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リアクション
28.打ち上げ開始。
『しばらくしたら打ち上げと称して工房に行くから、その時また話そう』。
昼間あった、チャリティ人形劇の後、帰り際レン・オズワルドに言われた言葉通り。
人形劇参加者が、一挙揃って工房にやってきた。
――ああ、一気に人口密度上がった。
なんて思いながら見るのは、クロエが預かっていたキリカ・キルルクからのメッセージカード。
『貴方が悩んで考えて、それで出した結果の行動であれば、きっと祝福してくれる。
貴方が忘れられないという、貴方の想い人だって、祝福してくれる。
だから、前へ。
どうか立ち止まらないで。
誰かを理由に遠慮するのではなく、自分の望みに向き合って素直になって下さい』
――俺ってそんなに立ち止まってるように見えるかな。
――傍から見てれば、未練タラタラなのかな。
――でもしょうがないよねぇ。
「たった一人の家族だったんだから」
ぽつりと呟いた言葉は、打ち上げの喧騒にかき消され、誰にも届いてはいなかった。
*...***...*
レン達が打ち上げに来るのに合わせて、ルイ・フリード達も一緒に工房に来ていた。
棚に並ぶ数々の人形に、リアやセラが目を奪われている。
「マリーは見に行かないのですか?」
けれど、ただ一人マリオン・フリードはルイの傍を離れなかった。
というより、離れたくなかった。
どうしても伝えたいことがあったから。
だから、マリオンはこくりと頷く。と、「そうですか」とルイの優しい大きな手が、マリオンの頭を撫でてくる。それがとても心地良い。
「あたしね、人形劇を観て思ったの。
お父さんがいるから、今のあたしや、未来のあたしができるんだなぁって」
ルイに出合わなければ、マリオンは年を越すことができなかったかもしれない。
あのまま、倒れていたかもしれない。
だから、ルイに巡り会って、今この瞬間を過ごせていることが、未来を創れることが、
「とっても嬉しいの」
それは命を救ってくれたからじゃない。
不安に押し潰されそうになっていたマリオンに、優しく接してくれたから。
マリオンを生かそうと、必死になってくれたから。
――あたしのために、あたしを想って、いろいろしてくれて。
「だからね、ありがとうって言いたかった」
今日はきっと、お母さんも天国から見守ってくれている。
そんな母に、見せてあげたいんだ。
――お母さん。あたしは大丈夫だよ。
――新しい家族と、一緒に楽しく、元気で生きているよ。
――幸せ、だよ。
「マリー……」
「お父さん、本当にありがとう。
あたし、お父さん達のこと大好き!」
笑顔を向けると、ルイお得意のルイスマイルで応えてくれて。
また、幸せを感じた。
*...***...*
人形劇が終わるまで。
そして、終わってからも。
マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)はひたすらにテスラ・マグメルのサポートをしていた。
劇中は、イベントごとをはしごするテスラが倒れないようにと、SPチャージをかけまくり。
終了後は、サインや握手を求めるお客様の整列をしたり。
なので、打ち上げということで人形工房へ向かう面々を見て、ようやく一息、である。
会場の後片付けを、ウルスと二人で黙々と。
大道具はウルスが片付けてくれているので、寄付金の整理や床の掃除をして。
「……あ」
降ってきた雪を、見た。
どうりで寒いはずだ。
「風邪を引かなければいいのですが」
それと。
「……上手く行けば、いいのですが」
声は、雪の降る空に吸い込まれていく。
*...***...*
リンスに人形作りという、したいことがあるように。
テスラにだって歌というやりたいことがある。
それはきっと、譲れない。
誰に何を言われても。
だけど、あの劇のように。
人形と歌とが、共に同じ舞台に立てるのなら。
同じ結末に向かって、共に歩いて行けるのなら。
大切な何かを切り捨てる必要はなくなる。
それを持ったまま、未来へ進んで行ける。
そう、思っている。
「こんばんは」
