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ありがとうの日

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第5章 夜の華

 今日はヴァイシャリーの祭り、最終日だ。
 最後に盛大な花火が行われるということと、祭りの主役達が広場に顔を出すとの知らせを受けて、多くの人々が集まっている。
「さすがに今日は混雑してるわね。たこ焼き買うのに、随分並んだわねー」
 リーア・エルレンは、辺りを見回して、座れそうな場所を探す。
「せめて、たこ焼きは熱いうちに、飲み物は冷えてるうちに、飲もうか」
 ジュースを差し出しながら、空いたばかりのベンチを指差すのはリーアの大事な友人である久多 隆光(くた・たかみつ)
 今日は彼の誘いで、彼女はヴァイシャリーに来ていた。
「それじゃ、ゆっくり座って食べましょう。もうすぐ、花火も始まるしね。……ここからだと花火は見難いけれど、花火を見上げる人々の顔は、見やすいわよね」
 そんなことを言うリーアに、「ああ」と頷きながら隆光は彼女と共に、ベンチに腰かけた。
 座って、たこ焼きを冷ましながら食べて、冷たいジュースを飲んで。
 ほっと息をつき、祭りを楽しむ人々の顔をのんびり眺める。
「平和になったのね……。また」
 長く生きてきた彼女は、過去の戦乱も体験しており――大切な人達を失ってきていた。
 復活した人もいれば、別れたままの人達もいる。
「俺は……今、何のために戦えばいいのか迷っている」
 突然、隆光の口から、そんな言葉が漏れた。
 リーアは隣に座る隆光に目を向ける。
 隆光は自分の手元に視線を落として、言葉を続けていく。
「友達を守ると宣言していたのに……眼の前で死なせてしまった」
 リーアは手を止めて、黙って隆光の話を聞いている。
「更に、自分に何が出来るのか分からなくなってしまった」
 隆光は、友達になろうとしていた相手、少なくても自分は友達だと思っていた相手。
 ユリアナ・シャバノフを守ることが出来なかった。
 好きだった女性には、幸せな道を歩んでもらった。
 エリュシオンとの戦争は終わった。
 戦乱は終わった……。
 それと同時に、隆光は何かを失っていた。
「俺は、何のために戦ってるんだろう。この国に為だっていうのなら、それはそうだろうさ。それは否定しないし、守りたいのも事実だ。……けれど、今は……」
 もう、戦う理由が見つからない。
 国軍の兵士としてとしか、見つからない。
 自分自身の『戦う理由』がない。
「努力しても、叶わない願いや、死力を尽くしても、どうにもならないことって、あるわよね。私は長く生きている分、最初からあきらめて無駄なことはしない、方だと思う。可能性は0ではないのにね。子供の頃はがむしゃらに頑張ればいい。大人から見て絶対に叶わない夢であっても、目指していけばいい。若さの盛りの時も。目指していれば、何か得るものがあるはずだから」
 リーアの声はとても優しかった。
「あなたは、つまらない大人になるのかしら? それでも私は構わない。こうして一緒に平和な時におこぼれにあずかって、ゆっくりあなたと一緒にお茶を楽しめれば、私はそれで幸せだから。今、あなたがすべきことを見失っているのは、今、残っているあなたの大切な人達が、幸せだということ。私も、他のあなたが大切に思う人達も」
「それは……そうなんだが。俺自身は、今後どうすればいいのか、わからない」
「すぐに答えを出さなければいけないことじゃないと思う。国軍の軍人としてすべきことがあるのなら、それをしながら、ゆっくり考えていってもいいと思うし。軍人として生きることに疑問を持ってしまったのなら、辞めて、パラミタで働きながら考えていくのもいいと思う。なんなら私のところで働く? 治験の協力者熱烈大歓迎よ!」
「それって、新たな薬の実験台ってことじゃ?」
「そうとも言うわ」
 笑顔を浮かべるリーアに、隆光も弱い笑みを向けた。
「今日は誘ってくれてありがとう」
「いや、こちらこそ話を聞いてくれてありがとう。俺の我侭に付き合わせてしまい、すまなかった」
