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忘新年会ライフ

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忘新年会ライフ

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「少し頭冷やそうか……」
 土下座するセルシウスの前で、椅子を回転させたのは、裏方で店内事務全般を取り仕切っていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。
「すまない……私としたことが、不覚にも浮かれてしまった事を詫びよう……」
「や……盛り上げるのはいいんだけど、節度ってものがあるでしょう?」
 コンコンコンッと指で机を叩くルカルカ。
 蒼木屋の経営マネージャーとして、店の奥でひたすら事務仕事を行なっていたルカルカ。彼女の机の上には、ステージの演奏用意の手伝いや機材の貸し出しの書類、店の食材の在庫チェックリスト、店員のシフト表等が綺麗に積み上げられている。
「ルカ、今後のために怒るのもいいが、話を先に進めたらどうだ?」
 壁にもたれかかり腕組みをしていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、セルシウスに助け舟を出す。
「そうね。……と、ちょっと待って。電話だわ」
 ルカルカが自分の携帯を取り出す。因みに、その待受け画面は修学旅行で行ったギリシャの写真で、なななやダリル達とパルテノン神殿をバックに優雅にお茶を飲む彼女が映っている。
「はい……ああ、アコ。うん、銀行回って、今から戻るのね? はーい、それじゃ気をつけて」
 ピッと携帯を切ったルカルカがセルシウスに向き直る。
「それじゃ、蜂蜜酒ハニーキャンペーン関係の話をするわね」
「キャンペーンだと?」
「そ。『うまい! もう一杯蜂蜜酒』としてキャンペーン展開をするのよ」
 ルカルカが提案したのは、各店員作のローカロリーなツマミの注文数上位三つを新規メニューとして採用し表彰すること(結果はオーナーへ連絡)。また、それらを撮影し店内POPと専用メニューをテーブルに配布する、という内容であった。
「他にも、食品サンプルを発注、店内掲示したいところだったんだけど……」
 ルカルカの言葉をダリルが続ける。
「生憎、時期が年末年始だからな。今、発注したとしてサンプルが仕上がるのは正月休み明けになるからな。少し考えるつもりだ」
「その代わり、今地下ダンジョンに潜っている人には、攻略の証拠と引き換えにミニグラスで一杯サービスするつもりよ」
「ほう、色々考えているのだな! ありがたい」
「両国の友好は望ましいし、俺も帝国の事を知りたいしな。ああ、コレを持っておくといいだろう」
「コレは?」
「その携帯をあげるわ。これで情報リテラシーもばっちりよ♪」
 セルシウスがダリルから携帯電話を受け取る。
「む……しかし、私には」
「持っていて損はないさ。キャンペーンの連絡等にも必要だからな」
「いや……使い方がわからないのだ」
 困惑した表情を見せるセルシウスにダリルが笑う。
「問題ない、俺が通話とメールと写メの簡単なやり方を丁寧に手ほどきするし……俺が居ない時はこのチャートを見れば良いだろう」
 ダリルは、ペラ紙一枚に図で纏めた簡単操作を示したチャート渡す。
「おお! これなら私にも使えそうだな!」
「ああ、普通に使う分には、あの分厚い取説は読む必要は無い。何より苦手意識を持ってしまう。それと、これは、先日のギリシャ旅行の土産だ」
 セルシウスがダリルから、ギリシャの建築や歴史書等を貰って驚く。
「おお! こ、これは!!」
「携帯の初期登録は既にダリルが済ませておいたし、ルカや目ぼしい人の番号は入れてあるから、気軽にかけてよね」
「この書物も、携帯とやらも是非活用させて頂こう! む、早速『めいる』というのが届いているな」
「俺が送ったヤツだな。メールに写メを添付して送っておいた」
 人生初の携帯を持って喜ぶセルシウスに、ダリルが、写メのデモとして撮影していたツマミを見せたり、それを事務室のパソコンに取り込み、店内ポスターやメニューにデジタル化し印刷しラミ加工する様を見せていると、ドアが開いて菊と卑弥呼がやって来る。
「あぁ、女将ってシンドイよ。毎回お客のお見送りとかご挨拶とか……あたいの体は一つしかないんだよ」
 肩をゴキッと鳴らす卑弥呼に、菊が笑う。
「悪い噂が立って一年経たずに閉店とかは勘弁だろう? 評判を高めてこの界隈で不動の地位を築かねぇとさ!」
「あ、女将。お疲れ様」
「ええ、ルカルカ。……と、そこのおぬし。頭は冷やしたか?」
 菊からセルシウスの一部始終を聞いていた女将の卑弥呼が、少し冷たい視線を投げる。
「ふ……愚問を。既に冷えすぎているわ!!」
「そら、そうだろ。いくら店内に暖房がかかっているとはいえパンツ一丁は風邪引くしやめた方がいいんじゃねぇの?」
 菊がラルク達に脱がされたセルシウスのトーガを投げてやる。
「そうだな……確かにこの姿では広告や宣伝も出来ん」
 イソイソとトーガを着るセルシウスに、「あ!」と短く声をあげた菊が詰め寄る。
「ところで『年末年始食べ飲み放題プラン!』だが、2時間や3時間のコースに設定してるよな?」
