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地球に帰らせていただきますっ! ~3~

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地球に帰らせていただきますっ! ~3~
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 ■ 父の墓 ■
 
 
 
 方々に手を尽くし、水面下で捜し続けていた父の手がかりを求め、シュリー・ミラム・ラシュディ(しゅりー・みらむらしゅでぃ)はシャンバラから英国へと渡った。
 かつて母親に仕えていたというインド人の老執事がロンドンに住んでいるという情報を得ていたシュリーは、まず彼に会いに行った。
 執事は残念そうに父親が既に死亡していることをシュリーに告げると、自分の知っている限りのことを教えてくれた。
 父の名はサー・ジェームス・ギャムリング・アデルバート・フレーザー・オブ・ノーザンケープ
 ノーザンケープ家はランカスター朝から続く騎士の称号を持つ家柄だったが、2度に渡る世界大戦で著しい功績を挙げたことにより、騎士から子爵に叙せられている。
 そのノーザンケープ家の前当主であったシュリーの父は誰にでも優しく、であるが故に困っている人間を見過ごすことができずに手を差し伸べてしまう性分で、結果的にそれは女性関係を複雑にしてしまった。
 4人の女性との間に6人の女児がいるが、付き合った女性はそれに倍するとも噂される。
「母も、そして私もその数の中の1人と言うわけね」
 苦笑したシュリーに、老執事は恐縮したようにしきりに頭を下げた。
 そんな父だから、母との恋が周囲から祝福されることはなかった。
 赦されることもなく結ばれることもなかった、恋の顛末。
 インド人の母は父の家族の反対を押し切りシュリーを出産するも、その際に死亡。その後、家族の猛反対にあった父親によって、シュリーはインドの孤児院に入れられた。
 その父は6年前に南アフリカで死去。現在は娘の1人が子爵家を継いでいるとのことだ。
「墓所はこちらで御座います……」
 老執事が渡してくれたメモを手に、シュリーはその家を辞した。
 
 
 父の消息が知りたくて、ずっと捜していたのだけれど。
 いざ墓の前に立つと、シュリーは困惑した。
 物心つく前に引き離された父親という存在を前に、実感が今ひとつ湧いてこない。
「私にとって、父親と呼べる人間なんて居なかったのに……今更、墓石を見せられて『この人が父親です』と言われても、ね。どうすればいいのか、どんな顔をすればいいのか、解らないよ」
 墓石でなく父親その人を目の前にしたら実感は湧いたのだろうか。
「父親面しろなんて言わない。もう叶わないけれど……せめて一度だけでも、会いたかった……」
 そうして墓石と対峙するうちに、シュリーは暗殺者である自分の中に、父親を求め寂しさを噛みしめているもう1人の自分が居ることに気づいて驚いた。
「あれ、なんでだろう? 人の死なんてそれこそ、数え切れないほど見てきた筈なのに、この人の死は、なんか特例だ……」
 言いようのない空白が自分の中に広がって行くことに、シュリーは戸惑った。
 しばらくそうして墓と向かい合っていたけれど、心の整理はつきそうもない。惑いを抱えたまま墓を後にしようとしたシュリーは、入れ替わりにやってきた少女たちとすれ違った。
 父の縁者なのだろうか。
 気になったシュリーは少し離れた物陰に隠れ、彼女たちの様子を見守るのだった。
 
 
 
 時間は少し遡る。
 
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は寺院の前で落ち着き無く周囲を見回していた。
 冬に地球に帰ってきた際、思いも掛けず実の母親であるエルジェーベト・セレシュ・ヴェネーリン=バルトークと再会したローザマリアだったが、今回はもう一度会って心の整理をつけたいと、今一度イギリスに渡ったのだ。
 待ち合わせに指定した場所で早くから待っていたけれど、時間になってもエルジェーベトは姿を現さなかった。
 やはり会っては貰えないのだろうか。
 もう少し待とうか、それとも……と思いかけたローザマリアの目に、双子らしき少女が連れ立って来るのが見えた。
 年齢は12、3歳というところだろうか。鮮やかな緑の双眸に赤毛のストレートロングヘアー。後ろで縛った髪を片方の少女はは右肩から、もう片方は左肩から垂らしている。
 すぐ近くまで来ると少女は互いに目を見交わし、そして左肩から髪を垂らした方が話しかけてきた。
「あなたがローザね?」
「そうだけど……」
 答えながらローザマリアは改めて少女の顔を眺めた。やっぱり知らない顔だけれど……目元を中心に2人の顔立ちにはどこか自分と似通ったものを感じる。
「ああやっぱり」
 ローザマリアの返事を聞いて、少女は笑顔になった。
「私はイーディス・ヴァルガよ。エルジェーベトは私の母親の異父妹にあたるんだけど、本当のママのように思ってるの」
「私はベアトリクス・ヴァルガ。イーディスの双子の妹だけど、ローザから見たらお姉さんにあたるのよ」
「お姉さん?」
 どう見ても自分より年下にしか見えない2人を訝しむローザマリアに、2人は自分たちが19歳であることを明かした。
「ローザよ。宜しくね――それでマムは?」
 そう尋ねるとイーディスは顔を曇らせた。
「ごめんね、ローザ――ママは、まだ会えない、って。本当にごめん」
「でもね、ママは私生児でしかない私やイーディス姉さん、ローザの事は、一時も忘れた事がなかったんだ。そこは解って貰えると嬉しいな」
 ベアトリクスが慌てて言葉を添える。
「そう……」
 2人がここに来たことから、エルジェーベトがここに来ないことは予測がついていたけれど、実際に言われるとやはり複雑で、ローザマリアは視線を落とした。
「私も、まだ心の整理がついたわけじゃないから、何を言ってしまうか解らないけれども――それでも会いたかった。もう一度だけ」
「ママも同じだと思うよ。いつかきっと……会える日が来るといいね」
 イーディスに慰められて、ローザマリアは頷いた。
 ここまで来たのだから父親の墓参りをして行こうと、3人は連れだって墓苑へと歩いていった。
 その途中、イーディスは自分が名の知れた占い師であり、魔術研究に関する造詣も深いこと。魔法力は強いが重度の機械音痴であることを話した。ベアトリクスはアメリカのMITに留学したこともあり機械工学に優れているが、姉とは違い魔法力はあまりないと話した。
 外見はそっくりなのに、魔法と機械に関しては両極端な双子らしい。
 エルジェーベトが女優を引退し世捨て人のようになってからは、この双子の姉妹が彼女と同居し、経済面や様々な点から彼女を養っている。2人にとってもエルジェーベトは母親同然の存在であると聞き、ローザマリアはこの2人をここに遣わせたエルジェーベトに思いを馳せるのだった。
 
