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リアクション
これからゆっくり…
月が綺麗な夜だった。
「『この世をばわが世とぞ思ふ 望月の欠けたることもなしと思へば』かあ……」
自宅の部屋から月を眺めながら、祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)が呟いた。
ふっと思い浮かんだその和歌は、大昔の権力者が自分の一族の出世や権力を誇示したものであったが……。
(別段権力なんてなくったって困らないけども望みはどれだけ叶っただろうか?)
「綺麗ですね」
伴侶のティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)が、和菓子と紅茶を淹れてきてくれた。
そして彼女は祥子の隣に腰かけて、紅茶を飲みながら目を細めて空を観る。
(綺麗、本当に綺麗。月は勿論、月を見上げているティセラも)
「どうかしましたか?」
「ううん、戴くわね。……和菓子に紅茶も、いいわね」
小さな饅頭を口に囲んで、ストレートの紅茶を飲み、祥子は息をついた。
隣に愛する人がいて。
念願かなって、教師にもなれて……。
この幸せはしばらく続くものと、思われた。
「世界の危機は脱したし、宮廷も一応は安定しているようだし……この先、よほど極端なことがない限り、ティセラは。ティセラたちが再び十二星華の宿命などに縛られることもないわよね」
祥子の呟きのような言葉に、ティセラは微笑みを返した。
「これ上で私の望むことかあ」
「……どなたかに、望みを聞かれたのですか?」
不思議そうな顔でティセラが尋ねてきた。
「ううん、そうじゃなくてね。希望すること、欲すること――良くも悪くも、欲はかかなくちゃ、人は前には進めないと思うから」
「普通の幸せは、あなたの望みではありませんか?」
「普通の? 子供、とかかな。……ううん。まだしばらくは2人きりの生活と、始まったばかりの教師の勤めを果たしたい」
「そうですわね。わたくしもロイヤルガードを続けていきますわ」
結婚して、こうして共に歩みながらも、2人はそれぞれ仕事を持ち続け精力的に励んでいた。
「ロイヤルガード……ティセラの友人達、皆続けてるのよね、お相手ができても」
「ええ」
「そういえば十二星華全員集合してお茶会ってまだ叶ってなかった」
過去に抱いていたささやかだけれど、叶えることが非常に難しい夢を、祥子は思い出した。
「同じようにこの月を見ている人もいるでしょう。月を見ることなど忘れて、仕事や趣味に励んでいる人もいるでしょう。ただ、月の光を浴びているだけの人も。この地球の月を見ることが出来ない場所にいる人もいるでしょう」
ティセラはかつての仲間達を思い浮かべながら月を見ていた。
「ティセラはさ。なにか叶えたいこと。ある?」
ティーカップを置いて、祥子はティセラを眺める。
「わがままでも何でもいってよー」
自分に目を向けたティセラの顔をじーっと覗き込んで、祥子は返事を待った。
「そうですわね。末永くシャンバラを守っていきたいですわ」
「それって、今まで通りよね」
「ええ。とても我が儘なことです。家庭に入るとは言えませんから」
「ああ、うんそうだね。でも、それでいいよ。ううん、それが良い。ティセラがティセラらしく生きてくれた方が、私も嬉しいし。他には? 世界を守るヒーローにだって、休暇はあるし。むしろ今が、その期間だしね」
祥子の問いにティセラは少し考えて、紅茶を一口飲んでから答えた。
「これからも色々な茶葉を集めて、ブレンドをしてみたいですわ。
パッフェルもお店を開きましたし……わたくしもいつか、自分の趣味のお店が持ちたくなる日が、くるかもしれません」
「ふふ、楽しそうね。そうねー、平和が続いたら、店を開くのも良いかも知れないわね」
エプロン姿で接客をする自分達の姿を思い浮かべ、祥子とティセラの顔に、幸せな笑みが浮かんだ。
時間は沢山あるのだから。
これからゆっくり、愛する人と夢を形にしていけばいい。
2人の夫婦としての平和な時間は、まだ始まったばかり、だった。
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