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リアクション
13
花見に行こうと思い立ち。
どこがいいかと考えた結果、前に月見をしたヴァイシャリーの湖畔に向かおうということになった七枷 陣(ななかせ・じん)が見た人は、ヴァイシャリーではそこそこ有名な人形師と人形の組み合わせ。
目にするのは初めてで、思わずまじまじと見てしまった。
「何か用?」
淡々とした声で、人形師――リンスが言う。人形の彼女、クロエもじっと陣を見ていた。
「や、用っていうか、」
唐突に問われて言葉に詰まっていると、
「初めまして! ボク、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)って言うんだ」
リーズがクロエに手を差し出した。握手するように。
その手をクロエが取って、にっこり笑う。
「はじめまして! わたし、クロエよ」
「クロエ様、初めまして。私は小尾田 真奈(おびた・まな)と申します」
続いて真奈が自己紹介し、もう片方のクロエの手を握った。
「んで、オレは七枷陣」
そのノリで自己紹介すると、「リンス・レイス」と流れでリンスも短い自己紹介をした。噂通り、起伏の少ない人物である。
クロエはというと、早くもリーズや真奈と打ちとけたようでにこにこと笑い合っていた。
「ま、こんなとこで立ち話しもなんやし。花見でもしながらお話しせぇへん? 弁当もあるし」
「別にいいけど」
「いいわよ!」
目的の湖畔まではまだ距離があったが、大規模な花見会場がすぐそばにある。
人混みに紛れながら、一行は花見の場所取りに向かった。
「え、じゃあクロエちゃんゆる族なん……?」
「そうよ! おにんぎょうさんだもの」
噂には聞いていたが、本人を前にするとそうは見えない。
――ホンマ人形なん? 人間の女の子にしか見えないやん……。
最初の時のように思わずまじまじと見てしまう。
リーズと一緒にわきゃわきゃ笑いながら、お弁当を食べさせ合いっこしていたり。
真奈と一緒に桜を見上げてみたり。
そんなクロエが人形とはどうも思えない。
「ゆる族言うと、モップスとかその辺のイメージやったから意外やなぁ……魂が人形に宿って今に至る感じなんか?」
リンスに視線を向けて問うと、彼は少し首を傾げ、
「かな? だから分類上はゆる族なのかもね。人形ありき、みたいな」
ぼんやりとした調子で答えた。自分でも探り探りだ、という感じが伝わってくる。
「分類上て」
「だって俺に訊かれてもよくわかんないし」
それもそうかと再びクロエを見た。
――奈落人の方が近くないかなぁ……憑依的な意味で。
問うてしまえば困ったような顔をするのは目に見えていたので、問わずに考える。
「なんで急にそんなこと?」
リンスから問われ、「ん」と陣は声を上げる。
「や、オレんとこに刹貴っていう奈落人が居ってな」
「ああ、それでクロエも奈落人なんじゃ、って?」
「そうそう。気になってなー」
話しながらクロエたちを見た。
「真奈さんのお弁当美味しいよね〜」
「とっても!」
「良かった。そう言ってもらえると、作った側としてはとても嬉しいです」
「綺麗なお花もいいけど、やっぱりボクは花より団子かな〜♪」
「わたし、どっちも!」
「クロエちゃん、よくばりだ!」
「まなおねぇちゃんは?」
「私は桜がとても好きです。……お団子も好きですけど」
「まなおねぇちゃん、よくばりだー!」
無邪気に笑う彼女の姿。自分の知っている奈落人とは、少し、いやだいぶ違う、か。
「面白い顔」
「へ?」
唐突な発言に、思わず素っ頓狂な声が出る。
「面白い顔してたなぁって」
と、リンスが表情の薄い顔でもう一度同じ言葉を繰り返した。思わず苦笑する。
「どないやねん」
「んー。思い悩むっていうか。複雑そうな顔」
それを面白いと表現するのはどうなんだと思いつつ。
「いや、奈落人とはやっぱ違うんかなって」
「?」
「いつかオレんとこのと会うこともあるかもしれんね」
その時が来たら、言葉の意味もわかるだろう。
「ならくじん?」
陣とリンスの会話を聞いたクロエが、ぽつりと呟く。
「刹貴くんのことかな? ボクと同じで、陣くんのパートナーなんだ」
「そのこがならくじんっていうの?」
うん、とリーズが頷く。
「ちょっと苦手。いつもボクのこと何かにつけてちみっ娘言っていじってくるし……」
「そういういじりならわたしもされることがあるわ。いじわるおにぃちゃんっているものよね」
「あはは、クロエちゃんにも経験あるかー。
うん、それもあるかもしれないんだけどね。元殺人鬼らしくて。ちょっとおっかなく感じちゃう、かもね」
殺人鬼、という言葉に縁のないクロエには、どういう相手か想像もつかなくて。
ただ、リーズの笑みの質が先程までのと違っていたから、何も言えなかった。
「まあその話はここまでで! ねえ陣くん、難しい話ししてないでお弁当食べようよー!」
そうしているうちに、リーズはお弁当を持って陣のところに突撃していった。
真奈を見る。彼女もまた、笑みの質を変えていた。
「にがてなの?」
「ええ、少々。何を考えているのか分からなくて」
「だれかのかんがえは、だれにもわからないわ」
「そうなのですけど、そういうのとも少し違うんです。打ち解ければ、きっと良い方なのだと……思いたいですけど」
「まなおねぇちゃんがそうおもうなら、きっといいひとよ!」
それだといいのですけど、と真奈が微笑んだ。
――ほんとうにわるいひとなんて、いるのかしら。
クロエにはわからない。
ただ、あの楽しい二人が顔を曇らせる相手のことが、少し気になった。
陣はピンチだった。
リンスと話していたら、肉巻きポテトを口に咥えたリーズが「ん〜♪」とポッキーゲームさながらに顔を近づけてきたからである。
――いやいやいや。初対面の相手の前でこの子は何やってるんかな!
