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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
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●4階〜無限回廊

 パペットに追われつつ、階段を見つけたら駆け上がる。
 あの少年型ドルグワントの姿はどこにもなかった。情報では内部にも数十人いるという話だったのだが、おそらく北カナン進攻へ出払ってしまったのか、本部を固めているのだろう。
 幸いにもパペットの索敵能力はドルグワントほどにもないらしかった。通路はうす暗く、最低限のあかりしかない。こんな数、いちいち相手にはしていられないと、それを利用して物陰やドアの後ろ、通路の角などに隠れてやりすごしたりしているうちに、いつしか御宮 裕樹(おみや・ゆうき)麻奈 海月(あさな・みつき)は仲間たちと引き離されてしまっていた。
「まったく……どこにでもいやがるな、あいつら」
 ぶつぶつとぼやきながら、裕樹は速足で前を行く。
「兄さん…」
「心配するな、海月。ここの通路は単純だ。すぐ追いつく」
 海月が心配しているのはそのことではなかった。
 例えば、ずっと黙り込みがちなこと。普段は全く吸わない煙草的なモノを口にするようになったこと。
 そして……今、振り返ってもくれないこと。
 トゥマスとの戦いで惨敗を期してから、裕樹はめったに口を開かなくなった。問えば応えてくれるが、それもどこかおざなりだ。
 彼が2人のことを必死に考えていて、今もそのことで頭がいっぱいなのは分かる。海月も2人を取り戻したいから、そのことをどうこう言うつもりはない。
 だけど、裕樹のことが心配だった。
 とても不安になる。
 ああして体の傷は治っていても、心の傷が残っているかもしれないから…。
(……少しでも兄さんの負担を減らせるよう、私が頑張らなきゃ…)
 裕樹の背中を見つめながら、海月はますます決意を固めてこくっとうなずく。
 そして、前方にパペットの一団を見つけて処刑人の剣を抜いた。裕樹はすでにオイルヴォミッターをかまえている。
 射出されたオイル弾はパペットたちの足元に着弾し、黒いオイルを床一面に散らした。パペットたちはオイルに足をとられ、ガチャガチャ音をたてて壁にぶつかっている。体勢の崩れた彼らに向かい、海月が斬り込んでいった。
 そうしてどうしても通らなくてはならないと思えた場所は力ずくで突破していった彼らは、やがて仲間たちに追いついた。
 彼らは通路の一角で立ち止まっている。
「どうした?」
「あ、裕樹さん。実はどうやら私たち、同じ場所をグルグル回っていたようなんです」
 優希が答える。
「なに?」
「ほら、あれです。ミラさんが見つけてくださったんです」
 優希が指差した前方の壁には、千枚通しか何かでつけたような穴が開いている。
「ありゃああたしのリンクスアイがつけた傷だ」
「じゃあ私たち、全然先に進めていなかったんですか…?」
 控えめな海月の発言に、はーっと重いため息がもれる。
「どうりで、やけに着かないなとは思ってたんだ。外から見たのに比べて広すぎるって。
 さて、どうすっかねえ」
 ガリガリッと麗華が頭を掻きむしったとき。ずっと周囲の床や壁を見ていたミラベルが、にこっと笑った。
「皆さま、ご安心ください。わたくし、抜け道を見つけたような気がいたします」
 ミラベルはここに入って以来、ずっと周囲にばかり気を配っていた。優希にロープでつながれて、迷い子になる心配がなくなってからも。だからこの建物の通路の法則性に、いち早く気付けたのだろう。
 ただ、問題は方向音痴の彼女の先導でそこまでたどり着けるかだが…。
 本人もそれを懸念しているのか、壁に手を添えて、記憶をたどりつつ歩いて行く。やがて、ある側路の前で止まった。
「おそらく、あそこですわ」
 彼女が指差したのは側路の行き止まりだった。
「今、あの壁が不自然なのです。あそこは通路であってしかるべきですのに」
「どいてくれ」
 裕樹がサタナエルを手に前へ進み出た。
 55口径という、拳銃にあるまじき途方もない銃口から射出された弾は、たやすく壁を貫いた。貫通した穴からは通路が見えている。
「シャッタードアだな」
 触れて、貫通跡からそれと確信した裕樹は海月に合図し、2人で左右に引き開ける。
 そのとき、突然周囲が動き始めた。
「うわ! なに!?」
 無限回廊のからくりに気付かれたと知って、もう控えめにする必要がないと判断したのだろう。一斉に通路が動き、回転し、あちこちでシャッターが下りる音が聞こえてくる。
「閉じ込められる!?」
「早く! こっちだ!」
 裕樹が先に立ち、彼らは走った。
 シャッタードアが閉まるのは自分たちに進ませたくない方向だ。そう直感した彼は、閉まりかけたシャッタードアを見たら撃ち、レールを破壊してシャッタードアがそれ以上閉まらないようにする。もし間に合わなかったとしても、サタナエルの戦車砲並の威力でぶち抜いた。
「ねえねえ陣。なんだかティエンの歌声が聞こえない?」
 ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)が走る速度を緩めて周囲を見渡した。
「急げ! また道が変わる!」
「……いいから今は走れ。そういうのはあとだ」
 前方の裕樹を見て、振り返った高柳 陣(たかやなぎ・じん)が言う。
「うん…」
 たしかに、かすかだけれど、どこかから聞こえてくる気がする。――遺跡全体から?
