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ジューンブライダル2021。

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ジューンブライダル2021。
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リアクション



9


 社を監督に据えて、撮影は進められた。
 カメラマンを務めるのはシーラで、音響機材の調節はレオン・カシミール(れおん・かしみーる)が行っている。
 テスラの歌も素晴らしく、撮影は順調に進んだのだが。
「なんかなぁ、足りひん」
 社が腕を組みながら首を傾げた。
 そのポーズのまま十数秒が経過して。
「アイドル成分や」
 ぽん、と手を打った。
 そう、今行われている模擬結婚式は、極めて真面目なものである。綺麗な花嫁が居て、花嫁の隣には若干無表情気味ではあるものの花婿が居て。
 誓いの言葉も遊びなしできっちりこなす。
 模範的だ。それはいい。結婚式のPVなのだから、真面目なものであって然るべきだ。
 けれどそれでは846プロ『らしい』といえるのだろうか。
 答えは否で、出した結論が先ほどの発言だった。
「というわけでサプライズや! 新郎新婦を祝うアイドルっちゅうことで、諒くん!」
「ふえっ?」
 社から突然話を振られた薄青 諒(うすあお・まこと)が素っ頓狂な声を上げる。諒の反応を気にすることなく、社は可愛いアイドル衣装を手渡した。
「出番やで! この衣装を着てレッツ&ゴーや!」
「え、え。……こ、これ、女の子の衣装じゃ? 嫌ですよ、僕そんな格好……!」
「大丈夫や。諒くんはイケメンやから何でも似合う!」
 諒が当然のように嫌がったが、社の説得に目付きが変わった。イケメン、という単語に反応したように思える。
「そうですわ諒ちゃん。いえ、むしろイケメンたるものどんな衣装でも着こなすくらいでなければ!」
 加えてシーラが力強く同調。諒がそわそわしはじめた。諒は常日頃からイケメンになりたいと切磋琢磨しているような子だから、揺れ動かされているのだろう。
 それでもやはり女の子の衣装を着るのは嫌なのか、戸惑ったような表情になる。しかしそれをシーラが見逃さなかった。
「諒ちゃん。これはイケメンになるための下積みと考えてください」
「イケメンになるための……下積み?」
「はい。イケメンとは、見た目のかっこよさだけではありません。性格や雰囲気、それらも全てイケメンであってこそ、真のイケメン!」
 拳をぎゅっと握り、力説するシーラ。
「それが女の子の衣装を着ることとどういう関係が……」
 諒は言葉の意味するところがわからないらしく戸惑った表情のままだったが、社にはシーラの言いたいことがわかった。
「なるほど……与えられた仕事をきっちりこなすその真摯な姿勢、それはまぎれもなくイケメンや!」
「そういうことですわ!」
 シーラとがっちり、握手を交わす。
 謎の友情を育んでいると、
「わかりました!」
 力強く諒が言った。
「やります。アイドル」


 諒が撮影に参加することになった。
 それはいい。社が思ったとおり、撮影に諒が参加することで真新しさや『846プロらしさ』を出すことが出来た。
 けれど、
「諒くん一人やと物足りんな……」
 可愛らしく華々しいのだけれど、それだけでは『それだけ』なのだ。
「……ん?」
 そのとき目に入ったのは、シーラの傍でカメラ周りの手伝いをしていたメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)――通称千雨――だった。
 すっと通った鼻筋に、冷たい印象を与えるほどに切れ長の瞳。凛とした佇まい。けれどただ冷たいだけの美貌ではなく、どこか隙があってつい声をかけてしまう――そんな不思議な魅力を持った少女。
「ティンと来た!」
 足りないのは、これだ。
「……?」
 疑問符を浮かべて社を見上げる千雨に近付き、すっと手を差し伸べて。
「キミもPVに出演してくれ!」
 にこり、微笑んで告げた。
「……はい?」
 怪訝そうに千雨が首を傾げる。
「せやから、諒くんのようにな? この衣装とか、どや?」
「嫌です。恥ずかしいですし」
 きっぱりと断られた。その上警戒するように一歩後ずさられて社は苦笑する。苦笑した社の肩を誰かが叩いた。大地だ。
 後は俺に任せてください。
 そう言い出しそうな、柔和で頼りがいのある笑みを浮かべている。千雨がまた一歩退がった。
「自信がないんですね、千雨さん」
「煽っても乗らないわよ」
 警戒心をむき出しに、大地を睨めつけながら千雨が言った。
「胸もないですもんね」
「な……!?」
 胸が小さいことは千雨にとって地雷なのだろう。とたんに顔を赤くして拳を握り締めた。一歩前に出る。
「人の外見は普段の行いに左右されると言います。自信のある人は背筋が伸びる、それまでの幸せは表情に表れる、などですね」
 そんな千雨の動きに揺らぐことなく、にこり笑って言葉を続ける大地。
「……何が言いたいの?」
「自信を持たない千雨さんは、張る胸がなくても仕方ないのかな? と。
 すみません、社さん。そういうわけで、この話はなかったことに……」
「……ちょっと待ちなさい」
 千雨が低い声を出した。
「やってやるわよ」
「おや? 無理はなさらなくても構いませんよ? だってほら、張る胸がないのは今に始まったことではないですし」
「うるさい! 私だってやればできるんだから! しっかりそこで見てなさい!!」
 ぴしゃりと怒鳴り、社の持つ衣装をひったくるように掴んで千雨が更衣室に歩いていく。
「……ふふ」
 うまく千雨が釣れたからだろう、大地が満面の笑みを浮かべた。
「……イイ笑顔やなぁ」
「ええ。千雨さんに向けて、上手に釣れましたー、って言おうかと思ったんですけどね」
 残念ながら千雨は既に更衣室の中だ。笑顔を向けることはできない。
「なので終わったら自分自身が釣られたのだということを教えてオチを作ります」
「大地くん、中々酷いなぁ」
「愛ゆえに、です」
「さよか。世の中にはいろんな愛の形があるんやなぁ」
 俺には普通に愛でることしかできなさそうや、と千尋を見てしみじみ。
 それから今日は家で留守番をしている某ゆるキャラを思い浮かべて、あれ、もしかしたらあっちに対してはそうかもしれへん、とも思った。
「じゃねー、マナカがメイクしてあげるー!」
 ぴしっと挙手して真菜華が言った。
「あとねーそれからねーちーちゃんちょっとおいでー!」
「なあにー?」
 ちょいちょいと真菜華が千尋に手を振る。呼び寄せられた千尋が真菜華の前に立った。
「ちーちゃんきょうもかわいい! ぎゅぎゅぎゅ!」
 まずは挨拶代わりにハグをして。
「ちーちゃん、ブライズメイドしませんか!」
「ブライズ?」
「って何や?」
 真菜華の提案に、兄妹揃って首を傾げて疑問符を浮かべる。
「式の最中ヴェールやドレスを持つ子のことです! ティアみたいな格好するんだよー絶対ちーちゃん似合うよかわいいよー!!」
 名前を挙げられたティアニー・ロイス(てぃあにー・ろいす)が振り向いた。真菜華が再びちょいちょいと手招き。
 ティアニーの格好は、純白のAラインドレスだ。ふんわりと広がったスカートや、腰元や裾にあしらわれた白薔薇のコサージュが可愛らしい。
「やっしー! どうでしょうか!」
 真菜華のやる気のある視線に、
「採用や!」
 社はほぼ即答で許可を出す。
「きゃほー! ちーちゃんもおいでー今よりもっとマナカがかわいくしてあげるー!」
「わーい、ちーちゃんも可愛くなるー♪」
 千尋も喜んでいるみたいだし、サプライズPVはもっと賑やかになりそうだし。
 大成功やな、と笑った。


