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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

リアクション

     〜2〜

「そう……。そっか、それでアクアさんは……」
 必然的に、一緒にいたファーシーも話を聞くことになって。
 この頃になると、彼女のテンションも割と普通に戻っていた。尤も、ホレグスリBが自白してしまう薬だとしたら、元々正直な者には大きな効果も無いのかもしれないが。
(斬るものを選ぶ兵器……。特性上、成功するかどうかは賭けですが、それを狙ったということですか……しかし、あの頃の私は……)
「……ホレ」
 そんな事を考えていたら、突然斜向かいの方からおにぎりを押し付けられた。顔を上げると、押し付けた主が七枷 陣(ななかせ・じん)であると分かる。
「……?」
 アクアは、手の中のおにぎりと陣の顔を怪訝な表情で見比べた。ライナスの研究所に居た時も、彼は自分に一切接触しようとしなかった。明確に距離を取り、敵意と表現するに足る感情を向けられていると思っていたが。
「……辛気くさい顔せんと食っとけ。俺かてまだ納得しきれんけど、今はそんなの関係なしに宴会楽しむべきやろ。常識的に考えて」
 態度はそっけないものだったが、この数ヶ月で、陣も彼女に普通に対応することが出来る程度には整理をつけ終わっていた。それなりに落ち着いてきたところで、今日は久しぶりにポーリア達とのんびりしよう、とこうして公園を訪れているわけで。
「…………」
 何と言えばいいか分からないまま、アクアはもそもそとおにぎりを食べる。
「ファーシーちゃんもや。ホレ」
「う、うん、ありがとう……」
 ファーシーも素直におにぎりを受け取って、口をつける。それを見届けると、陣は一緒に来ているリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)小尾田 真奈(おびた・まな)に明るく話しかけた。彼女達の前には、真奈が作ってきたお弁当が並んでいる。
「ヴァイシャリーでも花見したけど、やっぱホームでもしないとな。なっ!」
 若干違う方を向いている気もするが、気のせいである。リアクションを読んでいるそこのキミに言っているような気もするが、気のせいである。
「ご主人様、誰に言っているんでしょう……?」
 陣の視線を追って真奈が少し首を傾げる。……気のせいじゃないかもしれない。
 そんな中、お弁当を食べながらリーズが言う。
「ボクは桜の花よりおべんとー一杯食べる方が良いかなっ♪」
 はむはぐもむもむ、と楽しそうだ。
「おいひぃねぇ〜、ピノちゃん」
「うん、食べすぎちゃいそうだよ〜っ」
「んじゃ、あとでボクと遊ぼっか。食べたぶん動けばいーんだよ! 何して遊ぶー?」
「うーんとねえ……」
 ピノは考えつつ、んーーっ、と遠くの方に腕を伸ばす。
「ピノ、欲しいもんでもあるのか? 俺が……」
「これですか?」
 ラスが何を欲しがっているのかを把握する間も無く、大地はひょい、とタコさんウィンナーを取って紙皿に乗っけてあげた。他にも、色合い良くバランス良くおかずを取り分ける。
「きらいなものとかは入ってないと思いますよ」
「わー、ありがとーっ! 大地おにいちゃん、優しいね!」
「…………」
「なにか?」
「いや……」
 全く裏の無さそうなにこやかな笑顔を見せられてはいつまでもジト目を向けているわけにもいかない。不本意ながら、ラスはとりあえず食事に戻った。見ると、選ばれたおかずはどれもピノの好みのものばかりなので文句も言えないし。なので。
「……恋人と一緒に居なくていいのか?」
 とりあえず、自分の株を取られる前にピノの近くから引き離すことにした。
「ティエルさんは、今日はずっとファーシーさんと一緒にいたいそうですよ。それに、俺もピノさんに花見を楽しんでもらいたいですから。今日はうんとね」
「……何でまた」
「シーラさんに、この前のピノさんの様子、聞いたんですよ。空京で警察署に行った時です。それで、幸せをたくさん味わって欲しいな、と。……あれ? ラスさんは知らないんですか? ピノちゃんがどんな風だったか」
 後半はどこかとぼけたように言う大地に、ラスは苦々しい目を向けた。
「知ってんだろ。俺はずっと外にいたんだよ。そりゃ、気になりはするけど……本人には聞けないだろ、そんな事」