「さあ行くぞ、ユピリア。こんな所で立ち止まってはおられぬ。
 俺たちはティエンの元へ向かっておる。それがどこかはまだ分からぬが……そこにはきっとティエンがいる」
 ぐずぐずとまだ振り切れないでいるユピの手を木曽 義仲(きそ・よしなか)が引いた。
 釈然としないままに、それでもユピリアは通路を走って、シャッタードアを抜ける。
 彼らの足止めをしようとパペットたちが不意打ちをかけてきたが、もはや避けるだの相手にしないだの言っていられなかった。剣で斬り捨てるか、あるいは銃撃、あるいは魔法で砕いて、彼らはひたすら足を止めることなくシャッタードアをくぐって前へ前へと進み続けた。
 気がつけば、いつしか通路の様子が先までと変わっていた。広がって、部屋も窓もドアもなく、壁だけが続く。別フロアに入ったのだ。
「……これで……終わったんでしょうか…?」
 もうシャッタードアが下りる音も、床が動く気配もない。横の柱に手をあて、切れた息を整えていた海月は最後にほうっと息をついて柱から離れる。どうにか1人もはぐれずにすんだようだと、仲間たちを見回していたとき。
「伏せろ!」
 裕樹がとびかかり、彼女を胸に抱き込んで床を転がった。
 直後、カツカツッと音がして、柱に細い針が何本か刺さった。ちょうど彼女の頭があった高さだ。
「罠だ」
 あの小ささでは致命傷にならない。間違いなく先端には毒が塗られているに違いない。柱に刺さった針を見据えて言う。
「でも……何も、それらしいものにひっかかった感触はありませんでした…」
 裕樹がいなかったらどうなっていたことか……ぎゅっと裕樹にしがみついて海月は震えた。
「多分、探知レーザーか何かだな。それならそれで…」
 どこから出てくるともしれない罠を警戒し、そろそろと立ち上がった裕樹が手にしていたのは、小麦粉の入った袋だった。
 それを目の前の通路いっぱいに振り撒く。白い粉塵で見えてきたのは、通路の至るところに張り巡らされた探知レーザーだ。
「にゃっははは〜〜〜。壁から出てくるタイプのトラップか!」
 むくっと身を起こし、そう言ったのは朝霧 栞(あさぎり・しおり)だった。
「こんなの簡単簡単。俺に任せとけ!」
 なぜかをそのまま12歳程度の子どもにしたような外見を持つ魔道書の化身の少女は、黒い瞳をきらきらさせて、自信満々言い放つ。
「おい、栞…」
「まあまあ見てなって、垂。今、俺が通れるようにしてやるからよ!」
 ばっと大きく広げられた両手に魔法力が結集した。見るからに冴え冴えとした冷気をまとったその力は、どんどんどんどんふくれ上がっていく。
 栞は集中力を増すように両目を閉じて、ぶつぶつと詠唱している。
 溜めれるだけ溜めて、いまやはち切れんばかりに育ったそれを、たたきつけるように前方で1つにした。混ざり合い、倍の大きさにふくらんだ魔法力の球の内部では、白い力が絡み合い、混ざり合って太極図さながらにうねっている。
 突然カッと目を見開いたと思うや、栞はそれを前方に向かって一気に放出した。
