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リアクション
13
偶然教会の前を通りがかった時、花嫁さんの姿が妙に多いことにミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)は首を傾げた。
「結婚式なのかな?」
気になって、フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)、立木 胡桃(たつき・くるみ)と一緒に教会を覗いてみたところ、丁度結婚式の最中で。
だけど、参列者の数はあまり多くなく、また雰囲気も若干、ミーナのイメージする結婚式とは違っていた。
幸せに満ちているというより、楽しんでいるというか。
誓いの言葉と指輪交換を終えたところで、神父が「お疲れ様です。模擬結婚式はここまでです」と微笑んだ。
――模擬結婚式?
聞き覚えのある言葉だった。記憶を探る。
――そういえば、ジューンブライドキャンペーンとかなんとか……確か、『結婚にはまだ早い恋人同士の予行演習や、お友達同士での記念にどうぞ』とかあったっけ?
なるほど、だから楽しそうに笑っていたのかと納得。
「楽しそうだよねー」
ミーナはフランカに笑いかけた。ら、フランカは目を輝かせて花嫁さんを見つめている。いや、見惚れていると言った方が正しいか。
「はなよめさんきれいです〜」
「じゃあ、フランカも着てみようか!」
「!!」
「模擬結婚式! 参加させてもらおう?」
「はいっ」
ミーナの提案に、フランカが満面の笑みで頷いた。今にも踊りだしそうなくらい嬉しそうだ。
「胡桃ちゃんもさ、ウェディングドレス着てみよう?」
「えっ、ボクですか?」
突然話を振られた胡桃が、大きな瞳をぱちくりさせた。それからぶんぶんと両手と首を振る。
「ボクは尻尾が大きいから。獣人用のドレスでも尻尾が通らないから、いいよ」
「ドレスを見てみなきゃわからないって。ほらほら、行ってみよ〜?」
「わ、わ、ミーナ殿っ」
「もふもふおねえちゃんも、はなよめさんになるのー」
「フランカ殿までっ」
フランカと一緒に胡桃の背を押し、教会に入った。
模擬結婚式に参加したいことを告げ、衣装部屋に通されて。
「きゃ〜♪ どれもこれも可愛い〜♪」
様々なドレスに目を奪われた。
「これ、フランカ似合いそうっ。これもこれもっ」
次から次へとドレスを選び、渡し。
「あっ! こっち獣人用だよ! ほらあるよ胡桃ちゃん!」
「ええっ」
胡桃の尻尾でも難なく着られそうなドレスも見つけて手渡し。
「さあ、着替えるといいよ!」
カメラをスタンバイしながら、試着室へと二人を促す。
しばらく経って。
「みーな、ふらんかはなよめさんなのー」
見ているこっちまでとろけてしまいそうなふにゃんとした笑顔で、フランカが試着室から出てきた。
大きなリボンが裾にあしらわれた、白いウェディングドレス。
「ボクも着れました〜。ミーナ殿、ボク似合ってますか?」
胡桃も出てきた。不安そうな表情をしていたが、ドレスは文句なく似合っている。
「きゃ〜! 二人ともかわいいです♪」
思わず歓喜の声を上げ、ミーナはシャッターを切った。
「次はこっちを着て欲しいな〜♪」
気になる衣装を手渡して、心置きなく写真撮影。
模擬結婚式を行うつもりだったことを思い出すには、まだまだ時間がかかりそうだ。
*...***...*
六月の花嫁は幸せになれる。
その言い伝えを信じてか、六月に結婚する人は少なくない。
非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)の知り合いも、その伝承に則って六月に結婚式を挙げた。
幸せそうな新郎新婦。ブーケトス。披露宴まで楽しんで、その帰り道。
「ウェディングドレス、綺麗でしたわね〜」
うっとりとした声で、ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が言った。指を組んで、楽しそうに笑って。
「あたしも着てみたいですわ」
「アルティアも、着てみとうございます」
同調したのはアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)だ。
近遠は新婦の着ていたドレスを思い出す。華やかで艶やかなドレス。それを纏った彼女は、その場に居る誰よりも何よりも美しかった。ウェディングドレスはただでさえ乙女の憧れだというに、そんな場面まで見せ付けられたら魅了されないほうがおかしいか。
着てみたい着てみたいと、アルティアとユーリカが弾んだ声で話すのを聞いて、近遠はこっそりと財布の中身を確認した。大丈夫、余裕はある。
「じゃあ、ちょっと借りて着てみますか?」
「「え?」」
近遠の言葉に、二人が同時に声を上げる。
