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リアクション
カナンには東・西・南にそれぞれ地方国があり、治政権を委譲されたそれぞれの領主が統治している。
その3地方国を統治するのが北カナンである。
北カナンには世界樹セフィロト、セフィロトとリンクした者を国家神と崇め奉る神殿があった。
今、そこは空座となっている。
鏖殺寺院の大規模な反乱によって、カナンの国家神は殺害された。予想通りに。
当然カナン側にも思惑はあるだろう。セフィロトとリンクできる存在としてただアストレースを連れて行ったとしても、いきなり現れた未知の勢力に、むざとその場を明け渡すはずがない。
権力とはそういうものだ。
国家神を持つ者が国を制す。
今、鏖殺寺院のせいで北カナンは混乱の極みにあるに違いない。そこを一気に突き崩し、アストレースをセフィロトまで連れて行く。アストレースがリンクさえすれば、やつらとて彼女を次の国家神と認めざるを得ないだろう。
われらのアストレースが国家神となるのだ。
それを邪魔しようとする者は、すべてわれらがたたきつぶす。
壊滅させる。
それが使命。
そのためにわれらは生み出されたのだから。
存在意義――それは何者も侵すことのできない不可侵の聖域。
●北カナン〜国境付近
「見えた。あれなのだ」
ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)の駆るペガサス、ヴァンドールに相乗りしたリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は地平に目を凝らし、指で指し示した。
きらきらと太陽光を弾いて輝いているのは北カナン神官軍の掲げたハルバードとラウンドシールドだ。三列横隊で敵を迎え撃とうとしている。
「まだ戦いは始まっていないようだな」
その様子に、ララもまた、ほっと胸をなで下ろした。
何の前触れもなく、突如北カナン国境に降りそそいだレーザーの光。事態を知ったその足でヴァンドールに飛び乗り、最速で駆ってきたが、もしや間に合わないのではないかとあやぶんでいたのだ。
彼らが前進していないのは、敵の初撃で破壊された外壁や監視塔などの残骸を身を隠す盾として利用しようという算段なのだろう。まだ支援部隊はたどり着いておらず、その数は心もとなかった。軍の体裁をとれないほど少なすぎはしないが、かといって敵を上回るほどでもない。相手は見るからに異形の者ども。初撃でこれだけの破壊を与えたように、能力は未知数で、うかつに突貫はできない。
その慎重さがなければおそらく2人は開戦に間に合わなかったに違いなかった。まだ距離を挟んでいたが、敵の姿はくっきりと見えているのだから。
まるで操り糸がはずれて自由になったかのようなパペットたち――それは顔もなく、着衣もなく、円と楕円だけでできた等身大のポーズ人形のように見える――が取り巻く中央に数十人の人間がいる。ただし、周囲のパペットと違って銀色の髪に赤い目、黄色の肌という人間の姿をしていたが、全く見分けのつかないうり二つの同じ顔、同じ姿をしていることから、こちらもまた人間でないのはひと目で分かった。
「あれが例のドルグワントとやらか」
「それに死龍なのだ」
リリの言葉にララは視線を地表から上げる。
敵軍の上空には白い骨の龍が浮かんでいた。20メートルほどもあるその身をいっぱいに伸ばし、ゆらゆらと揺り動かしている様は、威嚇のようだ。
ドルグワントと死龍。リリたちは直接には戦ったことはないが、どちらもその能力については仲間たちから聞かされている。
そして数は少ないが、ドルグワントに覚醒したという者たち。
どれもただの人では手に余る相手だ。
「行くぞ」
ヴァンドールを操って、彼らは次に北カナン神官軍の後方、幕へと向かった。
「この軍の指揮官はだれなのだ!」
ヴァンドールが完全に下りきるのも待たず、滑空するその背から飛び降りたリリは即座に声を張る。
