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お風呂ライフ

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「「うわあぁぁぁーー!」」
 イナの薬により奇声をあげながら走り下りてくる集団に、茂みに潜伏していた吹雪が気付く。
「(五月蠅い雑兵どもでありますね……ハッ!? そちらは……)」
「「おわああぁぁぁ!?」」
 予め吹雪が侵入経路に仕掛けた落とし穴やロープに次々と引っ掛かって脱落していくノゾキ達。
「なんだ? 向こうか?」
 その罠へと温泉を守っていた他の警備員達が気を取られて近づいていく。
「(勝機!)」
 警備が手薄になったのを見た吹雪は、茂みから出ると音もなく温泉へと近づく。途中、誰かが仕掛けた落とし穴を発見したが、これは吹雪にとって容易く回避できた。
 残りは15メートル程であろうか。目の前には大きな崖があるが、それを苦にする吹雪ではない。
 ワイヤークローを木に投擲すると、反動をつけて一気に飛び移る。
 静かに着地し、サササッと匍匐前進する吹雪。目の前には湯気の出る温泉がある。
「(最後こそが肝心であります。慌てない慌てない……)」
 自分に言い聞かせ、目標へゆっくりと近づく吹雪。
「(見えた!!)」
 温泉に浸かる金髪の少女。歳は18辺りか? やけに大きな胸が目に付く。
 吹雪は、無事覗きポイントに到着した際は、証拠として双眼鏡に『覗き参上』と書いて置いて帰る予定であった。
 早速『覗き参上』と書き出した吹雪は、ふと手を止める。
「(全身を隈なく見てこその任務完了。……顔を見るであります……)」
 そーっと、顔を上に動かす吹雪に、温泉に入っていた少女の口元が上がる。
「そこのノゾキさん? 私がただの温泉客だと思ったのかしら?」
「!!!」
「残念! 私も警備員なの!!」
 吹雪を見上げるように振り向いたのは、セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)であった。
「罠!? しまっ……」
 身を反転させて回避行動に移ろうとした吹雪に、飛びかかる影。
「たあああぁぁぁーッ!!!」
「くっ!?」
バガアアァァンッ!!!
 地面にめり込む拳をゆっくりと引き上げ、吹雪の前に立つのはイングリットだった。
「セシルさんの魅力による囮作戦が効いたようですわね」
「たまたまよ、イングリットさん」
 湯船から飛び出し、チューブトップに早着替えしたセシルが扇を片手に笑う。
「くっ……自分としたことが」
「さぁ、そのノクトビジョンを外して素顔を見せて貰おうかしら? ノゾキさん?」
 セシルが一歩近づく。
「……」
「ああ、逃げても無駄よ? 【疾風迅雷】で追いかけるから。選びなさい、私の手刀で倒されてゴーグルを外されるか、潔く負けを認めて罰を受けるかを」
「……」
「罰って言っても酷い事はしないから。そうね、マグマ風呂や巨猿が入っている風呂などのヤバそうな所に叩き込むだけよ?」
「十分酷いと思いますわ。セシルさん」
 イングリットがセシルを見て溜息をつく。
「警備をかいくぐり、ここまで潜入したノゾキさんを賞賛して優しく言ってあげてるの。私の気が変わらない内に答えなさい!」
 問い詰めるセシルの傍で、イングリットが吹雪の手に何か握られているのを見つける。
「あなた、何を……」
 カチッ!
ドッガァァーーンッ!!
