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第四章:金鋭峰、決着する。


「ただいまより、山場建設定時取締役会を始めます」
 ついに……。
 金ちゃんたちがこの会社にやってきて一ヶ月。定時取締役会の時がやってきた。
 役員会議室には、楕円形の卓の前にすでに25人の取締役が早くから集まっており、固唾を呑んでその時を待っていた。いや、監査役も取締役として数えられるため、後からやってきた藤原 時平(ふじわらの・ときひら)も加えると26人だ。そして、
「筆頭株主として会議の行方を見守らせていただきますぅ」
 サオリ・ナガオ(さおり・ながお)が会議の邪魔にならぬよう部屋の片隅に椅子を置き、腰掛ける。
 取締役会は、始まる前から緊迫した空気が漂っていた。大石社長が、山場会長の解任動議を提出するのだ。すでに役員会を前に、大石の手によって他の役員たちに根回しも恫喝も行き届いていた。勢力的に賛成多数で可決されるのはまず間違いない。解任動議に反対する者は、設楽専務くらいだろう。
「くっくっく……」
 大石社長はすでに薄ら笑いを浮かべている。やっと山場会長を追い出してこの会社が自分の者になるのだ。
「では、本日の議題でありますが……」
 議長を務める生真面目そうな幹部社員が、手元の資料を元に読み上げようとする。 
 と。
「一般議案に移る前に、もう先にやってしまおう」
 大石社長は、会議室を見回しながら言った。
「設楽専務の辞任の承認もそうだが、その前に緊急動議を提出する。代表取締役会長、山場惣之助の解任についてだ」
 さっそく来た……! 
 全員が息を呑む。
 山場会長も設楽専務も落ち着いたものだった。余裕というより成り行きに任せようという自然体だ。それを見ながら、時平は言う。
「採決の公正を期すため、これからの議長は監査役の麿が引き受けるでおじゃる。従って麿は決を投じぬ」
 これについては特に異論はなかった。
「では、大石社長の緊急動議、山場会長の解任に賛成の方……立つでおじゃる」
 し〜ん。と会議室は静まり返る。
「……」 
 がたり、とまず大石本人が立ち上がった。そして会議室を見つめまわして言う。
「さあ、みんな立ちたまえ。23対2で圧勝だ」
 その声に、役員たちはみなの顔色を伺いながら、恐る恐る立ちかけて……。
「私は、会長の解任に反対だ」
 不意に、座ったまま声を上げたのは、大石派の一人と数えられていた山場建設常務、田辺 幸三(たなべ こうぞう:フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと))であった。
「な……! 田辺、きさま、裏切る気か……!」
 大石は目を丸くした。
「きさまがいままで常務でいられたのは、誰のおかげだと思ってるんだ!? ここで逆らったら、きさまなど、あっというまにクビだぞ! 同時にきさまの解任動議も提出してやる!」
「大石社長、確かにそうだ……。私は……なにもしてこなかった。役員会で黙って社長の“一票”になることだけで自分の身を守ってきた……だが……ここで会長を裏切ってまで私は常務でありたくない……」
 他の役員たちが、立ったような座ったような中腰のまま田辺を見つめている。どの顔も迷っているようだった。
「私が何故反対するか、この場にいる皆さんは分かっている筈……今日まで裏切りを重ねてきたが、山場の産みの親を殺す事はできない……」
 時に感謝され、時に蔑まれ、社員達と共に働いてきたこの会社を裏切ることはできない……。
 田辺は、今日の役員会を前に家族と話し合い、了解も取ってきていた。これまでこの会社で積み上げてきたもの……失うのは恐ろしい……。子供もいるし、家のローンもまだ残っている……。
 だが、家族は「あなたの正しいと思うことをしてくればいい」と送り出してくれたのだ。   
 そんな田辺の言葉を、山場会長はただ黙って噛み締めるように聞いていた。
「……ふん、ばかめ。いい年して感情論で仕事をやるのか、きさまは!」
 大石は怒鳴りながらも、呆れた様子で田辺の元まで近寄ってきた。肩に手を置き、急に猫なで声になって、大石は言う。
「いや、言い過ぎたよ田辺君。君は本来ならまだこの会社にいることのできる人間だ。私も期待している。一緒に会社を大きくしていこう……だから、な……?」