「……時間?」
「当たり前だろ!? エンドレスで飲み食いされた日にゃ、どんな店だって傾く!」
「ぬぅ……」
 二人を横目に、卑弥呼と手早くスケジューリングの確認を行っていたルカルカが口を挟む。
「大丈夫よ、菊。その辺は抜かりなく2時間コース、飲み放題は終了20分前まで、ってちゃんと書いておいたから」
「そっか、なら、いいや」
「よし! これでまた私も蜂蜜酒を売れるぞ!」
 トーガを着終えたセルシウスが店へと再度出ていこうとすると、菊が再び彼を呼び止める。
「ところで、セルシウス。その額の絆創膏は何だ? ついに邪眼でも移植したのか?」
「……名誉の負傷だ」
「ま、首が取れるよかぁマシだわな」
「首? そう言えば貴公は、セリヌンティウス殿の首を持っていた気が……」
 セルシウスはかつて菊に見せられた首を思い出す。
「あの首は、最後に師匠に合わせてやるべきじゃないかってのと、師匠と弟子で積もる話もあるだろうと思って、奈落にいる彼の師匠である龍騎士団総団長ケクロプスの元へ届けたよ」
「ケクロプス殿に!? ……しかしケクロプス殿は、既に……」
「そ。奈落の底のケクロプスの霊魂の傍に置いてきたって事だ」
 菊は、ケクロプスの葬儀の様子も含めてセルシウスには話してやる。
「……そうか。あまり龍騎士団とは面識がないが、いちエリュシオン帝国の者として、貴公に感謝しよう」
 パンパンッと手を打った卑弥呼が一同に呼びかける。
「はいはい! ちょーっと、あたいの話を聞いてよ。今後のスケジュールの事なんだけど。ルカルカ?」
「うん、今、携帯に更新したスケジュール表を送ったから、見てね」
 ダリルと菊が携帯を素早く手に取る。
 その日のスケジュールはホワイトボードかA全紙に書いて張り出されていたので、セルシウスはコレを見つめるが、「更新されたので、それは無意味だ」とダリルが彼に助言を与え、携帯を見る事にした。
「予約の時間割り、店員のシフト&休憩ローテ。飛入りの客が予約時間に被らないように注意してよ!」
「卑弥呼、更新した理由は何だ?」
 ダリルが予約のコマとコマの間に新たに加わった10分間を見つめる。
「あたいがうっかりしてた。宴会予約の間に片付けの時間を設け忘れてたんだ。これがないと、てんてこ舞いが更に酷いことになりかねないだろう?」
「10分もいるのか?」
「厨房で食器を洗う係の者が腹痛で休みなんだ。いくら自動食器洗い機があるとはいえ、配膳や掃除を考えると5分じゃ回らないよ」
「今、ホールに出ている子達にも携帯で送っておいたよ。……卑弥呼? この最後の時間が全て予約・新規来店不可になっているのって、どうしてなの?」
「大型予約が3件入ってるんだよ。3つ併せると建物貸切状態だもん」
「ふーん。そうなんだ……ん? また電話?」
 ルカルカが鳴っている彼女の携帯を取り出す。
「あたしが言ってた店員のご飯を試食会に利用して、みんなで持ち寄った案を吟味するってのは、その最後の時にやるのか?」
 卑弥呼が菊に頷き、そっと耳打ちする。
「そうよ、菊。まだ秘密だけど、最後はお店で働いてくれた人の打ち上げをするつもり。勿論、今まで働いていた皆が休むんだから、あたいが接客。菊が厨房に分かれてね?」
「ハハッ、最後が一番シンドそうだね。でも試食会はみんな味の好みがばらばらだろうから、7〜8割の客に受ける味付けが判るかな?」
「『当店の店員が選んだ』って言った方が、お客も興味を持つんじゃない?」
「よーし、じゃあ最後の打ち上げを楽しみにもう一丁張り切るか!」
 その時、ドアをコンコンと叩き、警備員のエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)がやって来る。
「失礼します。蜂蜜酒を求めてやって来たら、こちらだと聞きましたので……」
「む! 蜂蜜酒か! 良い心がけだ!!」
 エルデネストは「コックピットで頂くので、小瓶に分けて欲しい」と言い、セルシウスがダリルから渡された小瓶に蜂蜜酒を注いでいると、
「ええッ!? アコ、それ、本当なの!?」
 ガタンッと椅子から立ち上がったルカルカの悲鳴が響く。
「何事だ? ルカ?」
 只ならぬ様子にダリルが尋ねる。
「うん……うん……わかった、直ぐにそっちに回して貰うから……って、あ、切れた……」
 携帯を下ろしたルカルカがダリルに向き直り、
「問題発生」
「のようだな。あの電波少尉か?」
「ううん。そっちも気になるけど違う。アコのエアカーが襲われてるんだって、巨獣に」
「荒野だからな……」
 ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)は、前日の売上げ金を銀行に預金しに行くと同時に、追加食材を買い込んで荒野をエアカーで移動中だと話すルカルカ。その話を聞いていたエルデネストが言う。
「どうやら、グラキエス様の出番のようですね」
「エルデネスト、お願いできる?」
「そのために、私達は警備員として働いています。では、戻ってグラキエス様にお伝えしますよ」
 一礼したエルデネストが、蜂蜜酒の小瓶を持って事務室から出ていく。
「あ、ちょっと待って!」
「はい?」
「ついでに聞くけど、なななは大丈夫?」
 エルデネストは少し考えた後振り返り、妖艶に微笑む。
「いつも通りですよ」
「……了解」