)
「歌菜」
先に湯船に入り、羽純は歌菜に手を差し出す。優しい目で。
「うん」
彼の手を掴んで、湯船につかって。
真っ赤に染まった顔で羽純を見て、歌菜は照れ笑いをする。
そんな歌菜が可愛くて。羽純は空の星よりも彼女に見入っていた。
「空、凄く綺麗……街の星も」
歌菜は空の星と月、遠くの街を見回した後。
淡い光に照らされている、羽純に目を向けた。
(羽純くんも……すごく、綺麗)
息を飲むほど幻想的で綺麗な彼の姿を、歌菜はうっとりと眺めてしまう。
街には、除夜の鐘が優しく厳かに響いている。
「ねぇ、羽純くん。来年はどんな一年にしようか。
家族が増えるんだから、賑やかで元気で楽しい一年になるのは間違いないね」
「そうだな、きっと子育てに大忙しだろう」
「私の目標はね、生まれてくる子供達、羽純くん、家族皆を幸せにする事!」
笑顔で目を輝かせて歌菜は言う。
彼女のその言葉に、羽純の中に、更に愛しさがこみあげる。
(本当に、歌菜は……)
羽純は歌菜を真剣な目で見つめる。
「俺も……歌菜と子供達を、笑顔に……幸せに、する。
約束では足りない、誓いだ」
抱き寄せて、羽純は歌菜の唇に自分の唇を重ねる。
パン、パン、パパン……
街の中心部で花火があがった。
「……年が明けたな」
「あけましておめでとう。今年もこれからも、よろしくね」
「あけましておめでとう。今年もこれからも、ずっと……よろしくな」
強く頷いて、歌菜は羽純に抱きついた。
2人。
触れ合ったまま、空を観た。
街の光を見た。
このパラミタの空の下で生きていることを。
街の人々とともに在ることを。
羽純と、歌菜と――出会えたこと、こうしていられることの幸せを感じながら。
顔を合わせて、微笑み合った。