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お風呂ライフ

リアクション

 若松プロデュースが始まってから、静観していた統が未散へと近づく。
「未散?」
「神楽さん! 大成功ですね。このコーナー」
「いや……」
 統は渋い顔で未散を見る。
「やっぱさあ芸人は弄られてナンボだと思うんだよ」
「それは文長が……」
「だから未散、GO!」
「へ? あれ? ちょっと待って神楽さん? 台本と違くな……あーっ!」
 何と統は、未散を熱湯風呂へと突き落とす。
「あぢぃ! アチッ、アチチィィ!?
 統は這い上がろうとする未散が浴槽の縁にかけた手を払いのけ、説法を続ける。
「俺は前から思ってたんだけどな。お前は自分が『弄る側の人間』だと勘違いしてるみたいだけど、どう見ても『弄られる側の人間』だからな……その辺り、わかってるか?」
「熱い!! 神楽さん!! 本気で熱い!!」
「もちろんオレは『弄る側の人間』だ。そして、お前はアイドルとしてお約束のポロリもしてこい」
 統は立ち上がると、未散のピコピコハンマーを手に持ち、
「はい! 未散へのドッキリも終わったところでここからは神楽プロデュースをお送りする! タオル剥ぎ取り合戦続行! 更なるハプニングに刮目せよ!」
 未散の本気リアクションに触発されたのか、文長は鴉への文句もそこそこに、彼を伴って(というよりかプロレス技のフェイスクラッシャーの要領で)熱湯風呂へ参戦するのであった。
「未散くん!」
 マネージャーのハルはバスタオルを引っ張られる未散を案じていた。
 先刻、観衆の前で大胆な『MICHIRUスタイル』を披露した彼女の傷心のため、「次のコーナーでは、もうバスタオル一丁の方がいいんではないでしょうか? そうした方が統さんも手加減してくれますし、未散くんも堂々と開き直れますよ?」と助言していた事を思い出したのだ。
「未散のレポを見てるけど、何かもう少し刺激が欲しいわね」
 事務仕事をひと段落させ、番組を見守っていたルカルカが、ピコーンと閃く。
「……そうね、足りないのはイケメン成分ね」
「ルカ、なんのことだ?」
 丁度隣にいたイケメンをニンマリと見るルカルカ。
「剥かれそうになってる若松さんを助けてきて」
 と、棒読みで言った後、ダリルを突き落とす。
ドッボォォーンッ
「くっ……何を!? 助けてくれ!!」
「え? おわぁぁ!?」
ドッボォォーンッ
 ダリルに足を掴まれたハルも落下する。
「熱いッ!! 熱いッ!!」
 温泉は裸がルールだぜと、剥ぎ取り合戦を煽った後は、阿鼻叫喚地獄と化した熱湯風呂の傍で温泉卵を作っていたカルキノスは、そっと湯に触れ、
「そんなに熱いか? ルカ?」
「カルキには丁度いいくらいでも、人間にとっちゃねー」
「不便なもんだな」
 その時、吹き抜けの天井を二体のイコンが通り過ぎる。理知のヒポグリフと美羽のグラディウスである。
「ルカさん、これ、パスします!」
「ん?」
 空からヒラヒラと一枚の白と肌色の反物のようなものが落ちてくる。
 ルカルカが見ていると、それは温泉にポチャンと落ちる。
「……見たことがある柄ね」
「いや、これ人間じゃないのか?」
 温泉の湯を吸収して徐々に膨れていく反物。頭部の金髪が見えてくる。白かった部分はどうやら衣服らしいのがわかる。
「もうちょっと茹でましょうか」
 ラーメンの麺で言えば『カタめ』が好きなルカルカには、まだ『ハリガネ』に映ったらしい。
 その時、バスタオル以前にノボせそうになっていた未散をお姫様抱っこで抱えたダリルが湯船から上がってくる。
 湯船の付近にモヤがかかっているのは、カルキノスが氷術で放った氷霧を火術で空中で蒸発させ風術で温泉の上に移動させて湯気を作りポロリを隠そうとしていたからである。
 尚、熱湯に強いカルキノスはカメラを回しつつ、適当にアジるという役目もこなしていた。
「未散。しっかりしろ! アイドルなんだろう?」
 ペチペチと未散の頬を叩くダリル。
「う……」
「水を飲んだか……仕方ない」
 ダリルが未散を地面に下ろし、その腹部に手を置こうとする。
「ダリルさん!!」
 同じく湯からやっとのことで這い上がってきたハルが、彼らしくない怒りのこもった声を出す。
「ハル? なんだ?」
「い、今、何をしようと、何をしようとしたんですか!?」
「俺の専門が薬学であり、教導の保健室医師であることは知っているだろう? 飲んだ水を履かせるんだ」
 ダリルは、ハルの突っかかりを大人の応対でかわす。
「み、未散くんの体を触ろうと……」
「それはハルの問題だろう。お前の気持ちは知っているが、医師としての判断だ」
「そ、それでも!」
「やれやれ……では、俺にどうして欲しいんだ?」
「では、ダリルさん。あなたは未散くんをどうしようと言うんです!?」
 未散を挟んで対峙するハルとダリル。イケメン二人に挟まれた女性なら「私のために争わないでー!」となりそうだが、今の未散にそんな余裕はない。
「……以前答えた妹のようだという認識では不満か?」
 ダリルはハルにそういうと、未散の腹部を強く押す。
「ぐ……プハッ!? はぁはぁ……」
 未散が飲んだ水を吐き、荒い息をする。
「あれ……? ダリルさん? 私……」
「番組の収録の最中に水を飲んだんだ。もう大丈夫だ、気分が悪いなら今晩は泊まっていくか?」
 と、安静が必要だと判断し、携帯でスパの宿の手配をしようとする。
「泊まる……えぇ!? い、いいです! そんなのッ!?」
 勘違いした未散の焦りを黙って受け止めたダリルは、チラリと傍に立つハルを見る。
「マネージャーなんだろう? 後は頼めるか?」
「……はい」
「では、俺はこれまでだな。連絡をくれたら行くから安心して休んでろ」
 未散の頭をぽふぽふと叩いてダリルが立ち上がると、ハルがすかさず未散の傍に駆け寄る。
「ハル……ごめんな……私」
「いいえ。何も言わなくていいです……」
 ポタリと、未散の頬に落ちる水滴。
「ハル……何で泣いて……るんだ?」
「どうしてでしょうか……み……未散が無事だったのに安心したのか、わ……わたくしが無力さを思い知ったのか……いえ……す、すいません」
「バカだな……」
 未散はそっと笑うと、ハルの頬を撫でる。
「カメラを止めろ」
 統はそう言って冷静にカメラを回すカルキノスにカメラを止めさせる。
「どうしてだ? いい絵だと思うが?」
「アイドルはファンのものだ。誰かのモノになるのはタブーなんだよ」

