蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

ユールの祭日

リアクション公開中!

ユールの祭日
ユールの祭日 ユールの祭日 ユールの祭日

リアクション


●●● 優梨子の異常な熱情 または彼女は如何にして躊躇するのを止めて汚辱に塗れるようになったか

この日の戦いには奇妙奇天烈なものが多々あったが、わけでも次の一戦は異常というほかない。

ペルシャ王 ダレイオス1世(ぺるしゃおう・だれいおすいっせい)は小倉珠代のパートナーであると知られているが、当の珠代はこの王にほとんどなんの関心も示さない。

ダレイオスの功績のうち、もっとも恐るべきは『帝国というものを発明した』という一事であろう。
ダレイオスは広大な版図を支配するため、帝国をいくつもの州に分割し、州ごとに総督を置いて管理させ、州と州とを道路網でつなぎ、自分の名代を送り込んで監督するという方式を編み出した。

ダレイオスがこの支配方式を生み出したのは、おおよそ2500年前のことだ。
これはシャンバラではなく、パラミタ全体に視線を移してみると、実に恐るべきことである。

パラミタ全体を見渡すと、同様の帝国制を取る国としてエリュシオン帝国がある。
するとエリュシオンの本当の歴史は2500年以下であるか(シャンバラの歴史は5千年だ!)、さもなくばエリュシオンの支配方式がダレイオスにより持ち出され、地球で使用されたということになる。

どちらが事実かは定かでないが、いずれにせよエリュシオン帝国にとってもっとも面白くない英霊はダレイオスであった。

この英霊に挑んだのは、空京大学の藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)であった。
その姿を見て、観客の多くは不快感を感じ、なかには嘔吐するものすらあった。
ただ居るだけであたりが薄暗くなり、その衣服からはひどい悪臭がし、周囲をわんわんと音を立てて毒虫が飛び交っていた。

珠代ですら
「ああっ……なんて卑しい姿なのかしら……!」
と漏らしたほどである。


珠代の布告を聞いて、優梨子の脳内には奇ッ怪な思考が展開されていった。

(ユールの祭は太陽再生儀礼……ペルシャのダレイオス1世さんの時代を考えますと…… ミスラ神! そう、太陽神にして契約の神ミスラです! ダレイオスさんがアフラ・マズダーを崇拝していたことは古代の石碑からも明らか。となれば珠代さんはこの太陽再生の儀式において自らの契約者たるダレイオスさんを賦活なさろうとしていらっしゃる! となればこの戦い、私は神話再演のために悪神ダエーワとなって対峙しなくては。ダレイオスさんは反乱に悩まされ、ドゥルジ(不義・偽り)を憎んでおいでであったとお聞きします以上、私は虚偽と死穢のダエーワ、ドゥルジを演じるべきでしょうね!)


そうして優梨子は暗黒の気を全身に纏い、ナラカの果実を口にして死者の穢れを帯びて、ここに立っている。

「ほう……娘よ、ダエーワの真似事をして英霊を気取るか。
 それで王と対等とでも思うか」

ダレイオスの名は正しくはダーラヤワウといい、『善の保持者』という意味となる。

対等などとは微塵も思っていない。
むしろ我と我が身を生贄に。
しかしそれを気取られてはならない。

「忌々しいアフラ・マズダーの飼い犬さん。
 さぁ、狼藉者の群れをいかがなさいます?
 治世を支える『王の道』は見せてくださらぬので?
 サトラップ制はいずこ?
 不死隊はお側にいらっしゃらぬのですか?」

優梨子はそう挑発する。
だが本当に挑発なのか?
優梨子はそのどれも疑ってはいない。
実際、見れるものなら見たかった。

ダレイオスはその髭をしばしさすると、やれやれという顔をした。

「そんなに見たいというのならば、存分に見せてやろうではないか。
 芝居の駄賃だ」

ダレイオスは槍を抜いて天に掲げる。

遠くから、規則正しい足音がした。
ガタガタという車輪の音と、馬のにおい。
カチンカチンという金属の音と、錆びた鉄のにおい。
どこの国の言葉ともしれぬ、異国の声。


ペルシャ帝国最強の軍勢、『不死隊(アタナトイ)』がその姿を現したのである。

定数1万名から構成されるこの軍がなぜ不死と呼ばれるかといえば、倒されたはしから充足され、常に定数を満たし続けたからである。

ペルシャは多数の民族を抱える多民族国家であり、不死隊もまたさまざまな民族の兵から成った。
ゆえにその武装はさまざまで、統一感はなかった。
鉄のよろいかぶとをみにつけたものもいれば、黄銅のものもいる。
木や革で身を覆うものもいた。
厚手の布のものもいれば、むき出しの肌に刺青を入れたものもあった。

槍や斧を手にした兵士の後ろには、弓矢を手にした兵士が控えている。
兵士と並んで騎馬もおり、古代の戦車や馬車も随伴しているではないか。
戦車には鎌までついている。鎌戦車を見ることなど二度とないかもしれない。

そればかりか、あの巨獣はなんだ。
象だ。戦象だ。そんなものですら、引き連れているのか。

まさしく、古代のありとあらゆる戦士の見本市であった。


ダレイオスの横には、リンゴの装飾がついた杖を手にした親衛隊が控える。
『不死隊』は一言も発せず、ただ粛々と押し寄せてきた。

びゅうびゅうと飛んでくる矢を、優梨子はさっと避ける。
取り囲むように無数の槍が繰り出されるが、音を立てて倒れたのは槍兵たち。
優梨子の無光剣がアタナトイの喉首をかっさばいたのだ。

にも関わらず、彼らはまったく動じる気配がない。
穢らわしくもおぞましいダエーワの化身に向かって、ただ押しつぶそうと迫るのだ。
戦車の取り付けられた鎌が優梨子の足を狙って走り抜ける。
巨象の上から無数の矢が降り注ぎ、その足は優梨子を踏み潰さんとする。
そのたびに優梨子は身をねじって、戦車の御者を斬り伏せ、象の足に刃を突き立てる。

ただ一人の少女を取り囲む数千の兵士という凄絶な情景だ。
しかし少女は卑しい怪物であり、王と兵士はあまりにも神々しい。
観衆は『王が勝つのが正しいこと』と感じていた。
そしてそれこそが優梨子の目指すところであった。

ついに兵士の槍の穂先が優梨子を捕らえ、あとは続けざまだった。
雪崩のような攻撃を受けて、悪神を模した演者は舞台から消え去ったのだ。

それと同時に、兵士たちもいずこかへと去っていく。
栄光の時代に戻っていったのであろうか……。


戦場の片隅に、無残な優梨子の姿があった。
珠代は客席を立つと、自分のパートナーであるダレイオスには目もくれず、優梨子に向かった。
観客の大部分は勝者のダレイオスに目を向けていたので、ここから先に起こったことを知るものはあまりない。

珠代は優梨子の隣に立つと、つま先で踏みつけたのである。
「さあ、答えてちょうだい! 今のあなたは何? 何なのかしら?」
「私は……卑しい虫ケラにございます……」
珠代と優梨子は満足気な笑みを浮かべたが、これは見たものを心胆寒からしめるものだった。