*...***...*


 真面目なPVを撮り終え、『846プロらしさ』を出すPV撮影の前に小休止が設けられた。
 控え室の椅子に座って一息ついていると、
「リンス……くっ、まさかお前に先を越されるとはなっ!」
 ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)に悔しがられた。芝居がかった調子である。
 なにそれ、と怪訝そうにウルスを見ると、
「なんてな」
 ぱ、っと両手を広げてなんでもないさとアピールされた。
「うん、似合ってんな」
「何が」
「衣装も意匠も」
 これとかな、とウルスが指差したのは胸のハンカチ。着替えの際から気にかかっていたものだ。
「アヴァローンがやったの? 刺繍」
 ハンカチに施されていたのはベラドンナリリーの刺繍。
 普通どのような刺繍がされているのかはわからないけれど、ベラドンナリリーの刺繍がメジャーとは思えないし。
「そうだよ。あの人好きだったろ、その花」
 返事に、ああやっぱりと納得。
「あっちからもさ。見えるかなって。……わり、お前の式なのに」
「むしろありがとう、かな」
 今でも姉を大切に想っていてくれて。
 忘れないでいてくれて。
「ありがとう」
「……なんだよ素直ー」
「照れたの?」
「うっせ」
 ぷい、とそっぽを向かれた。こんなウルスを見るのも久しいので、小さく笑う。
「見てくれてるといいね」
「お前の新郎姿?」
「アヴァローンの気持ち」
「……さーそろそろ撮影に戻る時間だ。立った立った!」
 はぐらかされた。
 ので、はいはいと言って席を立つ。
 撮影後半戦の始まりだ。


*...***...*


「ああ……羞恥に顔を赤くした諒ちゃんと千雨ちゃん……可愛いですわ〜♪」
 女の子の衣装に身を包み、顔を赤くしてPV撮影に臨む諒を撮りながらうっとりとシーラは呟く。諒はどうやら男の子っぽく動こうとしているようだが、活発な美少女にしか見えなかった。そんな苦心する様子もしっかりカメラに収めていく。
 また千雨は録画していない最初の頃こそ後悔した表情をしていたが、なんだかんだで真面目に取り組んでいた。それでもやはり恥じらいはあるらしく、頬がほんのり赤い。が、却ってそれが可愛らしい。
 うっとり要素なら他にもたくさんあった。
 ブライズメイドを務めるティアニーと千尋は天使のように可愛らしいし、もちろん花形である花嫁の衿栖も美しい。衿栖の傍には介添人のケイラが立っていて、ドレスがよれたりしているのを見つけるとすぐに近付いて手際よく直していた。そちらは可愛いというよりかっこよくてうっとりする。
「こんな素敵な場面を撮れるなんて、幸せですわ〜♪」


「シーラさんがあの様子なら、PV撮影はバッチリですね」
 大地が微笑んで呟いた。ほんま? と社はシーラの様子を見る。鼻歌交じりでノリノリで、確かに楽しそうだった。楽しんでやっている人の作品は、得てして素晴らしいので楽しみだ。社の顔に、自然と笑みが浮かぶ。
 若干、ドタバタ気味撮影で。
 ふざけているともとられるかもしれないけれど。
「ま、こんな結婚式もええよね?」
 みんなの楽しそうな笑顔があれば、それで。