 田辺はそんな言葉には答えず、他の役員の顔を見回す。
「皆さんにも守るべき部下や家族がいるだろう……。私に賛同せずとも結構だ。せめて、あなた方が思っていても口にできない事をこの男に言わせて貰う……」
 田辺は、いきなり大石の顔を殴る。
「げすが!」
「……きっさまぁ……!」
「とにかく会長の解任には反対だ。あとは煮るなり焼くなり好きにしろ……」
「いいだろう! くびだ! くび、くびっ! お前らもだ!」
 大石は役員たちを睨みまわす。
「早く立て! くびになりたいのか!?」
「……」
 何人かが立った。だが……残りの役員たちは、中腰のままビクビクと周りの顔色を伺いながら立つか座るか決めかねているようだった。
「本当にそれでいいんですか?」
 バーンと役員室の扉を開けて、事務OLの七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が入ってくる。その後ろには、十人ほどの社員たち。全員、いいたいことがあるような顔つきだった。
「あ、あのすいません。来てはいけないことくらいわかってるんですけど、どうしても言っておきたいことがあって……」
 そんな歩に大石は当然のごとく。
「出て行け! 今は会議中だ。一般社員の入ってきていい場所じゃないぞ。まったく、役員フロアの警備は何をしているんだ!?」
「まあ、いいではないか、大石社長。時間はたっぷりあるんだ。たまには社員の言葉に耳を傾けてもいいだろう」
 ようやく山場会長が口を開く。
「それとも、そんなに怖いのかね?」
「ぐっ……」
 とうなる大石。
 実のところ、会長秘書はルカルカだし、社長秘書はレオや祥子だ。彼女らが通してくれたのだが、それはさておき。
「私、別に会長派でも社長派でもありません。ただの事務員です。でも、『長いものには巻かれろ』で本当にいいのかな、って……」
 恐る恐る歩は言う。
「どういうことかね?」
 と山場会長。
「確かに、会長が辞めたらこの会社がもっと酷くなることも、それじゃだめだってことも、役員の方々は本当は知ってるんじゃないかなぁ……って思います。でも……じゃあ、会長が一番えらいままで、みんながそれにただ従っているだけっていうのも、結局大石社長体制とかわらないんじゃないかな……って」
 歩は、社内を仕事している傍ら、大石のいい噂も悪い噂も両方聞いてきた。山場会長が残り、大石社長が去れば、山場建設はきっとシャンバラの味方をしてくれるだろう。それはパラミタから来た人たちにとっても嬉しい結果なのだろう。でも……、この会社の人たちはそれを望んでいるのだろうか、とかふと思ったのだ。
「すごい変なこと言ってるのは分かってるんですけど、本当に皆さんはそれで良いんですか? 誰かが何か言ったからって、自分の想いを殺して、それで自分の意思じゃないからって言い訳してて。……あたしも争うのは嫌いです。自分が我慢して、それで済むならってこともしょっちゅうです。でも、自分が絶対ダメだって思うことには反対してます。だって、そうじゃなきゃ『争いを嫌いって思ってるあたしが、争いの加担をしちゃう』ことだってあるんですから。……だから、立つなら立つ、座るなら座るで、自分の意思で決断してほしいんです」
「どうだね、諸君」
 山場会長は、役員たちを見回す。
「今の君たちの中で、これだけのことを言える者が何人いるかね……? ……私は、誰が立って誰が座ってもなんとも思わん。自分の意思で決心したまえ」
 ともにやってきた現状に不満を抱く社員たちの心とともに、歩は言う。
「皆さんにとっても譲れないことってあると思うんです。それを教えてもらえませんか?」
「……」
 し〜んと静まり返る会議室。
 やがて。 
 がたがたっと椅子を揺する音がして、中腰だった何人かが座った。
「……よく言ってくれたよ、田辺常務。私も同感だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。これは、自分の意思だ」
 一方。
「いいや、山場会長はもう限界だ。悪いことは言わない、引退したほうがいい」
 そんな本心から立つものもいる。
 そして……。
「意外なことでおじゃるな、大石社長。7対18で解任動議は否決されたでおじゃる……」
 結果を眺めて時平は決を宣言する。
「ふん……、山場会長め、悪運の強い……さらに一ヶ月寿命が延びただけだ。来月また解任動議を出してやる。その時には終わりだ」
