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リアクション
突如噴き上がった火柱。それは、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)の操るジェットドラゴンの火炎放射だった。
最大出力で放出された炎は役目を果たし終えた瞬間、現れたときと同じく一瞬で消える。
地上のだれもが上空の彼らを見上げていた。
(ルシェン……アイビス…)
友を攻撃し、友に拘束されているパートナーたちの姿に、ぎり、と榊 朝斗(さかき・あさと)は歯を噛み締めた。
ふつふつとやり場のないいら立ちが胸にこみ上げてくる。ここへ来るまでに押さえ込めたと思っていたのに、そうではなかったのか。
2人に対してではない。2人をこんな状況へと追い込んだ者たちに対してだ。
くだらない。ばかばかしい。事の真相を聞いたとき、心底そう思った。
そんなことで、あの2人にとっても思い入れの少なくないこのカナンの地へ、よりにもよって破壊者として送り込んだのか。
殴れるものならぶん殴ってやりたい。
敵の居場所は分かっている。だからこそそうしたい気持ちはとても強かった。だがその衝動よりも、もっとルシェンとアイビスは大きな存在だった。
彼女たちを取り戻す。何としても。
つんつん、と袖口が引っ張られた。
「……なに? ちびあさ」
ひらり、紙が広げられる。
『朝斗たちだけじゃないよ
ボクだってるしぇんとあいびすをとりもどしたい
戦える力はなくてもたすけたいんだ
2人がいないなんていやだよぉ……』
乱れた心がそのまま表れた、つたない文字だった。
それを読むまでは、ちびあさにはこのままジェットドラゴンに残っていてもらうつもりだったのだが。
「うん。ちびあさ。ちびあさも一緒に、2人を取り戻しに行こう」
差し出された手を、ちびあさは駆け上がる。
ちびあさがいつもの定位置に収まったのを確認して、朝斗は地上へ飛び下りた。
「ルシェン」
彼の呼び声に、ルシェンは表情を曇らせた。そしてちらと地面に座り込んだアイビスの方を盗み見て、それとなく朝斗の視界から彼女を隠す。
「ルシェン、僕と勝負しよう」
「……勝負?」
「僕は何もしない。きみのすることはすべて受け止める。これまでのように。だから、僕を殺せたらきみの勝ちだ」
そして朝斗は駆け出した。無防備に、まっすぐ、ルシェンへ向かって。
それはどう見ても分の悪い賭けにしか見えなかったのだが。
「ルシェン!
さあちびあさ。きみも彼女を呼んで。大切な僕たちのルシェンを呼び戻すんだ」
「うー、にゃー!」
「ルシェン!」
「うー、にゃー!」
ルシェンはとまどった。
彼女の名を呼び、ひたすらこちらへと駆けてくる。あれは……あの子は……?
殺せと、彼女のなかで声がする。あれはほかのやつらのように、ルドラさまの敵。アンリさまの宿願を邪魔する者。殺せ。そのためにわれらは5000年を経てこの時代によみがえったのだ。
一度はその声に従い、ルシェンはエクソシアをかまえた。魔法力を結集しようとした。けれど、どうしても天の炎を発動させることができない。
「……あなたはそうでも、私は違うわ」
「ルシェン!」
朝斗は最後の距離をジャンプして、彼女に飛びつき、押し倒した。
「うにゃー!」
「捕まえた。僕の勝ちだ」
切れた息で得意げに笑う愛しい少年を見上げて、ルシェンはそっと目を閉じた。
あまりに今の彼はまぶしくて……目を開けていられない。
「朝斗。私は……あなたを、傷つけた」
「だから?」
「あなたのウィンドシアで、私を斬ってください」
「本当にそうしてほしいの?」
こくり、ルシェンはうなずく。
ルシェンの気持ちは分かった。きっとルシェンのことだから、そうするまで朝斗に申し訳なく思い続けるだろう。
だから朝斗はウィンドシアを持ち上げて、彼女の手に、小さな切り傷を作った。
ルシェンの涙をためた目が開く。
「こんなものではなくて…」
「ルシェンのつけたのなんか、こんなものだ」
「でも」
「傷っていうのは見た目の問題じゃない。針で突いたようなのだって致命傷になることはある。でしょ?
ルシェンがぼくにつけたのは、この程度だよ。こうやってホラ、指でこすれば痛みも消えてしまうくらい」
朝斗の指先が傷口をこする。
――違う。あれはそんなものではなかった。けれど……朝斗が言っているのは、言いたいことは、分かった。
『きみには「僕」を傷つけられない。きみのすることは決して「僕」を傷つけない』
彼が自分に触れた……その感触とそこから伝わる熱に、ついにルシェンの目じりから涙が伝った。
(――ああ。
アンリ博士、申し訳ありません…。5000年前、あなたから受けた使命の大切さは分かっています。あなたがどれほどそれを願っていたのかも。かわいそうな博士。できるなら、あなたの願いをかなえてあげたかった…。
でも、その使命よりももっと、もっと大切なものが、今はできてしまったんです…。何よりも大切なものが…)
体のなかのどこかで、小さなかけらが割れていく音が聞こえる気がした。
ぱりん、ぱりん、と。さらに小さく割れて、光すらも発することができないほど小さく砕けて……どこかへ消えていった。
「朝斗、私――」
「ルシェン、朝斗…」
おそるおそるといった様子でアイビスが近付いてきた。ルシェンが戦うことをやめてしまったからか、拘束を解かれても戦おうとはしない。むしろどこか心細そうにうなだれ、身を縮めていた。
「アイビス、どうしたの?」
アイビスは彼を避けるように視線をよそへ向けている。
「私……いっぱい……皆さんを傷つけました」
ぎゅっと目をつぶり、まるで叱られるのを覚悟で失敗を親に打ち明ける子どものようだった。
「そんなの!」
「しっ、悠美香ちゃん」あわてて否定しようとした悠美香の手をとり、要は後ろへ下がる。「ここは朝斗に任せよう」
朝斗は一瞬きょとんとした顔をして、それから表情をやわらげると、おいでと手を広げた。
「じゃあ謝りに行こう。悪いことをしたって思うなら、それを正直に相手に伝えるべきだからね」
「でも…っ」
「許さない人もいるかもしれない。もしかしたらね」
可能性は小さいけれど。
「でも、それは関係ない。アイビスが心から謝りたいと思うことが大切なんだ。それを伝えることがね。大丈夫、僕も一緒に行くから。
そばにいるよ。どんなときもそばにいて、きみを支える、そう約束したでしょう?」
「……っ……あさと…っ」
アイビスはおぼつかない足取りで、広げられた両手のなかへ崩れるように倒れ込んだ。
「朝斗、ごめんなさい、ごめんなさい」
涙まじりにほおをすり寄せたアイビスは、ほっと安心したように腕のなかでため息をつく。
彼女を安心させようと耳元で「大丈夫」と繰り返しささやきながら、朝斗も満足そうにあやしている。
その後ろで、ルシェンだけがちょっぴり不服そうに唇をとがらせていた。
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