「いっけえ〜〜〜〜っ!!」
 まるで彼女が乗り移ったかのように、解き放たれた魔法力は解放の喜声のような音をたてつつ通路いっぱいに拡散していく。そしてそこで魔法力は吹きすさぶ氷雪の嵐となって自由奔放に吹き荒れた。
 最後の雪風が吹きぬけて消えたあと、通路はすっかり霜が下りて真っ白く凍りついていた。
「にゃはっ! いくら探知レーザーに引っかかったって、こうして壁そのものを凍らせちまえば罠が作動することもなくなんだろ?」
「よくやった、栞!」
 くしゃくしゃっと垂が頭を引っ掻き回す。
「わわっ! やめろよ、垂〜〜〜っ」
 そう言いながらも栞は払おうとせず、うれしそうに面をほころばせていた。
「さあ、進もう!」
 再び前進を開始し、凍りついた通路を渡っていく。はじめは恐々と、警戒しつつだったが、最初の1人が安全に曲がり角まで到達できたのを見てからは、周囲を警戒することなく駆け足で渡って行った。
 そのときだった。
「きゃあっ!!」
 前方から悲鳴が上がった。
「うわっ!」
「きゃっ!」
「なに!?」
 人と人の隙間をジグザグに飛び跳ねながら――ときに天井や壁も足場として――黒い影が走り抜ける。影が走り抜けたあとには、苦痛に身を折る者たちが続出していた。
 影は全く速度を落とさず、通路の入り口にいた裕樹に真正面から向かって行く。
 それは銀色の毛に覆われた大きな狼だった。
「まさか」
 驚愕する裕樹の手前で狼はぐっと身を沈めた。次の瞬間そこに狼の姿はなく、壁を蹴って側面から彼に飛びかかってくる。
「くそっ!」
 とっさに身をねじって避けようとしたが、かわしきれなかった。
 狼が胸の前すれすれを横切った瞬間、熱い痛みが走る。
「――つっ!」
「兄さん!?」
 チャッと擦るような音をたてて床に着地した狼の前足の爪には裕樹のつけたベストの切れ端が引っかかっている。
「ガルさん!」
 海月の呼び声を無視するように、ふいと顔をそむけるとガルフォード・マーナガルム(がるふぉーど・まーながるむ)は再び床を疾駆した。
 その先には、彼の攻撃を受けて傷を負った者たちがいる。
「だめです、ガルさん!」
 懸命に海月がタックルをかけ、しがみついた。ガルフォードと海月は絡まり合って凍った通路の床をすべると壁に激突する。
 ガウウウッ!

 噛みつかれそうになって、あわてて手を離した。だが行かせるわけにはいかないと、もう一度捕まえようと伸ばした海月の手の甲をビームが切り裂く。
「ああっ…!」
 それを皮切りに、通路中をビーム光が走り抜けた。
 ほとんどの者は狼による初撃を受けて周囲を警戒していたため、突然の攻撃にもなんとか対処できていた。だが敵は何らかの方法で身隠しているらしく、姿は見えず、いつ、どこからくるともしれないビームを完全に避けきることはできない。致命傷にならないよう、武器や盾、防御魔法で急所をかばうのが精一杯だった。
 通路に、決して少なくない量の血が流れる。
「くそっ!