――否。わかってるぞ、オレは。
――コイツ、からかってんな……。
そっちがその気なら、と不敵に笑った。初対面の相手が居る? 知るか。少し話したからもう知り合い以上だ友達だ。
そういうわけで、ぐいっとリーズの肩を抱き。
「ふぇ、」
きょとんとするリーズの口から料理を奪い、そのままキスをしてやった。
「これで満足かコノヤロウ」
「……んにぃぃ」
真っ赤になったリーズを見て、仕返し完了。集まる他花見客の視線に頬が熱くなるのを感じつつ。
また違う視線を感じて、そっと振り返る。
真奈が見ていた。潤んだ目で、羨ましそうな目で、恥じらいを含んだ少女の目で、見ている。
「ま、真奈?」
じっと見つめられたことでたじたじになりつつも、陣は名前を呼んでみた。
「わ、私もやっても……良いですよ、ね?」
サラダを巻いた生春巻きを口に咥えた真奈が、そっと近付いてくる。
「え、いや、ちょ……」
陣の前に正座した真奈が、そっと目を閉じた。
やるしかない。女性に恥をかかせるなど言語道断である。
食い取ってキスをするところまでやってから、
「……イカガデシタデショウカ……」
真っ赤な顔で、ようやくそれだけ言えた。
真奈が、幸せそうな顔で笑った。
けれど陣は笑えなかった。まったりお花見モードだった雰囲気が崩れているのを感じたからだ。
リア充爆発しろ死にさらせ今すぐ、という具合の視線が突き刺さる。視線に殺されるかもしれない。
「何これ公開処刑……?」
「がんばれ。俺は一緒に注目されたくないから、戻る」
「あ、ハイ。巻き込んでゴメンナサイ。クロエちゃん、またねー」
「またね、じんおにぃちゃん!」
そうして部外者であった二人が離れることで、より一層いちゃつき度は上がるのだが。
今の陣はそのことまで頭が回っていない。
いよいよ公開処刑になるまで、もうあと数分。
*...***...*
最新型の高画質カメラも買った。花見に来ていた紺侍に写真の撮り方も教わった。
準備は万端。
「クロエー!」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、クロエの姿を探す。
二人で新人カメラマンとして、この花見会場を駆け回ろうと思ってのこと。
「みわおねぇちゃん」
「クロエ、写真撮ろう?」
買ったデジカメを見せて提案。
「一緒にみんなの笑顔を撮ろうよ」
「みんなのえがおを?」
「そう。ずっと残る思い出にするんだ!」
「とってもすてきね!」
クロエもノリノリの様子で頷いて、美羽と一緒に会場を駆ける。
瀬蓮やアイリスと離れ離れになり、環菜が暗殺されたことで、一時期の美羽はかなり落ち込んでいた。
けれど、変化は訪れる。
エリュシオン帝国の選帝神が気のいいお姉さんで、彼女のはからいによって瀬蓮と会えるようになったり、環菜が生き返ったり。
暗く胸に淀んでいた出来事や悩みが、少しずつ解消されて。
美羽の顔には、少しずつ笑顔が戻ってきていた。
「瀬蓮さんと一緒に、蒼空学園に攻め込んだアイリスさんを止めたりもしたんですよ」
ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、今までのことをリンスに話す。
これまで美羽が落ち込んでいたことを気に掛けてくれた人だから、報告しておきたくて。
来る前に作ってきた花見団子を振る舞いながら、ゆっくり、一つずつ。
そっか、と頷いたリンスが、クロエと一緒に会場を走り回る美羽を見る。
「確かに、前みたいな笑顔だもんね」
「リンスさんやクロエさんのおかげです。支えてくれて、ありがとう」
微笑んで礼を言うと、珍しくリンスも笑った。あ、と思っているうちに、
ぱしゃり。
シャッターを切られる音。
振り返ると、カメラを持ったクロエが美羽に教わりながら写真を撮っていた。
「リンスのえがお、とれた!」
「やったねクロエ! 珍しい一枚だよ!」
恥ずかしそうな、困ったような顔をするリンスを見てベアトリーチェは笑った。
「撮られちゃいましたね?」
「ね。いっぱい撮れた?」
「うん! みわおねぇちゃんと、たくさんとったの」
「あとでアルバムにしようと思ってるの。出来たら一緒に見ようね! じゃあまた撮ってくるから!」
「いってきまーす!」
手を振って、美羽とクロエは爆走していく。
後ろ姿を見守りながら、ベアトリーチェはお茶を淹れた。
四人でお茶を飲みながら完成したアルバムを見るのは、遠くない日の話。
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