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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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 第4章 隅っこで。桜並木で。居心地の良い場所で。

 家族で、友人同士で、サークルのメンバーで、あるいは会社の行事で。花見客が集まる公園の中、和原 樹(なぎはら・いつき)は人混みから外れた静かな場所で立ち止まった。
「ここで良いのか?」
 桜の木は彼等から幾分離れている。近くに植わっているのは新緑を揺らす花がついていない木だ。フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が不思議そうに聞いてくるのも無理はない。
「賑やかなのも嫌いじゃないけど、こういう時は身内でのんびりしたいし……遠目で見る桜も綺麗だからな」
 芝の上に座ると、真ん中に挟んだセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)に樹は言う。
「とりあえず甘酒で乾杯しよう。セーフェル、注いでくれ」
「はい、マスター」
 セーフェルは、2人それぞれに安心薬を混入させた甘酒を渡す。最後に、自分の分として普通に注いだ。樹は、自分のにだけ入れてくれと頼んでいたが――
(要するに、フォルクスが冷静でいられれば問題ないんですよね。必要ないかもしれませんが、こうしておけば安心でしょう)
 というわけだ。
「じゃあ……乾杯」
 3つのコップが軽く触れ合い、樹はちょっぴりドキドキしつつ薬入りの甘酒を飲んだ。自分も今年で18歳だし、そろそろ新境地を開いてみても……決して、変な意味ではないが。
 単体で飲めば多少は感じるであろう匂いも無く、広がる甘みは普段と同じで何かが混じっているという感じはしない。
 半分ほど飲んだところで、樹は何気なく移動する。
「……なぁ、フォルクス。隣に座ってもいいか?」
「なんだ樹、甘えたくなったか」
 既にコップを空にしていたフォルクスは、隣に座った樹を当然のように抱きしめた。それに慌てたり腕をどけようとすることもないまま、樹はいつもより気を許した声で「んー……」と曖昧に返事をした。
(やっぱり、いつもより落ち着いていられるかも。薬のおかげかな……?)
「……甘酒で酔ったのか?」
 その反応が意外だったのか、フォルクスは目を瞬かせる。
「酔ってないよ。たまにはこういうのもいいかなって思っただけ。……でも、セクハラとか変なことしたら殴るからな」
 少し強気に上目遣いで見上げると、余裕のある笑顔で返されて。
「心配するな。外で本気になるほどケダモノではない」
 髪を撫でられ、樹はそのまま頭を預けた。日頃ならここまで素直にはなれないだろう。 桜の花の1輪1輪が咲き誇り、形作るひとつの景色。遠くから、フォルクスと2人でそれを眺める。手を繋ぎ、自然に触れ合う。こうしていてもいい。されてもいいと思えるから。
 元々、嫌という訳ではないのだから。
 リラックスした空気の中、しばらくして、フォルクスが話しかけてきた。
「……ところで、花見の前にセーフェルと何を話していたのだ?」
「ああ、それは安心薬を……あっ!」
 言ってしまってから口を塞ぐがもう遅い。
「なるほど、そういうことか」
 そーっと様子を伺うと、フォルクスは得心した、とばかりに微笑んだ。いいことを聞いた、と。
「我に黙っていたのは気に食わんが、その努力に免じて今日はこれで許してやる」
 かぷり、とフォルクスは樹の首筋に噛み付いた。
 幻惑する必要などはない。だからただ優しく、その血を吸った。

              ◇◇◇◇◇◇

 また違う一角。大人数で席を設けるには狭く、桜からも少し距離があるようなぽっかりと空いたスペース。訪れた花見客が気に止めないような、在る、という認識さえされていないような素朴な、ひっそりとした場所。
 歩道にも面していないから、誰かが通りかかるような事もない。
「あっ、ここにしよっか!」
 今年最後のお花見デートをしよう、と月崎 羽純(つきざき・はすみ)を誘って公園に来た遠野 歌菜(とおの・かな)は、そこにレジャーシートを敷いて落ち着いた。デートしている姿を見られるのは恥ずかしいから、隅っこでこっそりが良かったのだ。
「桜もちゃんと見えるよ。穴場ってやつかな?」
「静かでいい所だな」
 羽純も気に入ったようで、自然な笑顔で景色を一望して隣に座る。
「うん。1度夜桜見物をしてそれも綺麗だったけど、昼間に見る桜もいいよね♪」
 明るく言いながらも、少し緊張するような。
 膨らむ期待感と、よし、という意気込み。ちょっと、気合の入り方が違うから。
 いつも羽純にドキドキさせられっぱなしは悔しいから、今日は、今日こそは……
 ――私ががっちりリードしてデートするのだっ!
 と。
「いろいろ作ってきたよ、たくさん食べてねっ!」
 お弁当を広げながらも、歌菜の意識はバッグの方へ。そこには……お酒が入っている。勿論、羽純を酔わせるためのお酒である。
 ……はいそこ、卑怯とか言わない!
「どこ見てるんだ?」
「え? え、何でもないよ?」
 つい読者に向けてカメラ目線をしてしまってツッコまれ、歌菜は慌てて準備に戻る。羽純がお酒を嗜むことはリサーチ済みだ。でも、酔った所は見た事がない。
 どうなるのかなー? とわくわくしながら彼女は言う。
「今日はお酒も飲みながらのんびりしようね」
「ん、歌菜、俺の為に酒まで持参してきたのか? 気が効くな、有難う」
 優しく微笑まれる。
「えっ……う、うん。まあねっ!」
 しまった。不覚にもどきっとしてしまった。しかしここからはそうはいかない。
 取り出したるは『ハナヨメコロシ』。口当たりは優しいけど、すんごく強いお酒らしいのだ。
 これで、羽純くんを酔わせちゃうぞー☆
 箸を取ってお弁当を食べる羽純に、コップに半分くらいお酒を注いで渡す。感想は――
「……うん、美味いな」
 掴みはOKである。
「良かった、羽純くん飲んで飲んで!」
 食事をしつつ桜を見つつ、何気にハイペースにどんどんとお酌をしていく。
 結構……強い? ううん、この様子……。
 どことなく、ぼーっとした表情になってきているような。
 ……羽純くん、酔ってきた……かな? って……。
 アレ? と思った瞬間、突然、羽純の身体が傾いた。そのまま、こちらに被さってくる。
 ――きゃああああっ!?
 声に出す余裕もないままに内心で悲鳴を上げ、気がついたら、押し倒されてしまっていた。わわわわわわわ。
 大混乱になって、顔がぼぼぼぼっ、と熱くなって。
 そんな時、ふと、耳元にあったかい風を感じた。すーすー、と、規則的な呼吸が聞こえてくる。
「羽純くん?」
 顔を傾けて目に入るのは、気持ち良さそうな羽純の寝顔。超どアップだ。
「もしもーし?」
 声を掛けても、反応はなくて。
「……え? 本当に寝ちゃった?」
 ――そんなのってアリ!? 酔うと寝潰れるタイプだったの……!?
「ど、どーしよう……!」
 抜けないと、と思うけれど、身体が密着して動けない。ううん、これは――
 抱き締められている。ぎゅっ、て、抱き締められている。
 ――だ、抱き枕か何かと間違えてる?
 う、動けない……。
 鳥の声や葉擦れの音、遠くでは人のざわめきが聞こえて。
 どれだけそうしていただろう。そんなに長い間じゃないと思うけれど。
 最初はドキドキしていたのが、羽純の鼓動とか寝息とか身体の温かさにすごく安らいで。
 段々と、眠く……。

