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リアクション
16
フリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)と花見がしたくて、鷹野 栗(たかの・まろん)は思い切って誘ってみた。
「一緒にお花見に行きませんか?」
そう言って、ヴァイシャリーで待ち合わせ。
桜並木が綺麗な湖畔の道を、二人並んで歩く。
「今日はいい天気だね」
フリードリッヒが言った。栗は頷く。今日は春らしく暖かで、とっても気持ちの良い天気だ。
「お日さまがぽかぽかですもんね」
「だね。絶好の花見日和だ」
道に沿って咲く桜を見たり、花壇に咲く花を見たり。
「もうこの花が咲く季節になったんだね」
花壇の花を見て、フリードリッヒが言う。丸い葉と立ち上がった茎が特徴のその花は、春に咲く花だ。
生物部の部長である栗と、生物部の部員であるフリードリッヒ。
どの花がなんという名前なのかをほとんど知らなかったフリードリッヒに、栗はひとつずつ教えていった。一緒に本を読んで、散歩もして見て歩いて。
今は、その花が咲く季節も知ってくれた。
花を見る彼の顔。口角が少し上がっていた。笑っている。花を見て、穏やかに。
不意に、フリードリッヒの顔が栗の方を向いた。目が合うと、彼は穏やかに微笑んで、
「栗。いろいろと教えてくれて、ありがとう」
礼を言った。
「え?」
何がでしょうか、と目を丸くしていると、
「花のことを丁寧に教えてくれて。
知らない頃に見たら、ただ綺麗だなと思うだけだった花も……名前を知って花言葉を知ったら、楽しくなったよ」
そういうことか。合点がいった。栗も笑む。
「花って素敵ですよね。そう思ってもらえて嬉しいです」
――生物部に入ってくれて、ありがとうございます。
言葉をそっと、心の中で呟く。
だって、フリードリッヒが興味を持って生物部に入ってくれなければ、きっと出会えなかっただろう。
――フリッツさんに、近付きたいな。
そう思える相手なんて、そうそう居ない。
栗は、対人関係に於いてどこかで線を引いている。
仲良くなることはできても、これ以上入りこんではいけないとストッパーがかかってしまうのだ。
パートナーの羽入 綾香(はにゅう・あやか)やレテリア・エクスシアイ(れてりあ・えくすしあい)と親しく出来ているのは、きっと契約することによって相手を『線の内側』に入れているから。
では、契約することができない地球人同士はどうすれば良いのだろうか。
考えてもわからなかったし、今までパートナーたち以上に踏みこんで親しくなれた人も居ない。
けれど、フリードリッヒとは。
彼とは、栗自身が『線の外側』に出てでも親しくなりたいと、一緒に居たいと思っていた。
――こんなこと話したら、びっくりさせちゃうよね。
――……でも、伝えたいな。
――伝えて、私の気持ちを知ってもらいたい。
――こんな気持ち、初めてだもの。
だけど言うタイミングを掴めなくて。
ただ、黙って隣を歩く。
沈黙は苦痛じゃない。むしろ心地良いとも思える。彼が隣に居るから。
――手、繋ぎたいな。
そろりそろりと手を伸ばす。
もうちょっと、あと少し。
だけどどうしても、手が止まった。線引きされているから。
それが苦しかった。触れたいのに触れられないことが。
――……どうしちゃったんだろう、きょうの私。
考えても、やっぱりわからなかった。
「レテリア。そこらを散歩でもせぬか?」
綾香はそっと提案した。
栗とフリードリッヒの邪魔になるのも野暮だろうと思って。
「散歩? うん、いいよ」
レテリアも頷き、二人は二人で栗たちとは別の道を歩くことにした。
「しかしまあ、春は恋の季節とはよく言ったものだな。まことその通りだ」
二人の姿を思い出して、綾香は微笑む。上手くいけばいいと。
「……ねえアヤカ、僕の話、聞いてくれる?」
不意に、レテリアが問い掛けた。
「? なんじゃ。言うてみぃ」
優しく言うと、しばらく間をあけてから「あのね」とレテリアが切りだす。
「僕、マロンのことが好きなんだ」
栗が好き。
その言葉に、胸がちくりと痛んだ。目を閉じてやり過ごす。
「だけど、それは本当の好きとは違ってた」
「……?」
意味をわかりかねて綾香は首を傾げる。その反応に、レテリアが「んと」と説明の言葉を探した。
「僕はマロンが好きだけど、特別な好きだと思っていたけど、でもそれは依存だったんだ。依存するだけの好きは、たぶん違う。
マロンが嫌いになったとかじゃないよ。ただ、気付いたんだ。それはパートナーとしての好きなんだって」
そうか、と相槌を打った。
「聞いてくれてありがとう、アヤカ」
「本当に聞いただけだったがな」
「それでも充分」
湖を挟んだ対岸に、栗とフリードリッヒが見えた。
「……僕もいつか、見つけられるかな。好きな人」
それを見たレテリアが呟く。
「……好きな人、か」
「うん。……僕に、指輪をくれた人」
どきりとした。だって、それを渡したのは。
でも、今の言い方だと。この表情だと。
「……その、もしや、かつて指輪を貰った相手を覚えては……」
問い掛けの途中で、レテリアが首を振る。覚えていないことを悔やんでいるようだった。
「……そう落ち込むでない」
励まし、ぽんと背中を叩く。
本心では、言いたかった。
指輪を贈ったのは私だと。
だけど言えなかった。
思い出すまで、待ちたかった。
「いつか見つかるとも、必ずな」
言えない代わりに、励ましの言葉を送る。
栗が好きだ。
フリードリッヒは、そう断言することができる。
だけど、栗が好きなレテリアのことを考えると言いたくても言えなかった。どちらかが傷つく結果を生みたくなくて。
だけど、だからといって気持ちを否定することもできなくて。
ずっと考えていた。
失礼ながら、花見の最中も。
考えて、考えて――隣を歩く彼女が、やはりどうしても愛しくて。
「栗」
「は、はいっ」
名前を呼ぶと、妙に声が跳ねた。栗の頬が、ほんのり赤い。
言うべきか、言うまいか。
ぎりぎりまで悩んだけれど、伝えることにした。
「僕たちの歩く道は、時にうねり、近づき、遠のき、交錯する。
今この瞬間を、君と並んで歩きたいんだ。……好きだ、栗」
言葉と共に、手を差し伸べる。
風が吹く。花びらが舞った。さくら色の世界で、栗の手がフリードリッヒの手に重ねられる。
「私も、フリッツさんと同じ側で歩きたいと……思っていました」
はにかむ彼女を見て、思わず抱き締めた。
フリードリッヒが栗を抱き締めるのを、レテリアは見た。
悔しいとか、邪魔してやろうとか、むかつくとか、そういった感情は沸いてこなかった。
ただ、良かったと思う。
幸せになってほしいと思う。
そう思えた自分に驚きながら、いつかちゃんと話したいなと思った。
今までつんとしててごめんなさいと謝りたいし、マロンをよろしくねと言いたい。
「どうした?」
立ち止まったレテリアに、綾香が問う。
「ううん。……本当、春は恋の季節だなって思って」