「わがままに付き合った覚えはないけど……でもそういうことにして、私のわがままに付き合ってもらおうかなー」
 リーアはたこ焼きをベンチの上に置くと、立ち上がって隆光に笑いかける。
「たこ焼きを100パック食べたい」
「100? 食べきれないだろ」
「うん、だから、毎年1パックずつ。今日と同じ真夏に――あなたの誕生日頃に、ね。約束!」
「あと100年生きなきゃ、叶えられない。……叶えられない、約束、か……」
「今更無理って言っても、もう1パック目はもらっちゃったしね〜」
 空になったパック見せて、リーアは明るく笑う。
「わかった。来年も祭りに誘って、たこ焼きをおごらせてもらう」
 淡い笑みを浮かべて、隆光も立ち上がり。
 リーアと空を見上げる。
 空に大きな花が咲いていく――。

○     ○     ○


「このフルーツかき氷、とっても美味しい……! 材料が、フルーツと、砂糖と、お水だけなんて信じられない」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)は、テーブルに出店で買ってきた料理を並べ、焼きそば屋でもらってきた紙皿の上にとりわけて食べていた。
 かき氷は食べてしまわないと溶けてしまうので、真っ先に食べ始めた。
 その美味しさに感動さえ覚えてしまう。
「お祭りの料理は、シンプルなものが多いですけれど〜。皆を楽しませようという想いが沢山込められていますよねぇ」
「このかき氷も、とても楽しそうですわ。普段より美味しく感じるのは雰囲気のお蔭かもしれませんね」
 同じテーブルについて、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も、セシリアが買ってきた食べ物を、紙皿の上に取っていき、普段とは違う食事を楽しむ。
「そっか、そうだよね。お店もお祭りの一部だから、楽しくなれるような料理を用意して、待っていてくれてるんだよね」
 ぱくぱく料理を食べながら、セシリアは笑顔でそう言う。
 こんな風に、色々な人が作った、様々な料理を楽しめる機会はそうない。
 同じ焼きそばだって、店によって材料にも違いがあるし、味にも大きな違いがあった。
「これは何ですか?」
 シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)が指差した皿には、透明で細長い物が入っていた。
「これはね、ほころへん……と見せかへた、ヘリーなんはって!」
 料理を頬張りながら、セシリアが答える。
「ほころへん……?」
 シャーロットはきょとんとする。
「何を言っているのか、わからないですぅ」
 メイベルはくすりと笑いながら、代わってシャーロットに説明をする。
「天草から作る、ところてんという食べ物があるんです〜。酢醤油等をかけて食べるととても美味しいんですけれどぉ、これはところてんのように作ってありますけれど、お菓子のゼリーなんですぅ。冷たいうちに食べてくださいー」
 言ってメイベルはシャーロットにゼリーを勧める。
「はい、頂きます」
 シャーロットはちょっとこわごわ、ところてんのようなゼリーを食べてみる。
 ……甘くて、美味しかった。
「本物のところてんを売っている店もありますわ。余裕がありましたら、後で行ってきましょう」
「はい。そちらも食べてみたいです」
 フィリッパの言葉に、シャーロットはこくりと頷いた。
「こっちのフルーツシャーベットもとっても美味しー。材料何使ってるのかな、後で聞いてこなきゃー」
 かき氷に、シャーベット、アイスと、冷たいものをぱくぱく食べていくセシリア。
「お腹壊さないでくださいね〜。食べられなくなってしまいますよぉ」
 ちょっと心配になったメイベルは、スプーンを伸ばして、セシリアが食べているシャーベットを掬って食べてみる。
「本当に美味しいですぅ」
「わたくしも戴きます」
「私も」
 フィリッパ、シャーロットもスプーンを伸ばして、セシリアが食べていたシャーベットを掬って食べてみる。
