校長室
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
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●4階〜五柱守護神 再び前進を始めた彼らは、やがて巨大な通路へと出た。 妙に広くて幅もあり、通路というよりもフロアのように思えたが、奥行きの長い作りからしてやはり通路なのだろう。 「ふわーーあ。こりゃーすごいねぇ」 五十嵐 睦月(いがらし・むつき)はぐるっと周囲を見渡して、感嘆の息をつく。 はじめは人が2人すれ違う程度しかない通路をずっと通ってきたからよけいにそう感じるのかと思っていたが、どうもそうではないようだ。いや、それも少しは関与しているのだろうが、第一はこの通路自体だ。 何もかもが巨大なのだ。窓、柱、壁の彫刻、ヴォルドー型の天井に彫られた細工までもが全て今まで通ってきた通路より大きい。天井を支えるために、左右だけでなく通路の中央にもいくつか柱が立っている。 「いやしかし、これはなかなか芸術的だね」 フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)は中央へと進んで、そこにある柱の1つに見入っていた。 複雑な文様の入った古代衣装をまとった美しい女性が剣を雄々しく振り上げている姿が彫られている。そして似たような柱はほかにもいくつかあった。 ポーズこそ違うが、そのどれもが女性が剣をかまえている姿だ。 「戦いの女神といったところか。 今にも動き出しそうじゃないか。なあ、ローザ」 「本当ね。 あら? ここに何か浮き彫りされてる……五柱、守護神…?」 柱に打ちつけられた金属プレートをなぞったローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、指についた埃を見て、ちょっと閉口してしまった。 神の像というわりには、全然大切にされていなさそうだ。 「なんだか、うすら寒いです」 岩壁に彫られた無数の人間たちを見上げながら、雨宮 七日(あめみや・なのか)がつぶやいた。 それは全部でひとつなぎの物語になっているようだが、何を意味しているかさっぱり分からない。そもそも、どこが始点なのかも不明だ。 「分かる分かる。霊廟みたいだからね」 うんうんと、しったか顔してうなずく睦月に七日は眉をしかめる。 「そうじゃなくて」 ほうっと息を吐き出して見せた。白い。 「七日の言うとおりだ。この通路に入って温度が下がっているな。 まぁ、ここにはそのことでぶつくさ言う人間はいないようだし。機械だけなら冷却されて――」 「避けろ、日比谷!」 フィーグムントの切羽詰まった喚起に、日比谷 皐月(ひびや・さつき)はわけが分からないながらもとっさに身をねじってその場を飛び退いた。 直後、ガツッ! と激しい音がして、石の剣が彼のいた場所の床を打つ。 「なっ!?」 全員、1人の例外もなく目を瞠り、絶句した。 剣の持ち主は彼の近くにあった柱の石像だった。石像の振り上げられた腕がいきなり動いたと思うや、ぜんまい仕掛けの人形みたいなキリキリとした動きで皐月の背へ斬りかかったのだ。 「……崩れたのか?」 その光景を見ていなかった唯一の者、皐月がつぶやく。 直後、石像の女はまた動いて、床に刺さった剣を引き抜くや皐月に斬りかかった。今度はなめらかに、まるで人間のように自然な動作で。 しかも速く。 「ちいッ!」 後ろへ跳んだ彼に合わせて石像も跳ぶ。彼らは宙で刃をまじえることになった。 「このっ!」 激しい打ち合いののち、蹴りが決まって石像は床を転がる。 「なんなんだよ、一体」 彼らの周囲で動き出した石像はその1体だけではなかった。全ての柱からではないが、先のを合わせて全部で5体。どれもグレートソードを持つ女たちだった。 「大丈夫? 皐月」 「まぁな。ちょっと驚いただけだ」 「……ふーん」 ひっかかるものを感じて、ん? と七日を見上げたとき。 立っていられないほどの縦揺れが起きて、床がぐらりと傾いだ気がした。 「なんだって!?」 