 同行しなかった分際で骨を前にして何を思ったか、なんて言える訳もない。また蹴りを食らわされるからとか、そういう事ではなくだ。
「そうですか……。では、また聞きではありますがお教えしましょうか?」
「…………」
 ラスはピノに目を戻した。食べたり喋ったりと嬉しそうだが、万一、話を聞かれたらことである。
「……また後でな」
 それだけ言って、彼はその話を打ち切った。

 大地とラスがそんな会話をしている一方、ティエリーティアはファーシーの隣でのんびりほのぼのと桜を見上げていた。
「綺麗ですねー、綺麗ですね、ファーシーさん!」
「……うん、そうね、綺麗……」
 ファーシーは傍目ぼーっとした様子で桜を眺めている。こんなに間近でじっくりと花を見るのは初めてで、改めて見ると、しみじみと綺麗だなあと思う。
「淡いピンク色〜……可愛いですねぇ」
 ほわほわと湯気の立つコップを両手で持って、ティエリーティアはうっとりとしていた。
 話を振ったけれどそこまで気にしていなかったらしく、ティエリーティアはお弁当を囲んでぽえぽえとした微笑ましい笑顔でファーシーに最近の出来事などを話してくれた。それは9割以上、というか9割9分、大地との思い出話だったりするのだが。
「へえ……、そんなことがあったの」
「そうなんです! 大地さんはとーっても優しいんですよ! ボクが出来ないこといろいろやってくれるんです!」
 もう、完璧にただののろけなのだが、話す本人は気付いていない。そして聞いているファーシーものろけ成分に全く気付いていない。完全天然×2で花を咲く恋愛話を、スヴェンも普段通りに涼しげな顔で聞いていた。こめかみがぴくついているが、これまた誰も気付かない。実に和やかな花見風景である。
「ティエルさんは、大地さんのことが大好きなのね」
「はいー! ボク、大地さんのことだいすきですー。いつかボクも大地さんの役に立ちたいなぁ〜」
 そう言いながら、ティエリーティアはお皿を取ってファーシーに笑顔を向けた。
「ファーシーさん、何か欲しいものありますかー?」
 彼女の役にも立ちたいようで、どこか期待の込もった眼差しで見つめてくる。でも、さっきから何気に手を滑らせたりどじっている所を見ているので、ファーシーは困ったような笑顔になった。
「え? えーと……」
 むしろ、自分が取り分けてあげたいくらいなんだけど……、もう、食べさせてあげたいくらいなんだけど……、とか考えていると、ティエリーティアを挟んだ向こうからフリードリヒが参戦してきた。
「おまえに出来んのかぁ? 俺様がやってやるよ!」
「そうですか? では、はい、どうぞ」
 ビール缶を置いた彼に、スヴェンが割り箸を差し出した。ご丁寧にぱきっと割って。
「……んー?」
 何だコリャ、という顔で箸を眺める。西洋育ちの彼は箸が使えない。周囲の皆を見て指を適当にいじってみるが、箸の動きはてんでばらばらである。そんなことをしている間に、ティエリーティアが前に出て、気合い充分に箸を持つ。
「ファーシーさんには、ボクがとってあげるんですっ!」
 そこまで気合いを入れることでもない気がするが、いざ、とお弁当に手を伸ばしたその時。
 ぱしゃんっ。と、その拍子に傍にあるコップを倒してしまった。幸いにも他のお弁当に被害は無かったが――
「わわわわわっ!」
 徐々に広がっていく元飲み物に、既にティエリーティアは涙目だ。
「スヴェン、どうしよう、スヴェン〜〜〜!!!!」
「大丈夫ですよティティ、すぐに片付けますから」
 誰かさんと違って完璧な箸使いを披露していたスヴェンは、箸を置くと素早く用意していたタオルを使って今日何度目かの処理を始める。外から見ていると、随分手がかかるなあ、という感じだが慣れたものだった。
「うう……、大地さんみたいにはいかないですね……」
 しゅん、として立ち上がり、みるみるうちに綺麗になっていくシートに目を落とす。必然的にファーシーも一度立って一時避難した。
「そ、そんなに気にしなくても大丈夫よ! ほ、ほら、こういうところもティエルさんの可愛いところなんだから!」
「そ、そうですか〜?」
「う、うん!」
 何とか励まそうと頷くファーシーを見上げ、それから、あれ? という顔になってティエリーティアはきょろきょろとする。いつの間にか、フリードリヒの姿が無くなっていた。
「ね、スヴェンー、フリッツは?」
 座り直しながら片付けを終えたスヴェンに聞いてみるが、彼はすげない答えを返すだけである。
