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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
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リアクション



12


 窓の外に見えた桜の花が綺麗だったから。
「そうだ、花見に行こう〜♪」
 秋月 葵(あきづき・あおい)は、思い立って出掛けることにした。
 紅茶やカップケーキ等のスイーツを作り、パートナーが作ってくれたお弁当を小ぶりの鞄に入れて出発。
「お花見にゃ〜♪ 食べ物いっぱい詰め込んでレッツゴー」
 うきうきとした声でイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)が言った。
「お花見〜お花見〜宴会にゃぁ」
 歌うように楽しげな声を出し、スキップしかねないほど軽い足取りで歩くイングリットに葵は笑う。
「グリちゃん、楽しそうだね」
「もちろんにゃ。美味しいお弁当食べられるからにゃ〜♪」
「もう。お花見に行くんだよ〜? 少しはお花も見ようよ」
「花じゃお腹は膨れないにゃ」
 風情のないイングリットの言葉に、いっそ彼女らしいなあと苦笑しつつ、花見会場に到着。
「あ! 屋台にゃ。イングリットね、屋台で食べ物買ってきたいにゃ」
 着くや否やで屋台を見付けたイングリットが走って行って、立ち止まり。方向転換して戻ってきた。
「お金ちょーだい♪」
 お金を持っていないことも忘れて行ってしまうくらい、食べ物に夢中らしい。
「グリちゃんらしいなあ」
「にゃ?」
「はい、お金。落とさないように気を付けてね。迷子にもだよ?」
「わかってるにゃ! いってきまーす♪」
 たったった、と走っていくイングリットの後ろ姿を見送りながら、葵はぐるりと会場を見回した。今年の桜は例年より綺麗に咲いているとニュースで言っていた効果もあるのか、会場にはかなりの花見客が居る。見知った顔もちらちら見受けられた。
「あおいおねぇちゃん!」
 そんな中、名前を呼ばれて振り返る。クロエが居た。クロエに手を引かれる形でリンスも居る。
「クロエちゃん、リンスちゃん」
「こんにちは、秋月」
「こんにちは。二人ともお花見?」
「そうよ! さくら、とってもきれい!」
「秋月は? お花見?」
「うん。お弁当とケーキ持ってきたんだ〜。二人にもあげるね」
 作ってきたカップケーキを手渡すと、クロエの顔が綻んだ。
「わたし、あおいおねぇちゃんのつくるおかしだいすき! ありがとう♪」
「どういたしまして♪」
「このあいだのもおいしかったわ! ごちそうさまでした」
 ぺこりとクロエが頭を下げる。評価も貰えて嬉しい限り。
「あ! ケーキあげてるにゃ? ずるいにゃ! イングリットにもちょーだーい!」
 屋台で花見団子や焼き鳥を買ってきたイングリットが、ケーキを持っているクロエとリンスを見て騒ぎだす。
「お弁当食べてからじゃないと」
「! お弁当も食べるにゃ〜。早く食べよう〜?」
「はいはい。じゃあ行こうか、グリちゃん」
「あおいおねぇちゃん、またね?」
「うん。クロエちゃん、リンスちゃん、またね」
「またね」
 出会った友人に手を振って別れ、葵とイングリットは人混みに紛れていく。


*...***...*


 ある日唐突に思い出したのは、去年人形を発注していたという事実。
 取りに行く暇を作れないうちに、すっかり忘れていたそのことを崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は思い出した。
 もうきっと、作成は終了しているだろう。かといって急に取りに行くほど礼儀知らずでもない。
 工房に連絡してみると、留守番電話に繋がった。あの無愛想な店主の声が、『現在花見に出かけております』と告げる。
「……成程。春ですものね」
 外には満開の桜。
 ――人形を取りに行くついでにお邪魔しちゃおうかしら。
 そういうわけで。
 亜璃珠は花見に出かけることにした。


