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リアクション
戦場の空を赤い鳥が舞っていた。
優美に旋回し、地上で戦う神官軍兵士たちを気まぐれに威嚇するその鳥の翼からは絶えず消えない炎が噴き出している。
鳥が身をねじるたび、まき散らされる火の粉。
キラキラと明滅しながら降りそそぐその真下には、青い髪を風に吹き流す赤い目の魔女が決然と立っていた。
大空を舞う鳥と同じ真紅の輝きを放つ、それは無慈悲な瞳。そこには一片の慈悲もない。
その瞳、その手に握られた槍が指し示す方角に向け、聖光を放つ無数の閃刃が放たれる。それと同時に、きらめくエメラルドカラーの機晶姫が加速ブースターで走り込んだ。
「――オオオオオオオオーーーッ!」
唇からつむぎ出される猛き咆哮に応えるように輝き始める鎧。それは装着すればイコンですら素手で相手取ることが可能とされるレゾナント・アームズである。
そのこぶしは光の閃刃による襲撃を受けて体勢を崩した神官戦士たちの持つ剣をやすやすと砕き、盾を貫いて、次々と地に沈めていく。
「くっ!」
後衛の神官たちが放ったバニッシュは、宙に浮いた回転する巨大な歯車――ホイール・オブ・フェイトにより増幅された魔力で威力を増した光の閃刃がことごとく相殺しただけに終わらなかった。その上でさらに神官たちへと迫り、彼らを戦闘不能へと追い込んでいく。
その間も止まることなく繰り出される殴打や蹴撃。そして火の鳥ノイ・フェニックスによる体当たり。
2人は間違いなく、この戦場で強力な敵戦力のうちの1つだった。
「……ねえ悠美香ちゃん、言っていい? あの2人の連携技に、俺全然勝てる気しないんだけど」
ルシェンとアイビスの戦闘を見て、月谷 要(つきたに・かなめ)はぽりぽりとあごを指で掻く。
「でも2人とも、だれも殺してないわ。きっと心の奥底では衝動に必死に抗っているのよ」
「うん、まあ、それはそうだけどねえ」
それはこちらも同じで。ただ敵として排除するため戦って倒すというのならともかく、致命傷を与えないよう常に加減しつつ戦うというのは、かなり難しそうだ。
「腕1本つぶされるぐらい、覚悟でやるか…」
ぶつぶつと戦略を練っている横顔を、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)は少し不安げに見つめた。
2人のことは友達として心配しているが、そんな無茶な戦い方を要にしてほしくなかった。大切なものが増えてきたせいか最近は無茶をしなくなったようだが、この要のこと。まだまだ不安は完全に払しょくされたわけではない。
「……人形たちは悠美香ちゃんたちに任すとしても、アイビスとやり合ってる間ルシェンさんがおとなしくしてくれてるわけないし。全力でいっても片方がやっとかも…」
困ったなあ。
「じゃあ連携させないように分離すりゃいいだろ」
あっけらかんと答えたのは少女の声だった。
いつからそこにいたのか、若松 未散(わかまつ・みちる)が立っている。
「未散ちゃん!」
「おーっ」
「八斗の方はうまくいったみたいだな。まったく、心配かけさせやがって。一発ぶん殴ってやろうかと思ってたんだが、みくるの面倒をちゃんと見てくれてたみたいだし。今回は勘弁してやるさ」
「私もいますよ、要さん」
ルイ・フリード(るい・ふりーど)がいつもの笑顔で見下ろしていた。
「ルイ! 来てくれたのか!」
「遅くなってすみません」
「よっしゃあ! これで勝機が見えたぞ!」
ぱしん、とこぶしを打ち合わせる。
「朝斗さんのお姿が見えないようですが。いらっしゃらないのですか?」
「まだ着てないみたいなの」
きょろきょろと辺りを見回していたハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)の独り言に悠美香が答える。
「よーし。じゃあ朝斗が来る前にちゃっちゃと2人とも押さえ込んじまおーぜ」
「おおう。未散ちゃん、すごいやる気でございますね」
「まぁな。再戦だ。待ってろよぉ、ルシェン」
ぱしぱしと鉄扇でてのひらを叩く。未散は密林での戦いでルシェンに一度敗北を喫していた。それというのも
「今度は抜かるなよ、ハル」
ハルがアイビスに押し負けて、後ろから含み針攻撃を受けてしまったからだ。
「心得てございます、未散ちゃん」
銘刀猿田彦を抜くハル。執事然とした物腰、丁寧な言葉遣いでにこやかに人と接する彼だが、負けず嫌いは人一倍だ。当然先の惨敗には思うところがあるし、その借りをここで返すことに異論はない。
「んじゃあ未散たちがルシェンさんで、俺たちがアイビスに行くから――」