あわてて足に力を入れ、転ばないよう踏ん張る。 気のせいじゃない、間違いなく床が少し傾いている。 「む? 地鳴りか?」 魔導銃サンダーボルトを手に、床にひざをついてクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)は周囲を見渡した。まずは床、そして天井を。 ゴゴゴゴ……と重低音の音がどこからともなく聞こえてくる。重い物同士がこすれあう音。岩と岩のような…。 それに合わせて、ピシッ、ピシッと何かが割れるような音。 これは近い。 「あれだ、クローラ」 止まない地揺れと出所不明の音に、否が応でも高まる緊張感から注意深く周囲を観察していたセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)が指差したのは、石像が抜け出たあとの柱だった。今、そこはスリープポッドのようになかがえぐれている。 先から聞こえる割れるような音は、そこに亀裂が走る音だった。 「彼らが動いて抜けたから、柱の強度が落ちたんだ」 「――く…。 ということはつまり…」 「うん。ただ彼らを倒せばすむという話ではないと思う」 石像たちが抜け出した柱の穴は巨大だった。そこを埋めるだけの物は何もない。 あの石像たち以外には。 倒してしまえば、この通路は崩壊する。いや、この通路以外のどこかで何かが動いているような音からすると、それだけではすまなさそうだ。 ここは通路の中央付近だ。大方敵がここに到達すると作動する罠なのだろう。 出口は遠いが、走れば間に合うか? 「シャッタードアが下りてる。たどり着いて破壊できたとしても、全員抜けられるかどうか…」 石像たちが邪魔してくるのは分かりきっている。 セリオスの言葉に、ギリ、と奥歯を噛み締めた。 「おまえたちは先へ行け! ここは私たちが引き受ける!」 「だが…」 その言葉に戦闘態勢をとろうとしていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は眉を寄せる。 「作戦の成功が第一だ。ここで全滅するわけにはいかない。ルドラ攻略の鍵はおまえだ。おまえが行けばここがどうなろうと作戦は遂行できる」 「――分かった」 今は話す間も惜しい。 「行くぞ!」 ダリルの合図で今石像と対峙している者以外の全員が出口へと走った。 「クローラ…」 「分かっている。死ぬつもりはない」 (教導団へ帰還次第、やらねばならないことがある。こんな所で死ぬわけにはいかん!) 彼はこの事件にひと通りの決着がついたなら、上層部に李 梅琳(り・めいりん)大尉のしたことを報告するつもりだった。 石関連の危険性や特性の一部は既知だった事から特定種の暴走という類似現象が教導と遺跡で同時期に起きた場合、共通項タケシが繋がらずとも最悪の関連性は類推すべきだ。 彼女の判断ミスの結果、石は敵に渡り、タケシにも逃げられ、隣国に大罪を狙う軍勢が押し寄せ、カナン軍出動に及んだ。政治外交的にも、責任者はこの大失態の責任を取らねばならない。 上層部はきっと梅琳に然るべき処分をするだろうし、しなくてはおかしい。 「……李大尉、責任逃れはさせんぞ…!」 「えっ?」 周囲を警戒するあまり、彼が何を言ったか聞き逃してしまった。 見つめるセリオスの前、クローラはすっくと立ち上がる。 「行くぞ。できる限り早く、すみやかにやつらを柱へ押し戻す」 「了解」 2人はダリルたちを追おうと走り出した石像へ向かった。 クローラが銃撃で足止めをしている間にセリオスがレーザーナギナタで従者のキノコマンとともに走り込み、石像と刃を合わせる。セリオスの動きに合わせ、クローラは的確なタイミングで銃撃をして、彼を抜けて出口へ向かおうとするのを阻止し続けた。 ただ、砕くわけにはいかないため、加減が難しい。魔導銃の雷電も石像が相手では効果が薄いようだ。そしてさらに傾きを増した床と崩壊音や振動がプレッシャーとなって彼らを襲う。 それが狭さく的な視野となったのだろう。背後から死角をついてきたもう1体に、彼は寸前まで気付けなかった。 グレートソードはすでに大上段から振り下ろされている。 