不遜な呼び出しだった。通常であればリリたちの方こそ目通しを願い、案内されるのを待たねばならないのは百も承知だ。だが今はそうする間も惜しい。
彼らの登場に軽いざわめきが広がるなか、奥から人の背を掻き分けるようにして数人の神官が現れた。
「わたくし、ダショウです」
一番最後に現れた神官が恭しく答える。
「私は白薔薇の騎士ララ・サーズデイ、こちらは黒薔薇の魔導師リリ・スノーウォーカーだ。このような時ゆえ、突然の無礼をお許しいただきたい」
コントラクターは中身と外見が必ずしも一致するとは限らないのが常。一見年端のいかない子どもにしか見えないリリよりも説得力のある外見をしたララが、騎士然とした態度を表に出し、ヴァンドールの手綱を手に進み出た。
「存じております。どうぞお気になさらず」
神官長は軽く頭を下げる。
2人はたびたび北カナンの首都キシュに逗留しており、国家神イナンナ・ワルプルギス(いなんな・わるぷるぎす)との親交も厚い。光の神殿に籍を置く神官で、それを知らない者はいなかった。2人は知らなくともダショウは知っている。だからこそ、こうして神官長の方から彼らの元へ足を運んだのだ。
「して、いかようなご用件でありましょうか」
「じき開戦なのだ。指揮権をこちらに、などと無茶なことを言いにきたのではないのだ。ただ、われわれもこの戦いに参加する許可をもらいにきたのだ」
リリからの言葉に、ダショウのこわばりが少しほどけた。そんなはずはないと思いながらも、もしやという思いがあったのだろう。
わずかに下がった肩からリリたちもそれと察する。
「今はまだ私たち2名だけだが、じきにほかの者たちも合流するだろう」
「それはありがたいお申し出です。コントラクターのお力はわたくしたちも存じております。前線の兵どももあなたさま方に加わっていただけると知れば、きっと心強く思うでしょう」
ララに向けた言葉だったが、うむ、とリリがうなずく。
「すでに貴公たちで策もたてていようが1点だけ頼みがある。貴公たち神官軍には、あの人形たちを相手することに専念してほしい」
「は? しかし」
「それ以外の相手は、われわれコントラクターに任せてほしい。――頼む」
とまどうダショウに、ララは頭を下げた。ララの姿に軽く目を瞠ったものの、遅れてリリも頭を下げる。
ダショウは何と言ったものか迷うようにいったん開いたままだった口を閉じ、少しして再び開けたが、そこから出たのは言葉でなく吐息だった。
「……分かりました。ただ、彼らも命を賭けております。北カナンとイナンナ様をお護りすることがわれら神官軍の第一の使命ゆえ、確約はできませんが、できる限りそうするよう通達を出しましょう」
ダショウの言葉に、さっそく背後の神官たちが周囲の神官戦士たちに合図を送って働きかける。
「ありがとうなのだ」
リリは心からの礼を告げた。
渡る風に乗って届くはひきりなしにカチャカチャと鳴る、陶器がこすれ合うような音。
揺れる穂波がはじく光は、まるで海原を跳ぶトビウオの群れのよう。
しかしそこにいるはそのような邪気のないモノではない。
やむことのない風に立ち向かうよう決然と立ち、リリは手を突き出した。
「黒薔薇の魔導師リリ・スノーウォーカーの名において命じる。来たれ! ロードニオン・ヒュパスピスタイ(薔薇の盾騎士団)よっ!」
手の先、発光する白線に描かれた無数の魔法陣が現れたと思うや次の瞬間鋼鉄の騎士兵団へととって替わる。
白銀の鎧をまとい、剣や槍を持つ彼らのもう片方の手には、薔薇の文様が描かれた盾が握られていた。
「行け! その力でもって眼前の敵を殲滅するのだ!!」
主リリの命に従い、不滅兵団は黙々と前進を始める。直後、重い気迫に満ちた声が張り上げられた。
「北カナン神官軍兵よ、とくと聞け! われらはカナンの堅牢なる盾! われらは牙なき者の牙なり! 剣なき者の剣なり! 眼前の敵侵略者を成敗するまで、決して退くことはまかりならぬ! あの不浄なる者どもを1兵残らずこの神聖なるカナンの地より追い払うのだ!」