「私たちはあなた方が存分に事にあたれるよう、あの邪魔な人形たちやドルグワントに対処しましょう」
「ああ。頼む」
「ふふっ。じゃあようやくセラの出番というわけですね」
シュリュズベリィ著 セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が軽やかな足取りで前へ進み出る。
幼さと、未成熟さゆえの過激さを持ち合わせていた少女は、いまや目の覚めるような変貌を遂げていた。すらりと伸びた肢体は一見少年のようにも見えたが、やはり女性特有の丸みを帯びて色香を漂わせ、その結果、知的な落ち着いた雰囲気をまとっている。
みずみずしい桃のような美少女。目を奪われずにはいられない。
ただし。
「何事も全力が一番。そして初撃で相手の鼻先をガツンとやってやるのが肝心なのですわ ♪ 」
長い緑の髪を肩向こうへ払い込み、したり顔でつぶやくしたたかそうな表情は、やはりセラだった。
セラをよく知る者であればそれで一気に冷や水を浴びせられたように正気に返るのだが、ルイはにこにこと笑って見ているだけだ。それどころか
「たのもしいですよ、セラ」
と父親のように誇らしげに口にしている。
セラは笑顔で応えると、ルシェンやアイビスと自分の間に立ちふさがる邪魔者、パペットたちに向け、両手を突き出した。
「われの呼び声に応え、この地に疾くいでよ、わがしもべたち!」
てのひらから数十センチ先の宙に白い聖光が生まれたと思うや一瞬のうちに複雑な文様をした巨大な魔法陣が描かれた。
「わが正面に鋼鉄の兵団あり。そは不滅の城壁なり。頭上を舞うは暗黒と炎熱の王バハムート、盾持つ手には輝かしき雷電の主サンダーバード、剣持つ手には猛き火炎の支配者フェニックス、足下にありしは剛腕と氷結の王者ウェンディゴ!
歓喜を持ちてたたえよ。なんじらをこの有限の世界に解き放ちたるはシュリュズベリィ著 セラエノ断章なり。
今、その名において命じる! わが眼前に立ちふさがる敵すべて滅せよ! おのが全力でもってわが敵を完膚なきまでに討ち砕け!」
主君からの命を受けて、召喚獣たちは歓喜のおたけびを上げるや一斉に動き出した。
バハムート、サンダーバード、フェニックスは彼らの出現を察知して続々と集結し始めたドルグワントへ。不滅兵団とウェンディゴはパペットたちへ。
そしてセラ自身、己の気を弾として撃ち出すことができる練気の棍を手にドルグワントへと向かう。
「ふふ。見事じゃ。これは負けてはおられぬな。
わしらも行くぞ、ノール。わしらであの有象無象を葬ってやろう」
セラの派手な演出という威嚇を間近で見て奮起した深澄 桜華(みすみ・おうか)はノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)の腕のなかからひょいっと抜け出して告げる。
応と答えてノールがダッシュローラーで先に飛び出した。
「おっと、忘れるとこじゃった。
これを貸してやるから効果的に用いるのじゃぞ」
鬼包丁を手にノールを追随しかけた桜華は、ふと思い出して懐から出した傀儡の糸を要に放り渡す。それからは振り返らず、まっすぐノールの元へ行くと、すでに前方のドルグワントへ向け砲撃を開始している彼をバックアップとし、鬼包丁で敵の間合いへと斬り込んだ。
ドルグワントの高速機動について行くのは桜華1人ではまず無理だが、ノールが砲撃で足止め、バリアを展開させているところで背後から斬りかかればいいだけの話。
テレパシーで互いにタイミングを取り合い、桜華は変則的な動きとなるよう心がけながら距離を詰めると疾風突きで一気にドルグワントを破壊した。
ばら撒かれたプラズマの発する青光とそれを防ぐバリアとが拮抗して、もうもうと舞い上がる土煙のなか火花のように飛び散る。そのなかをかげろうのように走り抜ける少女に向け、離れた位置からエネルギー弾を撃とうとしたドルグワントが、次の瞬間身を引きつらせた。手の先に生まれていた光が霧散し、ぐらりと横倒しになる。背後から現れ、とってかわったのはルイだった。
「あの子たちにはかすり傷ひとつ負わせませんよ」
胸部から引き抜いたこぶしには、濃いオーラが炎のように噴き上がっている。
それを、ルイは胸の前で向かい合わせた。
「コオオオオオオーーッ!」
彼の発散する気合いに比例するように中央でオーラが収束する。究極まで練り上げられ、肥大して渦を巻く気の固まりを、ルイはパペットたちに向け撃ち込んだ。気弾はさながら砲弾のように飛んでパペットたちを貫き、バラバラに砕いて吹き飛ばす。直接触れていなくとも、衝撃波が巻き込んだ。
通りすぎたあとには半円状にえぐられた地面と、ぽっかりとそこだけ空いた空間がどこまでも続く。
