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第七章:復活と混乱と……
「はぁ……私としたことが……最後の最後で」
 鳳明によるマッサージの途中で眠ってしまった衿栖は、スタッフにより起こされていた。そこに彼女に向けて差し出される一枚のカンペ。
「え? 最後じゃない? 緊急企画!?」
 衿栖が驚きつつ、カンペを読み上げる。
「えっと……若松未散プロデュースのバラエティー企画! 通称『若P』はじまります……て、未散さんて確か……」
 衿栖が覚えているのは、控え室に立てこもっていたブレークンハートな相方であった。
「……え? もうスタンバイしてるんですか? ……じゃ、行きましょうか」
 咳払いを一つして、衿栖が営業用スマイルを見せる。
「はい! アシスタントの衿栖でーす! 未散さん、今日はどんな企画をやるんですか?」
 衿栖の呼びかけに、映像が切り替わると、そこにはサングラスをかけ、ピコピコハンマーを持った未散の姿があった。
「やって参りましたは混浴風呂! こんにちは、若松プロデュースです」
 因みに、未散の復活には紆余曲折があったのだが、ここでは割愛する。
「アイドルなら体をはれ!? ついでにスタッフも巻き込んじゃえ! ポロリを狙え!バスタオル剥ぎ取り合戦ー!」
 パチパチパチ。
「未散! 誰も入っていないのに、混浴とはどういう事だ!?」
 バスタオル姿の夜月 鴉(やづき・からす)が水面がボコボコ煮立つ湯を指し、抗議の声をあげる。
「せや! わて芸人でもご意見番でも弄られ役でも無いからな!? ……鴉、あんた本心めっちゃ楽しんどるやろ!?」
 鴉を見てそう言ったのは、同じくバスタオル姿の魏延 文長(ぎえん・ぶんちょう)である。
 それを無視して、コーナーを進める未散。
「えー、今回はリアクション芸人枠として鴉さんと文長さんにも起こし頂いております」
「誰がや!」
 文長が非情に良いタイミングで突っ込む。
「いや、リアクション芸人的に美味しい場面だから入っとけ」
 鴉も未散に賛同する。
「それにしても、灯台もと暗しとはまさにこの事! スパリゾートアトラスの中に、まさかの秘湯が存在するとは」
「ちゃう!! これ秘湯ちゃう!! さっき入り口で『熱湯につき立入禁止』てあったやろ!?」
「見てない」
「知らないな」
「あーーー!!」
 地団駄を踏む文長に、観客から笑いが起こる。
 二人を見ていた番組プロデューサーの統がダリルに呟く。
「あの二人、発見して正解だったな」
「どこで見つけてきたんだ? このコーナーにあそこまでジャストフィットする人材を」
「荒野で……巨大イノシシに背後から襲われながらも芸人根性でわざと転んだ文長を見つけて、これはプロデューサーとして数字と客の笑いが取れると、そう判断しただけだ。いや、ひょっとしたら、鴉が恥ずかし映像として【ティ=ホン】の録画機能で撮影しようとしていたのを勿体無いと、思ったのかもな」
「なるほど」
 ダリルが頷き、番組の進行に再度注目し始める。
 尚、この温泉は「混浴がない!?ならば作ってしまえ!」と、カルキノスとルカルカが【設備投資】で作ったものであったが、温度管理がうまくいかず一旦放棄されていたものであった。

 秘湯……秘湯という名の熱湯風呂を探す途中、荒野で統にスカウトされた鴉は燃えていた。
「(風呂といえば、リアクション芸……じゃなかったご意見番(弄られ役)にとって最高の舞台になるだろうし、ここはパートナーとして最大限に美味しい所を文長に持って行ってもらおう!)」
 楽しそうに文長を未散とイジる鴉。
 統とダリルはプロデューサーとして現場を見ていたのだが、近くでウェイターをしていた希鈴は別の事に気が付き、そっととある人物に近づいた。
「衿栖と未散は水着でレポーターですか。男性客の注目が凄いですね」
「ええ……」
 温和そうな黒髪の青年が心ここにあらずな声で頷く。
「ハルさん? どこを見ているのです?」
「ええ……」
「未散ですか?」
「ええ……え?」
 ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)が希鈴に慌てて向き直る。
「別に隠さなくてもいいでしょう、あんなにガン見していれば子供でも分かります」
「って希鈴さん!? 決してわたくしは未散くんの控えめな胸に釘付けになどなっていません!」
 その時、さっきからピコピコハンマーで文長に突っ込みを入れていた未散が、唸りを上げて全力で文長をドツキ、客から笑いが起こる。……偶然だろうか?
 希鈴はフッと笑い、ハルに続ける。
「いえ、分かっているからこそ聞いたのですよ」
「え?」
「男性が女性の姿を見てる時「どこを見てる?」と聞かれたら大抵ごまかす。僕の仮説が証明されたのでとても満足です」
 サディスティックな笑みを見せた希鈴は、オーダーの声に本来の仕事に戻っていく。
「わたくしは……希鈴さんに、騙された? ……いえ、ひょっとしたら既にこの想いは色に出てしまっているのかもしれませんね……」
 ハルは溜息をつく。こんな時、思い出されるのは、かつて彼がこっそり恋愛相談をしたトーガ姿の男である。しかし、彼は荒野で踏み潰された、との噂を聞いていた。
 ハルが物思いにふける間に、リアクション芸人はピンチを迎えていた。
「待て待て待て! あんた、押しすぎや、わてが落ちてまうやろ!?」
 鴉が文長を浴槽の縁に押している。
「じゃあ、俺が入ってしまうぜ?」
「え?」
 鴉の提案に、文長がキョトンとした顔を見せると、
「あ、じゃあ私も入るか」
「未散ちゃん!?」
「だって、文長が入らないんだったら、コーナー進まないし」
「そうだな」
「……」
 鴉と未散のやり取りに、先人が生み出した伝説のコントのデジャヴを感じる文長。
「だから私が入る!」
「いや、俺が先に行くぜ、未散?」
 悲しき芸人のサガ故、文長は耐え切れず声を上げてしまう。
「待ちや! わてが入る!」
「「どうぞどうぞ」」
「やっぱり、これかぁぁぁーー!?」
 色々と渋っていた文長だが、ここはお約束。未散のピコピコハンマーによるトスを受け、鴉によりアタック(背中を蹴る)され、お湯に突っ込んでいく。
バシャアアァァーーンッ!!
「あつっ! あつっ!! あつぅぅ!?」
 バシャバシャと顔を出し、必死の形相で這い上がってくる。
「はぁはぁはぁ」
「いい湯だったか?」
「殺す気かぁぁーーー!!」
 文長の叫びにどっと沸く会場。