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リアクション
29.告白のゆくえ。
……すごいことを、聞いてしまった。
聞くつもりは、なかったのに。
琳鳳明は、冷や汗をかきながら、思わず隠れた姿勢のまま固まる。
――ていうか私、今日隠れてばっかりだなあ……!
クリスマスプレゼントである懐中時計を渡そうと、テスラと外に出るリンスを追いかけたらこの結果だ。
突如始まったリンスの過去話。
立ち聞きしてしまった、この現状。
――ど、どうしよう。
そんなつもりじゃなかったのに。
しかも、テスラが工房に戻って行ったのに、「ちょっと一人になりたい」とか言って、外に残っちゃったし。
どうしようどうしよう、今から工房に戻ろうか。
そう、悩んでいたら。
「リンス、あまり外に居ると風邪引くわよ?」
今度は茅野瀬衿栖が現れて。
「リンスが風邪引いたら、……その」
「何、心配?」
「そんなわけないでしょっ! せっかく課題クリアしたのに、工房がお休みだとクロエに会いに来れなくなるじゃない!」
――えええ、ちょっと衿栖さん、……あれー!?
会話を聞いていると、なんだか。
「……まさか、ねぇ?」
ははは、と思わず乾いた笑いを漏らした時、
「あらあら、修羅場なの〜?」
水心子緋雨の、のほほんとした声。
「しゅ……!?」
「ふむふむ、テスラさんと衿栖さんと鳳明さん……これは、四角関係!? あの人形師さん、やるのね……本命は誰かしら? ナゾを究明しなくっちゃ♪」
そして、鳳明の戸惑いをスルーして観察に入ってしまった。思わず鳳明も、リンスの様子を見る。
衿栖がリンスにマフラーを巻いて、工房に戻っていくところだった。
――ええと、えっと、あれやっぱり……。
「…………」
「…………」
しばらくの、沈黙。
「いいえ……まだ、本命はいるわね」
「えっ!?」
「彼女よ……!」
指差した先、そこには。
「め、メティスさん……!」
メティス・ボルトの姿。
何かを話しているらしいが、聞こえない。
「ふむふむ……」
しかし隣の緋雨は頷いている。
「え、緋雨さんわかるの?」
「現代っ子たるもの読唇術は身につけておくものよ」
「そうなんだ……! 日本人って、すごいなぁ」
もちろんそんなことはないのだが、鳳明には知る由もない。
「なんて言ってたの?」
「『人形劇、気に入っていただけましたか? ……それは、よかった。……でもその様子じゃ、伝えたかったことは完全に伝えきれていないようですね。いえ、いいです。いずれ、わかってもらえるはずですから』
……メティスさんも、本命なのかしら?」
「わ、私に聞かないでよ〜!」
二人して『本命』が誰かなんて話している間にも、リンスとメティスの話は続いている。
「なになに……『私、意地悪なんです。クリスマスプレゼントを、誰にも気付かせないように……あげたし、もらっちゃったんです』……どういうことかしら……」
――気付かないようにあげた、プレゼント?
――そして、あげた素振りはないのに、もらった?
謎な言葉にぐるぐるしているうち、メティスも工房に戻っていく。
「……はっ! そうしたら、対抗馬はうちの麻羅!」
緋雨も、妙に勘ぐって。
「麻羅〜! だめよ、五角関係に首を突っ込んだら〜!」
走って戻って行ってしまった。
「…………」
五角。
なんだかよくわからないけれど、リンスの周りは大変なことになっているらしい。
――これじゃ、好きだなんて、気付いても……。
思った時。
「諦めちゃうんですか?」
セラフィーナに、言われた。
「……セラさんは、私がどこに居ても見付けるね」
「そりゃまあ、パートナーですから。
……で、鳳明の気持ち。それを、鳳明自身が諦めちゃうんですか?」
問われて、考える。
――ううん。
「諦めない、よ」
だから、意を決して一歩踏み出す。
プレゼントを渡しに。
気持ちを明かせるかどうかなんて、わからないけど。
――諦めたりは、しない。
「リンスくん」
「琳? どうしたの」
呼びかけると、鳳明がそこに居たことに関してちょっと驚いたような顔はしたが。
すぐに、いつもの無表情に戻る。
そんな、普段通りのリンスを前にして。
さっき聞いた話もどこにやら。
今本人が目の前に居ること、それだけでしどろもどろになる。
――うあ、あたままっしろ。なんて言おう。
「ん、あ。ク、クリスマスプレゼント、渡してなかったなぁって、あの、これ」
懐中時計の箱を、押し付けるように渡す。
リンスが箱を持ったのを確認すると、そこから手を離し、ぷいっとそっぽを向く。
「じゃ、じゃあまた後で!