「存じ上げません。先ほど何処かへ消えてしまいました」
「どこか?」
 このへんにいるかなあ、と周囲を見回してみるけれどフリードリヒの姿は見つからない。
「どこにいったんだろうねぇ、ね、ファーシーさん」
「ふぇっ? え、あ、うん……その内、帰ってくるんじゃない?」
 思ったままをそのまま、という感じで言われ、ファーシーは平静っぽく言葉を返す。あんな事を言われた後だけに居れば落ち着かないし、居なければとりあえずいつも通りでいられて心は平穏だ。……だけど、どこへ行ったのかはちょっと気になった。

 そして、そんな騒ぎのまた隣では、遊びあうリーズやピノを見ながら真奈がブリュケを抱いてあやしていた。
「リーズ様方、楽しそうですね」
 ほのぼのと、それでいて弾むようなリーズ達を見ていると、自然とあたたかい気持ちになれる。
「このような日和の中で、桜の下で大切な人と過ごすというのは良いものですね」
「ええ、本当に。この子が生まれてから初めてのお花見がこんな賑やかなものになるなんて……なんだか、とても嬉しいです」
 ポーリア達と一緒にお弁当を囲んでいたステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)も、柔らかい笑顔でブリュケを見つめる。だぁだぁ、と、頭上高く咲く花に手を伸ばすその仕草は。
「お花見の雰囲気を楽しんでいるようですね。どことなく、私達を覚えているようですし、安心するのかもしれません」
 集まっている殆どがブリュケの誕生時に立ち会っていて。生まれた時にいた皆にこうして囲まれるのは嬉しいものなのだろう。
「ファーシーさんやアクアベリルさんも、赤ちゃんを抱いてみたいと思いませんか?」
「え?」
 ステラに聞かれ、2人は同時に振り返った。アクアは声を発さなかったが。
「良いの?」「別に、私は……」
 心惹かれる様子のファーシーとは違い、アクアは彼女達から目を逸らす。
「抱きますか?」
「うん!」
 真奈に改めて問われて頷き、ファーシーはブリュケを抱かせてもらう。無邪気な顔を眺めて笑い、しばらく、ゆっくりとした春の風を感じる。それを微笑ましく眺めながら、ステラが言う。
「この小さい命が、少しずつですがいずれは私たち同様の姿になるかと思うと凄いことですよね」
「大きくなるの?」
 きょとん、として言うファーシーに、ステラもまたきょとんとした。それからああ、と合点する。そういえば、彼女はライナス達が皆の疑問に答えていた時に同席していなかった。なんか、ぽわんとしていたような記憶がある。
「……なりますよ。機晶石の成せる神秘らしいですが」
「神秘? ……そっか……。そうだよね。この子だって、ちゃんと成長するんだよね……」
 両腕の中に納まる機晶姫なんてちょっと不思議だけど、月日と共に大きくなっていって動いたり喋ったり、自分の意思で行動するようになるのだ。
 目を閉じてそんな事を考え、自然と脳裏に浮かぶのは1つの事。今日の目標であり、懸案事項である。これを済ませないとすっきりしないのに、一体どこへ行ったんだろう。……さっき探しに行ってもいなかったし。
 まあ、帰ってはいないと思うけど……。
 1度頭を切り替え、そうだ、とファーシーはアクアに話しかける。
「アクアさん、この子抱いてみない? 絶対に可愛いから! 絶対に悪くないわよ」
「絶対というものはそんなに強調するものではありません。……で、ですが、少しくらいなら……」
 渋々と、彼女はブリュケに腕を伸ばす。眠そうにしているが大丈夫だろうか。自分が抱いた途端にぐずるような気がして、何か構えてしまう。両腕にそれなりの負荷が掛かり力を入れた。その時。
「……う、う、うゎ〜ん!」
 と、ブリュケが泣き出した。
「ど、どうしたの?」
 びくぅっ! とするアクアはともかく、ブリュケの視線を追ってみる。原因はすぐに分かった。皐月が、珍しくあからさまに驚いている。
「あっ、七日! それ……」
「ふふふ……、私が何も作らないで来るわけないでしょう〜? 良い気分になってすっかり忘れていましたが、朝、早起きしてお弁当を作ってきたんですよ〜。そして皐月に『あっ』と言わせてやりました。『あっ』と……」
 妖しい笑みを浮かべる七日。彼女の前では――
