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自然公園に行きませんか?

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自然公園に行きませんか?
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15


 神代 明日香(かみしろ・あすか)は空京に来ていた。
 いい天気だし、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)――通称ノルンと共に、買い物でもしようと思って。
 けれど、あまりの散歩日和に自然公園に寄り道。
「空気が綺麗ですね、ノルンちゃん」
「はいです。素敵なところです〜」
 景色を楽しみ、太陽の光を浴びながら歩く。と、看板が見えた。貸し自転車。サイクリング。二つの単語が目に止まる。
「ノルンちゃん。自転車、乗れますか?」
「子供じゃないので自転車くらい乗れますよっ」
「それはそれは。では、サイクリングなどいかがでしょう?」
 もう、かれこれ数年自転車になんて乗っていない。
 うららかな日差しの中、風を切って走るのも素敵だと思う。
 そういうわけで、自転車を借りることにした。
「大人用のを一つと、子供用――」
 と言い掛けたところ、ノルンがムッとした表情になったので言葉を引っ込める。「ではなくて、小柄な体格の人用のものを」
 しかし気遣いは空回った。肝心の、貸し出し手続きをしていた人が「子供用の一つ」と言ってしまったので。
 あちゃあ、と苦笑を零し、ノルンの頭を撫でた。
「私は子供じゃないですー」
「配慮が足りていませんね〜」
「大きい自転車でも平気でしたよ。きっと」
「うーん」
 さすがにそれは、足の長さが足りなくて操縦不能になるから止めたほうがいい。
 短い会話のやり取りをしている間に、貸し出し手続きは終わったようだ。自転車を借り受け、サイクリングコースへ向かう。ノルンは乗れると胸を張っていたけれど、多少おぼつかないようで、自転車をまじまじと見たり、周りの人を見たりと視線がせわしなかった。どう見ても乗ったことのない反応だった。大人ぶって乗れると言った彼女を愛らしく思う。
 しばし様子を眺めてから、自分の方の問題に向き直ることにした。スカートのことだ。
 子供の頃は気にとめていなかったけれど、今日穿いているような膝上丈のスカートだと自転車に乗るのが大変なのだ。お尻の下にスカートを敷いて挟んでも、前からの風でめくれそうになる。とりあえず、太ももで挟んでみた。漕ぎづらいけれどこれならめくれずに済みそうだ。
 久しぶりなので少し緊張したけれど、身体はきちんと自転車の乗り方を覚えていた。よし、と小さく頷いてから、再びノルンの様子を窺い見る。ノルンは浮遊魔法を使おうとしていた。
「ノルンちゃん。自転車に乗るのに魔法は使わなくても大丈夫なんですよ」
「ぇ……」
 驚愕の表情を浮かべ、言葉を失うノルン。明日香は、優しく笑ってノルンの傍に寄る。
「でも、だったらどうやってバランスを取っているんですか?」
「重点を二点の設置点……前輪と後輪ですね。その間に取ったり、ジャイロ効果のおかげで倒れずに済んでいるんです」
「……? えっと、つまり」
「ハンドルの角度を急に変えたりせずに適度な速度を出していれば倒れないということです」
 素直にこくりと頷いたノルンが、自転車に跨る。よろよろと進みだす自転車。危ないようなら補助輪付きのものに変えてもらおうかと考えたけれど、
「すごいですね〜」
 箒に乗れる程度にはバランス感覚があるためか、ノルンがコツを掴むのは早かった。まだ少しふらふらとしていたが、転びそうな危なっかしい様子はない。
 これなら大丈夫そうだと判断して、明日香も自転車に跨った。ノルンの隣を、同じくらいのスピードで進む。
「明日香さん。これ、楽しいです」
「そうですか。良かったです」
 ノルンが乗っている自転車は、車輪の径が小さいため進みは遅かった。あとから始めた人に、次々と抜かされていく。
 だけど、焦る必要はなかった。自分たちのペースで、緑や花を楽しみながら進む。
「天気も良いから丁度いいですしね」
 独り言じみた呟きはノルンに届いていたらしく、「はい」という返事が聞こえた。
 微笑み、明日香とノルンはゆっくりとした速度でサイクリングコースを進む。


*...***...*


 たまの休日・家族サービスをしようと桜葉 忍(さくらば・しのぶ)は考えた。
 誰に楽しんでもらいたいかといえば、もちろん東峰院 香奈(とうほういん・かな)桜葉 春香(さくらば・はるか)の二人で。その二人が喜びそうなところといえば。
 ――空京に大きな公園があったな。
 自然たっぷりのあの場所なら、ゆっくりとした時間を過ごせるかもしれない。
 早速忍は香奈と春香を誘い、自然公園へと向かった。