 大石はもうこの議題には触れたくないとばかりに忌々しげに吐き捨てる。
「反対した奴らも覚えていろよ。全員粛清してやる」
「どうでありゃんしょか……、社長は来月の役員会には出席できない予感がするでおじゃる」
 時平はニヤリと笑って。
「麿もそろそろ監査役としての仕事をするでおじゃるよ」
「……何を言っている?」
「入るでおじゃるよ」
 その時平の言葉とともに、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)資料を持った部屋に入ってきた。
 いよいよのお出ましだ。
「監察課のクローラ・テレスコピウムだ。大石社長……お初にお目にかかる、そして……これで最後だ」
 クローラは社内の不正や適切な事務を内部規制する部署に配属されて、ずっと調べものをしてきたのだ。彼が来るまでは、監査課など有名無実化しており機能していなかった。大石の息がかかっていて、誰も真剣に不正の調査に乗り出さなかったのだ。が、まあここではそんな怠慢な社員の態度を責めるつもりはクローラにはなかった。彼らの目的は山場建設の綱紀粛正ではなく、鏖殺寺院とつながった大石の不正を暴き犯罪を裁くことなのだから。
 彼はこれまで調べた不正の証拠が入った封筒や、調査書類をドサドサとテーブルの上に置いた。
「大石権造。不正な経理操作による脱税、横領等の法人税法違反。政治献金による、政治資金規正法違反。テロ教唆による器物破損、殺傷、そして何よりテロ犯と共謀しての国家反逆罪。暴力団を使った暴力団新法抵触。凶器準備集合罪、銃刀法違反。すべて告発する」
「……なんだと?」
「特に国家反逆罪が適用されると重いぞ」
「くくく……」
 大石は不気味な笑いを洩らす。
「正義の味方、か! 正しいことがいつも正しいとは限らない。その若さ、大切にすることだ……」
「そういう戯言は聞き飽きている。ここに全ての証拠がある。言い逃れは出来ない、観念しろ」
 クローラがせめてもの情けと大石にヒプノシスをかけようとしたとき、アコとダリルと淵とともに、平等院鳳凰堂レオがようやくやってくる。
「くくく……優しくそして誠実だね、クローラ。役員たちの見ている前で無様に叩き伏せたり手錠をかけさせたりしない心遣い、しみいるね。だが、そんなもの悪人どもには無用だよ!」
 レオは大石を張り飛ばすと、とても優しい笑顔で胸倉を掴み彼に謝った。
「ごめんな、社長。根回し頼まれていたのに、忘れちゃった……ていうか、やる気ゼロだったし、てへっ。あ……根回しのために渡されたお金は警察に届けておいたから」
「き……きさま……!」
「土壇場で信頼していた者に裏切られるって気持ちいいだろ? 今までお仕事お疲れ様。あとは檻の中でゆっくりと余生でも過ごしな」
 さらには。
「大石だけじゃない。そこのあんたと、そっちのバーコードと、向こうのチョビヒゲ、あと、逃げそうになっている小太り。まとめて同罪だ。証拠もある、一緒に来い……」
 アコとダリルと淵が、大石の腹心の子分の役員の襟首をひっつかんで連れてくる。大石の一派を徹底的に全滅させるのが、彼の目的だ。
「にょほほほ……! こうしておると、昔、道真を讒訴して大宰府に左遷した時の事を思い出すでおじゃる」
 時平が懐かしむように笑みを浮かべた。
「皆様、お騒がせして申し訳ありません。あとは……ゆっくりとお続けください」
 アコがぺこりとお辞儀をしてから山場会長を見やる。
「ルカともどもお世話になりました、会長。お身体お大事に。お仕事、頑張ってください……」
「おお……帰るのか……こちらこそ、いままでありがとう……」
 山場はとても寂しそうな眼でアコたちを見た。
「残って……いかんか? たった今、社長の座が空いてな……できれば金ちゃんに、と考えておったんだが、いや……私も辞めていい。会長兼社長の座に……」
 淵も最後の笑顔を見せる。
「すまない。彼等はシャンバラの国防に人生をかけておるのだ。何かあったら呼んでくれれば来るゆえ」
 それだけ言うと、彼らは大石一派をしょっ引き、部屋から出ていく。
「……みなさま、お疲れ様でしたぁ。では、空いた社長の座について決議しましょうか……」
 サオリが続けた。
「あ、そうそう、ひとつ言い忘れてたんだけど……」
 部屋を出たレオは大石の襟首を引っ張ったまま言う。
「僕は正義の味方じゃない。ただの悪の敵さ」
