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 一方、こちらは蒼木屋から徒歩1分もかからない場所にあるプレハブで作られた小さな警備員達の小屋。
 アルミ製の引き戸の傍には、『関係者以外立入禁止』の簡素な表札がある以外は、いたって普通な作りであり、窓からは中の光が漏れている。
「はーい。お待ちどうさまー!」
「早く食べないと伸びちゃうよー!」
 桐生 理知(きりゅう・りち)北月 智緒(きげつ・ちお)が丼を載せたお盆を持って、キッチンと繋がった詰所のスペースへやって来る。
「理知? それは……?」
 シフト間の休憩をしていた辻永 翔(つじなが・しょう)が、テーブルでみかんを剥く手を止める。
「年越し蕎麦だよ、翔くん。はい、どうぞ?」
「年越し蕎麦……?」
「そなた、まさか知らんのか?」
 『ヒャッハーしてはいけないパラ実24時』というテレビを見ていたアリサ・ダリン(ありさ・だりん)が翔を疑いの目で見つめる。
「し、知ってるぜ! ただ、今日が大晦日だってことを忘れてただけだ!」
「いや、翔。どちらも問題あるだろう」
「うあ!? ……って唯斗か、驚かすなよな」
 音もなくドアを開けて現れたのは、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)である。
「あ、唯斗お帰りー! 見回りご苦労様。どうだった?」
「特に変わった様子は無かったな……グラキエス達のシュバルツが飛んでいった以外は」
 智緒に軽く手を挙げ、挨拶する唯斗。
「エクスは? 一緒じゃないのか?」
 翔がエクスの姿を探すと、唯斗が苦笑する。
「イコンでお留守番だ。何かあった時のために待機させてある。それと……」
「それと……?」
「俺がいると気が散るらしい」
「じゃ、唯斗もお蕎麦食べてく?」
 理知に質問された唯斗は、一瞬頭にエクスの事を考えた後……「頂きます」と答える。
 アリサが二人の会話を聞きつつ、テレビに向き直る。画面の中では、「アウト」の声と共に、赤いモヒカンの男が釘バットで尻を叩かれるというハードな展開が繰り広げられていた。
「……クスリ」
「アリサ、今笑った?」
「笑ってない」

 その頃、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は、サブパイロットを務める絶影の中にいた。哨戒活動を行った範囲等を、後に店側に提出するためのレポートにまとめていたのだ。
「まったく、こんな年の瀬まで人様の為とは呆れるわ。唯斗らしいといえばらしいのだがな……家に帰ってから睡蓮達に文句言われても知らんからな!」
 家事万能で紫月家の要であるエクスは、文句をブツクサ言いつつも、今年の大晦日を彼女なりに楽しんでいた。理由は幾つかあるが、どうやら家の大掃除やおせち料理の下ごしらえをバイト前に片付けて来た事が大きいらしい。
「ま、荒野の大掃除と言うのも良いだろうな」
 キーを叩きつつ歌を口ずさむエクス。何故か、彼女のシートの傍には、『野生クッキング大図鑑』という絶影には不似合いな書物が置かれている。
「ん?」
 コクピットのモニターに絶影の足元を移動する人影が映る。
「トーガの男……トロールではないし、わらわには関係ないな……」

「美味い!」
 蕎麦をすする翔が声をあげ、隣に座っていた理知が笑う。
「私と智緒が昼間買っておいたんだ。今日打ったお蕎麦なんだって」
「へぇ。でも理知もモノ好きだよな?」
「え? 何で?」
「だって、大晦日にこんなとこで警備員してるんだぜ? 普通大晦日は家族とか友達とかと遊んだりしないか?」
 翔に尋ねられた理知が、一本三つ編みにした黒髪を触りモジモジする。
「(だって、翔くんが警備員のバイトするって聞いたから、私も……て)」
 翔と理知を智緒が「ふぅん……」と見比べる。
「(智緒は、理知がバイトするって聞いた時から、翔と一緒だなってすぐ分かったよ。バレバレなんだから)」
「アリサ、七味を取ってくれるか」
「そなた。まだかけるのか?」
 アリサが不思議そうな顔をして唯斗に七味の瓶を渡す。見ると、唯斗の丼はもう蕎麦は僅かになっている。
「ああ。七味唐辛子を蕎麦にたっぷりかけて食べておくと、胃がおかしくなって腹持ちがよくなるんだ」
「……どこの麻雀放浪記だ、そなたは?」
「忍者の知恵と言って欲しいな」
 唯斗は素早く七味をたっぷりかけた蕎麦を胃袋に収めると、
「翔、俺は絶影で待機する。何かあったらすぐ呼べよ」
 そう言い残し、小屋を去っていく。
「忙しいな、唯斗も」
 翔が蕎麦のツユをすすりながら、片手を挙げて返事する。
「そう言えば、今回のお仕事って、蜂蜜酒を狙うモンスターから守るって事だよね?」
 蕎麦を食べ終えた理知が翔に向き直る。
「だな。狙われやすいものを販売するって、どういう事なんだろうな?」
 翔が器を片付けようと立ち上がった時、ガララッと扉が開く。
「警備員の諸君!! 滋養強壮にも良い蜂蜜酒はいらないか!!」
 蜂蜜酒の瓶を抱えたセルシウスが白い息を吐きながら、笑顔で売り込みにやって来る。
「未成年に酒売る気か?」
「智緒は飲めるけどね」
「え?」
 予想外の方面からの言葉に、翔が智緒を振り返る。
「冒険の先にも後にも蜂蜜酒の効能は良いぞ! ……ぬ!?」
 セルシウスの体が宙に浮く。
「な、何だ!?」
 セルシウスが振り返ると、肩にロイヤルガードエンブレムが描かれた金色のグラディウスがセルシウスのトーガを摘んでいる。
「やっほー! お久しぶり、セルシウスさん!」
 外部スピーカーから元気な少女の声が聞こえる。
「美羽ちゃんのグラディウス! 戻ってきたんだ!」
 表に出た理知がセルシウスを指で器用に摘んで着地するイコンを見上げる。
「理知ちゃん、翔くん。ちょっとセルシウスさん借りていくねー? アリサちゃんも良かったら来てくれないかな?」
「何をする気だ?」
「お勉強」
「あ!」
 翔が理知の後ろで短く悲鳴をあげる。
「ど、どうしたの? 翔くん?」
 テーブルで頭を抱える翔が溜息をつく。
「俺、冬休みの宿題全然やってない……」