これぞ天宝陵『万勇拳』奥義。闘気を具現化させる変幻自在の必殺拳なり。
しかしここまで破壊力を引き出せるのは、日々鍛錬を怠らないルイならばこそだ。
「わが力は大切な人たちを守るために。そう、まさにこのような日のためにこそあるのです」
バスタードソードをかまえ、じりじりと囲みを狭めてきている2人のドルグワントへと視線を流す。
「ドルグワントよ、私の力は今見たとおりです。対策ができるというのであればしてみせてごらんなさい。
どうしました? かかって来ないのですか? ではこちらから行かせていただきましょう! 若松さんや要さんたちの所へは、これより先、一歩たりと近付けさせません!」
ルイが神速で踏み込むと同時にドルグワントもまた二方向から跳躍し、斬りかかる。
「うおおおおおーーーーっ!!」
風を切って迫る刃めがけ、うなりを上げて繰り出されたルイのこぶしが炸裂した。
音立てて破砕する鋼の剣。それを皮切りとして、ルイとドルグワントの間で熾烈な肉弾戦が始まった。
そこから少し離れた後方の地では、未散とハルがルシェンと対峙していた。
「この前はよくもやってくれたな、ルシェン。今度はそうはいかないぞ」
意気軒昂、今にも飛びかかっていきそうな燃える目で見つめながらも、ルシェンの一挙手一投足に油断なく配している。
一方でルシェンは全くの無表情で立っていた。
関心がないかのように見えた一瞬後――退魔槍エクソシアをかまえて真正面から突き込んでくる。
「おっと。そうはまいりませんよ」
2人の間に割り入り、これを受け止めたのはハルの剣だった。
「ルシェンさまといえど、今のあなたさまに未散ちゃんに指1本触れさせることは承服できかねますゆえ。不遜ではありますが、わたくしがお相手つかまつりましょう」
穂先越しに彼の挑発を受け、ルシェンはかすかに不愉快げに表情を曇らせる。そして槍を引いたと思うやすぐさま猛攻をかけた。
顔面、喉笛、心臓――ハルの急所を狙って、次々と穂先や石突が打ち込まれる。並の者であるならば、一撃受ければ即座に戦闘不能どころか良くて瀕死、悪ければ即死の攻撃だ。
容赦なく突き込まれるそれらを、ハルはすべて紙一重で食い止めた。それには理由があった。あと一歩で彼を崩せる、そう思い込ませることでますます彼にルシェンの意識を集中させようという狙いだった。
もとより未散の盾となる覚悟で防御は最高レベルまで上げて固めてきている。まさに鉄壁の備えだ。ソードプレイでときどき攻撃もはさむことで、そうと悟られないようにも気を遣う。
そしてその隙に、未散が仕掛けた。
「やれっ!」
未散の合図でルシェンの背後にジェットドラゴンが具現化する。
湾曲した爪で彼女を拘束しようとするジェットドラゴンの目を狙って、ルシェンはとっさに毒虫の群れをぶつけた。しかし届く前にジェットドラゴンの火炎放射で毒虫たちは焼き払われてしまう。それでも一拍の間を作ることには成功した。
ノイ・フェニックスが怒りの叫声を上げ、主君の敵に体当たりをかける。2匹は互いに噛みつき、羽で打ち合いながらもつれ合って地面に墜落した。
「ちッ!」
風上から迫ってきた炎を鉄扇木花咲耶姫ではね返し、吹き消す。
「未散ちゃん!」
ハルの喚起の声と不自然な頭上の影が同時に起きた。
振り仰いだ先、霧隠れの衣を用いてハルの防御を突破したルシェンが実体化している。
ルシェンは何かを投げる動作をした。太陽光にくらんだ未散の目はそれを見つけることができない。それが垂直に投擲されたエクソシアだと気付いたとき、穂先はもう未散の面前へと迫っていた。
「――くそっ!」
倒れるように地を転がった未散のほおに、裂ける痛みと焼けつく熱が走る。
ほおを伝い落ちる血。ぐいとぬぐって、未散はすぐさま跳ね起きた。
地に突き立ったエクソシアを抜いたルシェンは再びかまえをとり、未散へと向かってくる。ハルが前をふさいだが、守りの固いハルを相手にするのは無駄と悟ってか、やはり霧隠れの衣ですり抜けられてしまった。
未散はフラワシアメノウズメを召喚し、行動予測で向かわせるが、霧隠れの衣を巧みに使って実体化と非実体化を繰り返し、不規則な動きをするルシェンに対応することができない。
みるみるうちに距離を詰めたルシェンの手のなか、エクソシアの穂先がシーリングランスの輝きに包まれる。
「こうなりゃやるしかないか!」
鎖鎌形状にした魔道暗器布都御魂とエクソシアがぶつかり合った。
切り結び合う2人の姿にだれもが気付いていた。
2人はともにスキルをフル活用し、相手の隙を狙い、あるいは誘うために効果的に用いていたが、どれも決定打にはなり得ずにいる。
ハルですら補助に入れないでいる死闘に、だれが割り込めるだろう?
