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リアクション
〜3〜
「機晶姫の出産ねぇ……」
その頃、緒方 章(おがた・あきら)はブリュケと、彼の周囲に座るポーリア達を見ながら首を傾げていた。林田 樹(はやしだ・いつき)に研究所であった出産時の事について聞き終わったところだ。
「何で僕行かなかったんだろう?」
「あの時はアキラ、お前は衛生科の実地訓練があったろう。だから連れて行けなかったんだ」
章はんー? と記憶を思い起こし、ぽんと手を打った。
「そうでした。まあ、そのアナ埋めはいろんな意味でして貰うけどね、樹ちゃん」
その直後。
バシーン!! とジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が章の顔面にハリセンで思いっきりツッコんだ。ハリセンの立派なギザギザ痕を顔につけ、ぶーーーーっ! と章は鼻血を吹いた。
眼鏡が割れなかったのが幸いだ。
「全く! 餅は酒も入っていない真っ昼間から何の話をしていやがるんですか!! ……あ、ベリル様、お料理もう少しお取り致しましょうか?」
「はい、では……」
キレのあるツッコみの後で、直前の出来事はどぶに捨ててジーナはアクアの隣に座った。笑顔だ。アクアも、今のやりとりで特に動じた様子はない。冷静だ。
「…………」
章は鼻血だらだらのまま2人に半目を送ったが、こちらもいつものこと、とすぐに通常モードに切り替える。多少離れてはいるものの、ジーナには聞こえないようにと小声で樹に話しかけた。心と身体の性別が異なる機晶姫であるジーナについて、樹はライナスに説明して生殖についての確認をしていた。
「んで、その時の研究者さんにバカラクリ娘の検査はして貰ったのかい?」
「……ああ、頼んでおいた。ジーナの生殖機能が性別に準拠した物かどうかを、な。もし生殖可能であれば、ジーナも子を育てる経験が出来るだろうて」
顔が近いのは良いとして鼻血臭いが、それはそれとして樹は答えた。こちらも小声だ。
(何を話しているのでしょうね……)
ジーナはそんな2人をちらりと見て、一瞬だけ手を止める。
(樹様とバカ餅がくっついたのは、喜ばしいこととは思います。……けれど、なんだか寂しい気もするんですよね……)
それから、またアクアに向き直り元気な声で。
「ベリル様、お飲み物は何がよろしいですか? ご遠慮なく申してくださいね」
そんなジーナを、新谷 衛(しんたに・まもる)はちびちびと缶チューハイを呷りつつ眺めやる。
(……じなぽん、めちゃくちゃ明るく見えるけど、あんな事言われた後だとなぁ、大丈夫なのかどうか、気になっちまうよなぁ)
『オレ様がつきあってやろうか?』って言うのは簡単だし、昔取った何とかで恋人ごっこくらいは出来るが。
それがジーナの為になる訳がなく。
なので、衛はとりあえずジーナに酒でも勧めることにした。折角の花見なわけだし。
「……あー、じなぽん。お前もおさんどんばっかしてねーで、呑んだらどーよ? ほら、カクテルくらいはいけるだろ?」
手近にあった缶カクテルを差し出すと、ジーナはん? と衛とその手元を見た。
「エロガッパにしては良いこと言いやがりますね。それでは、遠慮無く……」
缶を受け取ってプルトップを開ける。そしてジーナは、一気にそれを――
一方、章と樹の会話は続いていて。
「……まあ、そうであれば喜ばしいけどさ。『母体』が必要であることは確かだよ」
「その時は、私が『母体』になってもかまわんが」
挙げられた残る問題点にも大した間を置かずに返す。すると、章はそっと樹を抱きすくめた。いつの間にか血は止まっている。
「……ねぇ、それ、僕の気持ち考えて言っている言葉かい?」
「……あ、いや、それは……」
至近距離から目を見開いて迫られ、彼女は、静かでいてただならぬ様子に意味を理解した。
「す、すまない」
「……そう、いい子だね……」
目線を下げて少し赤くなる樹の頭を、その雰囲気のまま章は撫でる。
「ぷっはーーーっ!」
「……あ」
そんな中、樹はジーナが缶を一気飲みするのを目にして章をひっぺがした。
「……あ」
章が不服そうな声を上げる。と同時。
「カッパー、うらやましーですー、アンタの体ぁ!」
ジーナは空になったアルミ缶を力強く置き、ひしゃげてコロコロと転がっていくそれを一顧だにしないで衛のタンクトップをひん剥いた。R18な危機である。
「え? え? え? 何、何、何なの?? オレ様、何かしでかした?」
衛は、突然の事に1ミリも展開についていけていない。そこで、樹が解説する。
「魔鎧よ、そういえばお前は知らなかったんだな。ジーナは、酒に弱い上に、酒乱だ。しかも、日頃我慢していることをぶちまけるもんだから質が悪いぞ」
「えぇーー!?」
仰天する衛に、章はにやにやとした笑いを見せた。
「……あーあ、やっちゃったな。アホ鎧、責任取れよー。人身御供はあいつに任せて、こっちで飲まない? 樹ちゃん」