 口の中に広がっていく、冷たくて甘いミルクと果実の味に、皆の顔に微笑が広がる。
 それは自分達だけではなくて、祭りを訪れている多くの人が感じ取っている幸せ。
「ヴァイシャリーでの暮らしにも大分慣れましたし……私達もそろそろ将来のことについても、少しずつ考える必要がありますね」
 メイベルはそう言って、タイ焼きをかぷりと食べる。
 こちらは温かな甘さ。とっても美味しくて、とっても幸せだ。
「百合園では認定専攻科を設けるという話が出ていますが、どういうものなのでしょうね? 私はまだまだ先のことですが……」
 現在ある、短期大学部とはまた違う、進路としての選択肢なのだろうかと、メイベルは考えていく。
「短期大学を卒業した後に、更に2年勉強をし、大学卒業と同程度の学力を身につける学科のようですわ」
 まだ噂レベルだが、フィリッパは耳にしていた話をメイベル達に話した。
「大学かぁ。目指す道が決まっている人は、高校を卒業した後、短大には進まずに、専門的なことを学んだ方がいいんだろうね。メイベルは……どうしたいのかな?」
 百合園の短大は、文学部と音楽学部のみだ。
 セシリアがスプーンを咥えながら尋ねた。
「まだわかりません……。でも、これからは将来の事も考えながら、勉強をしたり、こうして遊んだりして、パラミタの生活を楽しんでいきたいですぅ」
「うん、そうだね。美味しい料理に沢山出会えれば、メイベルもパティシエとかになりたくなるかもしれないしね〜。あ、これも美味しいっ!」
 会話をしながらも、セシリアはたこ焼き、焼きそば、お好み焼きと、次々に更に乗せては口の中に運んでいく。
「ふふ……。そういえば、今日はサプライズ企画があるそうですわよ」
 フィリッパが微笑ましげに皆を眺めながらそう言った直後。
 ドーンという音が響いて、空に花が咲いた。
「花火です」
 シャーロットが夜空に目を向ける。
 パンパパパパパッと、音がして、次々に光の花が開いていく。
「神楽崎優子様と、パートナーのアレナ・ミセファヌス様に対して、感謝の念を込めた企画だそうですわ。見にいきませんか?」
「行きます〜」
「いくいくー」
「わ、私もいきます」
 4人は、テーブルに広げていた食べ物を食べ終えた後。
 優子達が訪れるという広場の方へと歩き出す。
「うう……人がいっぱいです……」
 シャーロットははぐれそうになってしまい、メイベルの腕をぎゅっと掴んだ。
 彼女は人混みが苦手だった。
 なんだか息苦しさを感じてしまて……。でも、皆と一緒に居たいから。
 歩く人々も、楽しそうだったから。
「皆も、感謝を伝えたいのですね」
 頑張って慣れようと思い、元気を出して、メイベル達についていく。
 ドーン、パン
 大きな音が響き、空がパッと明るくなる。
 光の花が美しく咲き誇っていた。

○     ○     ○


「二人とも、暗いですよ? このお祭りは、貴方達への感謝を表したモノでもあるのですから」
 セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)が、祭りで賑わう街の中にいるのに、浮かない表情の琳 鳳明(りん・ほうめい)。そして、共に歩いているファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)にわたあめを差し出した。
 3人は捕虜交換の仕事を終えた後、温泉に向かった仲間達と別れて、ヴァイシャリーへ出てきていた。
「そうそう、今更ですがファビオさん」
 セラフィーナはにっこり笑みを浮かべる。
「ようこそシャンバラ国軍へ!」
 彼女がそう言った途端、ぽーんと音がして、空に花が咲いた。
「これで名実共に仲間です。鳳明共々、よろしくお願いしますね?」
「うん、よろしく。まさか教導団に入ることになるとは、思ってなかったんだけどね」
 ファビオは僅かに微笑んで、空を見上げる。
 空に光の花が次々に咲いていく。
「ほら、鳳明も。いつまでそんな顔をしているんです?」
「え……うん」
 鳳明は受け取っていたわたあめを食べて、少し笑みを浮かべた。だけれどその笑みは……楽しそうではなかった。
