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戦いの理由

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戦いの理由

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「優子さん、ちょっといいかしら? 警備のことで相談があるの」
 見回りをしている神楽崎優子を呼び止めたのは、白百合団員の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)
 共にラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の元へと向かい、ラズィーヤに質問をしていく。
「何かをお披露目するようだけれど……」
 何をお披露目するのかは、秘密のままでもいい。
 けれども、どこに保管されているのか、移動させることは可能か。
 有事の際、機密保持の為に破壊できる代物か。
 それらを尋ねていくのだった。
 防衛対象の位置を明確にしておくことで、戦闘区域を通らない避難経路や、防衛線を構築させやすくすることが目的だと。
「その件に関しましては、白百合団の皆さんには考えていただく必要はありませんわ」
 ラズィーヤは微笑みを浮かべながら、そう答えていく。
「わたくしがお披露目するものが、皆さんにとっての防衛対象というわけではありませんのよ?」
「ええ、護るべき一番の対象は、人命であることは解っていますわ。そのために必要な情報だと思います」
 食い下がる亜璃珠に、ラズィーヤは声を低めてこう言う。
「仮に、御披露目するものが、唯一の貴重なものであった場合、防衛線の構築などに動かれては、困ってしまいますわ。護るべきものの場所を教えてしまうようなものでしょう?」
「ですが、それでは警備のしようがないわ。……私は、その展示物を地下に安置することを提案いたします」
「亜璃珠」
 亜璃珠の肩に優子が手を置いた。
「それは、私達は知らない方がいいことなんだ」
 優子の言葉に、亜璃珠は眉をひそめる。
 その間に、ラズィーヤは来賓の対応に向かい、その場から離れていく。
「優子さんも優子さんだわ。おそらくイコンだって……噂で警備しようとしてもダメでしょう? 警備をする上での最低限の情報は得ておくべきだわ」
 そうでなければ、護るべきものを護れはしない。
 自分も、仲間も余計な危険に晒されることになる。
 亜璃珠のそんな言葉を真剣に聞いていた優子は、軽く息をつくとこう答えた。
「私達は軍人ではない。人それぞれ、護りたいものは別にあり、残念ながら意思統一は不可能だ。だから、知らずにいた方がいいこともある。疑問を抱かずに、仕事に集中するためにも。少なくても、ラズィーヤさんの国を……ヴァイシャリーを愛する気持ちに嘘偽りはない」
「別にどんなモノが置かれていたとしても、すべきことに変わりはないわ」
 亜璃珠には、この時点ではまだやっぱり理解が出来なかった。
「神楽崎副団長、少しいいでしょうか?」
 そこに、白百合団員の桜月 舞香(さくらづき・まいか)の声が響いた。
「ああ、すぐ行く」
 優子はそう答えた後、亜璃珠にわずかな笑みを見せた。
「キミは、だろ?」
 亜璃珠はちょっと膨れる。
 知らずにいた方がいいこともあることだって解っているけれど……。
「とりあえず私は会場でひとのうごきをみてるよ」
 崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)は膨れている亜璃珠にそう言い、会場の見回りに向かうことにする。
「私は瑠奈さまについていって、屋上の状況把握に務めますね。ディテクトエビルなどで、接近を感知しておねーさまに伝えますからね」
 崩城 理紗(くずしろ・りさ)は亜璃珠の機嫌を窺いながら、そう言う。
「お願いするわ」
 ため息をつきながら、亜璃珠はそう答えた。
 直後。
「ご苦労様」
 ぽん、と亜璃珠の肩に手が置かれた。
「国頭……?」
 それは招待客として訪れていた、国頭 武尊(くにがみ・たける)だ。
 彼はパラ実ではあるが、離宮調査等で個人的に百合園に力を貸しており、主に神楽崎優子に深く信頼されている人物だ。優子が総長の立場にある、若葉分校にも所属している。
 亜璃珠が若葉分校で分校長を務めていた頃、彼は優子の指揮下に入り、離宮に向かっていた。その為、亜璃珠とはあまり親交はない。御せない人物でもあった。
 また、亜璃珠は彼が離宮先遣隊員として立候補した時の言葉。それから彼が優子に、自分が知る限り2度、薔薇の花束を贈っていること。
 バレンタインに優子が彼が欲していたパンジーの花を用意していたこと……何故だかわからないが、彼が優子に友情とは違う感情を向けていることを、知っていた。気付いて、いた。
「神楽崎、ここの総指揮を行うそうだな」
「ええ、そうよ。あなたも協力してくれるのかしら?」
「……いや、オレは今日は美味い飯を楽しませてもらう。何か展示がされるみたいだし、そっちも楽しみだ」
 デジカメを手に、武尊は笑みを浮かべた。
 そして、廊下へと消えていく優子の背を、そっと見つめる。だけれど、彼が彼女に近づくことはなかった。
「それじゃ、頼んだぜ」
 もう一度、亜璃珠をポンと叩くと、武尊は優子とは別の方向へ歩き出す。
 そして、亜璃珠以外の警備員や、接客を行っている学生達のことも労うように叩いていく。
(何を考えているのかよく解らない人だけれど、優子さんの助けになってくれる人であることに、変わりはないはず)
 心強い味方のはずだ。
 亜璃珠も自分の持ち場につくことにする。

