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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

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第1章 緊急事態


「早く早く早く!!」
「こっちだ、急げ!」
 ガラガラと耳障りな音を立てながら、アスファルトの上をキャスターが飛び跳ねる。
 それを押さえつけながら、三人の看護師が声の方へと走っていた。移動式のベッドの上では寝間着のまま呻いている患者が横たわっていたが、運ぶ看護師たちもまた、汗にまみれていた。
 向かう先は急遽解放された小さな病院だった。ここには聖アトラーテ病院の患者しか運ばれていなかったが、既にこの病院に入院していた患者と、そして新たに患者や医療関係者に発生した怪我人たちが入り混じり、混乱を来たす寸前となっていた。
「聖アトラーテの医師は優先してトリアージに当たって!」
「輸血、まだ届かないの!?」
「怪我人はこちらへ!」
 入口で待ち構えていた、白衣を羽織った男性がベッドを引き寄せようとするが、看護師は首を振る。
「待ってください、この方には持病があるんです!」
「今電子カルテ回します!」
 腕に血のにじんだ包帯を巻いた若い医師が、床の上に座り、膝の上でノートパソコンを開く。
 廊下には走り回る音と怒鳴り声にも似た声が飛び交う。
「避難はどこまで済んでる!?」
「三階、四階の入院患者の非難は全て確認済み、その他まだ点呼中。外来は大半が無事と思われますが、把握できていません」
「──戻ります、患者を見捨てておけません!」
 混乱の中で、一人の医師が走り出そうとしていた。その腕を、スーツの中年男性が掴む。
「駄目だ。軍と契約者に任せろ。患者が大勢待っているだろう」
「先生が駄目なら私たちが行きます」
 騒ぎを聞きつけて看護師が声をあげるも、スーツ姿の事務員の男性は首を振る。
「駄目だ。手が足りないんだ、持ち場に戻れ!」
 誰もが内心ではよく分かっているのだろう。
 彼らだって突如として現れたスポーンたちに、状況も分からぬまま、慌てて避難を始めたのだ。
 言われて仕方なく仕事に戻る医師たちを見送ると、スーツの男性は小走りに人波を潜り抜け、病院の外に出た。
 病院の前には国軍の兵士たちが立っていた。軍服を着て、そして、手には銃を持っていた。ここは防衛線の外だったが、病院を万が一スポーンの襲撃が守る為に配置されていたのだ。
「……イコンでの迎撃はもう少し待って貰えないか? 街中で、しかも逃げ遅れている患者がいるかも把握できないというのに、兵器を使うなど正気の沙汰じゃない」
「お分かりでしょうが、相手は普通の化け物じゃないんですよ」
「……インテグラルだ、スポーンだ化け物だ? ……いいかい、私は医者じゃあない。だが彼女は患者だ。他の患者に害を及ぼすなら、一度隔離することには賛成だが、なにも──」
 周囲の騒音のせいか、声が徐々に大きくなる事務員はそこまで言いかけて言葉を切った。
 病院内からここに来るまで、散々見たスポーンたち。それらが集ってできた、出来の悪い人形のような巨大なスポーンがビル群に漂う白煙の中をゆっくりと歩いている。防衛ラインを守護するイコンたちが砲撃を始めたのだ。
 まるで現実感がない、怪獣映画のような光景。
 事務員はそんな中、目の前の道を走っていく学生たちを見付け、苦々しげに目を細めた。
「学生、いや、契約者……。彼らに頼るしかないというのか、我々は」



 聖アトラーテ病院、特別入院室。いわゆるVIPルームの広々とした病室のベッドの上に、エリュシオン帝国の皇女アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)は意識を失って横たわっていた。
 ベッドの足の部分には、一匹の犬の姿をしたポータラカ人・吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)がこちらも気絶してこてんと倒れている。
 そのゲルバッキーの身体の横に、ぼとりと落ちたものがある。
 黒い影だ。ぬるりとした爬虫類の足が、ぺたぺたとゲルバッキーの横を通り過ぎていく。
 四肢を床にひっつかせ、鋭角的な頭をもたげてよたよたと歩いていく。
 そして、軽く開いたままの病室の扉から、その爬虫類──イレイザー・スポーンは廊下へと出て行った。
 幾つも、幾つも。