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リアクション
通路の先に、空が広がった。
「ぅわぁ」
空に城が浮いている。陽の光りを浴びたそれは、水神 誠(みなかみ・まこと)には白く輝く山のように見えた。
「これはスゴいね」
誠の感嘆の声に、水神 樹(みなかみ・いつき)は落ち着いて言った。
「えぇ。すごい量ですね」
「量? うわっ!」
山に延びた石造りの橋、幅は10m強といった所だろうか、その上に3体のパラミタロックワームが寝そべっていた。
「気持ちよさそうだねぇ―――って、あれ?」
「起きてしまいましたね」
「眠っててくれて良いのに」
剥き出した牙が陽光で輝く。重そうな体がノソリ、ノソリと起きあがってゆく。
「一気に行きますよ!」
樹の一閃が片牙を砕いた。天を仰ぎながら奇声をあげている隙に、胴を叩く。
「つっ!!」
渾身の力を込めても弾かれた、しかしその衝撃はワームを後方へ押し退けるを成功させた。
すぐに別のワームが迫ってきたが、それにすぐに誠が迎した。先ほど砕いた片牙を樹が投げ、衝突の寸前に『サイコキネシス』で加速させた。牙は勢いよく個体に当たり、こちらも見事に後退させた。
「今のうちに!!」
橋の端が開かれた。一行は一気に駆け抜ける。
「背中に乗れぃ!!!」
「えっ、ちょっと」
雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がイナンナを自身の背に放った。体長2mはある大きくて柔らかな背中に、彼女はしっかりとしがみついた。
「行くぜぇ!!」
跳ねるように駆けてゆく。最後は文字通り跳び込んだ。橋の先の白く輝く城へ一行は踏み入った。
「これが……」
クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は瞳を見開いた。
そこに広がっていたのは巨大な庭園、陽の光りが降り注ぎ、緩やかな風も抜けている。最も今は、草木はすっかり枯れ萎れており、きっと爽やかな風もどこか乾いて感じた。しかし……。
「いや、間違いなく空中庭園だ」
その意を察したようにクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は、
「橋からは庭園の外底部まで見えた。細い支柱こそ見えたが、他には何もない」
と説いた。橋の前半部と庭園の一部は山肌に面して支えられているようだが、それでも空に突き出ていることは間違いない。城の一部ではあれ、空中庭園と称されているのも頷ける造りになっていた。
添え木の跡や砂に埋もれた水路。どれも枯れ荒んでいるが、それらに再び命が宿ったなら、それは美しくも開放的な庭園になることだろう。
「クリストファー、あれ」
「あぁ」
樹壁の先にパラミタロックワームの姿が見えた。こちらは眠っているようだ。
「どうせ全部見て回るつもりだしな」
迂回して歩みを進めることにした。一行の目的は『龍の逝く穴』の居場所を示す石版を見つける事だが、彼らの目的は少しに異なる。シャンバラの空中庭園との違いを見て確かめること、その為に同行していたのだ。
「というか、イナンナよ……」
「ん? なぁに?」
ちょうど庭園の最奥にたどり着いた時、クリストファーが壁から乗り出して言った。
「これ……谷側から飛んでくれば楽だったんじゃないか?」
「……………………」
北部に位置する大渓谷。空に突き出した庭園は、ちょうど谷壁から突き出るようになっていた。どうりで城門までの道のりが急な上り坂だった訳だ。
「あぁ、そういえば、こっちにあった気がするなぁ~石版ん~~」
――女神のくせに誤魔化したでござる……。
機晶姫であるクリムゾン・ゼロ(くりむぞん・ぜろ)は、その様子もしっかりと記憶した。必要な時に『メモリープロジェクター』で投影できるようにと目を凝らしていた。イナンナの意外な一面が見れたと笑みながらに、クリムゾンは彼女の背を追った。
空中庭園の様子を瞳に焼き付けようとしているのは、『地底迷宮』 ミファ(ちていめいきゅう・みふぁ)も同じだった。しかし個人的にはもっとずっとフワフワした気持ちになると思っていたのだが。
「……なんだかとっても、寂しいですね。姉さま」
「そうね」
もの寂しさからか、『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)はそっとミファの手を握った。
造られたものには想いが宿る、魔導書である私たちがそうであるように。ソラはそう信じている。そして庭園は、造り手だけでなく、そこに集まった人達の想いも反映されるものだって信じている。
「誰も来なくなった庭園は、やっぱり寂しいよ」
荒れた庭、乾いた木々。かつては手入れする人の想いが宿った庭は、すっかり床に伏してしまっている。
「私たちが起こしてあげましょう」
「えぇ」ミファは強く手を握り返した。
「でも、ワームさんには眠っててもらわなくちゃね」
「そうね」
笑み合う2人を見ていると、自分まで笑顔になってくる。ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)はイナンナに言った。
「あの2人は魔導書なのですが、書名は『空中庭園』なんです」
「そうなんだ」
修復後の庭園を思い描いているのだろうか、2人は楽しそうに枯樹壁に触れていた。
「イナンナさんは、前にも来たことがあるんですよね?」
彼女はコクリと頷いて応えた。「この庭園は、前領主が持つ庭園の中でも一番キレイな庭園だったわ」
各領地でその出来映えを競っている、これはイナンナ自身が『空中庭園』を大変好んでいることから始まったことだとか。
「そういえば、おぬしはシャンバラ出身だそうだな」
悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が訊いた。彼女が頷くのを見ると、思い切って続けた。
「つかぬことを聞くが、おぬし、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)という名をしっておるか?」
聞き覚えがあるのか、イナンナは樹壁間をゆく足を止めた。
「10歳頃の姿……という話であったか、おぬしの今のその姿は、その者によく似ておってな」
背格好、髪の色、瞳の色……イナンナとアーデルハイトの姿はとても似ているように見える。違いといえば色よく焼けた肌の色くらいだろうか。
「もしや何らかの縁のある者同士なのかと思ってな……」
「……………………アーデルハイトは、」
少し悩む素振りを見せたが、その名はあっさりと口にした。そして、
「私の姉です」
「…………姉?!!」
その場に居合わせた者の誰もがイナンナの顔を凝視した。似ている……確かに似ている! 妹? 姉? 国家神で、世界樹との契約者姉妹?
「あのでも、この事はまだ……というか、あんまり騒がれたくないの。みんなに言っていいか……アーデにも聞かなきゃだし」
困ったようにというよりも恥ずかしそうな色合いが強かったが、彼女は顔を伏せて視線を落とした。
「興味深い告白をして貰ったばかりで悪いんだけど」
黒崎 天音(くろさき・あまね)が先の樹壁から顔を覗かせて言った。
「石版って、これのことか?」
樹壁の先、枯れ木に覆われた高台に、高さ2mほどの石版が立っていた。その表面には何か絵のようなものが描かれている。
「そう、これ! これよ!」
「当たり、か」
天音は携帯で石版を撮った。一見しただけでは『龍の逝く穴』の場所は分からない。後に解析する事も考えての撮影保存だった。
石版には『一面に竜巻が描かれており、竜巻の周囲には幾体ものドラゴンが飛ぶ姿』が、そして『竜巻に巻き込まれたかのように飛ぶドラゴンの姿』も描かれていた。
文字は無く、それらの絵だけが石版いっぱいに描かれているだけだった。
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