 …………。
「……歌菜?」
 目が覚めた途端に至近距離にあった歌菜の顔に少々驚き、羽純は眠気が残ったままに記憶を呼び起こしてみる。花見に来て、それで――
「酔って……寝たのか」
 普段ならこんな簡単に酔い潰れないし、歌菜が酔わそうとしたのだろう。確かに、やけにペースが速かった。
 暖かい日差しを背に感じる。夕方はまだ先そうで、時間も大して経っていないようだ。とりあえず、歌菜を起こすことにする。
「コラ、歌菜」
「……羽純……くん? あっ!」
 気がついた歌菜は、変わらぬ状況に赤面した。そんな彼女に、羽純は意地悪くからかうように訊く。
「なあ、俺を酔わせて……どうする気だったんだ?」
「どうするって……えっ、それは……」
 わたわたあせあせっ、と、歌菜は慌てる。
「あ、あのその……。……っ」
 その様子に笑い、羽純はキスで、彼女の唇を塞いだ。不意打ちだ。目を丸くする歌菜だったが――
 ざわっ……、と風が強くなって花びらが舞う。
 その中で、歌菜は再び目を閉じた。

              ◇◇◇◇◇◇

 大好きな桜。それももう見納めだと聞いて、音井 博季(おとい・ひろき)は1人、公園の中を歩いていた。人や屋台でわいわいと賑わう遊歩道。芝生の上でのんびりゆるやかな空気を楽しむ人達。
 どこを歩いても、そこには日常というものが存在していた。
 そんな公園内を一通り散策し終え、ひらひらと舞う花びら達と桜の香り、空気も満喫した。あとは――
 公園の静かなところに行こう。
 綺麗な桜の中でお昼寝したら気持ち良いかなって思うから。
 ……その時。
 ざあっ……
 横からの突風が、移動する博季の髪を煽った。同時に地面に落ちていた、落ちかけていた散りたての花びらが一気に宙に舞う。
 一時、視界を遮る桜吹雪。そして、それが収まった頃。
 彼の目に入ったのは、ぽっかりと空いた空間に立つ、1本の桜だった。

 桜の幹を背にして座り、風に吹かれる花びらを眺める。
 桜吹雪は、綺麗だけどどこか切ない気持ちを呼んでしまうものでもあって。
 今日、今この時に隣に居てほしかった元気少女の事を思う。
 彼女とこの景色を見られなかったのが凄く寂しいけど。
 大好きな分だけ、愛してる分だけ……。凄く、凄く寂しいけど。
 彼女に負担はかけたくないし。
 一緒に居たいと思うのは……ただの、僕の我侭だから。
 彼女にだって都合ってものがあるんだし。
 寂しいのも……僕だけじゃないと思うし。

 だからせめて、夢で逢えたらいいな。

 ローブから彼女の写真を取り出す。
 愛する人の、世界で1番大切な人の写真を。
 一眠りする前に……おまじない? ってほどは意味のあることじゃないと思うけど。
「大好きです」。そう、声をかけて。
「おやすみなさい」。と挨拶して。
 ――今、リンネさんが、落ち込んだりしていませんように。
 ――笑顔でいてくださいますように。
 ――幸せでいてくださいますように。
 ――次にお逢いするときも、笑顔でお逢い出来ますように。
 そんな願いを込めて。ローブの胸ポケットに写真を仕舞って。
 写真の入ったポケットを抱くように、桜の樹にもたれかかって目を閉じる。樹の暖かさが、背中にふわりと感じられて。
 この暖かい陽気で、綺麗な桜吹雪の中で。
 ……これだけ素敵な条件ですし、きっと良い夢、見られると思うから。

 柔らかな日差しの中で、まどろみながらも胸から手は離さずに。
 少し寂しいけど。
 でも貴女を想うと、心はとても暖かいよ――
 幸せですね。僕は。