 自然公園では、サイクリングも楽しめるらしい。
 サイクリング。春香はしたことがあるだろうか。
 春香を楽しませてあげたい。まだ体験していないことを教えてあげたいし、それによって様々なことを感じてほしい。
 そう思っていたのは忍だけではなく、香奈も同じだったようだ。目を合わせ、こくりと頷く。
「春香。サイクリングしてみようか」
 誘い、自転車を借りる。大人用が二つに、子供用が一つ。補助輪のないタイプのもので、少し心配だったけれど春香は上手に乗りこなしていた。
 サイクリングコースに入り、木陰を走る。
「自然を見ながらサイクリングをするのは気持ちがいいな」
「うん! 風がね、優しい感じなのー」
 春香は嬉しそうに笑っていた。春香が喜んでいたから、忍も嬉しく思う。香奈も同じようで、柔和な笑みを浮かべていた。
「お母さ〜ん、あそこに咲いているお花、凄く綺麗だよー」
「本当ね。あ、あっちのお花も綺麗よ」
「わぁ、ほんとだ! ねーねー、このお花、なんてお名前なの?」
 母と子の、可愛らしい会話を聞いて微笑ましく感じた。この、幸せな時間がいつまでも続くといい。そう、心から思った。
「少し休憩しようか」
 適度に進んだところで、忍は二人に声をかけた。自転車を停めて、持参した水筒を取り出し、渡す。
「汗をかいたからな。水分補給をしないと」
 水筒の中身は冷たいお茶だ。コップに注いで春香に渡し、注いで香奈に渡す。
「ありがとう」
「ありがとー!」
 二人の、まぶしい笑顔。
 うん、とこちらも笑みで返してお茶を飲んだ。風が吹き抜ける。火照った身体に気持ちよかった。
 どれくらい休んでいただろうか。そろそろ行こう、と思えるくらいの時間だったと思う。
 腰を浮かした忍に、
「はい!」
 と春香の明るい声。何だと思って見てみると、春香は花で作った指輪を差し出していた。
「お母さんにも!」
 香奈には、同じ花で作った花冠を。
「お父さんとお母さんにプレゼントだよ!」
「ありがとう、春香。私も忍もすごく嬉しい」
 感動に言葉を失っていた忍の分も、香奈が春香に礼を言ってくれた。春香は照れくさそうに笑って、自転車に跨る。
「行こ! 私、もっとお花みたいな!」
 言うが早いか漕ぎ始めた春香を、香奈が追いかける。一歩遅れて忍も追いかけ、思った。
 ――香奈と結婚して春香が生まれたら、また三人でここに遊びに来てみたいな。
 もう一度経験させてやりたい。そう思えるくらい、この場所での時間は素敵なものだった。