「副団長にお伺いしたいことがあります」
 廊下に出て、優子と二人きりになり、舞香は真剣な目で優子に話していく。
「私達白百合団は、シャンバラ国軍でもヴァイシャリー軍でもない、あくまで百合園の生徒を守るための自警団ですよね。
 だからもしぎりぎりの局面になって、百合園の生徒を犠牲にしてでもシャンバラの国を守れと言われたら、私は白百合団員として、例え国に逆らってでも百合園生を守る側に付くつもりです」
 強い、意志を感じる言葉だった。
「副団長は、白百合団の副団長であると同時に東シャンバラロイヤルガードの隊長でもあるんですよね。もし万一、白百合団とロイヤルガードが対立するような局面になったら、副団長はどちらを選ぶおつもりですか?」
「……」
 優子は舞香の言葉に、即答できなかった。
 舞香は軽く目を伏せる。
「或いは、そのどちらでもない、もっと大切な物がおありなのかもしれません。私にとって、誰よりも綾乃が大切なのと一緒で……」
 舞香はパートナーの桜月 綾乃(さくらづき・あやの)のことを、誰よりも大切に思っている。
 その綾乃も今日、ここの警備に一緒につくのだ。
 目を上げて、舞香は優子の目を見詰める。
「その全ての中から、どれか一つしか選べないとなったら、どうしますか?」
「それは……恋人を選ぶか、家族を選ぶかと言われているようなものだよ、桜月舞香」
「どちらかなんて、選べるものではないとおっしゃいますか? それでも、選ばなければいけない局面はきっと訪れます。それは遠くない未来かもしれません、今訪れるかもしれません。
 私は副団長が、いえ、お姉様がどれをお選びになっても、それを責めるつもりはありません。……例え、その結果敵同士に回ることになってもです」
 百合園女学院の実質上の支配者である、ラズィーヤ・ヴァイシャリーが目指しているのは、シャンバラの建国。そして安定だろう。
 そのために、百合園を建てた。
 だけれど、百合園の生徒達、主に地球人達はどうだろうか。
 守るべきはシャンバラか。
 友達か。
 百合園生はラズィーヤの駒なのか。
 否。
 私達は、駒でははい。捨て駒ではない。
 舞香はこの晩餐会に何か裏があるような気がしてならなかった。
「私の心は決まっています。お姉様も、お姉様にとって一番大切なものを選んで欲しいと思っています。どれも選べなくて、その結果全てを投げ出して逃げ出してしまうようなことにだけは、なって欲しくないんです」
 戸惑いの色を見せる優子の瞳に、舞香は語りかけていく。
「私達は、あくまでも一介の女子校生です。国や学校のための駒じゃないんですから、ね……」
 少し、考えた後。
 優子は軽く息をついて、表情を緩めた。
「忘れそうになっていたことを、思い起こさせてもらった。ありがとう」
 そう答え、また少し考えて優子は言葉を続ける。
「白百合団は大丈夫。団長の鈴子は、卒業後も白百合団を見守っていくつもりのようだから、彼女がいる限り、団が軍化することはないだろう。私は……今の私は、シャンバラの為に、百合園に刃を向けなければならないようなことがあるのなら、ロイヤルガードは迷わず辞める。ただ、私達はいつまでも学生ではない。1年後も、同じことを言えるかどうかは、分からない」
 真剣な目で、優子ははっきりと舞香に言う。
「私にとって、何よりも大切な物は自らの信念だ。選択をしなければならない状況に陥った時には、自らの信念に従い、決断を下すまで」
「……でも、今回の事もそうですけれど、仕事の意味をおそらくは副団長も知らされていないのですから、知らず知らず信念に反する行動をしてしまっている可能性も、あるのではないですか?」
「そうだな……そうかも、しれない」
「とはいえ、今、副団長が百合園を大切に想っていることがより解って、よかったです」
 ぺこりと舞香は頭を下げて、警備に戻りますと去っていった。
 舞香の背を見ながら、思いを巡らせていた優子も、眼を軽く閉じて雑念を振り払った後、警備に戻っていく。