 トゥマス、おまえの仕業か!」
 激怒し、声を張り上げた裕樹の耳にくつくつと含み笑う男の声がどこからともなく聞こえてくるも、姿は見えない。
「どこだ! 姿を現せ! トゥマス!」
「――くっ…」
「グラキエス様、ご無事ですか?」
 腕を押さえてうずくまったグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)の手が伸びた。
「血が…」
「大丈夫だ」
 傷口を押さえる彼の指の下からにじみ出てくる血を見て、アウレウスのなかで彼を気遣っていた気持ちがまたたく間に敵への怒りと変わる。
「――そこです!!」
 パンッ! と空間が振動するような音がした。
 直後、発動した悪魔の義眼から出た何かが彼の行動予測で隠れ身を解除された敵へと飛ぶ。高圧縮で撃ち出された鉄をも穿つそれを、トゥマス・ウォルフガング(とぅます・うぉるふがんぐ)Ca−Li−Barnを盾替わりにして避けた。
「おっと」
「やはりおまえか、トゥマス!!」
「よぉ裕樹」
 肩越しに振り返って返事をしたトゥマスは、追撃をかけるアウレウスの攻撃をかいくぐって裕樹のいる側へ通路を走り抜け、側路の1つに飛び込む。
 そのまま逃げ去るかと思いきや、彼は側路を抜けた先で立ち止まり、裕樹を振り返った。
 横には、彼の元へ駆け戻ったガルフォードもいる。
「きっとおまえならこっちへ来ると思ってたぜ。ビンゴだな」
 これまでもよく目にしてきた、ひと好きのする笑顔であっけらかんと言う。これが今から殺し合う相手と向き合っているのだとはとても思えないほどに。
 もしや正気に返っているのではないか――そんな一縷の望みすら、感じかけたのだが。
 持ち上げられたCa−Li−Barnが、それはただの希望的観測にすぎないと裕樹に教えた。
 銃口がチカッと光ったのが見えた瞬間ビーム光が走り、裕樹と海月の間の壁に穴が開く。
「なんだ、反応することもできねーのかよ。今のはわざとはずしてやったんだぜ?
 いつまでもそうしてないで、さっさと来いよ、裕樹。そっちは戦うには手狭だろ」
「……トゥマス…!」
 けがを負った仲間たちの苦しげな声が周囲でしている。
 こみ上げてくる怒りにこぶしを固め、裕樹は側路へ飛び込んだ。側路は狭く、先のようにビームを撃たれれば避けようがない。しかしトゥマスは不敵に笑って近付く裕樹を見るだけで、撃とうとはしなかった。
「よく飛び込んでこれたな」
 側路を渡りきり、トゥマスのいるフロアへ到達した裕樹にトゥマスは感心したように言う。
「当前だ。それで終わらせるようなら最初からガルさんを使って俺に気付かせたりはしなかっただろう。隠れ身で影から狙撃して終わりだ」
「うーん。それも考えなくはなかったんだけどね、それだとつまらないじゃん? だれにやられたのかも分からないままあの世行き、ってさ」
 肩をすくめて見せるトゥマスから視線をはずし、背後を盗み見る。そこでは裕樹を追って側路を走り抜けた海月が、壁と天井を蹴って裕樹に背後から飛びかかろうとしたガルフォードの攻撃を阻止していた。
 刃と牙が噛み合った瞬間2人は同時に飛びずさる。
「兄さん、ガルさんは私に任せてください! その間に兄さんはトゥマスさんを!」
 裕樹の視線に気づいた海月はそう叫ぶと、後方に高く宙返りを舞った。入れ違いにガルフォードが彼女のいた場所に着地する。ガルフォードはそれで足を止めず、まっすぐ彼女の落下地点へと走り込んだ。着地を狙って攻撃するつもりだ。
 しかし海月とてそれと気付かないはずはない。獣の弱点である鼻先にサイコキネシスをぶつけた。
 ギャンッ!

「ガルさん、申し訳ありません」
 ひるんだ隙に着地した海月は、さっと距離を取って身構える。
 ガルフォードは深追いをしなかった。完全獣化で狼の姿、しかも軽身功を用いて地上と全く変わらない速度で壁や柱、天井を走って、海月の周囲を飛び回る。常に高速で動き続けることでサイコキネシスによる攻撃を回避して、彼の動きを目で追う彼女の隙をつくように、爪と牙で攻撃しては離れるというのを繰り返した。
「海月!」
「大丈夫です!」
 海月は悲鳴を上げたりしなかった。そんなことをすれば裕樹を動揺させ、また前のように集中力をそぐことになってしまう。
(決めたはずでしょう? 決して兄さんの負担にはならない、私の方こそ兄さんの負担を減らしてあげるって…!)