*...***...*


 待ち合わせである自然公園にやってきた鳥丘 ヨル(とりおか・よる)の格好は、気合の入ったものだった。
「可愛いね」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)は微笑んだ。「えへへ」とヨルが得意げにはにかむ。
「そろえたんだー。せっかくだからね!」
 天音がプレゼントした自転車に跨る彼女の格好は、サイクリングガール。
 袖の折り返しがピンク色の、白い長袖シャツ。下は黒のキュロット。ポケットのラインに沿ってあしらわれたテープ使いがシンプルながらお洒落だ。
 上に、薄手でゆったりとしたグレーのジャケットを羽織っていた。
 ヨルが、じっと天音とブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)を見た。
「なかなか!」
「それはどうも」
 褒められた格好は、サイクリング用の山吹色のパーカー。下はグレーのフリーライドパンツにスニーカーといった出で立ちだ。ブルーズは前ジッパーの白半そでサイクリング用ジャケットに、黒と濃グレーのフリーライドパンツ。なかなかみんな、それっぽい格好だなと思う。
「じゃ、行こうか」
「うん」
 ペダルを踏んだ。サイクリングコースを進む。ほんの少し強く漕ぐだけで、景色がどんどん遠ざかる。風が、身体を撫でていく。
「風が緑の匂いを運んできて気持ちいいね」
 今通り抜けていった風は、薔薇の香りを含んでいた。
「だね! いますごいいい匂いしたし」
「薔薇かな」
「見頃なんだっけ。あとでそっちも見に行こうね」
 まずは、目的地があった。本日限定で開いているというオープンカフェのことだ。普段はヴァイシャリーに店を構えているらしい。ヨル情報だ。ヨルは幾度か食べに行ったことがあるという。
 少し自転車を走らせると、人だかりが見えた。
「あれかな?」
「うん、あれだよ。あの黒髪の人が店長なんだ。フィルっていうんだよ」
 悪い印象のない、明るい笑顔をしていた。
「寄っていこうか。ケーキと紅茶を買って、芝桜の下でお茶会をしよう」
 ヨルの提案に、天音は頷く。自転車を一旦停めて、フィルに近づいた。
「あれ、来てくれたのー」
 フィルが、ヨルに気付いてにこやかに尋ねる。ヨルがメニューを受け取って、天音に見せてくる。
「軽食はないのかな」
「フィルの店はケーキと飲み物だけなんだよね」
「そっか」
 それでさっき、ヨルはお茶会と言ったのだ。納得しつつ、メニューを眺める。
 フルーツたっぷりのロールケーキが、写真も説明も美味しそうで惹かれた。これにしようと決めて、フィルに話しかける。ヨルは、もう一人の青年と話していた。なかなか顔が広いようだ。
「テイクアウトはできる?」
「もちろん。保冷剤も用意してありますよー」
「良かった。じゃあこのロールケーキと、アールグレイのアイスティー」
「かしこまりました。ヨルちゃんは何にするー?」
「ボク? ナッツタルトとアイスティー! 天音と同じでアールグレイがいいな」
 飲み物とケーキが詰められていくのを待つ間、店の様子を見ていた。普段とは違う環境の営業だからか、客に不自由がないようとても気を配っているのがわかる。外観や小道具は小洒落ていて、居心地がよさそうだと素直に思った。
 そのあたりで、「お待たせしました」とフィルがケーキの入った箱を渡してきたので、受け取る。お代を払って再び自転車に跨り木漏れ日のサイクリングロードへ。芝桜の下でのお茶会を楽しむために。
 紫。ピンク。白。
 様々な色の芝桜はどれも満開で、見るものを楽しませてくれた。
「花の絨毯みたいだね」
 ぽそりと感想を零し、自転車を停めた。
「この辺りで食べようか。木陰にシートを敷いてさ」
「うん、そうしよう」
 自転車から降り立ったヨルが、立ち止まった。
「どうしたの?」
「今天音が言ったこと、本当だなって思って」
 とんとん、とヨルの右足が地面を踏む。
「ふわふわの絨毯みたい」
 それから、川を挟んだ先を見た。向こうでも、芝桜が咲いている。こちらと同じく満開だった。
「日本にいた頃、芝桜祭りに行ったことがあるんだけど。そこも一面の芝桜だったんだよね」
「こんな感じで?」
「うん、こんな感じで。見惚れちゃったよ。今もね」
 会話を交わしながら、シートを敷く。敷き終わると、ヨルがお茶とケーキを並べてくれた。ありがとう、と頭を下げる。
 ケーキは美味しくて、二人ともすぐに食べ終わってしまった。しばし、無言で時間をすごす。
 腹ごなしついでに散歩でもしようかな、と思ったらヨルも同じことを考えていたらしい。立ち上がるのが見えた。何も言わずに天音も倣う。
 芝桜と、まだ蕾も多い薔薇の花を見て回る。
「テントウムシとかいないかな」
「どうかな。いそうだけどね」
 そんな、他愛のない会話を交えながら。
 ふと、視界の端にダンボールが見えた。どうしてこんなところに、と思ったが、そういえばダンボールで芝滑りとか話に聞くな、と考えが至る。きっと誰かが遊んでいって、忘れて帰ってしまったのだ。
「なにそれ」
「ダンボール。芝滑り、してみようか」
 提案は、単なる思い付き。一度も経験したことがなかったから、なんとなくやってみようと思って。
「ボク、やったことないよ」
「僕もないよ」
「素人さんだね」
「そう。だから怪我しないように気をつけて」
 ダンボールに腰を下ろし、芝の上を滑る。なだらかな斜面を降りていくのは、地味ながらなんだかわくわくする。
「ソリの要領だね! コツ掴めたかも」
「すごいな、ヨル」
「えっへっへ。あ、ねえねえこれさ、二人乗りしたらスピードもっと出るよね。してみようよ」
「転ぶよ?」
「大丈夫大丈夫。急斜面じゃなかったらちょっとくらい転んだってへーきへーき!」
 ヨルに押される形で、ダンボールに二人で乗った。二人分の体重が加わり、スピードが増す。
「わ、わ」
「うわわわっ」
 が、二人だとやはりバランスが取りづらかった。下りきる直前、横に転がる。
「あはは。転んじゃったね」
「だから言ったのに。大丈夫?」
「へーきへーき。これ、ボクが言ったね」
 芝を払い、立ち上がる。散歩に行かずに木陰で休んでいたブルーズが、こちらを呆れた顔で見ていた。そちらへ向かう。
「まったく元気だな……我は少しくたびれたぞ」
「ボクもさすがに疲れたよ。少し寝ていい?」
 言うが早いか、木陰に辿り着いたヨルが横になった。おやすみ三秒とはかくいうものか、すぐにすやすやと寝息が聞こえてくる。
 寝ているヨルの髪に芝がついていることに気付いた。指でつまんで落としてやる。
「……ちょっと、背が伸びたかな」
 微笑み、天音も横になった。
「おやすみ」
 木漏れ日の下みんなで眠り、見る夢の内容は。