 未だ、複雑な想いを抱えたままだったから。
 エリュシオンに向かった御堂晴海は、離宮調査の際に、鳳明達の班の隊長を務めていた。
 そして彼女は裏切った。
 クリス・シフェウナは、セラフィーナに大火傷を負わせた相手。
「一度信じた仲間は何があっても信じよう。例え裏切られることがあっても……。そう思ってたし、そうありたいと振舞ってた」
 言葉が、鳳明の口から流れ落ちていく。
「でも、私は御堂さんもクリスさんも許す気にはなれそうもない……」
 自分は裏切ったこともなければ、裏切られたこともなかった。
 そしてそのせいで近しい人が傷ついたこともなかった……。
 悩んでいても、何も変わることはないということが判ってるのに。
 どうしても同じことばっかり考えてしまう。
「また裏切られたら――私はどうするんだろう?」
「裏切りは、身近なものだ。俺が教導団に入ったのだって、君や君が大切に思う者達と仲間になりたいから、ではない。俺が教導団から離れたら、君は俺を裏切り者と思うか?」
 ファビオが悩んでいる鳳明に語りかける。
「御堂晴海も、クリス・シフェウナも、ヴァイシャリーを裏切った。だけれど、彼女達視点では、彼女達は本当は最初からヴァイシャリーの仲間ではなかった。だから裏切りでは、ない。逆に、俺はヴァイシャリーを裏切ったことがある。君も良く知っているように、怪盗として、ね。でも、君達はそれが裏切りではないと思ってくれているから、こうして共にいられるんだと思う。違うかな」
 そんな彼の言葉に、鳳明は「そうだね」と力なく答えて。
 また、わたがしを食べて。空に浮かんでいく、花々を見て。
 歓声を上げる人々の顔と、声を聴き。
 美味しい、楽しい、嬉しい、という気持ちを少しずつ充電していく。
「貴方達が困難に立ち向かい、そして成し遂げた成果への報酬です。色々思うところがあるかもしれませんが、今は忘れて素直に楽しむのが筋というものでしょう」
 セラフィーナの言葉に、鳳明は首を縦に振る。
 この街の喜びは、奏でられている音は、鳳明達シャンバラの為に手を貸してくれた人達全てへの感謝の音だ。
「今日を迎えることが出来たのは、地球から来てくれた皆のお蔭だ。だから、パラミタ人の一人として、俺も感謝している。……ありがとう」
 ファビオはセラフィーナと鳳明にそう言って、微笑みを見せた。
「ファビオさんは、柱に彫られている姿より、少し成長しましたね」
 セラフィーナがファビオを見詰めて言った。
 身長は変わらないようだが、体格が少したくましく、より男性らしくなってきたように見えた。
「そうかな。街を歩いていても、子供に『柱の人だ』と指を差されなくなると嬉しいんだけど」
「大きな翼を出さなきゃ、わからないよ。大丈夫、誰もファビオさんがあの半裸の怪盗だなんてわからない、うん」
「その時の姿は……そろそろ忘れてくれると嬉しい」
 そんな話をして、ファビオと鳳明は笑い合った。
 セラフィーナは、優しく2人を見守る。
 それから、音を立てた携帯電話を取り出して、メールの内容を確認。
「鳳明のよく知る人を呼びましたよ。もうすぐ到着するそうです」
「え? 誰だろ」
「誰かは会ってのお楽しみです♪」
 セラフィーナが呼んだのは、百合園生のアユナという鳳明ととても仲の良い少女。
 ファビオの熱烈なファンでもある、明るい女の子だ。
「それじゃ、俺はこの後少し用事があるから」
「ん? ラズィーヤさんにでも呼ばれてるのかな?」
 鳳明の問いにファビオは曖昧な笑みを浮かべる。
「こっちの可愛い女の子を置いて、他の女の子とデートなんてことは、ありませんよね?」
 セラフィーナは少し悪戯気に聞いた。
「まさか。それじゃ、また」
 ファビオは翼を広げ、手を上げて空へと飛び立ち、その場を離れていく。
「ファビオさんは『嘘つき』らしいから、ホントはラズィーヤさんに呼ばれてるのかな。まあ、いっか……あっ」
 鳳明の目に、駆けてくる大切な友人の姿が写った。
「お祭りを楽しむのは、これから、ですね」
 セラフィーナは穏やかな表情で、明るく変わっていく鳳明の顔を見守っていた。