 奥歯を噛み締め、毅然とした態度を崩さず。海月はかまえを解くことはなかった。ガルフォードの攻撃にも耐えて、決して倒れたりはしない。
(スピードでガルさんに勝てるはずない。あせらないで、チャンスを待つの…)
 心のなかで、自らに言い聞かせた。
 痛みを切り離し、集中して神経を研ぎ澄ませていく――。
「ヒャッハーーー! 今回は最初っから全力で行くぜ、裕樹ぃ!!」
 トゥマスは心底楽しんでいる声と表情でCa−Li−Barnを振り回していた。
 これはもともとはビームライフルなのだが、銃身が剣刃のような形をしているため、バスタードソードにビームライフル機能を組み込んでいるようにしか見えない。重量も相当あり、近接戦闘ができる仕様とはいえ見るからに扱いにくそうな武器だ。
 だれにでも扱える物ではない。しかしトゥマスはそれを軽々と使いこなしている。
 剣光が走るたび、裕樹の体に裂傷が増えていった。
「――ちッ。ありゃあパートナー同士のこと、とばかりも言ってられそうにないな!」
 裕樹と海月の劣勢を見るにみかね、助力に入ろうとした垂だったが。
「垂…」
 彼女を呼び止める者がいた。
 そこにいたのは彼女のパートナーの1人ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)。ドルグワントに覚醒し、アストーの石を持って姿を消した少女だった。
「ライゼ」
 垂は絶句した。そこにいるライゼは見るからに憔悴しきっていたからだ。
 教導団で分かれたとき、あんなにも元気で、垂に向かって生意気な口をきいていた彼女が。
 今は全く血の気のない面をして、光を失った瞳は暗く、深海のような藍色になっている。
「垂……お願い……助けて…」
「どうした、ライゼ! やつらに何かされたのかっ!?」
「来ないで垂!!」
 ライゼはばっと両手を突き出した。
「それ以上来たら、垂でも攻撃するよ! これ以上先には行かせられないんだ! でも来て!」
「どっちだよ!」
「助けてほしいんだ……でも、行かせられないんだ!!」
 ライゼは全身で叫んでいた。
 小さな肩が遠目からもはっきりと分かるほどがたがた震えている。
「ええい、ごちゃごちゃと意味の分からないことを。
 いいからそこにいろ、今行く!」
「来ないでってば!!」
 身をねじったライゼの周囲の空間に鋭い刃を持つ4本の剣が具現化した。幻ではない、本物の剣だ。それが宙に浮いて、威嚇するようにクルクルと回転している。
「分かった。もとより俺はあいつらを破壊するつもりはないしな。約束する。とにかく、安心しろ。な? だからそれを消せ」
 と、なだめるように口にして、さりげなく一歩前に出る。
 ライゼは見逃さなかった。
「だめだよ、そんなこと言っても信じられない。ここが」ばん、と胸を叩く。「あんなの、調子いいごまかしだって叫んでるんだ。ルドラさまに指1本触れさせちゃだめだって。だからここから先には行かせられないんだ!」
 天を支えるように伸びたライゼの手が振り下ろされて、剣は一斉に垂へと向かう。
「垂、避けてーっ!」
 泣き叫ぶライゼを見た瞬間、垂の胸はつぶれそうに痛んだ。
 あんなふうに泣くライゼを、放っておけるものか。
「――くそっ!
 避けてたらいつまでもおまえに近付けないだろーが!」
 ゴッドスピードと剣の舞を同時に発動させ、垂は己の剣と一緒に突っ込んだ。
 剣と剣がぶつかり、相殺して砕け散るなかを駆け抜ける。
「ライゼ、すまん!」
 肩を掴んで、素早く、確実にみぞおちへこぶしを入れた。
 倒れていくライゼのこぼしたあたたかな涙が飛び散って、垂のほおに当たる。
「垂、助けて……お願い……アストーさまを、ルドラさまを…。お願い、だから…」
「ライゼ、おまえ」
 気を失い、あお向けに倒れるライゼの頭を床からかばって支える。その手が、ぶるぶる震えた。
「ライゼ、おまえが伝えたかったのは、そのことだったんだな…」
 最後の瞬間まで。彼女が助けを求めたのは自分自身のことではなく――。
「垂……助け…」
「ああ。心配するな。おまえは何も心配しなくていい」
 耳元深くささやく。眠っている意識の底まで届くように。そのせいかどうかは分からないが、ライゼの眉間のしわが、すうっと消えていった。