「貸衣装屋さんも近くにありますし」
「良いんでございますか?」
「ええ。せっかくですから」
「嬉しいですわ。近遠ちゃん、ありがとうですわ」
アルティアとユーリカが、嬉しそうに笑って前を歩いた。
「イグナさんはどうされます?」
「我?」
「ドレス借りたり、とか」
それまで黙って近遠の隣を歩いていたイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)にも話を振ってみる。「いやいや」と首を横に振られた。
「我は遠慮させてもらうのだよ。貴公らが楽しそうにしているのを見ているだけで十分なのでな」
「そうですか?」
「ああ」
「近遠ちゃん、イグナちゃん! 早く早くですわー!」
ゆったりと歩いていたら、前方のユーリカから急かされた。無邪気な様子にくすりと笑んでから、早足で貸衣装屋に向かう。
「ここはちょっとした記念撮影も出来るところのようですね」
「それは素敵でございますね。思い出として、ずっと形に残せるのですもの」
「ここがいいですわ! ねえ近遠ちゃん、ここにしましょう?」
くいくい、近遠のローブを引いてユーリカがねだる。安易に頷いたりはせず、
「アルティアさん、よろしいですか?」
もう一人の主役であるアルティアに訊いてみた。アルティアはにっこり笑って、
「アルティアも、こちらが良いと思っていたところでございます。是非、こちらで」
「決まりですわね。お邪魔しますわ!」
元気良く声をかけながらユーリカが入店した。後に続く。
「えっと、ウェディング衣装を二人分貸してください。この二人です」
アルティアとユーリカを指しながら、店員に伝えると、
「三人ですわ」
ユーリカに訂正された。
三人? イグナも着るというのだろうか。ちらり、イグナを見てみたが静かにこちらを見守っているばかり。参加したがっているようには見えない。
「近遠ちゃん、新郎衣装を着てくださいますわよね?」
「……ボク?」
まさか自分に振られるとは。
「アルティアも、近遠さんの新郎衣装を見とうございます」
「え、と……」
戸惑った。返答に、悩む。
「「…………」」
じっ、と、アルティアとユーリカの視線が近遠に向かう。期待だ。期待の眼差しだ。断れる空気じゃない。
「はぁ〜……わかりましたよ」
気恥ずかしさやら何やらで、ちょっぴり自棄気味に答える。
「えっと、衣装三人分お願いします。新郎衣装が一人分と、ウェディングドレスを二人分」
店員に告げる。
かしこまりました、こちらへどうぞ。そう促されて衣装部屋に通された。好きなものを着て良いらしい。
「それではまた後ほど、ですわ」
ユーリカが手を振って、アルティアと一緒に試着室へ入っていく。
一人残された近遠は、小さく息を吐いてから手近にあった白い新郎衣装を選んだ。
近遠が着替え終わってから十分ほど後に、アルティアとユーリカが試着室から出てきた。
二人とも純白のドレスに身を包み、いつもの雰囲気とは全然違っていて。
「いかがでしょうか……変ではありませんか?」
少し不安そうに、アルティアが問う。
「おかしいところなんてありませんよ。お似合いです」
素直な気持ちを近遠は伝えた。アルティアの顔が赤くなる。
「近遠ちゃん、あたしは? 似合ってますか?」
普段とは違い、髪の毛をアップにしたユーリカがその場で一回転してみせた。可愛い花嫁さんである。
「とっても。可愛らしいですよ」
「ふふっ。それなら良かった! あ、近遠ちゃん。あたし、一緒に写真を撮りたいですわ」
「え?」
「アルティアも、近遠さんと一緒に写真を撮りたいですわ」
一緒に、と言われて一番戸惑ったのはカメラマンだった。本来、一人ずつ個別に撮るものらしい。
「ダメでございますか?」
「うーん……撮影の人も困ってますし……個別に撮りましょう?」
「むぅ……」
「アルティア、ユーリカ。近遠も困っているであろう? 人を困らせるようなことをしてはいけないのだよ」
「……わかりました……でございます」
残念そうに、アルティア。
「わかりましたわ。でも、この後で三人並んで撮りますわよ。別にカメラマンさんに撮ってもらわなくても、イグナちゃんに撮ってもらえば良いですものね!」
「む、我か」
「それならカメラマンさんは困りませんわ」
妙案ですわね、とユーリカが胸を張った。アルティアも「素敵な考えです」と楽しそうに笑う。
「それくらいなら、まあ……。イグナさん、撮影お願いしても良いですか?」
「構わん。我に出来ることだからな」
幸いカメラは結婚式に出席した帰りだから持っているし。
「はい、チーズ」
合図と共に、ぱしゃりぱしゃり。
新郎一人、新婦が二人。
両手に花で、一夫多妻のような一枚。
「お二人が楽しそうですし……まあ、良いとしますか」
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