そうして、再び樹に抱きつく。だが、すっかり調子を戻していた彼女は彼にひじ鉄を食らわせた。
「ぶっ!」
「だから、人前では抱きつくなと言っておるだろうに!!」
「……え? イチャイチャは、お預け?」
また鼻血を噴出させた章を無視し、樹は衛に苦笑を向ける。
「ま、お前さんが何とかしてやれ。『製造者責任法』だ。……そうだな、青の機晶姫よ、お前さんも避難しないか?」
「そうですね……此処に留まると変な事に巻き込まれそうですし、構いませんよ」
アクアは酔っ払いを1名作り出した衛を一瞥すると、ジーナお手製の三段花見重と缶ビールを大量に持ち出した樹に付いて場を移すことにした。
「製造者責任法って、いっちー、そりゃねぇじゃーん。あ、あっきーも逃げないで……」
助けを求めて腕を伸ばすがそれを取る者は居ず。
「ぎゃーっ!」
……やがて、見捨てられた衛の悲鳴が木霊した。
◇◇◇◇◇◇
悲鳴の余韻が消える頃、シートから離れた桜の木の下。
ブリュケは、ポーリアの腕の中に戻ってまどろんでいた。その隣で、真奈は子守歌を歌う。 リーズもピノとやってきて、隣の桜の下にいた陣にもたれかかってその歌を聴いていた。
真奈に向かって、時たま小さな手が上げられる。彼女は優しく穏やかな笑みを浮かべ、彼の手と自らの手を絡め、遊んでいた。
こちらを見た真奈と目が合い、リーズは笑って手を振ってみる。赤ちゃんをあやすメイドさんって様になってるよねぇ……良いなぁ、と感じながら。そこでふと思い立って、陣に聞いてみる。
「にははっ、陣くんボク達も、作ろっか?」
いたずらっぽく、にまーっと笑って。陣は、ちょっと驚いたようだ。
「……アホなこと言うなよ。まだ……その、早いだろが。……いや、クリスマスに最後までやった身ですけどね?」
彼女をまじまじと見ながらそう言い、照れ隠しのように空に目をやり後半は早口で。
そして、雲の動きと、ひらひらと舞う花びらを眺めつつ、改めて応える。
「まぁ、いつかは……欲しいさ」
少しの間の後。
「うん、いつかは……欲しいよね」
そんな言葉が返ってきて。
まだ想像なんて出来ないけれど、自分とリーズの子供を、真奈とリーズと3人で育てる。そういうのが――
……ん、良いな。と、思った。
∽∽∽∽∽∽∽
おやすみなさい おやすみなさい
はじめまして
生まれてくれて有難う 愛しい貴方
暖かい貴方
蒼く淡い 桜色の空を見て
何を想っているのでしょう
新しい架け橋となっていく 貴方
だけど
今は何も考えないで
おやすみなさい おやすみなさい
ただ健やかに
ただ力強く
ただひたむきに
優しく育って笑っていってね
おやすみなさい おやすみなさい
輝く光の雨と祝福があらんことを
生まれてくれて本当に有難う
愛しい、愛しい……貴方
おやすみなさい おやすみなさい
∽∽∽∽∽∽∽
子守歌を歌いながら、真奈は自分の――これからの事を考える。それは、ライナスの研究所でのあの日から思い、出した結論。
自身は子を成せない機晶姫だ。けれど子供は、リーズと陣が残してくれる。
――私は、いつか生まれるだろうその子に、リーズ様やご主人様と共に持てる全てを注げば良い。
形に残せないのは悲しくないと言えば嘘になる。
でも、寂しくはない。
だからという訳ではないけれど、精一杯の想いを込めて。
――生まれてきた機晶姫の赤ちゃんに送るのは、メイドインヘブンを混ぜた子守歌。
歌っているうちにブリュケは眠り、その頃になって、彼女は周囲が妙に静かな事に気が付いた。もっと、人声に溢れていた筈なのに、何故……。
ブリュケから顔を上げる。すると、シートの上で他愛無い話をしていた皆が、こちらを注目していた。耳を傾けているように見える。
真奈は慌てて、皆に向かって頭を下げた。
「ミンストレルでもディーヴァでもない私の拙い歌で申し訳ありません。お耳汚し、失礼しました」
「……そ、そんなことないわよ、真奈さん!」
ファーシーが言い、ピノも隣の木からぺたぺたと手と足を使ってやってくる。寝息を立てるブリュケを覗き込み、彼女は言った。
「そうだよ、だって、赤ちゃん気持ち良さそうだよ? 赤ちゃんは嘘つかないよ! ね、ステラちゃん! おにいちゃん!」
「はい、とても素敵な歌でした」
「まあ、音痴ではないだろ」
「皆様……」
ポーリア達と共に歌を聴いていたステラとピノのコバンザメと化しているラスに、真奈はぺこりと礼をした。それはそれとして、ラスはどうにもピノの腹具合が気になるらしい。先程大地から話を聞いて、心配症という病気が悪化したようだ。
「本当に何ともないのか? 無理するなよ? あ、家でしか出来ないってんなら……」
「おにいちゃん……」
ピノが呆れのような諦めのような声で彼を見上げる。それ以上下品なこと言うと、ただでさえ少ない好感度が下がるよ? と言おうとして。
「ピノちゃん、はいダッシュ〜」
という陣の声が聞こえた。一瞬きょとんとしたピノは、リーズと遊んでいた時の事を思い出した。あっ! と、わざわざ後退して距離を取って、ダッシュ!