……あんまり外に居ると、風邪引いちゃうよ、雪も降ってるんだから」
「そうだね。そろそろ戻ろうかな」
注意してみると、案外素直に頷かれた。
「戻ろうか」
「え、一緒に?」
「嫌ならもう少し雪見てから戻る」
「え、い、嫌じゃない」
思わずそう答え、工房に戻ろうとした時に。
「そういえば。……例の、俺モチーフの人形完成したけど」
無茶な注文だったのに。
きちんと遂行してくれたことに、テンションが上がり切る。
「えっ本当!? 貰う貰う貰う、すぐ貰う! ちょうだい!」
嬉しくなって、舞い上がって、顔には笑みが浮かんだ。
「……そんなに喜ばなくて良いじゃない、俺の人形なんて、」
「やだ、嬉しい。だって大好きなリンスくんが作った人形だもん!」
……………………。
………………。
……あれ?
――いま、私、なんて言った?
「え?」
「え?」
リンスと同時に、驚きの声を上げる。
「……あ、いや、あの、あの、あのね、その、」
おろおろと、何の言葉にもならない単語を羅列して。
逃げ出したくもなりながら、鳳明は足を踏ん張った。
――逃げない。
――私は私の気持ちから、目を背けない。
「リンスくんが、好きです」
――俺はいったいどうすればいいの。
リンスは、鳳明に貰ったクリスマスプレゼントの箱を抱きながら、唐突にされた告白に内心で戸惑った。
――ていうかおかしい、最近おかしい。絶対おかしい。
自分の周りに人が集まったり。
好きだと言われたり。
殆ど誰にも言っていなかった、大切な人――姉のことまで知られていたり。
――カミサマとやらが居るなら、本当に極端だな。
色々とどん底まで叩き落としたと思えば。
どこまでも高みへ、掬い上げていく。
また、そこから落とされたら嫌だなあと。
――前なら、そう思って自分から距離を取ったんだろうけれど。
今は。
変われた今、出す答えは。
『リンスさん。クリスマスは、1年で1番、皆が誰かに優しくなれる日です。そして、シスターさんは、その優しさをそっと掬いあげます。それもシスターさんのお仕事なんですよ』
ノア・セイブレムは、そう言っていた。
あの言葉は、『あなたがどんな答えを出しても、その意思を尊重します』という意味だとリンスは思っている。
――そうだよね。
――いつまでも、同じ場所で立ち止まってるのも、おかしいよね。
心は成長しても、足が踏み出さないのなら。
変化とは言いきれまい。
「琳」
「ななな、な、なにかな!?」
「……そんなに驚かなくてもいいでしょ」
うぅ、と俯く鳳明を見て、苦笑。
「俺ね。好きとか、よくわからないんだ」
それはかつて、テスラにも言った言葉。
「だけど、わかるように頑張るから」
それは今日、同じくテスラに言った言葉。
「……うん。待つよ、私。どんな答えでも、リンスくんの出す答えを、待つよ」
鳳明は、そう気丈に笑って言った。
――ごめんね、優柔不断で。
――ごめんね、未熟者で。
だけど、謝ったりするのは心の中でだけ。
言葉にはしない。している暇があったら、
「成長、しなきゃなぁ」
ぽつり、呟いた。
雪はまだ、降っている。