 
 そしてこの日、サー・ジェームス・ギャムリング・アデルバート・フレーザー・オブ・ノーザンケープの墓に来たのは、彼女たちだけではなかった。
 ローザマリアたちに遅れることしばし。
 アリシア・フレーザー・オブ・ノーザンケープ(ありしあふれーざー・おぶのーざんけーぷ)は眠り続ける姉のハリエット・フレーザーを車椅子に乗せ、病院からこっそりと連れだして父親の墓参りにやってきていた。
 墓苑の入り口で車椅子を止めると、アリシアはハリエットの頬に手をやった。
 ハリエットはアリシアの同母姉だ。4年前にアリシア共々母親の虐待を受けた際、ハリエットは倒れて頭を打ち、意識を失った。それ以降、身体は健康そのものながらハリエットは眠り続けている。
 アリシアにとっては唯一の家族であり、心の拠り所。また、彼女こそがアリシアにとっては、全てを犠牲にしてでも護るべき者でもある。
「アンリ姉様、眼を開けてよ……私に、その綺麗なダークブラウンの瞳を……ッ! 見せてくれよ……どうして、どうして眠ったままなんだ……どうして、どうしてっ……!」
 アリシアがどれだけ呼びかけても、ハリエットは眼を開けてはくれなかった。
 身体は健康なのに、何故目覚めないのかとアリシアが詰め寄った医者は、『精神的なショックか――或いは強化人間手術を受ければ目覚めるかも知れません』と答えた。
 その可能性に賭けるかどうか、アリシア自身葛藤している最中だ。
「どうしてこんなことに……」
 自分と姉を虐待し続けた末に海難事故で行方不明となり遺体も上がらなかった母親、その母親の性格や狂気を感じ取り離婚してしまった父親、さらには父親が別の女性との間に設けていたという兄弟か姉妹か、顔すら知らぬ肉親、そのすべてがこの原因を作っているようで、アリシアは憎悪を募らせた。
 ひとしきりハリエットの頬を撫でると、アリシアは再び車椅子を押し始めた。
 途中、インド系と思しき人物とすれ違った時には特に何も思わなかったが、父親の墓で先客として花を手向ける3人の少女を見たとき、アリシアの瞳に憎悪の炎が燃え上がる。少女たちの横顔は、以前写真で見た父親の愛人に酷似していたからだ。
(あれが……父様と別の女の間に出来た顔も知らぬ肉親……ッ)
 瞬時に悟ったアリシアは、何の迷いもなく銃を突きつけた。
「お前たちか……お前たちが、父様を籠絡した女どもの!」
 叫ぶアリシアに、ローザマリアはイーディスとベアトリクスを背後に庇って前に出た。
「私は、お前たちが憎い……! お前たちの母親の女さえいなければ! こんなことにはならなかったんだ!」
「言いがかりもいい所ね。私だって……」
 ローザマリアは父親とは呼べず、一瞬だけ逡巡してから続ける。
「私だって、この人やマムに、親として愛されたことなんてない」
「黙れぇ!」
 ローザマリアの言葉もアリシアの耳には入らない。
「母様が憎い……母様を愛してくれなかった父様も、その父様を惑わせた女どももみんな嫌い……!」
 応戦しようか、とローザマリアが考えたところに、遠巻きに様子を見ていたシュリーが引き返してきた。
 ぴりぴりとした緊迫感が交錯する真ん中に入ると、シュリーはアリシアとローザマリアの手首を掴む。
「此処は、魂が眠る神聖な場所よ。そしてこの墓標は、貴方たちにとり、この下に眠る者へどのような感情を抱くにせよ、大切な人の筈――無論私にとっても、ね」
 そう言い聞かせながらシュリーは互いの手を下におろさせ、この場を仲裁した。
 
 その後、アリシアを宥めながら話を聞いたところ、シュリーは自分がそれぞれ母親の異なる6人姉妹の長女であるということを知った。
 長女がインド人の女性との間に産まれたシュリー。
 次女は未だ眠り続けるハリエット。
 三女はノーザンケープの名を受け継ぐアリシア。
 四女、五女は双子の姉妹であるイーディスとベアトリクス。
 六女であり末っ子であるローザマリア。
 はからずしも、父親の残した6人の娘すべてがこの場に会したことになる。
 同じ父親の子として産まれながら、別々の道を歩まざるを得なかった姉妹たち。
 シュリーは様々な想いを抱えてこの場にいる妹たちを見ながら心の中で密かに決意する。
 自分が一番上の姉としてこの妹たちを護り、絆を繋げて行こう――たとえそれが、どんなに時間のかかることでも――と。