 クローラも、一礼して退去する。後ほど報告書にまとめて団長に提出すれば任務は完了だった。 
 忘れていたが、大石ジュニアの大石慎一郎は、一足先に捕まっている。彼は社内の不正はそれほど大きくなかったが、寺院のイコンに関するデータを管理していた。日本の警察よりも、パラミタへの護送だろう。あとは向こうに司直の判断に任せるとする。そしてそれは、また別の話だ。
「……」
 と……。
 レオとクローラに連行され社外へと出ようとしていた大石は一度だけ立ち止まった。
 その視線の先には、一人の少女の姿が映っている。
「これがあんたが虫けらのように扱った連中の力だ。オレはあんたがバラ撒いた小石を取り除いたに過ぎない」
 瓜生ナオ実、本名、大石ナオ実は言う。
「……ナオ実」
「さよなら、お父さん……」
 それだけ言うと、ナオ実は去っていく。振り返ることはなかった。
「……」
 大石は一つ頷くとまたレオたちに連れられて歩き出す。
 もちろん、山場建設の前には、数台のパトカーと黒塗りのセダンが止まっていた。悪はやはり滅びるのだ。中から厳めしい男たちが下りてくる。
「東京地検特捜部並びに埼玉県警の者だ(罪状略)の容疑で逮捕する」
「お疲れ様です」
 クローラが敬礼すると、向こうも敬礼してくる。
「ご協力感謝します。……それから、金鋭峰さんによろしくお伝えください。では……」
 罪人たちは行ってしまった。これで掃除は完了したのだ。
「さて……、帰るか……」
 クローラはくるりと身をひるがえす。



 一方……。
「本当にいいのだな、幹事長」
 議員会館の前で、金ちゃんは大田黒幹事長に聞く。
 本物の巨悪は大石なんかじゃない。それと手を組んでいた悪徳政治家、腹黒汚職之介はそれ以上だ。鏖殺寺院の拠点を提供しようとしていた人物こそが滅ぶべきだろう。
 それとお供して、ルカルカが証拠書類を持って控えている。
「構わない。この際、日本の癌を一気に葬り去りたいところだ。……それから、私のことは、クロさんと呼んでくれればいい」
「わかった、クロさん。私も金ちゃんと呼んでくれ」
 クロさん金ちゃんが握手を交わすと、議員会館に踏み込む。日本の警察では立ち入ることのできない聖域と言っていい場所。
 金ちゃんは、扉をバーンと開くと中にいた数人の男たちを指さす。
「美羽、あのヅラども連れて来い。日本政府公認だ。抵抗するならば、ある程度の実力行使は構わん」
【正義の西シャンバラ・ロイヤルガード】小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、金ちゃんを前に緊張の面持ちで頷くと、表情をきりりと引締め、ばば〜んと踏み込む。
「腹黒汚職之介! とその取り巻き! 何か知らないけど、逮捕する!」
「な、なんだ貴様はここをどこだと思っておる!」
「知らないわ! そちらこそ、このお方をどなたと心得る! 恐れ多くもシャンバラ国軍総司令官の金鋭峰団長よ!」
「ええい、警備員こいつらをつまみだ……ぎゃあああっっ!?」
 パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン……。美羽は相手が泣いてひれ伏すまで機械のようにビンタを続ける。やがて……。
「ひいいいっっ、おおんっっ、おうltぅlれdぇいさえrぁ……」
 美羽は泣きながら気絶した腹黒汚職之介をひっ捕まえてくる。
「団長、連れてきました」
「美羽……それはヅラそのものだ」
「こっちが本体じゃないんですか!?」
「向こうのもまとめて本体だ。一緒に連れてくるように。あと……もうじき検察が来るから、ヅラだけじゃなくそっちの図体もまとめて渡すように」
「はい、団長、お疲れ様でしたっ!」
「私は先に帰る……寄って行きたいところがあるのでな……ルカルカ、君も来るか?」
「……結構です。団長……少し見損ないました……」
「団長ではない、金ちゃんだ」
 そういうと、彼はクロさんと共に肩を組んで、迎えに来ていた高級クラブ「飛鳥〜Asuka〜」のママ、真田未鈴(さなだみすず:師王 アスカ(しおう・あすか))の元へと寄って行く。
「日本最後の夜だ……飲み明かそう……」
「行きましょう〜、クロさん・金ちゃん♪」
 彼らは銀座へと消えていった……。
「サイッテー」
 ルカルカは身を翻す。
 かくして、日本における金ちゃんのサラリーマン生活は終わった……。