「きゃくをつれてはなみって、いそがしいのかひまなのかよくわかんないな」
 崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)はぽつりと零す。その発言に、クロエがちび亜璃珠の顔を覗き込む。
「おはなみ、いや?」
「そうはいってない。それに、おもしろそうだしかまわないぞ」
 亜璃珠に、クロエと遊んでいなさいと言われたちび亜璃珠は、クロエと一緒に桜の木の下に居た。持ってきたレジャーシートを敷き、作ってきたお弁当を広げてぱくつきながら。
 お弁当の中身は、サンドイッチ等の軽食をメインに卵焼きや唐揚げといったスタンダードなおかずの詰め合わせである。
「うごくにんぎょうなんだって?」
 サンドイッチを食みながら、ちび亜璃珠はクロエに言った。
「そうよ。おかしい?」
 卵焼きを上手に箸でつまんだクロエが首を傾げる。
 おかしいかと問われれば、そうかもしれないけれど。
「……いや、パラミタじゃにちじょうさはんじだな」
 大きな視点から見れば、特別おかしいとも思わない。
「それよりさ。お花見なのに食べたり遊んだりするのがメインイベントって不思議だよねー」
 同じくサンドイッチを食みながら、崩城 理紗(くずしろ・りさ)が呟いた。視線は桜に向かっている。
「みんなお花は見ないのかなあ?」
「おはなもみるわ」
「はなよりだんごのめんもあるけどな」
「花より団子かあ、そうかもね。皆でさわぐための言い訳、みたいな。……まいっか。楽しいし、お弁当も美味しいし」
 ぱくぱくとお弁当を食べて、理紗が笑う。理紗の笑顔にちび亜璃珠は少し得意げになった。それからクロエに向き直り、
「りょうりのべんきょうちゅうなんだって?」
 問い掛ける。こくり、首を大きく縦に振ったのを見て、
「これ、私が作ったんだ。私もこう見えて、りょうりやさいほうはとくいぶんやなんだぞ」
「えっ! すごいすごい!」
「あのふがいないマリカのものじゃあないぞ」
「不甲斐ないって……」
 唐突に引き合いに出されたマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)が、眉を下げた顔でちび亜璃珠を見た。ちび亜璃珠は気にせずクロエに対して言葉を続ける。
「つーことでまあ、このさいだしじかんがあったらおしえてやらんでもないぞーってことで」
「でもここにはちょうりどうぐはないわ」
「んじゃさいほうおしえてやる」
「わあ、ありがとうっ」
「クロエちゃん、お裁縫好きなの?」
 あまりにクロエが嬉しそうに答えるからか、理紗が問うた。
「できることがふえるのはうれしいわ。それにリンスのおてつだいができるようになるじゃない」
「リンスさんのこと、好きなんだね」
「うん♪」
「むじゃきだな、クロエ。きらいじゃないぞ」
 ころころと笑うクロエに、ちび亜璃珠は言う。
「わたしもありすちゃんのこときらいじゃないわ!」
「お。いうな? いもうとぶんにしてやってもいいぞ」
「いもーと。わたし、いもーと?」
「そーだ。こうえいにおもえ!」
「はいっ!」
「あはは、クロエちゃん素直。わたしとも姉妹になるー?」
「なるー♪」


 そんなちびっこたちのやり取りを、マリカは少し離れた場所で見ていた。
 亜璃珠に言われ、子供たちのお世話係としてこの場所に同席することになったのだけど、小さな子供を相手にするのは得意ではなかった。子供独特のパワーというか、そういうのが苦手で。
 とはいえ言われた仕事はきちんとこなすのがマリカである。お茶を淹れたりと気を配りながら、子供たちの邪魔にならないよう距離を保っていた。
 ――本当は、任されるならお掃除などのお仕事が良かったのですけど。
 ちび亜璃珠に言われたように、マリカは料理が得意じゃないし。
 ――……でも、こんなこと思ってると、お花見終了の際の片付けをやらされる気がしますね。
 ――掃除、嫌いじゃないですけど。……でも、宴会の片付けってその、大変ですし。
 はふ、と小さく息を吐く。
 その杞憂が現実のものになるまで、あと数時間。


「しばらく見ないうちに随分と丸くなったのね」
「体重増えたしね」
「そっちじゃないわ、ベタね」
「?」
 ちび亜璃珠たちと離れ、亜璃珠はリンスと二人、桜を見ながら話をしていた。
「これは完成品にも期待していいかな?」
「期待に応えられない品を作ってきたつもりはないけど?」
 もちろん、端から期待の出来ないものを作るような人間に制作を頼むほど酔狂ではない。
「誰かの受け売りだった気がするけど、人形には魂が宿るものなんでしょう?」
 口元に笑みを浮かべながら、亜璃珠は言う。
「それが誰のものかはそのときどきかもしれないけど、少なくとも作り手の心は豊かな方が好感が持てますわ」
「心が豊か?」
「怪訝そうにおうむ返ししないでくださる? 不安になるじゃないの……」
 自覚がないのか天然なのかは知らないが。
 前よりも『人間らしい』と感じたことは、事実。


