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2月9日 家族が増えた日

 2025年2月。
 山葉 加夜(やまは・かや)は、産婦人科の分娩台の上にいた。
 突然の陣痛に襲われて、運び込まれて数時間。
 予定より早かったが、赤ちゃんの大きさが十分であったため産むことになった。
「涼司くん、涼司くん……」
 不安でいっぱいになり、加夜は夫の、山葉 涼司(やまは・りょうじ)の名を呼んだ。
「加夜、大丈夫だ、加夜ー!」
 涼司は加夜よりも必死の形相で、彼女の手を握った。
「はあ、はあ……涼司くん」
「頑張れ、加夜、頑張れ……っ」
「涼司くん……っ」
 初めてのお産は、想像以上に辛かった。
 赤ちゃんが出てくるまでの、長い時間。涼司はずっと加夜の手を握っていた。
 不安と期待を抱きながら、2人で頑張って――。

「ふぎゃー、ふぎゃー」
 2月9日。
 小さな産声があがった。

「花音、おかえりなさい」
 それが、小さな我が子を抱きしめて、加夜が最初に伝えた言葉。
「お帰り、花音」
 涼司からも優しい言葉が小さな赤子に向けられた。
「私たちの子供として生まれてきてくれて有り難う」
 愛おしくて、幸せで……そして、感謝の気持ちでいっぱいになり。
 加夜の目から涙が零れた。
「ありが、とう」
 涙を零しながら加夜が涼司を見ると、彼の目からも涙が溢れていた。
「ありがとう、加夜」
 胸を詰まらせながら涼司が言い、互いの嬉し涙を見ながら2人は微笑み合った。

○     ○     ○


 数日後。
 眠っている花音を抱いて、加夜は涼司と共に、自宅へと戻った。
「一ヶ月くらいは安静に……」
「わかってる。しばらく安静にしてて欲しいから、家事とかは任せてくれ!」
 出産前から、涼司は掃除洗濯に、料理……もあまり上手ではないけれど、加夜を手伝い、頑張ってくれていた。
「ありがとう、涼司くん。ホント、頼りになる旦那さんです」
「へへへ」
 涼司の顔に笑みが浮かぶ。
 いや、花音が生まれてからずっと、涼司の顔はゆるみっぱなしだった。
 ベビーベットに寝かせて、2人で我が子の寝顔を眺める。
 小さな小さな手を握りしめた、天使の寝顔。
 喋ることも、瞬きさえも忘れそうになり、加夜と涼司はじっと花音を眺めていた。
「元気に、すくすく育ってください」
「けど、あんまり早く巣立っていくなよ」
 眠っている我が子に声をかけて、くすりと笑い合う。
 幸せがいっぱい、溢れていた。
「加夜、着替え持ってくるから、とにかく休め」
「はい」
「ほら」
「あ……」
 しばらくして涼司が加夜を心配し、彼女を抱きかかえるように運び、ソファーに座らせた。
「大丈夫ですよ、私は赤ちゃんではないですから。疲れた自分で休めます」
「でも心配だし。それに……嬉しくて、さ」
 涼司は加夜をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、お前は最高の妻だ」
「私もとても嬉しいです。……幸せです」
 少しの抱擁を終えた後、涼司は病院から持ち帰った衣類の洗濯を始めた。
「明日の七夜の準備もしなくちゃ」
「いいから、休んでろって。俺が全部やるから」
 動こうとする加夜を止めて、涼司は家事も明日の料理の手配も行っていく。時々、ベビーベッドの中を覗き込みながら。
「カメラで写真もいっぱい撮りたいですね。手形や足型もとるんだったような……」
 加夜はタブレット端末で、お七夜について調べていく。
「まだまだ分からないことが沢山です。
 少しずつ、子供と一緒に覚えていきましょう」
「俺は!?」
 花音の寝顔を見ていた涼司が子供のような顔を向けてきた。
「あ、はい。涼司くんと花音と一緒に、です」
 そして、2人は笑い合い。
「ふぎゃー、ふぎゃー」
 小さな泣き声が、二人の会話に入ってきた。
 そうして家族3人で過ごす、幸せな日々が始まった――。