おお! と喊声の声を上げて、神官戦士たちが突進した。パペットと兵士たちの間で剣げきが高く響く。
リリの通達に従って、兵士たちはパペットのみと戦っていた。
「ひるむな! われらには女神イナンナの御加護がある!!」
「勝利はわが方にあり!!」
鼓舞する神官の手からバニッシュの聖なる光が飛び、パペットを切り裂く。
「では私も行くとしよう」
ふわりとヴァンドールが浮かび上がった。戦う神官や薔薇の盾騎士団の頭上を軽々と越えていく。
目指すはその奥、ドルグワントだ。
彼女の接近に気付いた銀髪の少年の1人がエネルギー弾を放つ。すぐに周囲の少年たちも気付いて、ヴァンドールを撃ち落としにかかった。
対空ミサイルのように飛来するエネルギー弾を巧みに避けるヴァンドール。
「はあっ!!」
飛び下りざま振り切ったレーザーナギナタと少年の張ったバリアの接合面で火花が散った。
宙返りでエネルギー弾をかわし、着地したララは低い体勢のまま機晶爆弾を投げつける。エネルギー弾で爆破された、その爆煙を煙幕がわりに距離を詰め、一刀で斬り裂いた。
敵を行動不能へと追いやった、その確認をする間もなく彼女を三方から少年たちが一度に襲う。
振り切られた刃とオートガードの境で光が燃えた。加速ブースターを用いて距離をとったララの首筋に裂傷がついている。だがその傷の具合をみるべく手をあてることもできなかった。
息をつかせぬ斬撃が彼女を襲う。
「ララ!」
リリが叫ぶが距離がありすぎた。騎士団はまだララの元まで到達していない。
「ちぃっ…!」
三方から繰り出される刃を、ララは勘で受けていた。考えて受けていては反応が遅れる。卓越した歴戦の勘と呼ぶべきものが彼女の体を動かし、攻撃を防御する。しかし少年たちの高速の連携攻撃はいつまでもしのげるものではなかった。
少年の剣が横なぎに振り切られようとしている。胴を割るつもりだ――そうと分かっても、防御できない。
(これまでか)
覚悟を決めた次の瞬間、頭上に不自然な影が落ちた。
風が、上から下へと吹く。
影という風。
風は激烈な斬撃を伴い、振り切られた刀は敵を剣ごと真っ二つに斬り裂いた。
ララが感じたのは、ほおをかすめたバードマンアヴァターラ・ウィングの羽根のやわらかな感触だけだ。
「危ないところでした。
おけがはありませんか」
影――紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は燕返しでさらにほかの2人を斬り伏せたのち、ララを肩越しに振り返った。
「ああ――」
しかしそれだけの会話をする間も敵は与えてくれない。
唯斗の死角をついて突き込まれた剣を、ララのレーザーナギナタが防いだ。一拍遅れて唯斗の羅刹刀クヴェーラが斬り裂く。
2人は自然と互いに背を預けるかたちで、周囲を囲む敵に対処していた。
「それで、来たのはきみだけか?」
1人ではない――その思いが取り戻させた気迫をシーリングランスでたたき込む傍ら、ララが問う。
「ああ、いえ。
俺は1人で身軽でしたので、先行しただけです。皆さんが心配でしたから」
「そうか」
そのおかげでララは助かったわけだが、しかし焦燥感はいかんともしがたかった。
なにしろ敵の歩兵、パペットはまるで無尽蔵とでもいうように現れている。その発生源であるらしい黒い六角柱を上空から見たが、ここからはあまりに遠く、今の戦力でたどり着くのはほぼ不可能に近い。
しかしそれでも懸命に2人は剣をふるう。
このひと太刀が敵の数を減らし、カナンの勝利につながると信じて。
大上段から振り下ろされた少年の剣を受太刀ですり流し、カウンターで胸を斬り上げた唯斗は、ふと流した視界に入った東の方角を指差した。
「ほら、ララさん。きましたよ、援軍です」
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