 そんな中、激闘を続けていたのは鴉と文長であった。
「熱い! 熱い!!」
「既にバスタオルが取れてしまったやん! このままやったら出られへん!」
 文長は近くに浮いていた白い反物を見つける。何かのキャラクターの全身が描かれたシーツぽい。
「(これを巻いて、一旦退却や)」
 手にとった反物はズッシリと重い。
「(クッ!? 水吸うてるから言うても、これ重すぎやろ!!)」
 しかし、何とか鴉を振りきって湯船から上がる文長。
「ふぅー! 氷、氷はないんか?」
「文長? それ、タオルじゃないわよ?」
 ルカルカが文長を指さす。
「ん?」
 文長が見ると、反物は立体的に膨らみ、人間の形になっていた。
「くっ……わ、私は」
「せ、セルシウス!?」
 慌ててセルシウスを離す文長。
「はい、タオル」
 ルカルカは、上がってきたセルシウスにタオルを渡す。
「む……すまんな」
「水も滴るいい男になったじゃん……それにしても、エリュシオン人てフリーズドライ製法で作られてるの?」
「何のことだ? 私は荒野で巨猿と戦ってから記憶がないのだ」
「……ま、知らない方がいいこともあるわね」

 そこに走ってやってきた人物がセルシウスを見つけ、声をあげる。
「あー! こんなとこにいたのか。セっさん! もうすぐコンテスト始まるぜ?」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)がセルシウスに詰め寄る。
「急いでこちらへ」
 シリウスと一緒にやって来たリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)がセルシウスの手を引く。
「む……コンテスト?」
「フルーツ牛乳コンテストだよ! 忘れたのか?」
「むぅ……いや、どうも頭が混乱していてな」
「そりゃそうでしょ」
 ルカルカが静かに突っ込む中、シリウスとリーブラがフルーツ牛乳コンテストへとセルシウスを引っ張っていくのであった。