「しまっ――」 「クローラ!」 クローラは胸を強く突き飛ばされ、後ろへ倒れた。ゴッドスピードで割り入ったセリオスが代わりとなってその背にスタンクラッシュを受ける。 「……くぅっ!」 苦痛に身を折りながらも、セリオスはレーザーナギナタで水平になぎ払う。石像が後ろへ跳んで避けたところへサンダークラップを放った。 「セリオス、無事か!」 両肩をとり、覗き込んでくるクローラからいつもの冷静沈着の仮面が消えているのを見て、セリオスの口元に笑みが浮かぶ。 「大丈夫……直撃は避けられたし……ナノ治療装置を入れてあるからね。すぐ、ふさがるよ」 「そうか」 詰めていた息を吐くと、クローラはまた動き出した石像に向け、トラクタービーム発射装置を使った。伸びたビームがぐるぐると巻きついて、石像を拘束する。それを見て、セリオスも自分の物を起動させ、同じように縛った。 そのまま柱まで引き寄せて、ザイルを使って固定する。石像はこれを断ち切ろうと激しくもがいていたが、足の台座の所に赤い光が点灯したスイッチボタンがあり、それを押すと緑の光が灯って石像は再び元のポーズをとって動かなくなった。 「ああすりゃいいんだね」 2人の様子を眺めていた睦月が、関心するように口にした。 直後、皐月から叱責が飛ぶ。 「いいからこっちに集中しろ。前のような失敗すんじゃねーぞ」 「はーいはい」 肩をすくめ、睦月はさざれ石の短刀を手に気配を消した。 通路内はうす暗い。ほかの柱の影もある。レビテートを使用して足音を消せば、睦月は空間へとまぎれ込んであっという間に不確かな存在になった。 気まぐれで掴みどころのない、彼そのもののように。 一方で七日は2人の準備が整うまでの間、敵の攻撃の邪魔をしていた。 「北カナンへ行くっていう選択肢もあったのに、こんないかにもといったうさんくさい遺跡なんかに足を踏み入れるとか馬鹿ですか。しかも案の定、こんな罠にひっかかって。本当、真実、まごうことなき馬鹿なんですか。それとも阿呆なんですか」 どちらの可能性が高いのかしら? だれにも聞こえていないことを承知で、ぶつぶつ独り言で愚痴りながらも、敵よりも小回りの利く双銃ブレインキャリーを操って、しっかり水も漏らさぬ対応で攻防にいそしんでいる。どうせするならば完璧に、ということなのだろう。 発射された銃弾が振り切られかけた石の剣を押し戻し、火花を散らす。 はぁっと重いため息がもれた。 「……今さら愚痴っても何も始まらないのは分かってるんですが。 それでも愚痴りたくもなる私の気持ちも少しは考えてください。まったく」 ひらりと宙返りでなぎ払いを避けた七日は、着地した先で肩越しに皐月の様子をうかがう。 彼は七日が相手をしている石像が出てきた柱のそばに立ち、準備を終えていた。 敵は石でできた像。見たとこ、魔法も操るらしい。動きもそこそこ。そんなやつをできる限りすばやく、確実に、そしてなるだけ原形を保って柱へ戻す。 「しかも時間がない、ってかあ!」 黎明槍デイブレイクをかまえ、皐月はプロボークを発動させた。 石像は敏感にそれを感じ取り、七日とのにらみ合いをやめた。七日もそれと気付いたが、あえて攻撃はしない。 ギリッという動きで石像の面が皐月を向く。――不快な気を発している敵。やつをやらなければならない。最優先順位はあの者だ。 グレートソードが一瞬で火炎に包まれた。振り切られた剣先から激しい炎が飛んで、床を疾走する。そしてその炎を追うように、石像自身が皐月目掛けて突っ込んできた。 炎に対し、皐月は己の盾、浮遊する三櫃の棺氷蒼白蓮に念を送る。氷蒼白蓮は氷を吐き出して防壁を張った。 そして石像は――。 「ホラ、今度はちゃんとやったでしょ? 皐月」 睦月のブラインドナイブスがきまり、動きを止めていた。 石像だから苦痛があるとは思えないが、動きは阻害されたらしい。ギギ、という感じで石像は自分に密着している睦月の方を見る。 「おっと」 顔面にきた肘をかがんで避け、脇から突き込んでいたさざれ石の短刀を引き抜くや円の動きでさらに背を引き裂いた。 「よくやった!」 入れ違いのように突っ込んだ皐月のデイブレイクが石像を貫き、そのまま柱へと強引に押し込む。 