にこり、笑って挨拶すると。
「こんばんは」
柔らかな声が、返ってきた。
リンスの隣に椅子を引き、テスラはちょこんと座る。
それから向き合い、
「プレゼントです」
編んできたカーディガンを、渡す。
カーディガンなら室内でも羽織れるし、
――重くもないはずですし。
……もちろん、重量的にという意味だ。
「ありきたりですみません」
「とんでもない。あったかい」
早速羽織ったリンスに対し。
テスラはひとつ、深呼吸。
「?」
どうしたの、とリンスが言いかけたのにかぶせるようにして、
「外、出ませんか?」
誘い出した。
うん、と頷き、立ち上がる気配。
先導するように歩き、工房裏手に辿り着く。
いまここには、ふたりだけ。
そう錯覚しそうにさえなる、夜の下。
「ありきたりなので……オマケとして、」
目を閉じる。サングラスに手を伸ばす。ひんやり冷たい、テンプルの感触。
「私の初めてを、差し上げます」
「え、」
戸惑ったような声を無視して。
そのまま、サングラスを外した。
「…………」
「…………」
沈黙が、流れる。
そのうちに、家族以外の人の前で素顔を晒すといった恥じらいが薄れてきて――目を、開く。
サングラスをかけているときよりも、いくらかはっきりとした外の世界。
そして、はっきり見えた、リンスの顔。
「やっぱり……これを外すと、よく見えますね」
きょとんとした顔のリンスに、微笑う。
「なんで驚いているんですか」
「……や、今までマグメル、ずっとサングラスかけてたから。何で外すの、とか。何かあったのかな、とか」
何かあったかと問われれば。
「そうですね……ありました」
「何。夜なのにサングラスかけてて変な奴、って言われたとか?」
「いえいえ。そういうことではなく」
もっと、元凶は近くに居る。
「……リンス君には、私の素顔を見てほしいと思って」
――そう、私の目の前に。
さっきよりも驚いているというか、ぽかんとした顔で、リンスはテスラを見。
はぁ、と息を吐いてうなだれるように首を下げた。
「……え、うなだれるところですか?」
「や、なんか嫌なこと言われたんじゃないかって。心配したから、杞憂でよかったなぁと」
「あはは。言われたとしても、外しませんよ」
だって、恥ずかしいし。
「でも、心配してもらえて嬉しいです」
「そうなの?」
「はい、女の子ですから」
「……そっか、女の子だもんね」
妙に納得したような声で言うから、もしかして男として見られていたのではないかと思わず苦笑。
テスラは辺りを見回す。
「サングラスを外したからでしょうか。いつもよりはっきり見えます」
工房の周り。整備不足気味の街道。丘の上だからだろうか、近い空。白い雪が舞い降りる瞬間も。
それから、自分の前に居る人物も。
「そして、眩しく見えます。
例え私よりも小さくて、女性らしくて、年下に見えても」
「余計なお世話、特に後半」
「ふふ。
ねえ、リンス君。貴方にとって、大切な人の話を聞かせてくれませんか」
雪の降る、聖なる夜だから。
サングラスを外す、決心ができた日だから。
貴方と二人きりの、夜だから。
「なんだろう、マグメル達の情報ネットワーク? なんかちょっと恐怖すら感じるね」
「そうですか?」
「どこまで知られているのやら。……大切な人、ね……」
そう言ったリンスの目は、遥か彼方を見ていた。
寂しそうな、愛しそうな、哀しそうな。
――こんな、目をさせるような人ですか。
ちくり、胸が痛む。
そんなテスラの様子に気付いたのだろうか。
リンスがふっと、テスラの方を向いて笑った。
「そんな顔しないでよ」
と言われても、なんと返せばいいのか。
「マグメルが思っているような相手じゃない。ただの、姉だ」
「お姉さん……?」
「そう。恋人か何かかと思った?」
「……はい」
その人を想うあまり、次に踏み出せないのかと。
「俺誰かと付き合ったこと、ないしねぇ」
「そうなんですか?」
「うん。
だからね、俺が『好き』を解せないのは、俺が未熟なせい。
答え、もう少し待ってやってくれる? 変わるように努力はするから」
その答えに、テスラは頷く。
――待ちましょう。
――貴方が変わると言うのなら。
――その日まで、待ちましょう。