また、そうする余裕はだれにもない。
彼女たちの動きを常に視界に入れ、戦況に気を配りつつ戦っている要や悠美香にもなかった。
「要、未散ちゃんが…!」
「分かってる! そのためにも、まずはこっちを何とかしないと……ねえ!」
加速ブースターで突っ込んできたアイビスのこぶしを、要は交差した腕で受け止めた。通常ならばあり得ないが、彼の流体金属製機巧義腕フリークスならば可能だ。ぶつかる寸前形状を盾型へと変形し、衝撃を受け止める。
「アアアアアァァァアアアアアァァァァァアアア!!」
アイビスの愛らしい唇から歌うような咆哮がつむがれ、鎧はさらに強い輝きを放出した。
「くうっ…!」
一打ごとに重みを増すかのような強烈な殴打に、要の体は徐々に後ろへ押され始める。
「要!」
割り入ろうと動いた悠美香の動きにアイビスの視線が流れたのを隙と見て、要は瞬時にミュータントを発動させた。
間を別ち、相手に距離をとらせる目的で真上へ向かって撃ち出された銃弾は、思ったとおりの効果を上げた。銃口が現れた音を聞き取ったアイビスはすばらしい反射神経を見せ、銃弾をかわすと同時に要から離れる。ただし、次の行動が予想外だった。
離れる間際、すぼめた口からフッときらめく針を飛ばしてきたのだ。
「!」
目視するのも困難なほど小さなこの暗器は、刺さった瞬間相手に猛毒を付与する。
かわすだけの距離はない。それでも身をねじってなんとか回避を試みようとした要の前を、そのとき暗い何かが横切った。
クルクルと回転しながら地に突き刺さったのは、4本の鎌刃で作られた卍型のハーケンだった。
おそらく元々の色はこんな色でなかったに違いない。見る者を不安にさせるような錆びつく雰囲気をまとった、どす黒い不穏なハーケン。
しかしそれが要を救ったのは間違いなかった。指をかける所に含み針が数本浅く刺さっている。
「これは――はっ!」
ざんっと音を立て、要とハーケンの間に人が着地した。
深くひざを折り、衝撃を吸収したその体は女性のもの。――どこかで見覚えがある?