ガキッと刃先が柱に食い込む衝撃が伝わった。 「で、ぽちっと」 睦月がスイッチを押すと、串刺しになって暴れていた石像の動きがだんだん鈍くなり、元のポーズで収まった。 「よっしゃ! この調子で次いくぞっ」 ついに天井の崩落が始まった。剥落し、皐月の目の前で砕けた壁材は、決して小さいとはいえない。 もはや一刻の猶予もなかった。 デイブレイクを引き抜いて、皐月は別の石像へと向かう。 残りは2体だった。 1体はすでにローザマリアとフィーグムントが対処に成功している。2人は次の1体を相手にしていたが、少し苦戦を強いられていた。 それは中央の柱にいた石像で、あきらかにほかの4体より格が上のようだ。 「……くっ!」 息もつかせぬ重い斬撃がローザマリアを襲い、右に左にと振られる。狂血の黒影爪を用いて暗がりにまぎれ込む隙も見出せない。先の1体を相手にするときに効果的だった、ドッペルゴーストに注意を引かせるということもできずにいた。 フィーグムントが紺碧の槍を使って横から彼女の援護をしていたが、2人を相手に石像のふるう剣技はもはや神技レベル。 「さすが「神」を名乗るだけあるわよね…」 「ま、こちらの神ではないがな」 だが、かといってうかうかしてもいられない。足元を突き上げる縦揺れは、いつでも彼女たちの足をすくおうと待ち構えている。 通路の崩壊はあきらかに深刻度を増している。 「そうね…。私はこんなもの、神だなんて認めない! ――はあっ!」 グレートソードを跳ね返し、鉤爪を振り切るも彼女の動きは読まれていた。高く跳んで避けた石像が着地と同時に突っ込んでくる。切っ先がローザマリアの肩口を切り裂いた。 「……っ!」 「ローザ!」 それを目にしたフィーグムントが血相を変える。 だがローザマリアもただではやられない。すれ違いざま、深く脇をえぐってやった。 そして自分の傷は慈悲のフラワシですぐに回復を果たす。 「あなたは回復ができないようね」 瓦礫片をパラパラ落とす腹部を見て言う。が、今回はそれが厄介。ヘタに叩き壊すわけにもいかない。 この強敵を相手に破壊を最小限にとどめ、押さえ込むにはどうすればいいか。頭をフル回転させる。 「なら、これはどうかしら?」 手早く息を整え、すうっと息を吸うと、止めて、走り込んだ。石像はすでにかまえをとって待ち受けている。 跳躍し、グレートソードの間合いに入る寸前ローザマリアの体がブレた。ミラージュが発動し、複数のローザマリアが現れて、石像の動きが硬直する。 本物のローザマリアはその一瞬で石像の足元に着地していた。 「くらいなさい」 ぐんっと身を伸ばしたローザマリアの体からまばゆい魔法力が発散される。エンドゲーム発動。石像が1歩2歩と後ろへよろめく。 「いまよ、フィー!」 瞬間フィーグムントの姿が消えた。ほぼ同時に石像の背後の空間へと現れる。 青緑の髪をなびかせ、悪魔フィーグムントは不敵にほほ笑む。 「悪いけど、そろそろ」 「ええ。ベッドに戻ってもらいましょう」 肩越しに振り返った石像に向け、差し出された手からヒュウっと冷気の風が吹き、氷雪舞う凍気となって吹き荒れる。 凍りついて動けなくなった石像を、力ずくで柱へと押し込んだ。 「さあ、これで4体目!」 バンッとスイッチを叩くように入れる。 直後、別の場所でクローラたちと連携して皐月たちがもう1体をやはり氷蒼白蓮で氷漬けにし、元の柱の台座へ乗せているのが見えた。 「これでいいの…?」 探るように、祈る気持ちで周囲を見渡す。 地鳴りが遠ざかり、間隔が徐々に開いていった。どこかで何かがこすれて動いている音も止まっている。天井の崩落はまだ続いていたが、降ってくる瓦礫片は小さかった。 今ではかなりの傾斜となっていた床が、ギギギと反対側に動いて元の水平に戻る。 平らかになった床に、危機は去ったと実感できた。 「さあ行くぞ。早く追いつかなくては」 開いたシャッタードアの音に、そちらへと向かう。 「あなたが再び目覚めるときがあったとして、また数千年先かしらね?」 剣を振り上げたポーズで収まっている五柱守護神をふと振り返り、ローザマリアはつぶやいた。