「きゃっ!? 爆発?」
 地鳴りの様な音を立て、次々と付近で爆発の煙があがる。
 人などの被害がない所に設置し、遠隔操作で爆破できるようにしていた機晶爆弾を吹雪が作動させたのだ。 
 一瞬、セシルとイングリットの気が逸れたのを見逃す吹雪ではない。脱兎の如く、彼女は逃走を始める。
「待ちなさい!!」
 【疾風迅雷】で距離を詰めようとするセシルだが、既に吹雪はワイヤークローを利用して崖を飛び越えていた。

「(予想外であります! まさか、入浴自体が罠とは……)」
 吹雪は一気に駆け下りる。この辺りは彼女が仕掛けたトラップの海である。急ぎながらも墓穴を掘らないようにする吹雪。
「(しかし、この警備員の配備。予め何者かがこちらの行動予測を行い、人員を配置したとしか思えません……口惜しいですが、成功報酬のお風呂とコーヒー牛乳は諦めるであります……)」
 吹雪の推測は当たっていた。セシル、イナ、イングリット達の配置をした人物はいたのだ。
 ただ、その人物は、『覗きが成功しそうな所で最後の最後で失敗に終わる』つまり、『上げてから、地獄に落とす』ことが大好きであることまでは、流石の吹雪でも読めなかった。
「本日二度目のルイ☆スマァイル! はははは、お疲れ様です」
「!?」
 山肌を駆け下りる吹雪の前に現れたのは、褌一丁の黒色の筋肉ダルマ、ルイであった。
「んー、セラさんの言った通りになりましたねー」
「(くっ! 脱出ルートをBに変更するであります!)」
 踵で急ブレーキをかけ、身を翻す吹雪。
「甘いね」
 吹雪の様子を物陰から見ていたシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が、せせら笑う。
「覗きポイント手前の、数日前からコキ使ったサルカモ達が作った巧妙に隠されたトリモチ入りの落とし穴は回避したみたいだけど、今度はどう?」
 嬉しそうに笑うセラの隣では、深澄 桜華(みすみ・おうか)が「おぬしも趣味が悪い」と呟く。
 桜華は施設の見取り図の確認をし、そこから覗き犯の進行ルート及び、こちらが人員を配置した際の行動予測はセラに任せつつ、どのポイントが一番の覗きスポットかを導き出していた。その後、落とし穴作成キットにて、覗きポイントの手前にわかりにくく設置。「後少しだっ!」という心理的な油断をした所が一番引っかかりやすいはずだと確信していた。
 故に、勿論、落とし穴は一つだけではない。
 それは、のぞき犯をたくさん捕まえればバイト代に色が付くかもしれんしの、と本気を出した桜華の出血大サービスであった。
「待ちなさい!!」
「(上からっ! いつの間に!?)」
 吹雪の進行方向と直角の角度で走ってくるセシル。【隠形の術】で姿を消していたセシルの接近に慌てる吹雪。
「(トラップ!!)」
 設置した落とし穴やロープなどのブービートラップにかかることを祈る吹雪。
「きゃっ!?」
 別方向から追跡を試みていたイングリットがベタンッとロープに引っかかりコケる。
「(あと一人は!?)」
 マスターニンジャのセシルの素早さに注意をするあまり、吹雪はミスを犯す。単独行動の強者の敵は、集団作戦なのだ。
 吹雪の踏みしめた足元が突然崩壊する。
「あ……」
ズボォォンッ!!!
 吹雪はトリモチ入りの落とし穴にハマってしまう。
「今日も精一杯バイト三昧ー。……なんでセラが魔王軍の活動資金稼ぎに出るんだろ」
 セラは罠にかかった獲物を確認するため桜華とやって来る。
「警備は面倒じゃのぅ……出来ればわしも温泉を満喫したかったのじゃが。これも未来の酒の為じゃしのう」
「そうそう。ま、バイトしてアイツに恩を売るっていうのもいいかもね」
「いーや、酒のためじゃ」
 ふざけながら言い争う二人の後ろで、ルイはこの後にかかる酒代をやや気にしながら無言で付いていく。
「お疲れ様。上手くいきましたね」
 落とし穴の傍にはセシルとイングリットがいた。
「さて。捕まえたコイツをどうるかじゃのう。ルイに引渡し力づくで叩くか?」
「はははは、桜華さん。これだけ追い回されたんです。覗きは犯罪ですが、もう既に犯人も懲りているでしょう」
 トリモチで完全拘束され御用となった吹雪は、その後、彼女自身が女性だったということもあり、軽いお小言と清掃業務1ヶ月で終わったそうである。