幾度となく対峙してきた、とある相手の幻と多重写しになって、要は目をすがめる。じーっと見入っていると視線に気付いたか、乳白金の頭が動いてざんばらな前髪の隙間から白い目が彼を見上げた。
認識阻害マフラーの隙間から覗き見えた口元が、挑発的にニヤリと笑って犬歯を見せる。ピッと人差し指を1本立てたのち。
「きゃははっ!」
女は幼い少女のようなけたたましい笑い声を上げた。
アイビスの攻撃を、背後に高く跳躍してかわす。空中で再びアサルトハーケンを投擲した。
「ちょ!」
目をむく要たちの前、アサルトハーケンはブーメランのように弧を描いて飛び、アイビスの後ろのパペットたちを薙ぎ払う。
そうして戻ってきたアサルトハーケンを掴みとめた女――伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)は、いたずらをした子どものように軽快に笑って走り出した。
その先にはパペットと戦っているルーフェリアと八斗がいる。
彼らの加勢をする気かと思われた瞬間、藤乃はまっすぐ八斗へと突き込んだ。
狙ってか、全くの偶然かは疑問の余地を出ないが、藤乃の蹴り出した右すねが見事に八斗の股間にクリーンヒットする。
「……ッ!……」
「八斗!? おいっ!」
真っ青になって声もなくうずくまってしまった八斗の元にあわてて駆け寄るルーフェリア。
「あーーーーっはっはっはーーーっ ♪ 」
痛快な笑い声を響かせながら藤乃はそのままパペットの群れに突っ込んでいった。
「……えーと…」
目にした者皆唖然となっている前、もぎ取った首で別のパペットの胸を貫く。ひねってねじ切った腕で殴り倒し、手についたままの剣を頭に突き刺す。技や型などおかまいなし。人間ならば急所となる場所もばんばん狙って――というか率先的に狙っていって――手練れによる洗練された戦い方などではない、ただのケンカのようにも見える動きでパペットを翻弄し、つぶしている。
それでもがむしゃらに見えないのは、鼻歌すら口ずさんでいる笑顔のためか。
防御は一切しない、剣を振り下ろされようがおかまいなし。まるで目に入っていないかのごとくむしろ自分から突っ込んでいき、斬られながらも相手を破壊する。
敵も、自身も、己の体から吹き出す鮮血で赤く染まり始めているのに、彼女は満面の笑顔で敵をほふり続ける。
周囲手の届く所にいる者すべてが敵。敵、敵、敵。
この状況が、楽しくて楽しくて仕方がないと。
「〜〜〜〜 ♪ 」
武器をクビキリカミソリに持ち替えて、愉快そうにバッサバッサと斬り裂いていた彼女の姿が、突然ブレた。分身の術だ。そうして飛び込んできたドルグワントからの攻撃をかわすやいなや、疾風迅雷で蹴り飛ばした。
彼女の雷撃のような蹴りをバスタードソードの腹で受けたドルグワントに、さらに蹴撃と打撃を浴びせかけた。ドルグワントの攻撃を身を沈めてかわすと足払いをかける。
そのなめらかな動き。やはり素人なんかではない、相当の手練れだ。
ただ豪快なだけ。
「……ま、いーか」
八斗はうなだれたまま、まだ立てそうにないようだった。それを思うといまイチ敵なのか味方なのかはっきりしないが、とりあえず、パペットやドルグワントと戦ってることだし。
そう結論づけた要の背中に、そのとき、どんっと悠美香がぶつかった。
今、彼女は近接格闘の回避技パリイを用いてアイビスの攻撃をさばき、受け流して、どうにかしのいでいた。しかし対イコン性能を誇るレゾナント・アームズによる乱打は、いかに金剛力に怪力の籠手、サイコキネシスを用いても衝撃を殺しきることは難しい。
そうと悟った悠美香は梟雄双刀ヒジラユリによるブレイドガードに早々に切り替えた。
「要、急いで。これもそう長くはもたないわ」
声に苦痛がにじんでいる。
「了解!」
要はショットガンをつがえ、援護射撃を行った。
攻撃をやめ、後方に退いて距離をとったアイビスにすかさず悠美香がイカ墨を投げつける。
「おっと!」
避けられる直前、ゴム弾がイカ墨の入った袋を撃ち抜いた。ふりかかったイカ墨がアイビスの視界を奪う。
その瞬間要はゴッドスピードを全開にした。
「いくよ、悠美香ちゃん!」
「ええ」
背後へと回った要が桜華から受け取った傀儡の糸を放ち、アイビスを拘束しようとする。その意図に気付いたアイビスは傀儡の糸を引き千切ろうとしたが、その手を悠美香が押さえ込んだ。
「アイビスさん、正気に返って…!」
振り払おうとするアイビス、それをさせまいとする悠美香の手がぶるぶる震える。
「もうちょっと我慢して、悠美香ちゃん」
傀儡の糸を巻きつけ、さらなる拘束を図る。
彼らを見て、ルシェンが動いた。
術者の危機に際し現れるという叡智の聖霊。強化された天の炎が未散を襲う。直撃することはなかったが、地をうがつ炎の衝撃で小さな未散の体は木の葉のように吹き飛んだ。
「うわあっ!!」
「未散ちゃん!」
抱き止めようとしたハルごと背後に飛ばされる。
悠美香たちに向け、ルシェンは我は射す光の閃刃を放った。
空を走る無数の閃刃が悠美香や要を背後から切り刻むかに思えた刹那。
上空からなだれ落ちた金と赤の燃え盛る火炎が巨大な火柱となって光の閃刃を飲み込んだ。
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