「何だ? ……ごふっ!」
全く状況が飲み込めないラスの鳩尾めがけ、どーん! と体当たり、というか頭突きをした。クリーンヒットして彼は見事に空を仰ぎ、地に背をつける結果となった。腹を押さえてくの字になる。
「いってーーーー…………!」
「これから過剰に過保護にしたら、突撃だからね! わかった?」
妹の兄調教である。
「ウンウン、イイキョウダイアイダナー」
「七枷……てめぇ……」
何やら棒読みでそんな感想を言う陣に向かって、ラスはゆらりと起き上がった。
「ん? 何や?」
「空惚けてんじゃねー! ピノに変な入れ知恵しやがったな!」
「オレはダッシュって言っただけや……って、あ、マジ?」
慌てて立ち上がり、陣は走って逃げ出した。ぷち鬼ごっこの始まりである。
◇◇◇◇◇◇
そして、ツァンダにあるユグドラド家の屋敷では――
産室の外で、エリュトとセディは椅子に腰掛けて出産が終わるのを待っていた。
「まさか、俺に手を貸そうとしたから……? これで赤ちゃんが無事に生まれなかったら俺のせいだ……!」
「お前のせいじゃない」
大粒の涙をぼろぼろと零して言う彼の頭に、セディは優しく手を置いて撫でた。その数時間後。
元気な産声が聞こえ、セディは顔を上げた。隣を見ると、エリュトも涙を残しつつ笑顔を浮かべていた。立ち上がり、彼等は――
1ヵ月の早産。まるきり安産というワケではなかったが、大きな危険も無くルナティエールは男の子を出産していた。子供は、寝室のベッドの上でそっと彼女に抱かれている。
「良かった……本当に良かった!」
それを見て、エリュトは心底安心して明るい笑顔になった。
「良かった……無事産めて。妊婦のくせに色々無茶しちゃったから、早産になっちゃったんだろうな。……ごめん。それでも元気に生まれてくれて、ありがとう」
ルナティエールは、慈愛のこもった表情で我が子を見つめる。子供をくるんだ産着からのぞくのは、月色をした三対の光翼。
「でも、まさかヴァルキリーに生まれるとは思わなかったな。隔世遺伝か先祖返りってところかな?」
彼女は地球人、セディはシャンバラ人である。
「そうだな。私もシャンバラ人の子が生まれると思っていた」
「……言っとくけど、他の男の子供なんかじゃないからな。ほら、顔立ちがセディに瓜二つだ。セディの赤ん坊の頃はこんなんだったんだろうな」
そうして、彼女はセディに子を渡す。髪や瞳、肌の色はルナティエールと同じ色。だが確かに、目鼻立ちは父親である自分と似ていた。
「ああ。我が母がヴァルキリーだったせいだろう」
その言葉を聞きながら、ルナティエールはふ、と窓の外を見た。桜の枝が、ここまで伸びている。
「うちの庭も桜が満開だな。桜の季節に生まれた子……。セディ、せっかくこんな良い日に生まれてくれた子だ。桜にちなんだ名前をつけないか?」
「名前、か……」
示され、セディも共に桜を見た。思いついたように、ルナティエールが言う。
「キルシェ……そう、キルシェってどうだろう。ドイツ語で桜って意味なんだ。良い響きだろ?」
外では、薄桃色の花弁がそよそよとした風に揺れている。それを眺めつつ、セディは彼女に同意した。
「キルシェか……良い名だ。良い子に育つよう、立派な父であらねばな」
彼の手の中の子に、ルナティエールは語りかける。
「キルシェ。これからも俺達は無茶しちゃうと思う。それでも絶対、お前のところへ帰れるように頑張る。……両親をなくした俺みたいに、1人には絶対しない」
決意を込めた、力強い言葉。そんな2人の傍では、エリュトが赤ん坊のほっぺたをつんつんとつついていた。今の話を聞いて、嬉しそうに「キルシェ、兄ちゃんだぞー」とか言っている。彼にとってルナティエール達は親のようなもの。その子供であるキルシェは、まさに弟みたいなもので。
新しい家族を迎え、出会い、彼等の中には確かに、のどかな空気が流れていた。
◇◇◇◇◇◇
で、公園の一角では。
「もう逃げられねーぞこら」
首にがっちりと腕を回され、陣がラスに捕獲されていた。
「いや、まぁうん、いいやないですか妹に構って貰えて。冥利に尽きるじゃない、シスコ……」
「あ?」
「げふっ!」
仕返しとばかりに鳩尾に一撃食らった。
「……いやナンデモナイヨ? ホントナンデモ……」
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