*...***...*


 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は多忙である。
 戦争、軍務、イコン開発の協力に近所の事件のお手伝い。
 気候が穏やかになってきたことには気付いていたが、気に留める間もない仕事漬けの日々。
 だけどある日、仕事で寄ったフィルの店の入口に書かれた『桜フェア』という宣伝を見て。
「あ、お花見に行こう」
 そう思った。


 思い立ったら即行動。
 フェアのメモボードを見ながら、ルカルカは鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)に連絡を取った。
『今日、ですか?』
「ええそうよ。拙速は巧遅に勝るのよ♪」
『わかりました。時間を作って向かいましょう。ヴァイシャリーですね?』
「うん。人形工房で待ってるわね☆」
 約束を交わし電話を切ったルカルカに、
「ねえルカちゃん。リンちゃん今花見に出かけてるから工房に居ないよ」
 フィルが教えてくれた。
「え、そうなの?」
 てっきりいつものように工房に居ると思っていたので驚いた。
「うん。だから工房借りたいとかならお花見会場行って了承取らなくちゃ」
「わかったわ。ありがとうフィルさん」
「どういたしまして☆」
「あとテイクアウトで桜のシフォンをお願いね♪」
 お願いの後押しのお土産に、と包んでもらって、いざ会場へ。


「工房の上?」
「駄目かな?」
 会場でリンスを見付けたルカルカは、工房の上――屋根部分でお花見をさせてほしいと頼んでいた。
「あそこからならここも見えるし。桜もリンスさんちに来る契約者たちもよく見えるの」
「うちからここまで結構距離あるよね? ルーの視力すごいな……」
「で、どうかな。駄目かな? 無理にとは言わないけど……」
「落ちたりしない?」
「落ちない、落ちない」
 大丈夫だよと手を振ると、
「じゃあいいや。気を付けてね」
 あっさりと了承をもらえた。
「ありがとう♪ これ、お土産。クロエちゃんと食べてね」
 桜のシフォンを手渡して、ルカルカは次の目的地へ急いだ。


 工房に到着した時には、既に真一郎が待っていた。
「真一郎さん、お待たせ……!」
 花見なら和服、と思って一度自宅まで戻って着替えてきたら、彼より遅くなってしまったらしい。
「巫女さんみたいですね。可愛いですよ」
 真一郎が言うように、ルカルカの着ている和服は巫女服に似たもので、朱色の袴が鮮やかなものだ。
 そう褒めてもらえるならそれだけで大成功。にっこりと笑い、二人は工房の屋根に昇った。
「着崩れないように昇るのって案外大変ね」
「そりゃそうですよ」
 軽い会話を交わしながら、淹れてきた紅茶と自分たちの分の桜のシフォンを並べる。
「うん。屋根の上からだとよく見えますね」
 真一郎が言った。地上よりも少しは高い場所だ。それだけ桜が近い。楽しむ人の姿もよく見える。
 紅茶を飲んで、ケーキを食べて。
「ロイヤルガードに任命されたの」
「それはまた……忙しくなりそうですね」
「うん、忙しい」
 他愛もない話をして。
 時にふわりと飛んでくる花弁を受け止めて。
 ゆるやかに流れる時間に身を任せる。
「あとね……誕生日」
 ぽそ、と小さく言ってみた。
 お互いに忙しくて、会えなかったルカの誕生日。4月4日。
「忘れていません」
 柔らかく笑んだ真一郎が、綺麗にラッピングされた箱をルカルカに手渡した。
「ありがとう。開けていい?」
「どうぞ」
 中身は調理セットだった。木製で、持ち手に装飾が施されている少しレトロなものである。
 それを愛しげに抱き締めて、
「最近はまともな料理を作れるようになってきたのよ」
 ルカルカは微笑む。
「何を食べても、誰が作っても、味も何も関係なく『食べられる物は何でも美味しい』なんていうのは嫌だわ。
 そうじゃなくてね、『ルカの作ったのは美味しい』に、その舌変えてみせるんだから。
 才能がない分は努力努力♪」
 極上の笑顔を向けると、ぎゅっと抱き締められた。
「真一郎さん?」
「ありがとう。楽しみにしています」
 抱き締められて、キスをされた。
 ――暖かい、なぁ。
 彼の体温に安心する。
 彼だけを考える。
 周囲から音が消えて、力が抜けて。
 ふわふわした気持ちになる。
 力強い腕の感触に身を委ね、ルカルカはそっと目を閉じる。
 身を任せるように。
 相手を求めるように。