 お弁当の中身が動いていた。七日の作ってきたお弁当だ。ざわっとして思わず遠巻きにする皆の注目を集めつつ、おかずやおにぎりが飛んだり跳ねたり歩いたり転がったりしている。玉子焼きは脆いのでジャンプしているうちに段々小さくなっていく。おにぎりは何処かに転がっていく。穴に落ちて白いネズミが食べるかもしれない。固形物系のおかずは……
「なにコレ! 面白ーいっ!」
「あっ、ピノ!」
 ピノが追いかけて捕まえて、食べた。ぽかんとした沈黙が落ちたが――
「ピ、ピノ、大丈夫か!? 腹、痛くないか? 吐き気とか……!!」
 シスコンが慌てに慌てたことで沈黙は破られた。他のおかずは旅に出て、通りすがりの鳥達にGETされたりしている。
「おいしかったよ? 別に、どこも痛くないし」
 また始まった……と思いながらピノが答える。七日がしてやったり、という顔で楽しそうに解説する。未だホレグスリAの効果が続いているようだ。
「アンデッドですけど、動くだけで後は普通のお弁当だから問題ありませんよ〜。多分」
「アンデッド!? 多分!?」
 どこが普通なんだ、とラスの慌てっぷりも最高潮だ。
「や、やっぱり出した方がいいぞ。喉に指を入れて……、あ、出来ないなら俺がやるから……」
「…………〜〜〜〜〜!」
 黙って聞いていたピノの肩がぷるぷると震え始める。いい加減にしろ、というサインなのだが――
「ここじゃ嫌なのか? そうだよな、じゃあ他んとこで……」
「もーーーーーっ! うるさいな、放っといてよ! リーズちゃん、行こっ!!」
「むぐむぐ……うん、遊ぼうかっ」
 ピノは怒って、リーズの手を引いて遊びに立ってしまった。憤懣やるかたない、という感じでリーズに何か話している。
「あのね、こないだもね、おにいちゃんがねー……」
 そんな言葉が聞こえてラスはつい注意を向けたが、結局その後は聞き取れなかった。流れ的に褒められているのではないだろうとは思う。実際の所、ピノは山田との対面に付き合わなかった後の話をしていて、それ以前に褒める所など思いつかなかったりする。
「だから、思い切り蹴ってやったんだよ!」
「ふーん? そっかー、スネかー……」
 話を聞いた後、リーズはピノに顔を近づけてひそひそっ、と耳打ちした。一瞬だけラスの方を見て、いたずらっぽく。
「ラスくんにはアレだよ、バカーって蹴るのも良いけど、遠くからダッシュして鳩尾に体当たりかますのも良いかもねっ。いいリアクションしてくれると思うよ☆」
「みぞおち?」
 ピノは自分のお腹辺りを見て、それからその光景を想像してみて――
「うん、やってみるよ!」
 と、答えた。
 それから彼女は、リーズくるくると太陽の下で楽しそうにはしゃぎまわり始めた。今の所、お腹は壊していなさそうだ。
「あ、そうだ、さっきの話……」
 ピノから目を離さないようにしつつ、ラスは大地に声を掛けた。今なら、聞かれる心配もないだろう。
「あの時の話ですね、では……」
「私もお話いたしますわよ〜」
 そこで、シーラも話に参加してきた。さっきの会話から統合して全て、何気に把握されていたらしい。
「それは助かるけど……話す前にそのビデオ止めろ、まず止めろ」
 録画も録音も恥ずかしいことこの上ない、とラスはまずそこから頼み込んだ。

「うっ、ひぐっ、すんすん……」
 そんな騒ぎの中、ブリュケはアクアの腕の中でまだぐずっていた。先程まで眠りかけていただけに、しゃくりあげたりうとうとしたり、という感じだ。
「泣き止みませんね……」
 アクアが言うと、ステラが代わりにブリュケを抱き上げて様子を見る。
「でも、眠そうですね。もう少ししたら落ち着くと思いますけど……。赤ちゃんは眠ることも仕事ですし、良く眠って欲しいですよね」
 集まった面々を見回す。おかず達が去っていった事で、とりあえず混乱も無く談笑が再開されている。
「でも、せっかく皆さんも花見を楽しんでいますし……、別の場所に連れて行ってあげるのが一番でしょうね。あそこに、空いたスペースがありますから移動しませんか? 桜もありますし」
「そうですね、その方が良いかもしれません。ポーリア様、スバル様、どうですか?」
「ええ、では少し静かな場所へ行きましょうか」
 ステラの提案でポーリア夫妻、陣や真奈達が移動を始める。一緒に行こう、と立ち上がったファーシーがアクアを振り返った。
「あれ、アクアさんは行かないの?」
「私はそこまで彼に興味があるわけじゃありませんから……。ここに残ります」
「そう? 赤ちゃん、可愛いんだけど……」
 そうして、ファーシーは首を傾げつつ彼女達を追いかけていった。